五十六
フィナリアと会った日の夜、ミカエルシュナはまたユリウスに通信をしていた。
これまでのことと所感を述べると、ふむ、とユリウスは頷いたようだった。
『なるほど、ピクトル王国と同じ、か。かの国の滅亡の件、詳細までは知らなかったが、聞く限り確かに同じように聞こえるな』
「それを成した魔道具は封印されておりますが、ゴライアスという前例がある以上、強化されていると言っても油断はできないかと。勿論、封印は解かれず、また同じ魔道具が無いのが一番ですが⋯⋯」
『そんな楽観的には考えられない、な。そして残った王族ふたりの見解か』
「言葉を交わしたわたくしとしては、あの方だろうという感想です。ただ」
『証拠が無いか。いっそ不意打ちで神聖魔法をかけてみるか?』
「国際問題になりますわ⋯⋯」
ミカエルシュナはため息をついた。
「それに、あくまでわたくしの印象ですもの。もう少し情報を精査していきます」
『ああ、頼んだ』
その言葉の後、一瞬の沈黙が横たわる。
ミカエルシュナは思わず、フェリクスの言葉を思い出した。
『皇帝陛下の人生を見届けたいと思えますか?』
ユリウスの人生。ミカエルシュナははたして、彼の人生の果てを見たいのだろうか。
ユリウスに惹かれていることは否定できない。愛せない、と言い聞かせている部分があるのも、また。
でも、彼の人生を見たいと──その結末までもこの目に納めたいかと言うと──
『⋯⋯シュナ嬢、ミカエルシュナ嬢?』
「⋯⋯あ」
ミカエルシュナは我に返った。
「も、申しわけありません。何でしょうか」
『いや⋯⋯疲れているのか? 王城を探っていたのだろう。今日はもう休んだらどうだ?』
「いえ⋯⋯探っていたのは精霊ですから、わたくし自身はそれほど。ただ、その⋯⋯」
ミカエルシュナはやや迷った後、尋ねた。
「⋯⋯陛下はなぜ⋯⋯わたくしなどを妃に望まれたのでしょうか?」
『⋯⋯!』
ユリウスは宝石の向こうで息を飲んだのが聞こえた。明らかに虚を突かれた反応をした。
しばらく無言になった後、ユリウスは観念したようなため息をついた。
『⋯⋯最初は、打算があったんだ』
ユリウスの口調は懺悔するようなものだった。
『強く、美しく、気高い。余にとって、理想の妃だと。デュラック嬢や元皇太后対策というのも嘘ではないが、そのまま妃になってくれたら、と思ったことは否定しない』
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
『だが⋯⋯貴女が人と接するところ、努力する姿を見て、それだけの人ではないと解った。貴女は真に聡明で、愛情深い人なのだと』
愛情深い、と口にした時、ユリウスの声が柔らかくなった。それこそ彼自身の愛情を示すように。
『最後のひと押しになったのは、貴女が俺に剣を捧げてくれたことだ』
その言葉に、ミカエルシュナも思い出す。
元皇太后の一件の後、確かにミカエルシュナはユリウスに忠誠を捧げた。そのことに、今でも後悔は無い。
もっとも、その時は軽口だと思っていた妃の話を受けたのは、悪手だったと思っているが──
『あの時、俺は貴女のことを本当の意味で美しいと思ったんだ』
「⋯⋯それまでは、美しいと思ってらっしゃらなかったんですの」
ミカエルシュナの口から漏れ出たのは、皮肉めいた言葉だった。照れ隠し、とも言う。
『容姿と所作の美しさは勿論知っていた。それもまた、妃に必要なものだ。だが、俺の心を惹いたのは⋯⋯俺の心を打ち抜いたのは、貴女の言葉と心だ』
「陛下⋯⋯」
『民を想い、騎士を尊重し、俺に忠誠を誓ってくれた貴女を、俺は真に美しいと思ったんだ。そんな人と共に生きたいと思うことを⋯⋯止められなかった』
ユリウスの言葉は静かで、だが甘やかで、ミカエルシュナの鼓膜を穏やかに震わせた。
その声が染み渡るように、脳を、心を揺らしていく。
『本当は時間をかけて伝えていきたかったんだが、いい機会だし今伝える。⋯⋯俺は、貴女に惚れている』
「へい、か」
『貴女と共に生きたい。貴女の心を支えたい。きっと俺の方が貴女より先にこの世を離れるだろう。貴女を置いていくことになる。そう思うとためらいがあるのは否定しないが⋯⋯それ以上に、貴女に俺のことを見ていてほしい』
ユリウスの言葉ひとつひとつが、ミカエルシュナの心に届いていく。
今彼は、どんな表情をしているのだろう。ミカエルシュナは無性に、ユリウスの顔が見たくなった。
──真剣な表情をしていらっしゃるのかしら、それとも照れて赤面している?
──宝石越しなのが、酷くもどかしい。
ミカエルシュナは何か言おうとして、口を開閉させた。だが赤い唇から漏れ出るのは、かすかな吐息だけだ。
それを感じ取ったのだろう。ユリウスは優しく声をかける。
『返事は今すぐじゃなくていい。どんな返事でも受け止める。いつまでも待つ──と言いたいが、立場上そういうわけにはいかない。でも、可能な限り待つよ』
「⋯⋯陛下、わたくしは」
ミカエルシュナはせめて、今の気持ちを伝えたくなった。
かつての故郷を忘れられないこと。
突然奪われてしまった故郷と、
そこに住んでいた命のことが心の傷になっていること。
それゆえにユリウスの気持ちに応えるのが怖いこと──
それらを何とか伝えようとして、だが、結局何も言えなかった。
突如、外が騒がしくなったからだ。
「⋯⋯?」
ミカエルシュナは表情を引き締めた。
『⋯⋯何があった』
ユリウスもこちらの状況変化に気付いたようで、ぴりっとした声で問いかける。それに対し、ミカエルシュナも緊張した声で返した。
「解りません、一旦切ります。状況が落ち着き次第、ご連絡しますわ」
『解った、気を付けろ』
「はい」
ミカエルシュナは頷き、通信を切った。念のため宝石をドレスの中に隠し、慎重な足取りで部屋を出る。
そろそろと進んでいくと、廊下に続く扉のところでエリル達ローディウム側と、ティレシスの騎士達が押し問答をしているところだった。
「何の騒ぎ?」
背を伸ばしたミカエルシュナが厳しい口調で問いかけると、全員がはっと振り返った。
凛としたミカエルシュナの雰囲気に飲まれ、言葉が出てこない騎士達に代わり、エリルが声を張り上げる。
「突然この騎士達が押し入って、お嬢様を出せと言ってきたのです! 王命だの何だと」
「何ですって?」
ミカエルシュナは眉をひそめ、騎士達を見た。
ミカエルシュナに睨まれる形になった騎士達は、その場で硬直する。だがその中で年嵩の騎士が、前に出て手にした書類を突き出した。
若干震え声だったが。
「ティレシス国王陛下の命により、ミカエルシュナ・ルフェ嬢、貴女を陛下暗殺未遂の容疑で拘束させていただきます!」




