五十五
その後、幾つかのやり取りをした後、ミカエルシュナ達はその日は解散することになった。
結局解決策は出なかったものの、フェリクスはしばらく王城に留まるという。その間に、何か進展があればいい。
ミカエルシュナは客室に戻る途中、エドワルドに行き会った。
エドワルドは部下と共に難しい顔で廊下を歩いていたが、ミカエルシュナの姿を認めるとふ、と表情を緩めた。
「ごきげんよう、ミカエルシュナ嬢」
「ごきげんよう、お仕事お疲れ様です」
「ありがとうございます、ミカエルシュナ嬢にそう言っていただけると、疲れが消え去るようです」
エドワルドは微笑んだ。言葉通りその顔には疲れがにじんでおり、ティレシス王が倒れたことによる対応に追われているのが解る。実際彼と部下の手には書類が何枚も握られていた。
「何かあればおっしゃってください。外様ゆえ、できることは少ないですが⋯⋯」
「いえ、ミカエルシュナ嬢は、陥穽対策に集中してください」
ミカエルシュナの言葉に、エドワルドは首を振った。
黒魔法使いによる陥穽発生の予知は、王族全員が知っている。ミカエルシュナが対抗のために来訪したことも解っているからこそ、エドワルドもそう言って遠慮したのだろう。
実際この国でできることはそれぐらいなので、ミカエルシュナは素直に引き下がった。
代わりに、質問をする。
「では、ひとつお訊きしたいのですが⋯⋯三年前のピクトル王国にて起きた陥穽のことは、ご存知ですか」
「勿論です。森に阻まれていたとはいえ、あそこは隣国でしたから。あそこの陥穽と同じことが起こるのでは、と予想する者は、少なくありません」
ですが、とエドワルドは首を傾げた。
「それを引き起こした魔道具は、大神殿で封印されています。それを使用することはできないはずです」
「⋯⋯同じ物がある可能性はありませんか」
「まさか」
エドワルドはおかしそうに笑った。
「小国とはいえ、ひとつの国を滅ぼすような陥穽を引き起こす魔道具が、そう幾つもあるわけがないではありませんか」
「では、もうひとつ質問を。なぜ陥穽が発生したと思いますか」
ピクトル王国に行ったフェリクス曰く、到着した時にはすでに陥穽で全て沈んでしまった後だったという。魔道具は陥穽の手前に落ちており、魔力残滓と魔道具の魔力が同じ波長を示したため、魔道具によってできたのだと解ったらしい。
魔道具は複雑な干渉防御が施されており、どんな魔道具なのか解析できなかった。まさか発動するわけにもいかず、どんな効果か解らないまま現在に至っている。
ミカエルシュナの質問に、エドワルドはしばらく考え込んだ。しかし、やがて首を振る。
「申しわけありません、私にはさっぱり⋯⋯」
「そうですか⋯⋯失礼、長く引き留めてしまいました」
「いえ、いい息抜きになりました。では、失礼いたします」
エドワルドは微笑んで、部下と共に去っていった。しばらくその後ろ姿を見つめていたミカエルシュナだったが、やがて彼女もその場を後にする。
誰もいなくなった廊下。人影すら無いはずのそこで、小さな声が響く。
「⋯⋯本当に、いたの⋯⋯」
それは、少女の声だった。
───
ミカエルシュナは少し考えて、フィナリアにも会うことにした。
勿論、偶然出会ったエドワルドと違い、急に彼女の元に行ったところで顔を合わせることすらできないだろう。
まずは先触れを出し、いつなら会えるかを確認せねばならない。
ミカエルシュナは手紙をしたため、侍女にフィナリアに渡すよう頼んだ。返事はすぐでなくてもいい、と伝えるように言って。
だが、予想に反してフィナリアの返事はすぐ来た。それによると、今日は無理だが明日の午後なら時間が取れるとのことである。
返事を持ってきた文官に承知しましたと伝えてもらい、翌日ミカエルシュナはフィナリアと会うことになった。
ミカエルシュナは王城の応接室で、フィナリアと向かい合っていた。
フィナリアは初めて見た時と同様、男装をしていた。さすがに騎士服ではないものの、動きやすさを重要視しているのかもしれない。ドレス姿は、先の晩餐だけだった。
「このたびはお時間をいただき、ありがとう存じます」
「いや、いい。件の陥穽を防ぐのに貴女の力がいることは、こちらも把握している」
フィナリアは軽く首を振り、じっとこちらを見定めるように見つめた。
その視線を受け流し、ミカエルシュナは口を開く。
「先に確認なのですが、殿下はピクトル王国の悲劇はご存知ですよね」
「無論だ。あれはむごい出来事だった。⋯⋯ミカエルシュナ嬢が言いたいのは、かの国の陥穽と、我が国で起こるだろうそれが同じものではないか、という可能性か?」
「はい」
フィナリアは頷いてみせると、彼女は難しい顔で考え込んだ。
「⋯⋯可能性は、無くはないと思う。あの国で回収された魔道具は封印されているから、同じ魔道具が存在することになるな⋯⋯あまり考えたくないが」
「あるいは、封印を破って持ち出されるやも」
「ありえない、と言いたいところだが、可能性が零ではない以上、無視できないな。すでに対処しているだろうが、王城からも大神殿に警戒するよう促そう」
そう言って、フィナリアはさっそく傍に控えていた侍女に指示を出す。ふたりいる侍女のうち、片方はその指示を受けて部屋を出ていった。
どこかのんびりとした返答のエドワルドと違い、フィナリアは即断即決のようだ。そんなフィナリアの様子を見ていたミカエルシュナは、紅茶をひと口飲んだ彼女に問いかけた。
「第二王女殿下は、ピクトル王国で起きた陥穽はどうやってできたと思いますか?」
その質問に、フィナリアは眉をひそめた。カップを置き、悩むように唇に指を添える。
「⋯⋯あくまで予想になるが、いいか?」
「構いません」
「おそらくだが⋯⋯地下に巨大な穴が発生したのではないかと思う」
フィナリアは言葉を選ぶように、ゆっくり話し始めた。
「報告書を読んだ限りだが、ピクトル王国は上部、つまり地上を削り取られたのではなく、地下に沈み込むようにして滅びたそうだ。つまり陥没だな。そこから考えるに、地上を支える地盤が弱くなったか、消え去ったから沈んでいったと考えられる」
「もともと地下空間が存在したという可能性は?」
「王城に地下室はあっただろうが、王都全てが沈むほどの巨大さではなかったと思う。たとえ王都全ての建物に地下室があったとしても、都全体が沈むなんてありえない。しかも、相当深い陥穽だったそうだからな」
フェリクスの話では、陥穽は土砂で埋まっていたものの、深さ数百メートルはあったそうだ。まるで地下に巨大な空間が存在していたように。
「勿論、ピクトル王国と我が国では、王都の規模ひとつ取っても違う。だが、それでも王都という国の中枢が突如沈むというのは⋯⋯恐ろしい事態だ」
「そう、ですね」
その後も幾つか言葉を交わした後、ミカエルシュナはその場を辞すことになった。
去り際、フィナリアはミカエルシュナに頭を下げた。
「ミカエルシュナ嬢、どうか我が国のために力を貸してほしい。我が国の王族として、不甲斐無いが」
「⋯⋯いいえ。微力ながら、お手伝いさせていただきます」
ミカエルシュナは微笑み、頷いた。




