五十二
翌日、大神官フェリクスが登城した。
午前中はティレシス王に会い、ミカエルシュナとの顔合わせは午後からの予定だ。
ミカエルシュナは大神官に会うまで、客室で状況の整理をしていた。
「そもそもわたくしがここに来たのは、マリーヌ王女殿下の予見にあったティレシス聖王国滅亡の未来を防ぐため」
王城を中心に陥穽が起こり、王都を飲み込む。そんなことが起これば、ティレシス聖王国は確かに滅亡するだろう。少なくとも、それまでの国力は維持できないし、王城が落ちたとなれば王族も全滅だ。少なくとも、確実にひとつの王朝が終わる。
それを防ぐ方法を探してずっと星見をしているマリーヌだが、その方法が視えないらしい。唯一、春の瞳のエルフ──すなわちミカエルシュナがいれば防げると、そう出たそうだ。
「おそらく、邪魔をされていたのでしょうね、例の黒幕に」
その後、星見でようやく、陥穽を生み出す黒魔法使いが王族の中にいることが解った。だが何者かが星見の邪魔をして、それ以上のことが解らない。そこでようやく、マリーヌの占星術を妨害する存在が出てきたのである。
現在おそらく最高位の占星術使いであるマリーヌの邪魔をする存在。それが、推定ローディウムの皇位を狙う簒奪者だろう。
「そうなってくると⋯⋯あの少女も関わってくるかもしれないわね」
ニヴィエ・デュラック。元伯爵令嬢で、ユリウスに熱狂的な恋情を向ける少女。彼女の家であるデュラック家は、ユリウス以外の存在に忠誠を向けていた。
ティレシス聖王国にあったゴライアスを彼らが所持していた以上、今回の件にも関与してくる可能性が高い。
もっとも、黒幕がニヴィエを利用するという選択をした場合のみの話になってくるが──
「その後、無事ティレシスには着いたけど⋯⋯その日の晩餐で、王は過敏症に倒れられたのよね」
原因はケーキに混入された果汁。しかも香りの濃いシナモンケーキだったことが気付かれにくい要因になった。また、ほかの料理にも少量かけられていた疑惑もある。
加えて、それ以前から盛られていた可能性も浮上しており、少なくともティレシス王がすぐに回復することは無いと思われる。
「これが黒魔法使いの仕業なら、おそらく⋯⋯国王陛下は黒魔法使いではないわね。狙いは、邪魔になるだろう国王の排除」
自身に疑惑が向かないようにあえて摂取した可能性もなくはないが、可能性としては低い。
なぜなら、彼が黒魔法使いなら、神聖魔法の回復を受け付けないからだ。
前々から狙っていたなら、急な病気や事故として片付けようとした可能性もある。幸いマリーヌがアレルギー症状だと気付き、ミカエルシュナが果汁の混入に勘付いたからよかったものの、そのどちらも欠けていたら、本当にそうなっていたかもしれない。
何しろ、それまでの体調不良も見逃されていたのだから。
「混入の件といい、侍医も買収、あるいは取り込まれている可能性があるわね⋯⋯」
おそらく、マリーヌも気が付いている。だからこそ、大神殿に助けを求めたのだろう。大神官がわざわざ動いたのも、むべなるかなという状況だ。
「思ったより事態が動くのが早いわね⋯⋯予知が早まる可能性も考えないと」
占星術の予知は、時期がずれることも多い。未来を知って行動するがゆえに起こる当然のずれなのだが、それが早まるとなると、こちらも急がなければならなかった。
何しろ、原因が黒魔法使いであること以外、現状何も解らないのだから。
ミカエルシュナが把握し終え、今後どう動くか、その際に何が必要かをリスト化し、更に王城に放っていた風の精霊の報告も聞き──と忙しく午前を消化した後、マリーヌから昼食の誘いを受けた。
大神官フェリクスも一緒に、とのことである。
ミカエルシュナは水色に蒼のレースを使用したデイドレスに着替え、王城の侍女に案内されて中庭のガゼボに移動した。
「ミカエルシュナ嬢、お待ちしておりました」
若葉色のドレスを身にまとったマリーヌは、微笑んでミカエルシュナを出迎えた。今までに比べると親しみを感じるのは、昨日の一件による影響だろうか。
彼女の向かいには、ひとりのエルフ男性が座っていた。
青がかった黒髪に、玉虫色の瞳、一見すると線の細い、三十代ほどの容姿である。だがローブに包まれた身体付きはぱっと見で解らない程度には鍛えられている。座っても解る背の高さも相まって、神官よりも騎士のような印象だ。
彼が大神官フェリクス・ディグレである。
ミカエルシュナはゆったりとした仕種でカーテシーをした。
「マリーヌ殿下、お招きありがとう存じます。そして⋯⋯大神官様にご挨拶申し上げます」
「初めまして、ミカエルシュナ・ルフェ嬢。フェリクス・ディグレです。お会いできて光栄です」
フェリクスは立ち上がり、恭しく頭を下げた。
それを見て、ミカエルシュナは内心驚愕する。
「大神官様?」
「どうかフェリクスとお呼びください。貴女のような尊きお方にそのように呼ばれると、すわりが悪うございます」
ミカエルシュナは戸惑い、思わずマリーヌを見た。
マリーヌは苦笑を浮かべている。それを見て、ミカエルシュナは自身がフローディア女神の化身として伝わっていることを思い出した。
「頭をお上げくださいませ。わたくしはフローディア様の化身などではないのです。大神官様──フェリクス様にそのようにされるいわれはございません」
「⋯⋯では、そのように」
頭を上げたフェリクスは、困ったような微笑を浮かべた。
「しかし、ご理解いただきたい。貴女の認識はどうあれ、大神殿において、貴女は神聖な存在なのです。私の態度も、どうかご容赦いただければと思います」
「そんな⋯⋯仕える神は違えど、フェリクス様はわたくしなどより神々に近しいお方でしょう。そんな方に尊ばれたら、わたくしの方こそ落ち着きませんわ」
ミカエルシュナは困惑した。
確かにマリーヌからフローディア女神の化身とされていると伝えられていたし、その守護者としてゴーレムがゴライアスという名で大神殿に納められていたのも教えられたが、それでも納得しているわけではない。
「この場では、どうか⋯⋯せめて対等という立場でいてくださいませ」
「⋯⋯ミカエルシュナ嬢がそう言うのでしたら」
フェリクスは渋々といった風に頷いた。
本当なら下に置いてもらって全然いいのだが、それだと押し問答になりそうだったので、あえて対等と言ったが、何とか承知してもらえたようだ。
微妙な空気を振り払うかのように、ぱんぱん、と軽い音が響いた。マリーヌが手を叩いた音である。
「おふた方、席に着いてくださいませ。まずは食事にいたしましょう。せっかく中庭に来たんですもの、ぜひ花を愛でながら食事を楽しんでくださいませ」
マリーヌの言葉は、ミカエルシュナにとっては天の助けのように聞こえた。




