五十一
入ってきたのは、ローディウムでマリーヌの護衛をしていた騎士だった。
騎士は獣人で、耳こそ人間種と同じだが、騎士服と手袋の隙間から見える腕には羽根がびっしり生えている。おそらくは、鳥系の獣人なのだろう。
羽根と同じ白髪を逆立たせ、鋭い茜色の瞳をした、浅黒い肌の男。身に付けた鎧はほかの騎士に比べると軽装で、帯びた剣も短い。
何より装備で目立つのは、左手だけに着けた籠手だった。鎧に反して重厚なそれは、明らかに何かしらの仕掛けが施されている。それが何なのか、魔術的なものなのか否かも解らないが、意味のある装備なのだろう。
彼はローディウムで常にマリーヌの傍にいた。おそらく、彼女にとっての最側近なのだと思われる。
「ルフェ嬢にも聞いていただくでよろしいですか?」
「ええ。もとより共有するつもりだったもの」
大神殿からの返事を渡す直前、護衛騎士はマリーヌに尋ねた。対し、マリーヌは頷く。
「ああそうだ、まだ紹介しておりませんでしたわね。ミカエルシュナ嬢、彼はロビン。大神殿の神殿騎士で、わたくしの護衛兼秘書をしております」
「ロビンです。姓は神殿に入る際に捨てておりますので、ご容赦を」
「よろしくね」
ミカエルシュナは短く挨拶をした。
神殿に入る際に姓を捨てるということは、家族と縁を切るということである。彼の背景に浅からぬものを感じ、ミカエルシュナはそれを追求することはしなかった。
マリーヌはそのロビンから受け取った手紙に目を通した後、内容をミカエルシュナに話し始めた。
「やはり、ゴライアスは動かせないようですわ。そもそも持ち出し禁止ですから、しかたがないでしょう。ひとつが偽物だったことも、すでに確認しているそうです。かなり精巧だったそうですが、何の魔力も無いただの人形だったからすぐに解ったと」
「今まで解らなかったということは、人目に触れる場所に無かったということですか?」
「ええ。大神殿の宝物庫の、一番奥に納められておりました。魔術的な封印も施されていたのですが⋯⋯壊されていたそうです」
「誰にも知られず⋯⋯ですか?」
魔術的な封印は、破壊しようとすると派手な音や光を放つことが多い。周囲に無理矢理封印を壊そうとする者がいることを報せるためだ。そういった処置を、大神殿側がしていないとは思えない。
発動させないように破壊しようとするなら、相当の魔法の腕と相応の時間が必要となる。
「王女殿下の星見を邪魔した黒幕の仕業⋯⋯でしょうか」
「本人かどうかは解りませんが、少なくとも手の者ではあるでしょう」
マリーヌは肯定した。
「それと⋯⋯明日大神官様がいらっしゃるそうです」
「大神官様ですか。確か、大神殿の指導者ですわね」
「ええ。ゼルヌス神官最高位の方ですわ」
マリーヌの言葉に、ミカエルシュナは頭の中でティレシスの要人を思い浮かべた。
ティレシス聖王国にとって、大神官は国王と同じぐらい重要視されている存在だ。何しろ大神殿の指導者ということは、ゼルヌス神信仰にとってのトップということである。
そしてフェリクス大神官はエルフであり、百年以上その大神官の地位にいる古老だ。
そんな彼が、王城に来る。
「⋯⋯それほど、大神殿側はことを重く見ていると」
「はい」
マリーヌは頷いた。
「大神殿側は、今回の陛下の件を黒魔法使いによるものだと見ています。だから、事態を軽く扱えないと、大神官様自ら足を運ぶそうです」
「なるほど⋯⋯」
ミカエルシュナは少し考えて、ふと顔を上げた。
「陛下がお倒れになってから、しばらく政務はできませんわよね。代わりはどなたがするのでしょうか」
「お兄様とお姉様が分担でなさると思います。わたくしは大神殿の業務に就いているので、政務にはあまり関われなくて」
「聖王国といえど、政教は分離してますのね」
「全く離れているわけではありませんが、政治的判断になるべく関わらないようにと大神殿では教えられます。あくまで大神殿は、信徒に教えを説き、その心身を守るためのものです。そのための神官であり、そのための神殿騎士です」
神殿騎士、と口にした時、ロビンが恭しく頭を下げた。彼も、その地位に誇りを持っているのだろう。
「ご立派ですわ。やはり、聖女と呼ばれるだけありますわね」
ミカエルシュナの素直な称賛に、マリーヌは困ったように微笑んだ。
「わたくし自身は、聖女などという呼称は過分だと思っておりますけどね」
「ご自分で名乗られるのは気恥ずかしい称号ですものね」
「それもありますが⋯⋯単純に、わたくし自身が聖女などという呼び方にふさわしいと思っていないのです」
マリーヌは視線を落とした。
「真に聖女であるならば、家族の中に黒魔法使いがいると解っても、慈愛と使命感を持って対処するでしょう。ですが今のわたくしの中には⋯⋯戸惑いと怒りしかない」
「怒り⋯⋯ですか?」
「はい」
マリーヌは頷いた。
「黒魔法とは外法、邪法です。誰かを害し、己の欲望のみを叶えるための魔法です。王族でありながら、そんなものに手を出した家族に怒りを覚えますし⋯⋯どうしてそんなものに手を出したの? という疑問による戸惑いがあります。黒魔法に手を出したということは、ゼルヌス様への信仰を忘れたということなのに」
マリーヌはぎゅ、と拳を握り締めた。
「どうして⋯⋯どうして、わたくしは気付かなかったのでしょう⋯⋯家族、なのに」
マリーヌは背中を丸め、顔をうつむかせた。王女とは思えぬ、弱々しい姿だった。
マリーヌのそんな姿に、ミカエルシュナは少し迷ってから立ち上がる。
「ミカエルシュナ嬢⋯⋯?」
「殿下、お隣失礼いたします」
ミカエルシュナはマリーヌの座ったソファの隣に腰を下ろすと、彼女の両手を取った。
「お身内のやったことに心を痛めるのは解りますわ。でも、それで必要以上にご自分を責めないでください」
「でも⋯⋯」
「例え家族であろうと、その心の内は解りません。血が繋がっているからといって、解り合えるとは限らないのです。それに、哀しいことですが、家族さえも自身のために利用する方も少なくありません」
元皇太后がそうだった。彼女は自身の野望のために、娘のネリアを利用した。そのせいで、ユリウス・ルキウス兄弟と深い溝ができてしまった。
黒魔法使いが誰なのか解らない。なった理由も、今はまだ不明だ。それでも断言できる。それは決して、マリーヌのせいではないと。
「王女殿下、例え誰が黒魔法使いであっても、胸を張っていてくださいませ。哀しみも苦しみもありましょう、ですが誰が相手でも毅然とするのを忘れないで。貴女は何も悪くないのですから」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
マリーヌはしばし、ミカエルシュナを見つめていた。ややあって、ミカエルシュナの手ごと自分の手を額に当てる。
「ありがとう、ございます⋯⋯ミカエルシュナ嬢⋯⋯」
「大丈夫、わたくしがおりますわ。わたくしだけじゃない、ロビン卿も、ほかの騎士達も⋯⋯大神官様もきっと、貴女の味方ですわ」
「はい⋯⋯はい⋯⋯!」
マリーヌは顔を隠して肩を震わせる。
指先が濡れるのを感じながら、ミカエルシュナはマリーヌが落ち着くまで、好きなようにさせていた。




