四十九
ティレシス聖王国の食事は、ローディウム料理より味付けが薄味で、見た目の華やかさが少ない。加えて、肉や魚が少ない傾向がある。
こうした料理は、ミカエルシュナには馴染みがある。神官──それも神殿に仕えるような神官達が食べる料理に近いのだ。
神官は質素倹約を心がける者が多い。ミカエルシュナも、神聖魔法の使い手として貴族令嬢の格を損なわない程度に抑えて生活していた。今だって、必要な時以外は派手な行いをしないように心がけている。
ティレシスの料理がそういう傾向なのは、国全体が神々──特にゼルヌス神の信仰厚い国だからだろう。
その傾向は、王室の料理にも表れていた。
勿論、王族の口に入る以上は素材も高級で種類も豊富だ。道中に食べたものより濃いが、味だっていい。それでも、ローディウムのような華やかさは無い。
とはいえ、ミカエルシュナはそれが嫌というわけではなく、むしろ好ましいとすら思っていた。
──何だか、懐かしさすら感じるわ。
ミカエルシュナは目を細めた。
食事は和やかな雰囲気で終わるかと思われた。
だが、状況が変わるのは、いつも急激である。
「⋯⋯う、ぐ⋯⋯⁉」
それは、デザートを食べてい最中に起こった。
ティレシス王の呼吸がどんどん荒くなり、最終的に喉を押さえ、苦しみ出したのだ。
「お父様⁉」
ティレシス王の一番近くに座っていたマリーヌが慌てて立ち上がり、その傍に駆け寄った。遅れてエドワルドが駆け付け、フィナリアはその場にいた使用人のひとりに侍医を呼ぶよう指示を飛ばす。
ミカエルシュナはさっと机の上に視線を巡らせた。
机の上には、デザートとしてシナモンケーキが並んでいる。ティレシス王だけでなく、全員が半分以上食べた状態だ。ミカエルシュナ自身も口にした。
ケーキはひとつのホールから全員に切り分けられた。ケーキに何か仕込まれていたなら、毒の効かないミカエルシュナでも、食べた時に違和感は感じる。その違和感も無かった。
何より毒見を済ませているはずのケーキの違和感が、見逃されるはずが無い。そもそもなぜ、ティレシス王のみに異変が起きたのか。
「マリーヌ殿下、国王陛下のご容態は?」
ミカエルシュナはひとまず毒の有無を後回しにして、ティレシス王の様子を尋ねた。
覗き込んだティレシス王は意識を失っており、その顔色は真っ青だ。だが先ほどまで荒かった呼吸が元に戻っている。まだ浅いもののそれでも正常に近付きつつあった。
「何とか原因は取り除きました。喉が腫れて、器官が塞がっていたようです」
「それで⋯⋯でも、どうして?」
「この症状⋯⋯アレルギー症状に似ています」
「アレルギー?」
「過敏症と言った方が、ミカエルシュナ嬢には解るかもしれません」
「ああ、それなら解ります」
ミカエルシュナは頷いた。
特定の食物や微弱な毒に過剰反応して身体に不調を起こす過敏症。それがアレルギーと呼ばれるようになったのは、ここ数十年ほどらしい。どうりで聞き馴染みの無い単語だと納得した。
「陛下は過敏症なのですか?」
「果物類が駄目なんです。食べると今のように喉が腫れ上がったり、酷い発疹が出るようになる。⋯⋯ですが、食事に果物は使われていないはずです」
「果物?」
ミカエルシュナの眉間にしわが寄った。
そんな彼女の隣で、エドワルドとフィナリアが議論を始める。
「僕達の料理のソースか何かが、間違って使われていたとか?」
「いや、そもそも果物類自体を料理に使わないよう徹底していたんだ。私達の食べたものにだって、果物は使われていないはずだ」
「それもそうか⋯⋯ソースに使われていたとしたら、解らなかったかもと思ったんだが」
「そうだな⋯⋯でも、それならどこに使われていたんだろうか」
「うーん⋯⋯」
兄姉が顔を見合わせる横で、マリーヌはずっとティレシス王の手を握り、その顔を見つめ続けている。ミカエルシュナはその横顔を痛ましく思いつつ、改めて机の上を見た。
机の上には、食べかけのシナモンケーキが放置されている。少し離れていても、ほのかにシナモンの香りが漂ってきた。
ミカエルシュナは少し考えた後、机に再び近付く。
いぶかしげにその動きを見守る周囲を尻目に、ミカエルシュナは立ったまま、ケーキをひと口、口にした。
あまりの不作法に絶句する周囲をよそに、ミカエルシュナは息を止めてケーキを味わう。ややあって、ティレシス王の方を振り返った。
「これ、果汁がかけられております」
「⋯⋯え?」
「おそらくリンゴのような、香りや味が強くない果物の果汁です。シナモンの香りにまぎれる程度、ふりかけたのでしょう。もしかしたら、陛下が食べたほかの料理にも」
「「「「「っ⋯⋯!」」」」」
全員が息を飲んだ。
香りの強いシナモンケーキ。市井のものより味の濃い料理。それ自体は、宮廷料理としては問題無い範囲だ。
だが、ティレシス料理としては強過ぎた。慣れていない人間なら、果汁がかけられても気付かない程度には。
ミカエルシュナが気付いたのは、これより味が濃いこともあるローディウムの料理に慣れていたせいだ。だからこそ、味の奥にある果汁の存在に気が付いた。
ティレシス王が果物の過敏症であること、彼のために果物が料理に使われることは無いと聞いた時、自身の舌が感じた違和感に気が付いた。
そんなミカエルシュナの指摘に、フィナリアが侍従を振り返った。
「騎士達に言って、厨房を調べさせろ」
指示を受けて侍従達が動き出す。一部残った者は、ティレシス王を連れ出すために王に近寄った。
「第三王女殿下、陛下の御身に触れますので、離れてください」
「わたくしも一緒に行くわ。喉の治療は終わったけど、まだ完全に回復したわけではないのだもの」
そう言ってティレシス王を連れた侍従達と共に出ていくマリーヌ。出る直前、彼女はミカエルシュナを振り返った。
「申しわけありません、ミカエルシュナ嬢は」
「必要とあらばお呼びくださいませ。わたくしは客室で待機しておりますので」
「⋯⋯ありがとうございます」
マリーヌは今度こそ晩餐室を出ていった。
それを黙って見送ったミカエルシュナに、エドワルドが歩み寄った。
「部屋までエスコートいたします」
「⋯⋯後処理はよろしいのですか?」
「フィナリアがすでに必要な指示を出しておりますから⋯⋯貴女を送った後、私もやるべきことをいたします」
「⋯⋯では、よろしくお願いいたします」
手を差し出すエドワルドを見つめた後、ミカエルシュナはその手を取った。




