四十八
時は少しさかのぼる──
黒魔法使いが王族の中にいると解ったのは、王都への道中だった。その日は野営をしており、マリーヌは日課の星見をしていたのである。
傍にいたミカエルシュナは、突如ふらりと倒れ込んだマリーヌを慌てて支えた。
「殿下⁉」
「ミ、ミカエルシュナ嬢⋯⋯」
マリーヌは青ざめた顔でミカエルシュナを見上げた。
「星見の、結果が⋯⋯」
「何か恐ろしい未来が解ったのですか」
ミカエルシュナが問うと、マリーヌは恐る恐る頷いた。
「完全に視えたわけではありませんが⋯⋯王族の中に、黒魔法使いがいるようなのです」
「え⋯⋯⁉」
ミカエルシュナは目を見開いた。
ティレシスは聖王国を名乗るだけあって、王族全員が熱心なゼルヌス神の信者であり、現在の王族は全員が神聖魔法の使い手だ。
つまり、黒魔法とは対極の存在のはずである。にもかかわらず、黒魔法使いがいるというのか。
「誰なのかは、解りませんでした。何だか⋯⋯何かが邪魔をしているような感覚がして」
「その黒魔法使いでしょうか」
「いいえ、もっと大きな⋯⋯恐ろしい力を感じました。おそらく、黒幕かと」
マリーヌは息を吐き出し、ミカエルシュナの腕から離れた。
「申しわけありません、ミカエルシュナ嬢。わたくしは今から、貴女を敵地に連れていくことになるかもしれません」
「構いませんわ。もとより危険は承知の上ですもの。それより、殿下のお気持ちです」
ミカエルシュナはマリーヌの繊手を優しく取った。
「お身内が許しがたい敵と判明したこと、お辛いでしょう。どうかご無理はなさらず、わたくしに心の内を明かしてくださいませ」
「⋯⋯ありがとうございます、ミカエルシュナ嬢」
マリーヌは血の気の失せた頬に微笑みを浮かべた。
「正直、ショックですわ⋯⋯現状、王族を名乗っているのは、わたくし以外には父たる国王、そして兄と姉⋯⋯この中に、恐ろしい黒魔法使いがいるなど、信じたくありません。何度星を観直したことか」
でも変わらなかった──そうマリーヌは嘆いた。
「家族を断罪せねばならないかもしれないと思うと、足がすくみそうですが⋯⋯ミカエルシュナ嬢がいてくださると、心強いですわ」
「光栄です」
「ふふ⋯⋯それにしても」
マリーヌは表情を改め、夜空を見上げた。
「なぜ王城を中心に陥穽が発生するのか不思議でしたが⋯⋯これで理由がはっきりいたしました。同時に、別の謎も出てきてしまいましたけど」
「王族の誰なのか、なぜ黒魔法使いになったのか──そして、星見を邪魔する存在、ですね」
「ええ。これでも、占星術使いとしては現在の最高位と自負しております。そのわたくしの星見を邪魔するとなると、相手も相当の魔術師でなければならない。一体、背後にどんな人物がいるのやら⋯⋯」
「皇帝陛下は、カルンシュタイン家の血を引く者だろうと予想を立てていましたが、なぜティレシスに弓引くことになるのでしょうか」
「そこまではさすがに⋯⋯カルンシュタイン家は過去にも何人か高名な魔術師を輩出しておりますから、可能性は高いですけど」
マリーヌは息をつくと、真剣な眼差しをミカエルシュナに向けた。
「気を引き締めていきましょう。ティレシスを滅亡から救うために」
「ええ」
ミカエルシュナもまた、力強く頷いた。
───
時間は現在に戻り──
ミカエルシュナは晩餐に向けてドレスに着替えていた。
着替えを手伝うのは、エリルを筆頭としたローディウムの侍女達だ。今回同行する侍女に、エリルも選ばれたのである。
逆にオリヴィアは、ミカエルシュナがさらわれた件で謹慎処分となったため、付いてきていない。本人は悔しそうだったが、こればかりはしかたがなかった。
「お似合いですわ、お嬢様」
エリルは支度を終え、満足そうに言った。
ミカエルシュナは深い蒼に金の刺繍が施されたドレスを着ていた。装飾品は髪をまとめる白のリボンと青薔薇の造花、サファイアとダイヤモンド、金細工で造られた首飾りだ。
ドレスはローディウムやティレシス式のそれとは少し異なっている。
両国はスカートの膨らんだドレスが主流だが、ミカエルシュナが着ているドレスは、すとんとした形のスカートだった。
これはクリノリンに慣れないミカエルシュナがアイヤミルに頼んで仕立ててもらったドレスだ。ペチコートの広がりも抑え気味にして、すらりとしたラインに仕上がっている。デザインもそれに合わせて華やかだがシンプルで、目新しいものになっていた。
デザインに関しては、アイヤミルだけでなくユリウスからも色々提案があり、現在の形となっている。
別に今回のティレシス来訪に合わせて作ったわけではないのだが、結果的に役に立った。
装飾品に関しては、ユリウスからの贈り物だ。
こちらもまた前々から贈られていた物で、たまたま今回役立った形である。
──いや、たまたまではないわね。
ミカエルシュナは偶然という単語を排除した。
ティレシス来訪は予測していなかったが、いずれ公の場にミカエルシュナが出ることをユリウスが想定していなかったわけではない。それも、自分の妃候補として前に出すことを彼は望んでいた。
これらの数々は、そんなユリウスの思惑によって贈られたものなのだ。
「⋯⋯それにしても、この色は⋯⋯」
「皇帝陛下のお色でございますね」
ミカエルシュナの言葉を引き継ぎ、エリルは苦笑した。
持ってきたドレスや装飾品はほかの色や宝石もあるのだが、傾向として青系統とサファイア、金細工が多い。
ユリウスの気持ちがにじみ出ていて、何だか気恥ずかしくなる。エリルがぼそっと、独占欲、と呟いたのが、余計にいたたまれなかった。
気を取り直し、迎えにきた侍従の案内で晩餐室に向かう。侍従の動きがぶりきのようにかちこちで、申しわけないやら少しおかしいやら、気持ちが忙しいミカエルシュナだった。
晩餐室に着くと、すでにマリーヌとエドワルドがいた。マリーヌは深緑のドレス、エドワルドはワインレッドのジュストコールを着ていた。
「お待たせしました」
ミカエルシュナが声をかけると、マリーヌは笑顔で迎えてくれた。一方のエドワルドは呆けた顔でミカエルシュナを見つめている。
「大丈夫ですわ、ミカエルシュナ嬢。お父様も、お姉様もまだいらっしゃっておりませんから。それにしても⋯⋯珍しい装いですわね」
マリーヌはミカエルシュナのドレスを見つめ、感心したように呟いた。
「はい。わたくしはどうしてもクリノリンに馴染めず⋯⋯相談した宮廷仕立師長が、新しいデザインを生み出してくださいましたの」
「そういえば、誕生祭で着ていたドレスも膨らみは控えめでしたわね」
マリーヌは先の夜会を思い出し、納得したように頷いた。そして、何やら意味ありげに笑みを深める。
「遠く離れるミカエルシュナ嬢に蒼色を贈るだなんて⋯⋯皇帝陛下は存外人間らしい方ですのね」
「からかわないでくださいませ⋯⋯」
マリーヌにまで指摘され、ミカエルシュナは頭を抱えたくなった。
「⋯⋯はっ」
そこで、呆然としていたエドワルドが現実に戻ってきた。
「し、失礼しました。あまりの美しさに、意識が夢へと旅立ってしまったようで⋯⋯貴女を前に、何とも情けない」
「まあ⋯⋯お気になさらないで」
恐縮するエドワルドに、ミカエルシュナは微笑を向けながら椅子に座った。
そこで、ミカエルシュナが通ってきたものとは別の扉が開かれる。入ってきたのは、ティレシス王とフィナリアだった。
「お待たせしたな」
ティレシス王はミカエルシュナに軽く頭を下げると、自身の椅子に座った。
「じきに食事が運ばれる。晩餐にしよう」




