四十七
ローディウム帝国とティレシス聖王国は隣国に当たる。だが両者どちらも広大な国土を持つため、どれだけ急いでも皇都から王都までの旅程は半月以上かかった。
「この時間の消費は痛いですね」
「ええ。ですが、しかたがない部分ではあります。まさか馬で走るわけにはいきませんから」
ミカエルシュナの言葉に、マリーヌはそう返した。
マリーヌは一国の王族で、ミカエルシュナは国賓。戦時中や魔物討伐の最中ならともかく、ただの帰国・来訪に馬のみでの移動はおかしいだろう。そうでなくとも、荷物のせいで貨物用の馬車も使っている状態だ。貴人のみが馬上というのは、奇妙に映る。
そんなところから敵に不信感を与えて、滅亡が早まってしまっては元も子もない。
はやる気持ちを抑えてようやくたどり着いたティレシスの王都は、白い城壁に囲まれ、石畳の道や立ち並ぶ建物に至るまで白に染め上げられた、白亜の都だった。
雑多だが新しく、不思議とまとまりを備えていたにぎやかなローディウムの皇都と違い、ティレシスの王都は全てが整然とした、美しい風景だった。聖都、と呼んでもさしつかえないのでは、と思うほどである。
ミカエルシュナは思わずほう、とため息を漏らした。
自身が人並み外れて美しいからこそ、ミカエルシュナはその他の美というものにそれなりに厳しい自覚がある。そのミカエルシュナの審美眼から見ても、美しい街並みだ。都そのものが芸術品のような雰囲気である。
「気に入っていただけてよかったです。いつでも永住してよいですからね」
「さらっと永住勧めないでください⋯⋯」
「まあ半分は冗談として」
マリーヌは居住まいを正した。
「これからまず、王城に向かいます。そこでティレシス国王陛下にご挨拶をして、王城の客室に泊まっていただき、明日大神殿に向かいます」
もうすぐ夕方になる時間帯だ。確かに王城の後に向かうには、時間が遅いだろう。
「おそらくは晩餐に呼ばれると思いますので、その準備をお願いいたします」
「解りました」
ミカエルシュナは自身の格好を確認した。
道中魔物と戦うこともあったため、ミカエルシュナは完全武装している。だが、知らない者が見れば剣と盾以外は戦装束だと解らないだろう。
ミカエルシュナが着ているのは、アイヤミルによって手直しされ、デザインが刷新された戦装束だ。
デザインはより現代的に、かつシンプルで洗練されたものに。綻びが出ていた魔術的防御力は補強され、新たに付け加えられてもいる。
元のよさを殺さず、更に強化された戦装束に、初めて目にしたミカエルシュナは感心のあまり言葉を失った。
髪飾りを含めた幾つかの装飾品型魔道具と合わせて、完全にきらびやかな絶世の美女である。これで戦場に出るものだから、両国の護衛騎士達には密かに勝利の女神として崇められるようになっていた。
一方のマリーヌもゴライアス戦で着ていたドレスローブを着用しており、その華やかさは王族にふさわしいものだが、ミカエルシュナの輝きの前にはどうしても霞みがちである。幸いにも、本人は気にしていないのだが。
そもそも単体で見るならマリーヌも人並み以上の美女であり、ミカエルシュナの影にならない程度には華がある。ミカエルシュナがずば抜けているだけなのだ。
そんな美女ふたりを乗せて、馬車はティレシスの王城に入城した。
───
「ティレシス国王陛下にご挨拶申し上げます」
ミカエルシュナは王城の謁見の間にて、ティレシス国王と対面していた。
ティレシス王の両隣には彼によく似た面差しの男性と、背の高い女性が立っている。事前に聞いていた、第一王子と第二王女だろう。つまり、マリーヌの兄姉である。
ティレシス王は栗色の髪に白髪が混じった壮年の男性だった。しわこそあるもののなかなかに整った顔立ちをしているが、身体が悪いのか、どことなく顔色が悪いように見える。
男性──第一王子の方は、そんなティレシス王を若くして、かつ健康的にしたらこうなるだろうという容姿だった。ただ、ティレシス王は柔和な印象に対し、王子の方はどことなく硬質な雰囲気がある。おそらくは、表情が硬いせいだろう。
彼の名はエドワルドと言うそうだ。挨拶の際に浮かべていた笑みが、彼の緊張を如実に表していた。
女性──第二王女は、マリーヌと同じ亜麻色の髪の女性だ。髪型は長髪のマリーヌに対し、肩上で切りそろえている。着ているのはドレスではなく男性用の軍服で、凛々しい顔立ちも相まって中性的な印象だった。女性騎士も珍しくないローディウムならともかく、それほど多くないティレシスでは奇異な目で見られるのではないだろうか。
彼女はフィナリアと言うそうだ。こちらは笑顔は見せなかったものの、挨拶の声音など物腰は柔らかかった。
「遠路はるばるよくぞ参った。旅の疲れを癒してほしいところだが、その前にひとつ、確認したいことがある」
「何でしょうか」
「そなたがゴライアスの真の主であるなら、ゴライアスを起動して操ることができるはずだ。それをここで証明してほしい」
「⋯⋯陛下の御前で武器を抜く行為に等しいのですが、よろしいのですか?」
「よい。そなたの人間性は、マリーヌ王女とユリウス皇帝陛下が保証している。それをもって、我が前で武器を抜くことを許す」
ティレシス王の言葉を受けたミカエルシュナは隣でひざまずくマリーヌを見た後、ゴライアス──もといゴーレムを起動させた。
「”我が騎士よ”」
呪文を唱え、ゴーレムを放ると、ゴーレムはたちまち等身大の鎧甲冑を着た騎士の姿に変貌した。そしてその場にひざまずかせる。
おお、とティレシス王の口から感嘆が漏れ出る。エドワルドとフィナリアも目を丸くした。
「なるほど⋯⋯ミカエルシュナ嬢は、真にゴライアスの主であったか。証明感謝する」
「いえ⋯⋯」
ミカエルシュナはすぐにゴーレムを元の人形に戻し、微笑んだ。
ゴーレムはミカエルシュナの魔法契約によって、ミカエルシュナのみが起動・操作できるようになっている。おそらくティレシス側は、ゴーレムが魔術的な遺物であることは伝承だけでなく調査をもって理解していたが、使うことはできなかったのだろう。
「では、改めて旅の疲れを癒すがいい。夜は晩餐を共にしたいと思うが、いかがか?」
「光栄に存じます。ぜひ、お供させていただきますわ」
ミカエルシュナは軽く頭を下げた。ここまでは、事前に予想していた通りである。
問題は、晩餐以降。つつがなく終わればそれでいいが、果たして平穏無事に終われるかどうか。
何しろ、黒魔法使いは王族の中にいるのだから。




