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望郷のエルフ  作者: 沙伊
巨人ゴライアス編

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四十四

 その後は慌ただしくことが動いた。

 デュラック伯爵家は取り潰しがほぼ決定したが、明後日にはユリウスの誕生祭がある。デュラック家の件は、裏で密やかに動くことになった。

 ミカエルシュナとマリーヌをかばい続けてぼろぼろになったユリウスは、そのふたりの魔法によってすっかり治療された。後に尾を引く傷などは無かったため、誕生祭に出るのには問題無いと判断されている。

 その次にミカエルシュナの身体も検査されたが、こちらも問題無し。無理矢理連れ去られたとはいえ、丁重にもてなされていたので、空腹であること以外に特筆するようなことは無かった。

 その後速やかに後処理を済ませ、何とか無事だった謁見の間で貴賓や国内貴族などの対応を行ったというユリウスに、身体を休ませる以外にできることの無いミカエルシュナは歯がゆい思いをした。

 そんな中、突然マリーヌがミカエルシュナを訪ねてきた。

 ユリウスの誕生祭を翌日に控えた、昼過ぎのことだった。



「急に申しわけありません。お忙しいところに」

「いいえ、今わたくしにできることはございませんので」

 客室の応接間で、ミカエルシュナはマリーヌと向かい合っていた。マリーヌの後ろには昨日の護衛のひとりが控えており、ミカエルシュナの背後にもまた、オリヴィアとは別の女性騎士が立っている。

「事前に皇帝陛下には許可をいただいておりますが⋯⋯これを貴女にお返し(、、、)したいのです」

 マリーヌはそっと長机にある物を置いた。

 それは白銀の鎧甲冑を着た手の平ほどの人形である。

 ミカエルシュナにとっては、見慣れたものだった。

 なぜならそれは、ミカエルシュナがかつて、支配魔法を使って操っていた魔銀製のゴーレムだったのだ。

「こ、れは⋯⋯!」

「貴女の物ですよね?」

「は、い⋯⋯なぜ、これを王女殿下が⋯⋯」

 ゴーレムは千年の時を経たためか、少し古びたように見えた。それでも白銀の輝きは少しも衰えておらず、形状も完璧に残っている。

「これは、あの巨人から出てきた物です」

「え?」

 ミカエルシュナは顔を上げた。

 巨人ゴライアス。その遺骸は、ローディウム側が調査のために回収した。ミカエルシュナが最後に見た時には、砂山のような状態だったはずである。

 その中に、なぜミカエルシュナのゴーレムが存在していたのか。

「そもそもゴライアスというのは、我がティレシス聖王国にて、とある五体の守護者の名前として伝わっております」

「五⋯⋯」

 その数は、ミカエルシュナのゴーレムの数と同一だった。そこには何か意味があるのだろうか。

「その守護者は、王神ゼルヌス様ではなく、女神フローディア様を守り、その化身に侍るものとされておりました」

「化身⋯⋯ですか?」

 話が妙なところに行き始めた。

 ゴーレムはミカエルシュナがかつてお抱え鍛冶師に作られた物だし、ミカエルシュナはフローディア女神の神官ではあっても化身などではないのだが──

「その方の名前は伝わっておりませんが、その姿は伝わっております。曰く、春の花のごとき美しい紫の瞳だと」

 確かにミカエルシュナの淡い紫の瞳は春の花のようだと言われたことがあるが──そしてフローディア女神もまた紫の瞳だと言うが──それで化身と呼ばれるのは違う気がする。せいぜい敬虔な信徒ぐらいだ。

「あの⋯⋯王女殿下。殿下のお言葉を否定するようで心苦しいのですが⋯⋯」

「解っておりますわ。ご自身はフローディア様の化身などではないとおっしゃるのでしょう」

 マリーヌは微笑みながら頷いた。

「この場合、重要なのは本当にそうかではなく、そう思われているという点ですわ」

「はあ⋯⋯」

「そして、ミカエルシュナ様の守護者が、こうして我が国に伝わっている。ゴライアスの伝承は、こう締めくくられております。化身が再び現れた時、かの方に守護者をお返しせよと」

 マリーヌは改めて、ゴーレムを差し出した。

「お受け取りくださいませ。これは、貴女の物ですわ」

「⋯⋯ありがとう存じます」

 ミカエルシュナは納得いかない思いを抱きながら、ゴーレムを手に取った。

「⋯⋯ところで、これが聖王国に伝わっていたのなら、なぜ帝国の、それも一貴族でしかないデュラック家が使役していたのでしょうか。それも、あんな巨人の姿で」

「それは解りません。かの家とは、特別交流があるわけではございませんし⋯⋯ただ、ゴライアスは我が国のゼルヌス大神殿にて保管さていました。五つ全て(、、、、)です」

「⋯⋯盗まれたということですか」

 ミカエルシュナは表情を引き締めた。

 マリーヌがデュラック父娘との対峙に同行した理由が見えてきたからだ。

 マリーヌは占星術が使える。

 占星術とは星を観測し、その動きを観ることで未来を予見する魔法のことだ。星を観ること自体は知識があれば誰でもできるが、予見まで付くと特別な才能が必要となるため、使い手は非常に少ない。マリーヌは、その数少ない真の使い手だった。

 そして占星術使いは、長じると星を観ずとも未来を視る(、、)ことがあるという。マリーヌはその能力に開花した人物であり、神聖魔法使いとしても最高位ゆえに”予言の聖女”とも呼ばれているそうだ。

 おそらく彼女は──

「ええ、視たのです。ゴライアスがローディウム帝国にて存在する未来を。その時はこの状態だったので、あの巨人がそうとは気付かなかったのですけど⋯⋯」

「わたくしが名を教えたから、解ったのですね」

 そう思うと、あの地下で口を滑らせたニヴィエに感謝しなければならない。そうでなければ、ミカエルシュナの手元に戻らなかったかもしれない。戻ったとしても、それは更に時間が経ってからになっただろう。

「ミカエルシュナ嬢、わたくしの話はそれだけではありません」

 マリーヌは微笑を消し、真剣な眼差しでミカエルシュナを見た。ミカエルシュナも自然と居住まいを正す。

「ミカエルシュナ嬢には、我が国に来ていただきたいのです」

「⋯⋯それは、ほかのゴーレム──ゴライアスを返却したいからですか」

 言いながら、どうしてかそれだけでない気がした。それだけで済ませるには、マリーヌの雰囲気が緊張しているように見えたからだ。

「いいえ」

 案の定、マリーヌは首を横に振った。

「ミカエルシュナ嬢には、手を貸していただきたいのです」

「手を?」

「はい。ゴライアス盗難を成した者──我が国に巣食う黒魔法使いの駆逐の手伝いを」

 マリーヌはじ、とミカエルシュナを見つめた。

 アクアマリンの瞳が、春の瞳を絡め取らんとするように。

「そうしなければ⋯⋯我が国は滅びるのです」

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