四十三
マリーヌから詳細を聞いたミカエルシュナは、彼女の作戦に乗ることにした。
だが問題が無いわけではない。浄化をする間、ミカエルシュナとマリーヌは無防備になる。つまり、ユリウスひとりに守ってもらわなければならないのだ。
ミカエルシュナはニヴィエの炎をかいくぐりながら、ユリウスの傍に移動した。
「陛下」
「何やら王女と話し合っていたな」
触手とゴライアスの一撃をいなしながら、ユリウスは言った。視線は向かないものの、こちらに意識を向けてくれているようだ。
手短にマリーヌの提案を話すと、彼は頷いた。
「では、守りは任せろ」
「陛下の負担が大きいのですが、よろしいのですか」
「構わない。安心しろ、傷ひとつ付ける気も無い」
ユリウスは伸びてきた触手を斬り捨て、不敵に笑った。
「貴女達のことは、必ず俺が守る」
「⋯⋯っ、お願いいたします」
自信にあふれた表情に、思わず言葉を詰まらせるミカエルシュナ。だが何とか頷きを返し、マリーヌの元に戻った。
「殿下」
「ええ、始めましょう」
マリーヌとミカエルシュナは手を組み、祈りの姿勢を取った。
その異変に気が付いたニヴィエが、いぶかしげに眉をひそめる。
「何をするつもり⋯⋯? 何もさせないわよ!」
ニヴィエは風をまとった炎をふたりに向けた。更に、それに呼応するようにゴライアスが棍棒を振り上げる。
ユリウスはその炎を斬り裂き、ゴライアスの棍棒を受け止めた。
剣で斬り伏せたとはいえ、残り火はユリウスの肌を焼き、棍棒を受け止めた身体は軋む。それを見て、ニヴィエは悲鳴を上げた。
「ユリウス様! どうしてっ」
「彼女達を守ると誓ったのでな。貴様に手出しをさせるわけにはいかない」
ユリウスは唇を歪めた。
「さあ! 悪しき巨人よ、余が相手をしてくれる‼」
「おおおおぉぉぉぉおおお⋯⋯!」
不気味な声を上げながら、ゴライアスはユリウスに棍棒を振るう。それらを全て受け止め、なおもユリウスは笑みを消さなかった。
顔を歪めたのは、むしろニヴィエの方である。
「やめ⋯⋯やめてゴライアス! その方じゃない、あっちの女達を攻撃しなさい! 聞こえないの⁉」
必死に命令するものの、ゴライアスは全く聞く気配は無かった。
この場にいる誰もが想定していなかったが、マリーヌによって乱されたことによって、ゴライアスの覚醒は中途半端になっていた。本来ならユリウスひとりでは厳しい相手だったはずが、一対一で渡り合えている。
加えて、中途半端ゆえにデュラック伯爵の意識が薄っすら残ってしまい、ユリウスの排除とミカエルシュナの保護という命題が表に出てしまった。
ゆえにゴライアスはユリウスを執拗に攻撃し、ミカエルシュナの元には行かなくなってしまったのである。
だが、ニヴィエはそれを知らないし、彼女以外の者が察することは無い。それにデュラック伯爵の意識も、そう経たないうちに消えるだろう。
ゆえに、知らないながらミカエルシュナ達に残された時間はそれほど無かった。
「わたくしの言葉を繰り返してください。”天におわす神々よ、我らの願いを聞き届けよ”」
「”天におわす神々よ、我らの願いを聞き届けよ”」
ミカエルシュナはマリーヌの紡ぐ祝詞を復唱する。それだけで、ふたりの魔力は同調し、ひとつの魔力として周囲に巡り出した。
「”悪しき魂に穢された守り人を、正しき形に戻したまえ”」
「”悪しき魂に穢された守り人を、正しき形に戻したまえ”」
──守り人、正しい形とは、何なのだろう。
そんな疑問が頭をかすめるものの、すぐに祝詞と魔力に集中し、押し流されていく。
ミカエルシュナはマリーヌに魔力を共鳴させながら、懸命に祈りを捧げた。
巨人を浄化して、ユリウスを助けるために──
「”神々よ、聞き届けよ、守り人の嘆き、我らの願い”」
「”神々よ、聞き届けよ、守り人の嘆き、我らの願い”──!」
最後まで唱えたとたん、魔力がごっそり抜けていく感覚があった。思わずふらつきそうになるが、必死に耐える。
だが、魔力が抜けるのと時同じくして、ゴライアスに変化があった。
ユリウスとミカエルシュナの攻撃にさらされて細切れになっていた肉から血の気が失せ、ぼとぼとと零れ落ちる。その下の灰色の骨も、風化するように砂になっていった。
最後に残った頭が、何かを呟いた。それは苦悶の声かもしれないし、安堵のため息だったのかもしれない。解らないが、その声と共に、頭部もぼろりと崩れ落ちた。
瞬く間に、あれほど異様な威容を誇っていた巨人が、乾いた肉片と砂の山と化していた。
相対していたユリウスは、あちらこちらをぼろぼろにしながらも呆然とその山を見下ろす。だが、彼以上に現実を受け止められない人間がいた。
「⋯⋯⋯⋯え?」
ニヴィエだ。ニヴィエは短杖を構えた状態のまま、硬直してゴライアスを見つめていた。
頭上には放たれる直前の炎があったが、彼女の意識がそれたのを受けて消え去っている。
「な、なん、何で⋯⋯」
ニヴィエは立ち尽くした。彼女にとって最大の盾であり、攻撃手段だった巨人が文字通り崩れたのである。その衝撃は、彼女の精神を激しく揺さぶった。
その精神の揺らぎの影響を受けてか、闇が再び鳴動を始めた。だが、今度はミカエルシュナ達を攻撃するためではなく、巨人と同様崩壊を始めたのである。
上から綻ぶようにして、光が差し込んだ。それに目がくらむ暇も無く、ほろほろと闇が剥がれ落ちていく。三十秒もしないうちに、闇の世界は元の謁見の間に戻っていた。
「終わりだな」
ユリウスは大剣を収めないまま、ニヴィエに歩み寄った。
すがるように見上げるニヴィエに、ユリウスは冷酷に告げる。
「ニヴィエ・デュラック──反逆罪で捕らえる。騎士達よ!」
謁見の間には、一緒に来ていた騎士達とマリーヌの護衛達がその場に立ち往生していた。彼らは突然戻ってきた主に困惑していたが、ユリウスの声に雷に打たれたように硬直する。だがすぐ動き出した。
「はん、ぎゃく⋯⋯? 違う、わた、私は」
ニヴィエはなおも自分を拒絶したユリウスに手を伸ばした。その手に、ユリウスが無慈悲にも剣を振り下ろそうとした時である。
ぎゅるり、と。
突如、ニヴィエの身体に黒い触手が巻き付いた。闇の世界でさんざミカエルシュナ達を打ち据えた、あの触手だ。
目を見張るユリウスの前で、触手に全身を巻き取られたニヴィエは、後ろに引っ張り込まれた。
「え、いやっ⋯⋯!」
拒絶の声も虚しく、ニヴィエは無理矢理ユリウスから距離を取らされる。その先にあったのは、ぽっかりと開いた穴だった。
薄暗い、鬱蒼とした景色が見え隠れしている空中に空いた穴。一体いつの間にそんなものができたというのか、誰も、それを認識していなかった。
ニヴィエは抵抗する間も無く、その穴に引き込まれていく。
「どうし、て⋯⋯陛下⁉」
そんな最後の言葉を残して、ニヴィエは穴と共に姿を消した。




