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望郷のエルフ  作者: 沙伊
巨人ゴライアス編

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四十一

 それは、ミカエルシュナをさらった闇の中と同質だった。上下左右が解らなくなりそうな、真っ暗闇。

 その中にぽっかり浮かぶように、ミカエルシュナ、ユリウス、マリーヌの三人は放り出された。共にいたはずの騎士達は見当たらない。マリーヌの護衛も同様だ。

 ミカエルシュナとユリウスはともかく、なぜマリーヌまで巻き込まれているのか、と疑問に思うが、それは向こうも同じだったらしい。

「⋯⋯なぜ、マリーヌ王女まで闇の中に」

 デュラック伯爵が警戒をにじませた声で呟いた。

 それに対し、マリーヌは微笑んで首を傾げる。

「わたくしを拒絶しようとしたようですが、直前で貴方の闇に干渉させていただきました。わたくしの前では黒魔法など、児戯のようなもの」

 マリーヌの言葉に、デュラック伯爵の眉がしかめられた。

 黒魔法は別名代償魔法と呼ばれる、禁忌の魔法だ。呪いや魔物への変化、生物の支配など、禁じられた魔法の総称でもある。

 そんな闇の魔法の天敵は、神々から力を借りる神聖魔法だ。ミカエルシュナ自身、辺境伯令嬢時代に黒魔法を使う輩と対峙することがままあった。

 だがこれほど強大な闇を操る相手にも、その闇に干渉する神聖魔法使いにも、会ったことは無かった。

「とはいえ、わたくし以外の者を連れてくることはできませんでしたが⋯⋯陛下、ミカエルシュナ嬢、前衛をお任せしてもよろしいでしょうか?」

「無論だ」

「陛下が異存無ければ、問題ありません」

 ユリウスと共に頷き、ミカエルシュナはデュラック父娘に向き直った。

 デュラック伯爵はしばらく動揺したような表情をしていたが、すぐ無表情に戻った。気弱そうな顔立ちに反して、状況への適応は高いらしい。

「しかたがありません。こうなった以上、ミカエルシュナ嬢以外には消えていただく」

「お父様⁉」

 ユリウスまで抹殺対象にしたことに、ニヴィエが抗議の声を上げた。だがそれに頓着せず、デュラック伯爵はまたぱちんと指を鳴らした。

 直後、ずしん、ずしん、と空気を大きく揺らす足音が響き渡る。覚えのある音に、ミカエルシュナは剣を構えた。

「陛下!」

「ああ、貴女が言っていたのは、これか」

 ユリウスもまた、背中の大剣を抜いた。マリーヌは静かに杖を持ち上げる。

 現れたのは、つるりとした頭に簡素な鎧をまとった巨人──ゴライアスだった。ミカエルシュナが与えたダメージはすでに無いらしく、鎧は元通りになり、火傷跡なども見当たらなかった。

「あの巨人は⋯⋯」

「ゴライアスという名だと、デュラック嬢は言っていました」

 目を見開くマリーヌに、ミカエルシュナは言葉少なく説明する。それに、マリーヌは眉をひそめた。

「ゴライアス? それは⋯⋯」

 マリーヌが何かを言いかけた時、それに被せるようにニヴィエが叫んだ。

「ユリウス様! どうか目を覚ましてくださいっ」

 意味の解らない言葉に、三人は顔を見合わせる。特にユリウスの困惑は色濃かった。

「⋯⋯いきなり何だ」

 ひとまずニヴィエの主張を聞く姿勢を取ったユリウス。案の定、頭の痛い与太話を聞かされることになった。

「ユリウス様はその女の色香に惑わされているだけなのです! どうか正気に戻って、私との愛を取り戻してください‼」

「⋯⋯まず貴様に余の名前を呼ぶことを許可していないと、何度言えばいいのだろうな」

 ユリウスは低く轟くような唸り声を出した。それに、さしものニヴィエもびくりと身体を震わせる。

「そして、余がミカエルシュナ嬢の色香に惑ったことも、貴様と愛し合った事実も無い。ミカエルシュナ嬢の方が貴様なぞよりもよほど妃にふさわしいのは事実だがな」

「なっ⋯⋯」

「今までも幾度となく言ったが、もう一度言うぞ。貴様を妃として迎えることは無い。ことここに至っては、その可能性は絶無だ。むしろ、なぜ今まで愛されていると信じ続けられたのか、全く解らない」

 そうよね、とミカエルシュナは内心で同意した。

 ミカエルシュナが知る限りでも、ユリウスはニヴィエのことをずっと拒絶していた。ミカエルシュナが来る前から、ユリウスはニヴィエを遠ざけ、近付けることをしなかったらしい。

 なのに愛し合っていると、どうして思えたのだろうか。

 ニヴィエはわなわなと震えていた。顔は青ざめ、揺れる翡翠の瞳でユリウスを見つめている。その姿は、愛らしくも哀れだった。

 だがそれは、状況を考えなければだ。無断で謁見の間に陣取り、闇の結界に皇帝を拉致し、身勝手な愛を叫んだ後では、同情など微塵も起きなかった。

 それは、父のデュラック伯爵もそうだったらしい。

「何を考えているんだ、ニヴィエ! 言っただろう、皇帝のことは諦めろと。それに、ミカエルシュナ様は」

「うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい‼」

 父の叱責を跳ね除けるように、ニヴィエは頭を抱えて髪を振り乱した。

「ずっと⋯⋯ずっとずっとずっと頑張ってたのに! 頑張ってるのに! なぜ受け入れてくださらないの? どうしてユリウス様も、お父様も、あのお方(、、、、)も、その女を大事にするの⁉ 酷いわ‼」

 ニヴィエはそう叫んだかと思うと、デュラック伯爵の腕掴んだ。見た目に反した強い力に驚いたのか、伯爵は苦悶の声を上げる。

「ぐう⁉」

「酷いことを言うぐらいなら⋯⋯私の役に立って?」

 ぎょろり、と大きな瞳を動かし、ニヴィエは父を見上げた。そして、呪文のようなものを紡ぐ。

「■■■■■■──」

 それは現代においては、発音の仕方すら解らない言葉だった。おそらく、ユリウスとマリーヌには意味が全く解らなかっただろう。

 だがミカエルシュナは──千年の時を経て現代に存在する彼女には、その意味が理解できた。

 ニヴィエは古代の言葉で、こう言ったのだ。


”父を生贄に、ゴライアスの真の力を解放する”──と。


「あ、が⋯⋯ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

 デュラック伯爵が絶叫を上げた。穴という穴から、血を噴き出しながら。

「伯爵⁉」

 ユリウスは思わず一歩踏み出した。ニヴィエの呪文の意味が解らなかった彼には、突如デュラック伯爵の身に異常が起きたとした見えなかっただろう。

 隣のマリーヌは何かを察したらしい。穏やかな顔立ちに焦燥の色を乗せて、杖を構えた。

「”悪しき法を拒絶せよ”!」

 マリーヌの呪文と共に、白い魔力の奔流が巨人ゴライアスとデュラック伯爵の身体に巻き付いた。それによって、両者に絡み付いた黒い影が露わになる。

 それは(もや)のように朧気でありながら、吐き気を催すほどの悪意に満ちていた。

 それが、マリーヌの魔力によってほどけていく。だが、間に合わない。


 絶叫は闇の中に広がり、ゴライアスに変化を促した。

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