三十九
悶々とした気持ちを抱えることになってしまったが、いつまでもそうしているわけにはいかない。ミカエルシュナは部屋全体を徹底的に確認した後、通信用のものを含めた宝石達を厳重にしまい込んだ。
用意されたドレスやワンピースの中でも動きやすく、かつ宝石を隠すスペースのある物を選び、手早く着替える。幸い、ひとりで着替えられるタイプだった。
そうして人心地着いた後、空腹を覚えたものの、その後に差し出された食事に手を付ける気にはなれなかった。
毒が効かないとはいえ、何か混入されていたら気分がいいとは言えないし、万が一ミカエルシュナにも効果のある毒が無いとは言えない。死ぬような毒は確実に効かないが、魔法的な効果のあるものは影響が零ではないのだ。
代わりに魔法で出した水を飲みながら、ミカエルシュナは鉄扉の外をうかがった。
見張りは、少なくともすぐ外にはいない。デュラック伯爵曰く、ミカエルシュナが気兼ね無く休めるようにだそうである。
「⋯⋯そこまで考えられて、わたくしを外に出さない理由って、本当に何なのかしら」
勿論、外に出るまでの道には見張りがいるだろうし、鉄扉自体にも強固な脱出防止の魔法がかけられている。自力脱出はかなり難しいだろう。それでも、そうまでしてミカエルシュナに人を──もっと言うと、男を近付けたくないということなのだろうか。
ちなみにミカエルシュナを罵倒して以降ニヴィエも来ていない。おそらく、彼女もまた近付くことを禁じられたのだろう。禁止した程度でどうこうできる少女ではないはずだが、少なくともここ数時間は平和である。
おかげで部屋の探索は無事に終わった。そして対魔法の術式を解くには数日かかるという結論が出た。
──おとなしく救出されるのを待つ方が早いかしらね。
それでも何もしないでいるのは暇なので、少しずつ術式を解いていくことにした。
とはいえ、巨人ゴライアスとの戦闘を経た後である。解析と少しの干渉だけで限界が来てしまい、ミカエルシュナは横になることにした。その際に残りの魔力を使って、自身の周りに結界を張ることも忘れない。
デュラック伯爵の言を信じるなら、ミカエルシュナに異性を近付けさせることは無い──食事と飲み物を持ってきたのも侍女だった──のだろうが、それもどこまで信じられるか解らない。自分の身は可能な限り自分で守るべきだ。
そうして眠りについたミカエルシュナが次に起きた時、状況は明らかに変わっていたのである。
───
いつも通り目覚めたと感じたミカエルシュナだが、太陽光も時計も無い地下室では本当に朝であるかは判然としない。食事が来ないから朝食の時間ではないだろう、と思うぐらいだ。
ひとまず生活魔法で身体を清め──部屋の風呂を使う気は、全く起こらなかった──部屋の外をうかがう。相変わらず、見張りは傍にいないようだった。
だが、寝る前は静かだった上階が、何やら騒がしい。鉄扉と天井越しゆえはっきりとは聞こえないが、誰かが争っているように感じる。
予感を覚えたミカエルシュナは、手早く身支度を済ませ、万が一に備えて魔力を練った。幸いにも、魔力は全快している。
しばらくうるさかった上階が、不意に静かになった。しかしすぐに、誰かが階段を降りる足音が響く。
ミカエルシュナが身構えていると、鉄扉の外から耳慣れた声が聞こえてきた。
「ミカエルシュナ嬢、無事か」
「⋯⋯陛下?」
ミカエルシュナはその声に目を丸くした。
耳に心地よいその声は、まぎれもなくユリウスの声だったのである。本当に、自ら救出に出向いたらしい。
思わず鉄扉に駆け寄りかけ、踏みとどまったミカエルシュナに、声の主──ユリウスは言葉を続けた。
「少し待ってくれ、今開けるから」
がちゃがちゃと金属同士がこすれる音が響いた後、重い軋み音を上げて鉄扉が開かれた。そして現れたのは、薄暗がりでもまばゆいほどに輝く黄金の髪の美丈夫である。
ミカエルシュナは頭を抱え、ため息を飲み込んだ。
「陛下⋯⋯何も自ら救出にいらっしゃらずとも⋯⋯」
「いやあ、自分が行った方が何かと早くてな」
あっはっは、と笑うユリウスに、ミカエルシュナは今度こそこらえられずにため息を漏らした。
──前々から思っていたけど、フットワークが軽過ぎるのよね、この方。
──それがこの方のいいところでもあるけど⋯⋯
ミカエルシュナは改めてユリウスの姿を見た。
皇帝としての礼服ではなく、軍服と鎧姿で、背中には大剣を担いでいる。完全武装だ。
ちなみに普段の礼服のベストも魔物革製で、仕込みナイフまで身に付けているため、多少の粗事にも対応できる装備である。
閑話休題。
ユリウスは地下室を見回して眉をひそめた後、ミカエルシュナに歩み寄って彼女にひと粒の宝石を差し出した。金緑の宝石は、ミカエルシュナがオリヴィエに渡した通信用のものだ。
「これは貴女に返すべきかな?」
「それは⋯⋯」
ミカエルシュナ少し迷った後、首を振った。
「いえ、それは陛下がお持ちくださいませ」
「⋯⋯いいのか?」
「はい」
頷くミカエルシュナをしばらく見つめた後、ユリウスは宝石をしまった。
「では、代わりというわけではないが、これを」
ユリウスは反対の手に持っていた物を渡した。それは、ミカエルシュナの細剣と盾である。
「これがあれば、相応に戦えるだろう?」
「ありがとう存じます。手元に呼び寄せる魔法があれば便利なんですけど⋯⋯」
「それは今後の魔法発展次第だな。では、行こう」
差し出された手を、ミカエルシュナは取るべきか迷った。
だが、今の自分は仮にも彼の妃候補である。ここで取らないのはおかしいだろう。一応、ここは皇宮の外なのだから。
ミカエルシュナは恐る恐るユリウスの手に自分のそれを重ねた。
ミカエルシュナの手をそっと握り締め、ユリウスは不敵な笑みを浮かべる。それを見て、早まったかもしれない、とミカエルシュナは反射的に思ってしまった。
───
外に出ると、皇宮の騎士達がデュラック家の使用人や私兵達を拘束しているところに行き会った。
庭の外──鉄柵の向こう側を覗き込むと、見慣れた皇都の風景が見える。
「わたくしがいたのは、タウンハウスでしたのね」
ミカエルシュナはほっと息をついた。だからこそこれほど早くユリウス達が到着したのだろう。そうでなければ、翌日救出などできなかった。
「皇都内にいてよかった。そうでなければ、俺の誕生祭に間に合わなかっただろう」
「⋯⋯そういえば、来賓も早い方はいらっしゃるのでは」
はっと顔を上げると、ユリウスは肩をすくめた。
「ああ。だがまあ、彼女ならこちらの事情も知っているだろうから、大丈夫だろう」
「彼女⋯⋯?」
ミカエルシュナは首を傾げるが、次にユリウスが放った言葉に、顔を強張らせた。
「だが、問題が残っている。伯爵とデュラック嬢が見付かっていないんだ」
「そんな⋯⋯彼らはどこに?」
「解らない。今はかなりの早朝だ。いると踏んでいたんだが⋯⋯」
「陛下!」
眉をひそめたユリウスに、声をかける者がいた。騎士達を指揮していた上官だ。
「っ、ルフェ嬢、ご無事で!」
「ええ。皆さんのおかげで」
「この通り、彼女は無事だ。それより、どうかしたか?」
「失礼しました! 皇宮より緊急連絡が」
上官はびしっと礼を取った。その顔に、焦燥の色を乗せて。
「皇宮の謁見の間にて、デュラック伯爵父娘が突如現れたとのこと! ふたりは、陛下との面会を望んでいるそうですっ」
その報告は、衝撃以外の何物でもなかった。




