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望郷のエルフ  作者: 沙伊
巨人ゴライアス編

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三十七

 何度か接触と離脱を繰り返し、気が付いたことがある。

 おそらくこの巨人には、脳や心臓にあたる部分が無い。少なくとも、脳に関しては確実に存在しないだろう。

 どんな生物にも、肉体を動かすための心臓と脳は存在する。だが命令を下す主人(マスター)が存在する魔法生物は、それらを必要としない場合がある。魔法生物は主人の魔力さえあれば動けるからだ。

 そして脳や心臓──魔法生物の場合は核と呼ばれる──が無い場合、遠隔で操作されているか、事前に命令を入力することで作動している。

 この巨人に脳が存在しないと仮定すれば、先ほどから頭に向けての攻撃にひるむことも防御しようとすることも無い理由に説明がつく。

 おそらくはゴーレムのような、魔導人形の系統に属するのだろう。


 ──それが解ったのはいいけれど⋯⋯


 ミカエルシュナは荒れた息を飲み込んだ。

 すでに体感で十分ほど攻撃と回避を行っているが、巨人に決定的な傷を付けられずにいた。

 胴体や頭などにはっきりとした火傷は作れたものの、それで巨人に痛痒を与えられたようには見えない。試しに傷付いた部分に再度攻撃してみたものの、かばう素振りすら見せなかった。

 脳や心臓だけでなく、神経すら無いのかもしれない。見た目は生物的だが、やはり人形のようなものと考えるべきか──とミカエルシュナが考えていると、不意に、闇が揺らめいた。

 巨人を警戒しつつ周囲を見回すと、ぐらぐらと闇が波打った──気がした。

 思わず身構えるミカエルシュナの前で、不意に巨人が身を引いた。

 今まで見せなかった挙動に戸惑っていると──

「っ⋯⋯⁉」

 闇が撹拌(かくはん)するように蠢き、触手のように伸びてきた。ニヴィエが唱えた時よりもよほど早い動きに、ミカエルシュナは慌てて身を翻す。

 隙間を縫うように動きながら、ミカエルシュナは周囲をうかがった。だが周りは変わらず闇ばかりで、おまけにどこから触手が伸びてくるか解らない。上下左右問わずに飛び出してくる上に、規則性が全く無いのだ。

 加えて巨人との攻防で、ミカエルシュナの体力は大きく削られていた。とうとう回避しきれずに、右腕を絡め取られる。それに一瞬硬直したのを皮切りに、四肢を闇の触手によって拘束されてしまった。

「くっ⋯⋯」

 ミカエルシュナは触手から逃れようともがいた。だが触手は思いのほか強く巻き付いており、簡単にほどくことはできない。それどころかもがけばもがくほど強く縛り上げ、痛みが出るほどだ。

 ミカエルシュナが力で抜け出すのは諦め、魔法によって引きちぎる選択をしようとした時だった。

 ぱあ、と闇が明けた(、、、、、)。上空から溶けるように、闇が綻んだのである。

 だが、そこから差し込んだのは、日の光ではなく、またも薄暗闇だ。遠くで何かが光っているように感じるが、おおよそ太陽光からはほど遠く、先ほどの闇空間の方がはっきりと周囲が見えるほどである。

 ミカエルシュナは瞬きをして何とか空間の認識に努めた。そうして解ったのは、その場が石畳に覆われた空間であるということである。

 窓は無く、正面に光源は無い。正直それぐらいしか認識できないぐらいには暗かった。物があるということは確かなのだが、影になっていまいち判別できない。

 そして両腕両脚は、未だ闇の触手が絡み付いている。動くことは、できない。

「一体⋯⋯」

 改めて辺りを見回したミカエルシュナは、いつの間にか巨人が消えていることに気が付いた。ニヴィエは変わらず倒れていることから、巨人だけが消えたことになる。もっとも、巨人がいたとしてもこの場では立つこともできなかっただろう。

 巨人が消えたこともそうだが、闇が晴れればてっきり元の場所に出ると思っていたミカエルシュナは、見知らぬ空間に拘束された状況に困惑するしかない。一体ここがどこなのか、皆目見当が付かなかった。

「申しわけありません、ミカエルシュナ嬢」

 混乱の中にあるミカエルシュナの背後から、声がかけられた。首だけ振り返ると、心もとない蝋燭の火を持った何者かが、こちらに歩み寄っているところだった。光源は、どうやらその火だったようである。

 目をこらしたミカエルシュナは、その人物がデュラック伯爵であることを確認し、ため息を漏らした。

 正直、驚くべきことではなかった。予想すらしていた。

 娘のニヴィエの暴走を、父である伯爵が把握していないわけが無かったのである。

「⋯⋯ごきげんよう、デュラック伯爵」

「このような手荒な真似でお招きすることになることは、私としても大変遺憾です」

 デュラック伯爵は頭を下げた。

 言葉から察するに、ここはデュラック伯爵家の屋敷なのだろう。問題は、皇都のタウンハウスなのか、領地のカントリーハウスなのか、というところである。皇都ならともかく、デュラック領ならかなりまずい状況だ。

 素早く頭を巡らせるミカエルシュナから五歩ほど離れて立ち止まったデュラック伯爵は、頭を上げてミカエルシュナを見つめる。そこには先日あった、弱々しい態度など微塵も存在しなかった。

「改めて、名乗らせていただきます。私はフレイド・デュラック。ローディウム帝国では伯爵位をいただいておりますが、かつて我が家系は、アヴァロン王国に連なる由緒ある家でした」

「⋯⋯?」

 ミカエルシュナは再度デュラック伯爵を見つめた。

 当然のことながら、千年前の面影を彼から得ることはできない。それに、デュラックという家名に聞き覚えも無い。現代はともかく、千年前は貴族でもない限り家名は名乗らなかったはずなのだ。あるいは、貴族になったのは最近──ローディウムに組み込まれてからなのか、単に家名を変えたのか。

 考え込むミカエルシュナに畳みかけるように、デュラック伯爵は言葉を重ねた。

「かつて我が家名は、トリストラムというもので、公爵位をたまわっておりました。家名というより、とあるひとりのための称号だったのですが」

「⋯⋯⁉」

 ミカエルシュナの思考は硬直した。

 トリストラム。それはミカエルシュナの故郷である辺境を襲撃し、父や領民達の命を気軽に奪い去った男の名である。ミカエルシュナが仇を討った時点でその因縁は絶えたと思われたのだが、今、巡り巡って目の前に現れている。

 ミカエルシュナは思わずデュラック伯爵とニヴィエを見比べた。くり返すが、トリストラム公爵の面影を見ることはできない。そもそも種族からして違う。無意味な行為である。

 それでも、つい探してしまうのは、もはや反射のようなものだった。

「重ねて申しわけありませんが、ミカエルシュナ嬢を拘束させていただきます。貴女を、ユリウス帝の妃にするわけにはいきませんので」

「⋯⋯それは、ニヴィエ嬢を皇妃にしたいからでしょうか」

「いいえ」

 デュラック伯爵は首を振った。

「今は詳しくは言えません。ただ、これだけ──貴女を、誰かの妻にする(、、、、、、、)わけにはいかない(、、、、、、、、)のです」

 その意図は、全くもって解らないもので。

 ただそう語る伯爵の目には、確固たる意思と、相反するような狂気的な光が宿っているように見えた。

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