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望郷のエルフ  作者: 沙伊
巨人ゴライアス編

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三十六

 暗闇の中であるにもかかわらず、視界に不便は無かった。何となくではあるが地面は認識できるし、自分とニヴィエの姿ははっきりと視認できる。ミカエルシュナはひとまず安心した。

 少なくとも狙いを外すようなことはならないだろう。この視界が続くのならの話ではあるが。

「”絡み付け”」

 ニヴィエの口から呪文(コマンド)が紡がれた。同時に、周囲の闇がミカエルシュナに触手のように伸びてくる。ミカエルシュナは手の中に生み出した光でそれを払い、地面を蹴った。

 一息で詰めた距離にニヴィエが驚くより早く、みぞうちに拳を叩き込む。

「が、は⋯⋯!」

 ニヴィエは肺の中の空気を全て吐き出し、後方に倒れ込んだ。崩れ落ちる華奢な身体を間髪入れず喚び出した蔓草で縛り上げ、ミカエルシュナは安堵のため息をつく。

「肉弾戦は得意じゃなかったみたいね」

 ミカエルシュナはそう言うが、そもそもドレス姿で接近戦をすることがありえないことである。それを突っ込む者は、この場にはいない。

「っぐ、あ゛⋯⋯の、女ぁ⋯⋯!」

 ニヴィエの桃色の唇から、低く禍々しい呪詛が漏れ出た。ミカエルシュナは温度の無い眼差しで彼女を見下ろす。

「わたくしの拳を受けて意識を保っているのは称賛に値するけれど⋯⋯そもそも正面から相対するなら、相応の対策を立てなさい。貴女、戦の素人ね」

 そもそも戦うつもりにもかかわらず、魔法のローブではなく普通のドレスを着ていること自体おかしな話である。ドレスに偽装しているわけでもなし、ただただ愛らしいだけの格好をしているだけのニヴィエに、呆れるしかない。持ってきた日傘も仕込み武器かと思いきや、ただの日傘だった。

「⋯⋯何がしたいのかしら、この娘」

 ミカエルシュナは首を傾げたが、周囲の闇を見回した。

 ニヴィエが大きなダメージを受けているにもかかわらず、闇の世界は揺らぎもしない。発動はニヴィエが起点だが、それを維持するのは別の部分なのだろう。

 地道に解除するしかない。と考えたミカエルシュナが、手に魔力を集中した時だった。


 ずしん。


 突如、地面を揺する振動と、重い物が落ちたような音が空気を揺らした。明らかな異変に、ミカエルシュナは視線を巡らせる。

 音と振動はゆっくりとした間隔で二度、三度と繰り返した。それが足音(、、)であることに気付くのに、時間はかからない。

 やがて闇から這い出るように、その巨体が姿を現した。

 はるか上空を見上げるほどに高い場所にあるつるりとした球体のような頭、地面に着くほどに長く太い腕、足はミカエルシュナの腰よりはるかに太く、灰色がかった肌はごつごつした岩のようである。その巨体を覆うように簡素な黒鋼の鎧をまとい、片手には人間の二倍はありそうな金属の棍棒が握られている。

 出現したのは、一体どこから湧き出たのか解らないほどの巨大さを誇る巨人だった。

「は⋯⋯? こんなの、どこから」

 ミカエルシュナが呆然とする暇も無く、その巨人は棍棒を振り上げた。慌てて後ろに跳ぶミカエルシュナ。間髪入れず、棍棒が地面を殴り付けた。

 耳が痛くなるような破壊音の後、何かが砕ける音が響く。だが暗闇に変わりは無く、地面の欠片がまき散らされることも無い。改めて、この暗闇が一体何なのかと疑問に感じる光景だ。

 だが、考察をする余裕は無い。ミカエルシュナは無防備になった側頭部に向けて、火炎玉を投げ付けた。

 かっと一瞬明るく辺りを照らした後、火炎玉は巨人の頭を包み込んだ。通常であれば苦痛で身悶えるであろう状況だが、巨人は何の痛痒も感じていないように、ぐるりと振り返った。

「痛覚が無いのかしら⋯⋯っ! いえ、そもそも」

 ミカエルシュナは更に巨人から距離を取り、身構えた。その間に火炎は消え去り、現れたのはほとんど無傷の巨人の頭である。

「効いて、いない⋯⋯⁉」

 ミカエルシュナは即座に氷の矢を放った。だがそれでも、巨人の身体にぶつかったとたんに砕けてしまう。ミカエルシュナは眉をしかめた。

 巨人という存在は、それほど種類が多くはなく、その生態は謎に包まれている。また、かつては魔術師に操られる巨人の話も聞いていた。

 今、目の前に現れた巨人もそのたぐいのものだろう。


 ──巨人は物理的な魔法攻撃には強いが、精神攻撃には弱い傾向があるはずだけど、果たしてこの巨人には効くのかしら。


 ミカエルシュナは慎重に距離を取りながら、巨人を仰ぎ見た。

 巨人の頭には、本来あるべきパーツが一切無かった。目も口も鼻も、耳さえ無い。どうやって五感を得ているのか不明だが、しっかりこちらを認識している様子である。今も棍棒を振り回して的確にこちらを攻撃していた。

 更に視界の隅では、ニヴィエが蔓草から逃れつつある。本来ならそう簡単にほどけるものではないが、やはり妖精達と隔離されている以上、高位の魔術師には緩かったらしい。それでも、この短時間でダメージからの回復は無理だったらしく、うずくまったままだった。

 とはいえ、気絶していない以上は魔法が飛んでくる可能性があるため、無視するのはリスクが高い。

 ミカエルシュナは振り回される棍棒をすり抜け、ニヴィエの傍まで移動した。

「な、に⋯⋯⁉」

「しばらく寝ていてね」

 ミカエルシュナが撫でるように頭に触れると、ニヴィエの身体ががくんと落ちた。

 催眠の魔法が効いたことに安心しつつ、ミカエルシュナは巨人に向き直った。

 ニヴィエがすぐ傍にいるためか、巨人はすぐには攻撃してこない。だが判断基準が解らない以上、今の状態を維持すれば攻撃されないとは盲目的には思えなかった。それに、いくらなんでもニヴィエが死ぬ可能性は排除しなければならない。

 ミカエルシュナは再び巨人との距離を詰めた。

 巨人は目や耳が無いにもかかわらず、こちらを認識している。その理由は解らないが、少なくとも死角があるとは思わない方がいいだろう。

 なら活かすべきは、体格差だ。長過ぎる腕と棍棒をかいくぐり、懐に入り込み、至近距離で攻撃を繰り返す。その合間に精神魔法を混ぜ込んで、効くかどうかを探っていく。

「”鉄槌よ”!」

 ミカエルシュナは間近で神聖魔法による攻撃を行った。自身も巻き込みかねない自爆のようなやり方だが、この際しかたがない。

 びりびりと痛む手をこらえながら、ミカエルシュナは後ろに跳び退いた。防護魔法をかけていたおかげで腕には怪我らしい怪我は無いが、それでも痺れのような痛みが残っている。

 一方巨人は、身にまとっていた鎧が半壊していた。巨人自身よりも、どうやら鎧の方が脆かったらしい。その下の皮膚には、焼け焦げのような跡が残っている。


 ──よし、僅かだけど、効いてる。


 だがその動きには遅滞が無く、どしどしとミカエルシュナに向かってくる。同時に放ったはずの精神作用魔法は、効いた様子は無かった。

「⋯⋯長期戦かしらね」

 ミカエルシュナの頬に、たらりと冷や汗が流れた。

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