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望郷のエルフ  作者: 沙伊
巨人ゴライアス編

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三十五

 翌日、誕生会を四日後に控えたその日、ミカエルシュナの姿はまたも中庭にあった。

 教育と準備もいよいよ大詰め、あとは残った雑務を片付けて確認作業を行うだけなので、日に一回は休憩を入れられるようになっている。

 しかしそんなゆとりも、ミカエルシュナの心に安らぎを与えない。余裕が生まれると、やはりどうしても過去を思い出してしまう。

 加えて、先日のデュラック伯爵とのやり取りが脳裏に引っかかっている。

 アヴァロン王国に関わりがあるのか、という問いかけ。一見すると何でもない質問だが──家門の権威付けのために、古王国であるアヴァロンとの関係性を匂わせるのは珍しくないらしい──あのニヴィエの父親が、わざわざ呼び止めてそんな質問をしてきたことに、何か意味があるのではないか、と勘繰ってしまう。

 ユリウスはデュラック伯爵のことを小心者だと評したが、それが本当なのかも解らない。彼とて、確実に相手の性根を見抜くことはできないだろう。

 ミカエルシュナが悶々と考え込んでいると、甘い香りが漂ってきた。百合の香りかと思って顔を上げたミカエルシュナは、瞬時にそれが違うことを悟る。

 その甘さが、皇太后のお茶会に漂っていた匂いと同じであることに気が付いたからだ。

 ミカエルシュナは即座に風の妖精を呼び出し、その匂いを吹き飛ばした。

 ミカエルシュナより早く動いていたのは、オリヴィアである。獣人の彼女は、異物の匂いにいちはやく気付き、腰の剣に手をやっていた。

「お嬢様、今の匂いは⋯⋯」

「ええ、あの匂いだわ」

 ミカエルシュナは頷き、魔力を練った。

 武装こそしていないが、そもそもミカエルシュナの本分は魔術師である。無手でも相応の攻撃性能を持っている。戦うことに支障は無い。

 問題は、皇宮の中で攻撃する必要に駆られているという状況なのだが──


「あら、残念」


 場違いなほど可憐な声が聞こえてきたのは、そんな時だった。

 はっと顔を上げたミカエルシュナとオリヴィアは、声のした方を振り向く。

 花々を踏みつけるように現れたのは、淡いピンクのドレスである。それをまとっている少女は、白いレースの日傘の下で、愛らしく微笑んだ。

「ごきげんよう、ミカエルシュナ様」

「⋯⋯デュラック嬢」

 緩く波打つストロベリーブロンドを後ろに払うその少女──ニヴィエ・デュラックを、ミカエルシュナは眉をひそめて見つめた。しかしニヴィエはひるむことは無い。

「毒で動けなくなった方が、楽だったのに」

「⋯⋯何のご用かしら」

 オリヴィアの背後に守られるように立つミカエルシュナは、ニヴィエをじっと観察した。

 一見すると、変わったところが無い格好だ。せいぜいドレスがやたら派手──もとい、華やかだと思うぐらいで、日傘を差す様子も、現代の貴婦人としては違和感が無いものである。

 だがその華奢な身体から、肌を刺すような魔力が立ち上っていた。


 ──彼女も確か、魔術師だったわね。


 皇太后の離宮に行く前に、本人がそう申告していた。その時点で実力のほどは解らなかったが、こうして向かい合って魔力を感じていると、その力が並々ならぬものであることが解る。少なくとも、油断はできなかった。

「ねえ、ミカエルシュナ様。私、貴女に怒っていますのよ」

 ニヴィエは微笑みながら傘を閉じた。視界の隅でエリルが人を呼びに走る姿を確認しながら、ミカエルシュナは無言で先を促す。

 ニヴィエは微笑みを僅かに曇らせ、続けた。

「ユリウス様のご厚意に甘えて、皇宮に居座り続けて⋯⋯図々しくも皇妃候補を名乗るだなんて、厚顔にもほどがありません?」

「それを指摘する権利は、デュラック嬢には無いかと思いますが」

 ミカエルシュナがため息まじりにそう言うと、みるみるうちにニヴィエの(まなじり)が吊り上がった。

「あるに決まっているでしょう? 私はユリウス様と愛し合っているの。あの方の寵愛と信頼を一身に受けているのは私なのに、なぜ貴女がそこ(、、)にいるの?」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 ミカエルシュナはしばし黙り込んだ。

 本気で言っているのか、といぶかしく思い、まじまじとニヴィエを見つめる。だがニヴィエの瞳はまっすぐミカエルシュナを睨み付けたままだ。

 どうやら本気で、そう信じているらしい。

「⋯⋯陛下が対応に困るわけだわ」

ミカエルシュナは頭を抱えたくなった。何がどうしてそんな風に思い込むことになったのか知らないが、ニヴィエの中でユリウスと己の仲は決定されているらしい。あれだけ拒絶され続けているにもかかわらず、だ。

 ミカエルシュナは咳払いで間をごまかした後、ニヴィエを見つめ直した。

「そう思っていらっしゃるのなら、陛下に直接おっしゃってはいかがかしら」

「あの方は優しいの。人を拒絶するようなことはなされないわ。その優しさに付け込んでいるくせに」

 ニヴィエはそう言うが、ユリウスは必要とあらば非情な判断ができる男だと、ミカエルシュナは考えている。

 彼が優しいのはのは同意するが、甘いわけではない。それが自分や周囲、国に害を及ぼすのであれば、自らの手で斬り捨てることもいとわないだろう。結果的にそうならなかったとはいえ、皇太后を斬る覚悟をあの日していたはずだ。ネリアのことだって、本当に甘いなら無理にでも手元に残したはずである。

 もっとも、そんなことをニヴィエと論じる気は起きなかった。時間の無駄だろうというのが解るからだ。何しろ現在最もユリウスに拒絶されている彼女が、それを理解していないのだから。

「⋯⋯それで? 結局貴女はわたくしに何を言いたいのかしら」

 ミカエルシュナは腕を組みながら、密かに呼び出した妖精を周囲に配置し、精霊ティターニアを姿を消した状態で背後に控えさせる。これで、どんな攻撃を受けても即座に反応できる。

”姫君”

 そんな時、不意にティターニアの念話が頭に響いた。

”気を付けテ。あの少女ハ、黒魔法を使ってイマス”


 ──何ですって?


 ミカエルシュナがはっとした時だった。


 ぶわり、と。


 地面から──ニヴィエの足元を中心に浮き上がるように、暗闇が吹き出した。

 それは瀑布のように──あるいは巨大な台風のように、周囲を巻き込み、包み込む。

 視界さえ覆い隠すその純黒は、瞬く間に風景を塗り替えてしまった。

「これは⋯⋯⁉」

ミカエルシュナは視線を巡らせ、気付く。出していた妖精も、ティターニアも、オリヴィアも見当たらない。

 闇の中にいるのは、ミカエルシュナとニヴィエだけだった。

「邪魔はさせないわ。私と貴女、一対一よ」

 ニヴィエは愛らしい顔に、妖しげな笑みを浮かべた。

 一方のミカエルシュナは、舌打ちをしたい気分になる。

 ミカエルシュナが使える魔法は、生活魔法と身体強化を除けば、妖精魔法、精霊魔法、神聖魔法、支配魔法、宝石魔法の五系統だ。このうち妖精魔法と精霊魔法は、傍に妖精や精霊を喚び出すことでその威力を格段に上げる。だが妖精達やティターニアが締め出されたことで、実質的に弱体化されてしまった。

 魔力の流れから神聖魔法も含めて導線(レイライン)は繋がっているから、使えないよりはましかもしれないが、それでも手痛い状況だった。

 せめて剣の代わりになるものが欲しかったが、こうなってはしかたがない。

「⋯⋯そう。ならお望み通り、ふたりきりで戦いましょう」

 ミカエルシュナは唇に笑みをのぼらせる。

 だがそれは、誤魔化しようのない強がりだった。

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