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望郷のエルフ  作者: 沙伊
巨人ゴライアス編

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三十三

「大変申しわけありませんでした」

 直角に綺麗に下げられた貴婦人の上体に、ミカエルシュナはため息をついた。

「気にしておりませんわ」

「ですが⋯⋯」

 おずおず顔を上げる貴婦人。

 知らない人間が見れば、彼女が貴族であることは見抜けても、ローディウムの子爵であることは解らないかもしれない。

 アイヤミル・ロット子爵。それが彼女の名前であり、この国における地位だった。付け加えるなら、宮廷仕立師を束ねる仕立師長でもある。

その地位に見合う実力と、礼儀正しさを備える彼女だが、同時に、仕立に関する事柄に熱中すると暴走するという悪癖があった。

 それまで噂程度にしか認識していなかったミカエルシュナの容姿が想像以上だったため、パッションが抑えられずに絶叫した、というのが本人の言である。怖い、という呟きを胸にしまい込むミカエルシュナだった。

「改めて──アイヤミル・ロットですわ。子爵位を賜っております」

 アイヤミルは九十度のお辞儀から、カーテシーに切り替えた。さすが皇宮に勤めるだけあって、美しい礼だった。

「ミカエルシュナ・ルフェです。恐れ多くも皇帝陛下の庇護をいただいております」

 ミカエルシュナもカーテシーで返し、にっこりと微笑む。

 するとアイヤミルは、悲鳴をこらえるように両手で口を抑え込んだ。口紅落ちないのかしら、とどうでもいいことを考えてしまうミカエルシュナだった。

「⋯⋯ごほん。ドレスの新調でしたわね。今あるお嬢様のドレスは、御用商人から買った既製品とうかがっております。新調に我が部署を頼っていただいたこと、この上無い名誉ですわ」

「あの、それもあるのですが⋯⋯実はもうひとつ、マダムロットにお願いしたいことがございますの」

 ミカエルシュナはそう言って、手にした箱を開けてみせた。中に入っているのは、ミカエルシュナの戦装束である布鎧だ。

 それを見たアイヤミルは、はっと目を見開いた。

「⋯⋯妖精のドレスですわね」

「さすがマダム、一目で解りますのね」

 ミカエルシュナは感心した。

 妖精のドレスとは、魔法のローブの一種である。

 魔術師のまとうローブは、普通の服ではない。どれだけ低級でも、仕立糸、もしくは刺繡糸に魔力を込め、通常の服より頑丈にできている。普通のナイフ程度では刃が通らないほどだ。この仕立の仕方はローディウムの軍服にも使用されており、皇宮仕立師の仕事には軍服の作成も含まれている。

 妖精のドレスは、その中でも最上級の魔法のローブだ。

 名前の通り、妖精魔法を使用して仕立てるこのローブは、仕立と魔法の技術どちらもかなりの高水準を求められる。作り出すのは高難易度だが、その分防御力も魔法抵抗力も最高位である。

 だが、装備品がすべからくそうであるように、妖精のドレスもまた、手入れしなければ状態を維持できない。だから妖精魔法の使える仕立師アイヤミルに、手入れを依頼しなければならなかった。

 箱を受け取り、しばしローブを検分していたアイヤミルは、ややあってため息をついた。

「ただでさえ最高級のローブの、その中でも一級品──いえ、特級品ですわね。これを仕立てたのは、よほど腕のよい職人だったのでしょう」

「ええ。信頼できる仕立師でしたわ」

 過去形で語るミカエルシュナに何かしら感じ取ったのか、アイヤミルははっとした。

「⋯⋯解りました。手入れのご依頼、承りますわ。お嬢様が許可していただけるなら、手を加えることも可能ですが」

「あら、それはどのように?」

「少しデザインを変えて⋯⋯あと、防御魔法を強化しましょう。一からでは難しいですが、追加付与はそこまで難易度は高くないので」

 アイヤミルは気軽にそう言うが、デザインのリメイクはともかく、追加付与はそう簡単にできるものではない。ミカエルシュナはアイヤミルの実力を察し、笑みを深めた。

「お任せしてもよろしいかしら」

「ええ、勿論! 納得の行く仕上がりにしてみせますわ」

 アイヤミルは箱を受け取り、胸をそらした。一旦箱を机の上に置き、きらきらした眼差しでミカエルシュナを振り返る。

 その目に、嫌な予感がした。

「ところで、陛下の誕生会の際に着るドレスですが!」

 一体どこから取り出したのか、大量のデザイン画と布を抱えてずい、と前に出たアイヤミルに、ミカエルシュナは固まった。

 思わず助けを求めてルキウスを振り返るも、彼はいつの間にか部屋の外に退避している。助け船は、期待できそうになかった。


    ───


 ハイテンションで踊り狂うアイヤミルから解放されたミカエルシュナは、ルキウスにエスコートされながらよろよろと廊下を歩いていた。

「酷いですわ、皇弟殿下⋯⋯助けていただけないなんて⋯⋯」

「いや、すまん⋯⋯マダムロットの勢いには、俺も兄上も手を焼いていて」

 責める眼差しから逃れるように、ルキウスは顔を背けた。

「こんなことでは、ご婚約者様へのドレスを決めるのも大変なのではないのですか?」

 つい皮肉るようなことを言ったミカエルシュナは、ルキウスの顔が沈鬱したものに変わって少し驚いた。

「殿下?」

「⋯⋯俺には婚約者はいない」

「え?」

 ミカエルシュナは目を丸くした。

「殿下も、ですか? 陛下はまだしも⋯⋯」

 皇太后の一件を経て、ミカエルシュナはユリウスの婚約事情を詳しく聞いた。

 ユリウスは皇子時代、婚約者がいた。それはこの国の侯爵令嬢であり、彼は入婿になるはずだった。

 だが前皇帝と皇太子の急死により、やむなく皇帝となったユリウスと、当主となる予定のその令嬢は結婚できない。だからユリウスが即位すると同時に、その婚約は白紙に戻ったそうだ。その令嬢は、今も次期当主として侯爵家におり、すでに結婚もしているという。

 だが皇弟という立場のルキウスは、どこかの家に婿入りすることに障害は無い。皇族が少ない現状国外に出ることは難しいが、国内の高位貴族なら問題無いはずだ。

 だが、ことはそう単純ではないらしい。

「婿入りするのも、俺自身が公爵家を立てるのも、どちらも問題は無い。だが、俺も兄上同様、下手に国内貴族と縁付くのが難しい。そうでなくとも、適齢期で相手のいない高位貴族の令嬢がいなかった」

「それは聞いていますが⋯⋯」

「それに、だ」

 ルキウスは目を伏せた。

「俺は前皇帝の最初の皇妃の命と引き換えに生まれたんだ」

「え?」

 ミカエルシュナの足が一瞬止まった。すぐに歩き出したものの、もの問いたげにルキウスを見上げる。

「それが原因で前皇帝から酷く疎まれてな、幼少期に国外に出されたほどだ。兄上の即位に合わせて帰国したが、それが無ければ、ずっと国外にいただろうな」

「そう、でしたの」

 ミカエルシュナは何と答えればよいのか解らず、視線を落とした。

「幼い頃は疎まれて、国外に出ていた。そのせいで国内貴族との連携が微妙な状態だ。今も疎まれていたことを知っている貴族は多いし、結婚は難しいだろうな」

 ルキウスは現状、ユリウスを除いて唯一の皇族だ。本来ならユリウス同様、妻になりたい令嬢は大勢いてもおかしくない。

 だが前皇帝に疎まれ、国外に出されていたという事実が、皇弟である彼の立場を弱くしている。ミカエルシュナはその不安定な立場を察した。


 ──でも、それだけなのかしら。


 ミカエルシュナは首を傾げる。

 結婚について話す時、ルキウスの眼差しに寂寞がよぎった気がしたからだ。

 だがその理由を問いただすことはできず、ふたりは無言で、廊下を進んでいた。

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