三十二
ミカエルシュナはローディウムに来てから、少なくない戦闘を繰り返した。
変異種ワイバーンを引き連れた邪竜に、アンデットを操る魔剣──千年前の戦いも含めて、どれも一筋縄ではいかなかった。
それらの戦闘によって、ミカエルシュナの武具は相応の損耗があった。それこそ、無視できないほどに。
魔道具は問題無い。こちらは直接敵を傷付けるものでも、攻撃を受け止めるものでもない。よほど荒っぽい運用をしない限り、ミカエルシュナの手で手入れできるものだ。
だが、剣、盾、そして装束。
これらの手入れは、ミカエルシュナのできる範囲を超えてしまっていた。
なのでユリウスに客将としての報酬代わりに、それらを修繕できる職人の紹介を願い出た。
忠誠を捧げてくれた部下の武器の手入れも皇帝の仕事とばかりに、ユリウスは皇宮鍛冶師を紹介してくれた。
「エクトル・ギムロです。よろしく、お嬢様」
応接室にて、ミカエルシュナはユリウス紹介の皇宮鍛冶師──エクトル・ギムロ伯爵に向かい合っていた。
エクトルはドワーフだった。ミカエルシュナより低い身長に、がっしりとした体格、鋼色の髪と髭を無造作に束ねた、どことなく野性的な雰囲気のドワーフ。あまり貴族らしくない風貌だが、しかし決して野卑というわけではなく、本人が鍛えられた剣のような印象を抱かせる。前髪の間から見える黒い瞳は爛々と輝いていて、生気に満ちあふれていた。
かつて自分の剣と盾を打ってくれたドワーフを思い出しながら、ミカエルシュナは頭を下げた。
「はじめまして、伯爵閣下。ミカエルシュナ・ルフェと申します。このたびは、時間をいただいき、感謝いたします」
「そう頭を下げないでいただきたい。貴女はいずれ、皇妃になるんだろう。私程度に頭を下げちゃいかん」
エクトルは手を振った。それに対し、ミカエルシュナは曖昧に微笑む。
ニヴィエのことが片付いていない以上、妃候補の看板を下げるわけにはいかない。それゆえ、この会談もその肩書を使ってのものだ。否定するわけにもいかず、かといって肯定するのも違うので、笑みを見せるしかなかった。
「それで、さっそく本題に入るが──お嬢様の剣と盾を手入れしてほしいとのことらしいが?」
「ええ、わたくし自身もある程度はしているのですが、たび重なる戦いと、今後も起こるだろう戦闘を考えると、本職の方に見ていただくのが一番ですので」
そう言って、ミカエルシュナは剣と盾を長机の上に置いた。それを見て、エクトルは身を乗り出す。
「⋯⋯手に取っても?」
「勿論、刃も見てください」
ミカエルシュナの許可をもらい、エクトルはまず剣を持ち上げた。柄や鍔、鞘をまじまじ見た後、少しだけ抜いて刃も確認する。ひとしきり見回した後、今度は盾を確認。ぐるぐると見回し、ややあって感嘆のため息をついた。
「古式の打ち方ですな。それもかなり上等な⋯⋯このタイプがここまでいい状態で残っているとは思いませんでした」
「ほほ⋯⋯」
笑って誤魔化す。残るも何も、まさか千年前から実際に持ち出してきました、とは言えない。言っても信じられないだろう。
「むしろ、頭を下げて手入れさせてくださいと言いたいぐらいですな。私に任せてもらっても?」
「え、閣下自ら手入れしてくださるのですか?」
ミカエルシュナは目を瞬いた。
エクトルはただの皇宮鍛冶師ではない。鍛冶師達を束ねる皇宮鍛冶師長だ。ユリウスとルキウスの剣を鍛えたのも彼であり、皇族の武具を任されるほどの腕前を持つ。
それゆえ、今回の会談はミカエルシュナの武具の手入れをしてくれる鍛冶師の繋ぎを得るためだったのだが──
「お嬢様の剣と盾は、どちらも魔法銀を使用した最高級の武具だ。生半な鍛冶師じゃかえって駄目にしちまう。それに⋯⋯これほどの武具を前にして、ほかに譲るのはもったいない」
にやり、とエクトルは笑った。その笑みに、ミカエルシュナはむしろ安心する。
その笑顔が、ミカエルシュナの要望に応えてくれたのかつてのお抱え鍛冶師、パトスを想起させる不敵な笑みだったからだ。
一定以上の技量を持つ鍛冶師は、常に最高傑作を造るための鍛錬を欠かさない。そして自分以外の鍛冶師が造った傑作に敬意を評する。そう言ったパトスを思い起こさせるエクトルなら、きっと完璧に手入れしてくれる。そう信頼できた。
──もしかして、彼もパトスの子孫なのかしら。
直系はニーベル公国の公王家だろうが、隣国であるローディウムにその血が流れていないとは限らない。そうでなくとも、そうかもしれない、と思うだけで安心できる。
「では⋯⋯お願いいたします」
「ええ、お預かりいたします」
頷いたミカエルシュナに、エクトルは恭しく頭を下げた。
───
次にミカエルシュナは、戦装束の手入れをしてもらうために、皇宮仕立師の部署に向かった。
ミカエルシュナの戦装束は布鎧だ。剣や盾のように鍛冶師に手入れしてもらうわけにはいかない。
加えてミカエルシュナの布鎧は特別製だ、魔術師であり仕立師。そんな人材が必要だった。
「ルキウス殿下、案内を買って出ていただいてありがとうございます」
先導するルキウスにそう感謝すると、ルキウスは首を振った。
「いや。兄上は時間が取れなかったし、かといって、紹介をほかの者に任せるわけにはいかないからな」
ミカエルシュナがルキウスと接する機会は、あまり無い。表向き妃候補とされるミカエルシュナは、ユリウスと騎士、教師以外の男性と話す機会が、そもそも無いのだ。ルキウスもなるべくふたりで会わないようにしているふしがあるし、ミカエルシュナも積極的に彼と距離を詰めようとは思わなかった。
だがネリアの一件以来、ルキウスはミカエルシュナのことを信頼しつつあるのは感じていた。
「殿下も皇弟としてお忙しいでしょうに」
「いいんだ。俺の仕事はほとんど兄上の代理だから、あの人が仕事しているうちは手が空く」
「代理、ですか?」
「皇帝の最終確認が必要なものはともかく、俺が裁定を下してもいいものはそうしている。兄上は今、自分の誕生祭の主催として動き回っているからな」
「その上ダンスの練習相手までしていただいて、本当に申しわけ無いですわ」
ため息をついたミカエルシュナを、ルキウスは何とも言えない表情で見た。
「むしろ、役得だと思っていそうだが」
「はい?」
「いや、何でも無い」
ルキウスは首を振った。
「あの人にとっては、いい息抜きになっているだろう。鍛錬の時間もあまり取れていないしな」
「確かに、鍛錬場でも顔を合わせなくなりましたわ」
それまではすれ違うぐらいはあったのに、それも無くなった。つまりそれぐらい忙しいのだろう。
やがてふたりは、立派な扉の前に立った。ここが宮廷仕立師の部署である。
「ここに件の妖精魔法が使える仕立師がいらっしゃるのですね」
「ああ。腕は確かだが⋯⋯その、色々凄い」
「凄い?」
「会ったら解る」
ルキウスは覚悟を決めるように深呼吸した後、扉を開いた。そして外から声をかける。
「失礼、ルキウスだ。マダムロットはいるか」
なぜ外から、と思ってると、中からはい、と答える者がいた。
「お待ちしておりました、皇弟殿下。そちらが例の⋯⋯」
現れたのは、薄墨色の髪を夜会巻きにして、眼鏡をかけたエルフだった。すらりとした細身に品のあるドレスをまとい、ぴんと背筋を伸ばして立つ姿は、柳のようにしなやかだ。
上品な貴婦人といった風情の女性は、ひたりとミカエルシュナを見た。榛色の瞳と、目が合う。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
しばし、女性は無言になった。それにミカエルシュナは首を傾げるが、次いで、飛び上がることになる。
突如、女性が奇声を上げたからだ。




