生み出された憎悪の化身
犯した過ちは二度と消えない。過ちは憎悪を生み、憎悪は世界を蝕んでいく。如何に払拭しようと試みても、如何に受け入れる努力をしても、憎悪は決して蝕む事を止めない。
アークを英雄の街に預けた事でシーリア奪還作戦が遂行可能になった。今回の発案はゼロノート。戒と謙二郎が提案するより先に奪還を持ち掛けた。そして、珍しい事にゼロノートも同行する。戦闘能力が皆無のゼロノートが参戦する事に反対多数だったが、「どうしても同行しなければならない理由があるのじゃ」と言って反対意見を無視。何とか思い止まらせようと試みたが、逸る戒が許してしまう。いつもと違う状況が重なると否応無しに嫌な予感が強くなる。
「本当に行くのか?」
艦橋では、謙二郎とゼロノートが揉めていた。理由は勿論、ゼロノート随行に関して。
「言ったじゃろ。儂は何としても行かねばならないのじゃ! 不毛な戦いを終わらせる可能性が現れたのじゃ!」
「戦いが終わる…?」
ゼロノートの眼差しには自信が溢れていた。言葉に説得力がないため完全に信じる事は出来ないが、言い知れぬ可能性を感じる。ただ、確信の無い状況に委ねて良いのか不安。
「成功すれば…じゃが…」
不安を拭えない状況に委ねたくない。
だが…。
「謙二郎、早く行こう! シーリアが待っているよ」
窓の外を見ながらソワソワしている戒を見ていると、今更止めるとは言えない。止めるには、相応の口実が必要。
「ゼロノート、作戦はどうなっているんだ?」
「よくぞ聞いてくれたの!」
パネルを操作すると、モニターに奇妙な空に浮かぶ城が映し出される。星が瞬く、粘着質な沼のような宇宙空間。城の土台には、四隅に菱形の青い水晶が設置され一定間隔で点滅している。点滅のタイミングで透明の壁が瞬間的に現れ、粘着質な宇宙空間から守っているように見える。
「次元境界は、別次元世界を隔てる完全なる虚無じゃ。その場に止まれば消滅が待っておる。浮かんでいる城も当然その影響下にある。じゃが、見ての通り城は虚無に飲み込まれておらん。それは、城に設置された青い水晶のお陰じゃ。原理は不明じゃが、機能は虚無の相殺防御。虚無と同じ性質の壁で打ち消し合っているんじゃ。つまり、青い水晶を破壊すれば城は虚無に飲まれて消える。そこで、青い水晶の一つを壊して修理に専心させるのじゃ。そうすれば、敵の目は青い水晶に傾いて潜入した儂らには目が向かんのじゃ」
「だが、将まで修理にあたるのか? 下っ端が修理をして、将は壊した犯人を捜そうとするんじゃないか?」
「それがそうでもないんじゃ。青い水晶は将の力で支えておる。破損した青い水晶を修復する為には将の力を結集する必要があるんじゃ」
納得しつつも恐ろしい事に気が付く。将が修理に赴いている間、破戒自ら犯人探しを始めるのでは、と。もしそうなるなら、将を相手にするよりも厳しい状況になる可能性が高い。現在の力がどのくらいか測れていない為、複数の将を相手にする事とどっちが過酷か判別は出来ない。知識の海に潜って知った情報から導いた作戦。ここまで来たら信じるしかない。
逸っていた戒が、突然質問。
「最後に聞かせて欲しいんだけど…どうしてアークを預けたのかな?」
作戦について饒舌だったが、アークの事となると途端に黙る。
「破戒の元に居た以上、全てを知る状況に置くのは不安なんじゃ。作戦成功の為には必要な処置じゃ…」
しどろもどろの対応に戒は厳しい視線を送る。だが、やはり今はシーリアを救出する事が第一。質問を止めて作戦遂行を急かす足踏みを始める。
次元境界。
全ての存在を無に変える絶対不可侵領域。一度虚無に飲み込まれれば、二度と抜け出す事は出来ず無に帰してしまう。存在あるモノを求めるように粘着する空間は意志を持っているようにも見える。
航行する飛行戦艦には、虚無が反応しないように無のカモフラージュしている。無なのだから虚無が取り込まれる事は無い。凄い技術なのだが、設置したゼロノートにも原理は不明。知識の海にあった設計図に沿って組み上げただけ。それで自信満々に披露するものだから、謙二郎は冷たい視線で溜息を漏らす。
次元境界を航行して2時間。
艦橋から薄っすら城の姿が見えるようになる。到達してゼロノートに寄せられた質問は、城へ直接突入出来るルートをアークから教えられていたのに、何故時間が掛かる遠回りを選んだのか。帰ったきた答えは、敵に悟られない為と青い水晶への攻撃がスムーズに行う為。だが、アークが教えたルートは簡単に深部に入れて尚且つ安全。しかも、青い水晶の攻撃も考慮してある。選んだ理由に不安が残るが、ゼロノートはひたすら自信を強調。これしかなかったと熱弁。結局は納得するしかなかった。
「いよいよ突入じゃ。肝となる作戦分担を発表する」
ゼロノートは、艦橋に集まった面々に向かって語気強く熱弁。
「青い水晶破壊は飛行戦艦で行う。虚無空間での戦闘が不可能な為、風の身の安全は確かじゃ。謙二郎には、修理に赴く将達の注意を引く為に城の中で暴れて貰う。全ての注意を引き付ける為に必要じゃ。戒と儂は、真っ直ぐにカオスの下に向かいシーリアを奪還する。最大の問題、カオスじゃが…こればかりは運任せじゃ。シーリアが母として如何に慕われているかが重要じゃ」
締まらない最大の山場。失敗する可能性を今更見せられても困る。もし、カオスがシーリアよりも破戒を優先した場合、シーリアが懇願しても戒を殺しにかかる。偽物のレッテルだけだったら、優先は然程問題ではない。だが、破戒の最大の敵と言う事情がある。この事情に打ち勝つためにはシーリアの存在が大事になる。
「…行こう。これ以上シーリアを待たせられない!」
やはり、逸る心を抑えられない。
謙二郎と風は、不安感に顔を見合わせる。
「そうじゃな、作戦決行じゃ!」
飛行戦艦から無でカモフラージュしたミサイルで青い水晶に攻撃。難無く一部破壊に成功。城は非常事態のアラートが鳴り響き、一斉に破損した青い水晶に集まってくる。注意がそれたのを機会に、飛行戦艦を城に激突させてハッチを内部に押し込む。虚無影響範囲外にハッチが入ると、謙二郎、戒、ゼロノートの順に城の中に潜入。謙二郎は城の中央に向かって走り、戒とゼロノートは入り組んだダクトに上って進む。
青い水晶、設置内部。
多くの将が集まってエネルギーを供給している。
「一体何が起きた!」
「攻撃らしい…裏切ったアークのせいか?」
「それは無い。アークが知っているルートは内部に直接繋がる。外から攻める必要はない」
「そんな事考えている暇はない! もっと集中しろ! 深刻な状況に陥ったら全員死ぬぞ!」
ゼロノートの予想通り、将の大半が集結して修復にあたっている。将が避けて居る場所にディスペアの姿もある。深刻な状況に他に気を向ける余裕がない。
謙二郎は、城の中央にある巨大なホールで早速大暴れ。剣を振り回し壁や床を破壊。光の力で大規模な爆発を起こして派手さをアピール。捕捉した数体の将が謙二郎に襲い掛かる。
「本拠を攻められる気分はどうだ? 安全を脅かさせれる気分はどうだ? 今日はお前達が味わえ!」
陽動と悟られないように出来るだけ戦闘を受けて立つ。見事な役者ぶりで、将は一心に謙二郎を狙って追いかける。だが、謙二郎の目には最強の将らしき存在が見当たらない。全員が青い水晶の下に行ってくれたなら問題ないのだが、もし何処かに潜んでいたり、戒の下に向かっていたなら大問題。
戒とゼロノートは、順調にダクトを進んでいた。聞こえる破壊音が徐々に遠ざかっていき、謙二郎が上手く立ち回っている手ごたえを感じる。
「ゼロノート、後どのくらいで着くのかな?」
「そう焦るもんじゃない。儂の計算だと、後5分ほどじゃ。今の内に覚悟しておくんじゃ…」
含みのある物言い。しかも、何となく自分を責めているような雰囲気を感じる。
「らしくないよ。何かあった?」
「心配なだけじゃ。カオスに付け入る余裕があるのか…」
「…確かに」
戒はゼロノートの不可解さに目を瞑る。
眼中にあるのは、シーリアの事だけ。
5分後。
ダクトから降りた戒の前には機械質な扉が鎮座している。鍵穴は存在しておらず、開けるヒントを探して触れてみるが全く分からない。
「戒、開けるにはコツがある」
ゼロノートは指先を扉に付けて、幾つもの文字をカリカリと描いていく。人、闇、混沌、縁。文字を描き終えると、扉は粉々に分解され消える。どうやらナノマシンで出来ていたようだ。
「開いた。後は、戒の役目じゃ…」
ゼロノートは扉の先ではなく、右へ続く道に歩を進める。
「何処に行くのかな?」
「儂の役目は別にある。すまんが、シーリアを頼むぞ」
何度も頭を下げながらゼロノートは去って行く。
流石に強い違和感を感じたが、今はシーリア。ゼロノートを一旦放置して部屋に入る。
「シーリア…」
広大な部屋の中は、ツルツルに磨かれた鉄で出来ている。電気は付いているが、部屋の隅は薄暗く死角になっている。
「偽物め…お母さんは僕のものだ!」
カオスの声と共に、部屋が真っ暗に染まる。右も左も分からない完全な闇。しかも、徐々にエネルギーが奪われていく。
(戒、俺が空間を作る。後は…すまん)
「…ありがとう」
戒の周りだけが光に包まれる。位置感が戻り、エネルギーの減少も無くなる。
「シーリアを母と慕うのも、傍に居たいと思うのも自由だよ。でも、シーリアの気持ちを無視して願いから引き離すのは間違っている!」
「お母さんは…絶対に僕のもの。偽物の正論は受け付けない!」
カオスの声が耳元で聞こえ、慌てて腕を伸ばしてカオスを探す。だが、触れる事が出来ない。
探す為に歩き出すと、足下に違和感。巨大な尖った氷塊が突き出し右足を捥ぐ。
「偽物、お前に待っているのは死だ! お母さんを奪う奴は絶対に許さない!」
「カオス!」
声に向かってただただ歩く。
氷塊で捥がれた右足は、ナノマシンの集結が行われずそのまま。カオスの齎した闇が統率機の指示機能を阻害している。
「シーリアは物じゃない。自分勝手な気持ちだけで決めないで欲しい!」
戒の体を炎が包み込む。
ナノマシンが解けて剥がれ、機械の装甲のように全身が垂れる。
「お母さんは僕と居る事は選んだ。これはお母さんの意思だ!」
「違う! シーリアは…シーリアは僕と結婚するんだ! その願いを捨てたりしない!」
満身創痍の体を引き摺ってカオスに向かおうとする。だが、近くに居る筈のカオスが果てしなく遠い。必死に歩いても行き当たるのは壁。
「戒! 私は…ここに………もう帰って…」
シーリアの声は、急に険しくなる。
「あんたなんか大嫌い! 私を縛るのは止めてよ!」
明らかに本来の意思とは違う声。戒は絶対に信じない。
シーリアの声に向かって歩を進める。
「僕は帰らない。シーリアに会うまでは絶対に!」
強い意思を支えたいエラー。そして、シーリアの為に力になりたいウィッシュ。二つの概念存在で必死に戒の状況を整える。だが、捥がれた足も溶けた体も元に戻せない。闇から守る事で精一杯。気を抜けば自分達の存在も消えてしまう。
(くそっ! 折角概念存在になったのに、これでは守られていた時と同じだ!)
(あの爺さん、嘘ばっかりチュン! カオスに付け入る余裕なんてない! 多分、破戒の敵じゃなくても結果は同じチュン!)
出てくるのは自分を責める言葉と、ゼロノートを責める言葉。前向きな提案を出来る余裕は一切ない。
「シーリア…僕は…ここに居る」
降り注ぐ雷が戒を貫く。二度と動けないように四肢を分離し、意志を砕くように統率機を狙う。身をよじって何とか回避するが、統率機が破損するのも時間の問題。
(…俺は…こんな姿を望んではいない。過ちの概念! こんなものかよ!)
エラーの概念としての力を最大行使。部屋を埋め尽くす闇を湾曲して光に変換。一時的に全体を明るくする。だが、何処にもカオスとシーリアの姿が無い。
(何処だ…何処に居る?)
(ダメだチュン)
ウィッシュの忠告と同時に、戒の体が闇の棘に貫かれる。
「馬鹿だね。闇は何処にでもある」
体の影になっていた場所に闇が潜んでいた。
闇の奥から声が聞こえている。
「エラー、ウィッシュ。偽物を捨てて僕の所に来い! それが最善の選択だ」
エラーは戒の口を使って反論。
「ふざけるな! お前こそ諦めろ! 戒から何も奪わせない!」
エラーの意思とは違い、ウィッシュの望みはシーリアの傍に居る事。カオスの提案は望みを叶える手段としては打倒。戒の肩から飛び上る。
「ウィッシュは、シーリアの傍ならいいチュン」
「…裏切り…くっ!」
ウィッシュが飛び上がった瞬間、再び闇が部屋を包み込む。
エラー一人では、戒の状態を維持する事が出来ない。
「戒…」
戒に口が戻ると、念仏のようにシーリアの名を呼び這う。痛々しくも絶える事の無い強い意思は、エラーの沈んだ心に忘れかけていた記憶を呼び起こす。
「エラーよ、戒が終末を使えないのは力が足りないからではない。戒が終末を使えないのは、禁忌の力がその身に隠れているからだ。取り去りたくても取り去れない恐ろしい力。エラーよ、決して許してはならない。戒に禁忌を使う過ちを…」
アポカリプスが言っていた忠告をエラーは信じたくなかった。優しくて温かい戒の中に、悍ましい力が秘められている訳がない。そう思い、心の奥にしまい込んでいた。
(アポカリプスも恐れた力…今は賭けるしかない!)
アポカリプスの力を使えば、戒の存在はまた消えてしまう。再び戻れるか分からない最悪の賭け。それよりは戒に潜む力に賭けた方が良いと判断した。
再び、戒の口を借りる。
「我は過ちの概念。過ちを司り、過ちを許せる存在。今こそ許そう…汝の過ちを!」
エラーは戒の心の奥底に入り込み、封じられた扉に手を掛ける。
(戒! お前の過ちを全部許す! 俺はお前の全てを受け入れる!)
扉を抉じ開ける。
エラーは、奥底から溢れ出す激流に流される。
「………忠告だ」
闇が一瞬で弾け、露わになったカオスの背後に戒が現れる。捥がれた足も溶けた体も元通り。
「い、いつの間に…」
「シーリアを返せ」
振り返るカオスに戒の右拳が迫る。だが、眼前で止める。
「…嫌だ」
巨大な氷壁を戒との間に出現させつつ、再び部屋を闇で包む。
「二度目の忠告だ…」
力を籠めた右拳を引き絞り、氷壁に向かって一気に放つ。爆音と共に氷壁は粉々に砕け散る。
闇の奥で見ていたカオスは、生唾を飲み、冷や汗を垂らす。
「な、何だよ…あれは…」
戒は闇の中に在った。エラーの概念が働いた様子も、エネルギーを駆使した様子も無い。そもそも力を無効化する闇の中では何も出来ない。だと言うのに、巨大な氷壁を一撃で砕いた。どの角度から状況を推察しても全く答えが見えない。
「シーリアを返せ!」
戒は、またもカオスの背後に現われる。
恐怖が滲み寄るカオスは、ゆっくり振り返る。
「あ…あ、ああああああッ!」
戒の背中から殺意がオーラのように放出されている。見ているだけで全身が強張り、舌が回らなくなる。
「カオス、シーリアを返せ!」
「…い、嫌ら…」
呂律の回らない言葉で拒否。
巨大な獣を次から次に出現させ戒を襲わせる。
「次が最後の忠告だ…」
数百を超える獣全ての死角に音もなく移動し、気付かれる事無く物凄い速度で倒していく。出現速度は戒の打倒速度を超えられず、瞬く間にカオスの眼前に戒は迫る。
「シーリアを返せ!」
カオスは最後の抵抗に、闇を凝縮した壁を無数に重ね戒を隔てる。
(超えられる筈がない! これは…絶対に…)
戒は右拳を固く握り、強く引き絞って一気に放つ。
爆音が響くが、拳が激突した壁は無傷。音の発生源は戒の右腕。肩から下が粉々に粉砕され再生不可の状態。カオスは勝利を確信して笑みが零れる。しかし、視界に映ったのは壁に奔る小さな亀裂。まさかと思い指で触れると、亀裂は壁全体に広がっていく。
「返事は?」
戒が左手で壁に触れると、亀裂が限界を迎え崩壊。
無数の破片が雨のように降り注ぐ中、戒はゆっくりカオスに近づいてくる。
「シーリアを返してくれるのか?」
よく考えれば分かる事だが、同じ壁を作り出し戒の体を破壊していけばいい。闇の力でエラーなどの概念存在が使えない以上、壁を破壊した力は戒の腕から齎された攻撃。ならば、壁が出現したら同じ方法で破壊を試みる。右手が壊れたら左手、左手が壊れたら右足、右足が壊れたら左足。ここまで全部破壊したら、もう戒に攻撃手段は無い。後はじっくり仕留めるなり、逃げるなり考えればいい。だが、恐怖に侵食されたカオスには考えられない。目の前に迫る恐怖を処理できず、ただただ怯えて震える。
「…く、来るな…来ないで…」
戒の歩みを止められるモノを想定できない。降り注ぐ破片も戒を避けて落下する。まるで、破片まで恐怖しているかのように。
カオスの視界から突如戒が消える。
「最後の答えは?」
いつの間にか背後に在る戒の姿。
もはや、カオスの心は限界。
「…ご、ごめんなさい…ごめんなさい!」
戒の手がカオスの頭に覆い被さる。
カオスは瞼を思いっきり閉めて死を覚悟する。
だが、戒の手は優しくカオスの頭を撫でる。
「ちゃんと謝れるんだね。偉い、偉いよ」
見上げた戒の顔は、満面の笑み。
恐怖から解放された途端、溜めていた感情が洪水になって押し寄せる。
「うわ~~~~ん! お母さん、お母さ~~~ん!」
子どもらしく大号泣。呼んでいるのはシーリアだろうが、抱きついているのは戒。解放された感情は、戒を心許せる存在にしていた。怒ると怖い、でも、本当は優しい。完全に認めた訳ではないが、シーリアが偽物じゃないと言っていた意味が理解できた。
「戒!」
闇から解放されたシーリアは、真っ先に再会の涙を蓄えて戒に抱きつく。込み上げる喜びを直ぐに満たしたかった。安心と落ち着きが戻ると、泣きじゃくるカオスを優しく宥める。
「さぁ、カオス。シーリアを返してくれるよね?」
「…うん」
涙を流しながら、小さく頷く。
「カオス…一緒に来ない?」
シーリアの問いに、カオスは首を振る。
「僕が居なくなったら、お父さんは悲しむ。僕だけはお父さんの傍に居たいんだ」
母と慕うシーリアではなく、父である破戒を優しい気持ちで選んだ。カオスには、もう禍々しい感情は無かった。
「分かった。じゃあ、行こうか?」
「うん」
戒はシーリアの手を握り、部屋を後にする。
部屋の外に出ると、戒はゼロノートが向かった道を辿る。
「戒、そっちは…」
「ゼロノートが向かったんだ。理由は分からないけど…?」
「でも、その先にあるのは破戒の部屋だよ」
ゼロノートが破戒に会う。冷静な感覚で考えると裏切りの言葉が頭に過る。だが、今まで共に戦った仲間を疑いたくない。脳裏に過る不穏な言葉を払拭する為には、先に進むしかない。
「行ってみよう。ゼロノートの役目を知る為に…」
戒の中で、エラーは非力さに苛立っていた。戒の強さに任せてしまう現状を何とか変えたい。自分の力で戒を救いたい。糸口はある。戒自身が見せた封じられし激情が今の自分に使えれば。かつて戒だった時に使っていた力だが、概念存在になってから使えなくなった。戒の力になる為には、もう一度蘇らせたい。
右の道を進んだ先にある大きな扉。冷たい印象と拒絶の意思を感じる。
「この先に…破戒が」
戒は、扉を押してみる。
かなりの重量だが、鍵は掛かっていない。
「戒、やっぱり戦うんだよね?」
「…状況次第かな。腕もこんな感じだし、出来れば…避けたいね」
カオスとの戦いで負った傷は癒えていない。万全で無い以上、本来は避けるべき戦い。だが、破戒がそれを許してくれるのか分からない。一縷の望みは、強者を望む意志が強い事。上手く交渉すれば回避出来るかも知れない。発端時に見逃したように。
戒は、残った渾身の力で扉を開く。
「…あれ? 何か…引っ掛かっている」
半分ほど開いた扉に誰かの手が引っ掛かっている。
「…おじい? おじいなの?」
手が消え、ゼロノートの顔がこちらを覗く。
「シーリア…無事じゃったか? 儂は…ちょっと危険な状態じゃ…」
倒れながら這い出るゼロノート。下半身が消滅して、その断面から徐々に黒く変色している。
戒は急いで扉の中に入り、ゼロノートを抱き上げる。
「ゼロノート!」
「戒、説得失敗じゃ。やっぱり頑なじゃ…」
部屋の奥に視線を向けると、呼吸を乱す破戒の姿が見える。何かをブツブツ呟きながら、頭を押さえて苦しんでいる。
「おじい、何でそんな無茶な事をしたの?」
「重大な秘密が分かったのじゃ。破戒の知らない恐ろしい真実じゃ…」
戒は、別次元世界の話と思い戸惑う。シーリアに待つように言っていたのはゼロノート。当然覚えている筈だが、ゼロノートは構わず話す。
「育鯖戒は、本来この世界には存在しておらんかった。シーリア、お主もじゃ。本来の名前、雪原理愛として戒と共にこの世界に来たのじゃ」
突然の告白だが、シーリアは平静。前以ってカオスに事情を聞いていた為、動揺は大きくない。むしろ、知りたい事をようやく知れると安心している。
「別次元世界を捨ててこの世界に来た時、戒と理愛の前にあったのは幼いこの世界の二人。戒と理愛は、この世界に固着する為に幼気な存在を犠牲にしたと思った。じゃが、犠牲にしたと思ったこの世界の二人は、初めから用意されていた体だったのじゃ。次元順応のお陰で世界の一部として認められた時、本来の生態系を超えた絶対存在として記憶された。それは、人間でありながら全時間に存在できる許可。いつ如何なる時に現われても体を用意し、いつ如何なる時でも変わらぬ姿で存在できる。じゃから、入った体には感情の因子は含まれておらんかった…」
ゼロノートの声に反応して、破戒が怒り狂って襲い掛かる。
戒が全力で攻撃を弾くが、カオスとの戦いで疲弊していて逆に吹き飛ばされる。
「有り得ない。感情の因子が無かった? そんな馬鹿な事があるものか! 我の記憶が間違っているとでも言うのか! 体を奪われて、感情だけ捨てられた記憶が!」
ゼロノートの首を掴んで持ち上げる。しかし、殺す意図を感じない。聞きたくないが聞かないといけないと本能で悟っている。
「遺伝子操作を行って確実に体を提供できる体制が出来ていたのじゃ。一度目の来訪が恐竜の世界。二度目の来訪が現代。次元跳躍によって膨大な時間が費やされる。次元境界を超えた瞬間に体を作成すれば十分間に合うのじゃ!」
「では、この記憶は何だ! 抜け出し、遠ざかっていく体…漂いながら見ている事しか出来なかった記憶は!」
「それは作られたものじゃ。お主が持っておった記憶は、別次元世界の記憶だけじゃ。戒の体を乗っ取る為、未来の情報と偽って伝える為、ジートにリトルガーディアンを作らせる為。これらを成す為に使った超常的な知識が本来の記憶じゃ! 何故なら…破戒、お主は…育鯖戒の記憶じゃからだ!」
衝撃の事実に戒もシーリアも驚愕。
そして、こっそりついて来ていたカオスは扉を後ろで膝をつく。
「我が…戒の記憶?」
愕然とした破戒は、ゼロノートを離して腰を下ろす。信じない選択もあったのだが、破戒にも引っ掛かる事があるのか抵抗に出られない。
「戒がこの世界で用意された体に入った際、融合成功の代償に記憶を失った。失った記憶は体から離れ宙を漂っていた。本来ならば、記憶はそのまま消える筈じゃった。じゃが、ある人物で記憶に人格が与え、捏造した記憶を植え付けた。よく考えるのじゃ。生まれた間もない幼子に恨みを抱ける思考があったと思うのか? そんな訳はないじゃろ?」
破戒の全てが根底から覆される。戦闘狂の破壊者としての認識が、恨みを植え付けられ振り回された悲劇の存在に認識変更。となると、これまで信じて来た目的が変わってくる。『別次元から来る育鯖戒と戦う為』から『恨みを抱く育鯖戒に復讐をする為』に。
「ゼロノート…画策した人物って誰かな?」
起き上がった戒が破戒の代わりに尋ねる。
「…ローリア・マーキュリオスじゃ」
その名前に、シーリアは拒絶反応を示す。胸を押えて苦しみだす。
(どうして…急に…)
雪原理愛の記憶が疼いている。戒から引き離され、望みもしない結婚を強要された記憶。シーリアの認識を超えて苦しめるほど嫌っているのが窺える。
「…死んだ筈じゃなかったかな?」
「思い出すのじゃ。深刻なダメージは与えたが…止めは刺していないじゃろ?」
腕と足を捻じり切り、内臓に木の枝を刺し、そして、出口の無いブラックホールに捨てた。確かに止めは刺していない。だが、抜け出す事の出来ない空間で治療不可の傷。どうにもできない状況にしか思えない。
「ブラックホールは完璧だった。完璧すぎて時間の概念も無くなっていた。それが原因じゃ。ローリアは永遠にも等しい時間を絶望的な状況で漂い続けた。激しい憎悪を成長させ続けながら…」
「おやおや、随分懐かしい話が聞こえるな」
カオスの首を掴んでジートが現れる。
口調がいつもと違い、かなり偉ぶっている。
「離せ!」
「うるさい人造人間だ」
ジートはカオスを放り投げ、指から放った光で胸を貫く。
カオスは闇を形成する事が出来なかった。不可思議な力に翻弄されて概念を使用できない状況に陥っていた。
「カオス!」
戒がカオスを抱き起す。意識は無いが、息はしている。
慌てて来た破戒にカオスを渡すと、ジートを鋭い目で睨みつける。
「育鯖戒。いつ見ても憎たらしい」
空間を湾曲させ戒の背後に移動。指から光を放ち、全身を撃ち抜く。
だが、戒に光が当たる瞬間湾曲。
(この力なら対応出来る!)
エラーは、カオス戦の鬱憤を晴らすように力の全開供給。戒の背中から歪な黒い翼が生える。
戒は、激情を胸にエラーの力を纏った拳をジートに放つ。
渾身の一撃はジートの顔面を捉え吹き飛ばす。
「…凄まじい感情の力だ。恐れ入るよ、憎たらしい育鯖戒!」
渾身の一撃がジートには無傷。
戒の拳はボロボロ、もう左手も使えない。
「ジートじゃない…のかな?」
「些か遅かったな。もっと早くに気付くチャンスはあった。最初のチャンスは、アーセオン邸から去った時。次のチャンスは、シーリアがサードに捕らえられ助けを求めに来た時。二度とも私が嘲笑う機会になったがな」
ジートの体にレコードマーカーが固着。白いスーツを着たローリアに変化。胸には世界統合委員のバッチも再現されている。
「ローリア…憎悪の化身…」
ゼロノートは、瞼を閉じて知識の海に半分潜る。
「ブラックホールを飲み込み、全てに介入できる力を有した次元変異体。人はそれを邪神と呼び忌み嫌う」
「知識の屍が!」
ローリアから放たれる光がゼロノートを貫く。
だが、咄嗟に動いた戒によって致命傷は回避。左腕の犠牲で済んだ。
「ローリア! その憎悪は君の自業自得じゃないか! 僕を目の敵にするのは間違っている!」
「確かにその通りだ。私が傲慢にならなければ招く事は無かった。だがな、権力者が傲慢になるのは当然の事だ。許容できない世界が悪い、人が悪い! 私と言う存在を許容できるように変化すべきだった。そうそう、雪原理愛も贄に差し出すべきだったのだ!」
戒は激情の赴くまま飛び蹴り。
だが、蹴りが当たる前に光で全身を撃ち抜かれる。早いと言うより、回避できないような細工が施されている。
「ゼロノート、お前の考えはほぼ正解だ。だが、アークに関しては目論見が外れたな」
ローリアの背後に空間の歪みが現れ、アークが引っ張り出される。
「アークは、破戒が作った雪原理愛の模造品。完璧な体と完璧な環境、雪原理愛に至る全てを揃えた。しかし、破戒では雪原理愛を作れなかった。記憶だけの模造品には偽物しか作れなかった」
ローリアは、掴んだアークを手にキスをする。
嫌がるアークは、ローリアの頬を叩く。
「まさか…アークが…」
驚いたのは破戒。自分の下では感情を励起する事が無くいつも無表情。それが、今は感情豊かにローリアを拒絶している。
「アークが雪原理愛に至ったのか? 何故だ? 全てを揃えたのは我だ…我なのだぞ!」
「だ、か、ら、記憶だけの模造品だと言っただろ。本物の育鯖戒だけが雪原理愛を作れる。だから、私は待ったのだ。破戒がアークを見捨てるのを!」
ゼロノートに言われた真実を受け入れるしかない。だが、受け入れた瞬間、今までの全てを否定する事になる。夢や希望や目標、そして、求め続けた愛を否定する事になる。分かっていても出来ない。分かっていても、模造品にはなりたくない。
「…ローリア、我は認めない!」
破戒は背後に漂う六つの玉を集約し、ローリアに放つ。ローリアが光で弾くと、一定の距離を保ってローリアの周囲を回る。
「我が一体化した概念、審判! その力をとくと味わえ!」
ローリアはいつの間にか巨大な天秤の左皿に乗っていた。降りられないように見えない障壁が張られていて、光で攻撃してもビクともしない。
「何が審判だ! 偽物が何を裁けると言うのだ!」
天秤の左皿が大きく下がる。
「罪科の重し…虐げられし者の魂」
右皿に大きな分銅が落ち、左皿が若干動く。
暴れていたローリアは、余裕の表情で事の進行を見守る。
「罪科の重し…奪った善の数」
銀色の巨大な分銅が右皿に落下、左皿が持ち上がり右皿と同等になる。
「虚しくないか? 破戒として、育鯖戒として、真に手にしていた概念は審判ではない。自分が偽物だと認める行為は残虐だな」
ローリアの言葉に精神が搔き乱される。だがそれでも、最後の罪科の重しを右皿に落とす。
「罪科の重し…汝の存在」
落下した金色の分銅は、天秤を破壊しそうな大きさ。案の定、分銅の重さで右皿が最下に至り、ローリアが乗る左皿が最上に至る。
「汝に死の裁定が下った。受け入れよ、逃れなれない死の運命を!」
左皿の下に真っ暗な渦が現れ、ローリアごと左皿が渦に落ちる。渦の中で皿が壊れ、ローリアの体が微塵に砕かれていく。抵抗する力を奪いレコードマーカーは無力。成す術もなく、渦の奥に消えていく。
「無駄な時間だ」
渦が逆再生。
時間が巻き戻されたようだが、皿にローリアの姿が無い。
「何処だ!」
辺りを見渡す破戒の額に汗が滲む。予定外な状態、予想不可能な事態、もはや冷静に分析する余裕はない。焦りと怒りが混在し、ナノマシンを行使して部屋中を攻撃してローリアを探す。
「出て来い! 俺の腕で殺してやる!」
「良いだろう」
破戒の動きが止まる。
背後に現われたローリアは、破戒の首を掴んでいる。
指が鋭いナイフに変わり、皮膚の表層部を斬り裂く。
「出て来てやったぞ。何かするんじゃなかったのか? 何もしないまま人形のように佇むか?」
ナイフの先端が注射器に変わり、何かを注入する。
「その方が都合が良いがな」
瞳孔が開き、呼吸が止まる。心臓の鼓動だけが静寂の中響き、未だ残っている思考は迫りくる絶望に願いを賭ける。ローリアが集中している間に逃げて欲しいと…。
そして、その願いは叶っていた。戒が隙をついて既に全員逃がしていた。自分以外の全員を
「…逃がしていたか。まぁ良い。いつでも手に入れられる。それより…」
シーリアがゼロノートを背負い、アークがカオスを抱きかかえ、二人共残った戒を心配して飛行戦艦へ急ぐ。敵の姿は無い。どうやら謙二郎の陽動は想定以上に上手く行っているようだ。
「おじい、道を早く指示して!」
「そこを右じゃ…いやいや、そうじゃない。戒も逃がさなくては大変な事になる!」
走っていたアークが立ち止まる。
「…シーリアさん、私…」
「戻るのは無しよ! 私だって戒が心配、だけど…信じて待たなきゃ!」
シーリアの言葉で再び走り始めるアーク。
納得したアークとは違い、ゼロノートは未だに戻りたい意思を残している。
「大変じゃ大変じゃ…このままじゃ…」
たどたどしい指示に従い走っていると、目の前に大きな広間が現れる。そして、そこには謙二郎と将らしき機人が対峙している。白いマントを羽織った女性型の機人で、纏った鎧は胸の膨らみを思わせる形状になっている。靡く長い金髪から覗くのは、色白で整った顔と青い瞳。
「ここまで手こずるとは…」
「後はお前だけだ。観念して逃げたらどうだ?」
優位に立っているような物言いだが、謙二郎の足は破損していて満足に技が使えない。
対する将は、全く無傷。今対峙したばかりなのか、それとも戦いの最中なのか、それによって状況の危険性が変わる。
「謙二郎!」
シーリアの声に反応して謙二郎が振り返る。その表情には焦りと不安が溢れ、切羽詰まった状況である事が窺える。
「逃げ出せたのか。でも、戒の姿が見えないな」
「戒は大丈夫。私達は邪魔にならないように逃げないと!」
将が発見したのは、アークと抱きかかえられたカオス。
「アーク、何があった? 敵と逃げる算段か?」
「違う! とても危険な敵が現れて…お願い! 城に居る皆に逃げるように伝えて! クリエイト、あなたなら逃がせるでしょ?」
クリエイトは、アークの傍に近づく。
「…どうやら、嘘ではないようだな。で、敵とは何者だ。マスターに手を出す愚行に出て生きて帰れると思っているのか?」
美しい見た目と違い、クリエイトは実に男勝り。破戒を心配しつつも、腰に差していた剣を抜いて嬉々として振り回している。
「そんな状況じゃないの。早く、お願い!」
クリエイトは、不服そうに立ち去っていく。
その際に聞こえたのは、非難を促す言葉。
「…ふ~、助かった。かなり危ない所だった」
「謙二郎、逃げるよ! 早く!」
シーリアは謙二郎を一喝し、さっさと逃げる。
アークも同じように。
「余程の事態だな…」
謙二郎も、破損した足を引き摺り逃げる。
飛行戦艦が城から離れた頃、戒はローリアと戦っていた。しかし、その力の差は絶大。どんな攻撃を行っても全て無効化されてしまう。だが、不可解な事にローリアは攻撃を行わない。戒の表情を窺いながら、笑ったり、睨んだり、色々な表情を見せるだけ。破戒は、部屋の中央に現われた銀色の柱に縛られている。
「ローリア、何が目的だ? ただの復讐なら僕を殺せば済む話だろ?」
「復讐が目的だったとでも? そんなものはとうの昔に捨てた。私が欲するようになったのは、全てを掌握する力だ。その為に破戒を生み出し、その為にお前達を動かした」
ローリアが存在している時点で全ては決まっていた。運命と言う言葉で片付けるなら、この次元の世界は初めから崩壊するように出来ていた。破戒がどう動こうが、戒が何を救おうが、ローリアを完全に消し去らなかった事で決まってしまっていた。
「僕の過ちだったのか…」
「そうだな。もしあの時、苦しめる暇もなく殺していたらこの事態は起きなかった。育鯖戒として幸せな人生を送れただろう」
破戒が存在融合時に語っていた「過ちは正さなくてはならない」が耳で響く。破戒が真の意味を理解していた訳では無いが、結果的に真を捉えていた。戒は無くした記憶に憤る。どうしてローリアを殺さなかったのか。
「さぁ、後悔はもう十分だろう」
ローリアは、突如光で戒を撃ち抜く。
たった一発だったのに、統率機を残して全てのナノマシンが霧散。そのタイミングで、エラーとの契約が断絶される。
「私の手で元に戻してやろう。記憶と体が戻れば、お前は完全な育鯖戒になる。次元を掌握した王の再臨だ」
統率機を柱に縛られた破戒の胸に当てる。すると、統率機から戒の精神が抜け出て破戒に吸い込まれる。精神が体に戻った事で、破戒が戒に戻っていく。破戒によって運用されていたリトルガーディアンシステムが解除され、世界に蔓延っていたナノマシンが機能を停止する。
ローリアは精神が戻った事を確認すると、即座に破戒に使った注射器で薬剤を注入する。
「この薬は、精神捕縛用に私が作った物だ。永い眠りの中で精々幸せに」
消えゆく精神。だが、完全に消える事は無い。小さな断片が残り、何かを訴えるように小刻みに振動する。
「これでようやく手に入る。次元掌握の力…真の支配者の力…全ては私の物だ!」
精神が薄くなり戒は放心状態。
ローリアが右手で戒の胸に触れると、血管が脈打ち何かが流れ込んでいく。
「これだ! 凄まじい!」
左手で三拍子の指揮を振るうと、空間が歪み別の世界が垣間見える。そのまま手を突っ込み近くに見えていた花を毟り取る。
「別次元への干渉!」
グシャグシャに握り潰した花が、次の瞬間には元通り。
「別次元の変質! ハハハ、私こそ全知全能! もはや神とて敵ではない!」
手に入れた力に酔いしれるローリアは、戒に起きている異常に気が付かない。
飛行戦艦艦橋。
混乱するゼロノートをシーリアと謙二郎が宥め、操縦席に座る風はフェルギーニと今度の心配を話し合っている。
「おじい! 戒は大丈夫だから!」
「ゼロノートしっかりしろ!」
一生懸命訴えるが、ゼロノートは何かを呟きながら震えている。気が狂ったような様子に二人も戒の身の安全が心配になる。
だが、途端にゼロノートは何事も無かったかのように立ち上がる。
「…そろそろ良いじゃろ」
いきなり平静を取り戻したゼロノートに、二人共唖然。しかし、不安は残り続けている。何故混乱から突然回復したのか、もしかしたら平静を取り戻したように見えるだけでは、と考えてしまう。
「風、飛行戦艦を城からもっと話してくれんかの」
「でも、戒さんが…」
「大丈夫じゃ。ちょっとばかり無謀な策じゃったが、万事上手く行ったようじゃ」
?が飛び交う現場。ゼロノートが言いたい事が誰も理解出来ない。
次元を操り有頂天のローリアは、放心状態を戒を見て爆笑。
「お前のお陰で全てを手に出来た。ハハハ、ハハハハハハ! 悔しいだろ? 悔しいに決まっているよな? だがまだだ。まだまだ悔しがらせてやろう。シーリアとアークも直ぐに私の物になる」
戒の胸を抉り心臓を取り出す。
規則正しく動く心臓。強き握れば鼓動が早くなり、弱めれば鼓動が正常に。戒の命を思いのままに出来
る喜びで更なる爆笑。
「過ちを犯したのは…お前もだ」
放心状態だった戒がぱっと瞼を開く。
一瞬驚いたローリアだが、力を奪った事実を盾に冷静を取り戻す。
「まだ意識が残っていたのか? 薬の効果が弱かったようだな」
戒の首に注射を打ち込む。
だが、戒は放心状態にならない。
「エラー、ちょっと力を借りるよ」
エラーの応答は無い。契約が断絶された事で、アリアの方に移動している。
だが構わず、戒は使えない筈のエラーを行使。なんと、呆気なく背中に歪な黒い翼が現れる。
「これで十分だ」
翼を羽ばたかせると、ローリアが手を突っ込んでいた次元が閉じる。
戒の覚醒とエラーの行使に嫌な予感を感じたローリアは、握っていた心臓を完全に潰す。だが、潰れていたのは耳。しかも、自分の。嫌な予感が拡大していく。身に覚えのある恐怖が顕在化していく。
「あの時の続きを始めようか? 愚かな支配者…ローリア・マーキュリオス」
戒に記憶が戻った。
これこそが、ゼロノートが演技をしてでも導きたかった答え。全ての災禍を退ける破滅の過ち。




