同じ記憶と違う体
心と記憶は脳と体が保持している。全く同じ脳と体を持っていたら、境遇を整える事で同じ心と記憶を作る事は出来るのだろうか。それとも、全く別の心と記憶になってしまうのか。世界を動かす存在があり、人間の全てを掌握する意思があるなら、人間の記憶すら自在に操る事が出来るかもしれない。
落ち着きを取り戻したアークは、これまで頑なだった態度を一変。聞きたい事に何でも答えるようになった。真っ先に教えてくれたのは、シーリアが連れ去られた場所と行き方。そして、待ち受けている敵の数と正体。その気になればいつでも行ける旨も。次に答えたのは、雪原理愛の記憶について。記憶は無いと言いつつ、戒に対する感情が生まれた事実を認める。漠然とだが記憶を持っている可能性を示唆した。最後に答えたのは、カオスについて。概念と生体の融合、人間の体でありながら機械の性質を有し、一つの存在でありながら複数の概念を保有している。知識を海に潜ったゼロノートには不可能としか思えない答えが返って来た。
艦橋では、フェルギーニがアークをジロジロ見ていた。
アークは威圧感を感じ居所が悪い。
「ふ~む、実に不思議です。完全に人間の体です。不可能が可能になったとしても、人間を蘇らせる事は出来ない。それは、願いに人間の正確な情報が無いから。ただ蘇らせたいだけでは実現できない複雑な存在だから。ですが、アークは確かに人間として生まれている。全てにおいてパーフェクトな人間」
フェルギーニは、風の質問責めに対応する為に様々な知識を身につけていた。時にゼロノートに聞き、時に自ら実験をして、如何に風を満足させるか常に苦心している。今アークを分析しているのも、風の質問に対応する為。
「宜しいですか?」
「出来ればもう少しお付き合い願いたい。ですが、用事があるのであればここまでに」
「用事ではありませんが…戒に会いたくて…」
フェルギーニは分析を止め、アークを解放する。
「人の心は代えの効かない貴重品。大事に扱ってください」
一日も経っていない飛行戦艦の生活は、アークにとって心地良いものになっていた。敵だった事を誰も問い詰めず、戒と一緒に居ても笑顔で流し、取り立てて厚遇する事もない。こんなに馴染んで良いのかと思ってしまうほど飛行戦艦の面々は普通の対応。
戒は展望デッキでシーリア奪還の作戦を考えていた。話し合いの相手は、エラーとウィッシュ。ウィッシュは、シーリアについて行くつもりだったがカオスに力に阻まれて無理だった。守れなかった戒に対して僅かに憤りを感じていて、早くシーリアを取り戻すように肩の上で急かしている。エラーは、カオスの力を目の当たりにして珍しく黙している。黙って考えているのは、カオス対策より自己の強化。概念としての力の差を思い知って、概念として勝ちたいと思っている。
(戒、終末の力を使えば良いチュン! カオスでも倒せるチュンよ!)
「ダメだよ。アポカリプスの力を使った挙句、また居なくなったらシーリアが悲しむ」
(…手を貸すから何とかなるチュン!)
(ウィッシュ! 無茶言ってんじゃない! お前だって理解しているだろ? カオスの力は付け焼刃ではどうにもならない。確かな力で対抗しないと結果は変わらない…)
話し合いは全く答えに辿り着かない。シーリアを助けつつ、戒の身の安全を保ち、尚且つ確実に逃げなければならない。アポカリプスを使えば問題なく救助できるが、戒の存在が消える可能性がある。当然、助けても逃げられない。かと言って、エラーとウィッシュの力を合わせても全く相手にならない。愛や支配の概念を借りたとしても同じ。今在る力ではどうにもならない。
「お忙しい中すみません。戒、話があります」
展望デッキに現われたアークは、サンドイッチを皿一杯に持ってくる。
「どうしたのかな?」
アークは、サンドイッチを勧めながら本題をいきなり切り出す。
「話しが聞こえたので…助言を。城に行く事は出来ても、シーリアさんを救い出すのは難しいです。相手となるのは5体の将とマスター。まず間違いなく全てを相手にする事になる筈です」
「でも…このままには出来ない」
「酷なようですが、今は待つしかありません。マスターがシーリアさんを必要としていたのは、カオスの母を作る為です。シーリアさんの中にある記憶を取り出して、生み出した新たな肉体に入れる。恐らく、雪原理愛と言う女性を創るつもりです。ただ、カオスはシーリアさんを母と認識しています。その状態では抵抗に遭い、なかなか取り出す事は出来ないでしょう」
「…シーリアが安全でも、取り返せないのは変わりないだろ?」
「はい。ですから、取り返せる準備を猶予があるうちに進めましょう」
戒の体をエラーが乗っとる。
「おい! 準備って何だ? 何か強くなる方法が在るのか?」
口調の変化に戸惑うアークだが、必死に首を振って否定する。
「ち、違います。マスターが恐れている人物の力を借りる提案を…」
エラーはやや落胆し戒に体を返す。
「ごめん。で、破戒が恐れている人物って?」
「…ジート・アーセオンです」
ジートの名に、戒とエラーは納得。
理解が遅れるウィッシュはエラーに事情を尋ねて驚愕。
「それって手を貸してくれないチュン!」
変質した目的のせいでかつての仲間が犠牲になっている。場合によっては破戒よりも質が悪い。そもそも今何処に居るのか全く分からない。
「彼が欲しがっている物を私が持っています。それを取引に使えば、恐らく…応じてくれるかと」
対峙した戒は、ジートの恐ろしさを十分理解している。それ故に簡単に了解できない。しかし、シーリアを取り戻せる可能性があるなら試したい気持ちもある。惑う心が心配になったのは、ジートが欲しがっている物。
「ジートは何を欲しているのかな?」
「………私の命です」
差し出された提案は、シーリアとアークを天秤に乗せた最悪の選択だった。戒にとってはシーリアが大事。それは動かない。でも、シーリアの為にアークを犠牲にしたいとは絶対思わない。ここでアークを犠牲にしてしまえばジートと同じになってしまう。目的の為に仲間を犠牲にした愚かなジートと…。
「出来ないよ」
「しかし…」
「何と言われても、絶対にその条件は飲めない! 誰かが犠牲になっていい訳がない!」
エラーやウィッシュが口を挟めない迫力で戒は断る。
当然、アークもこれ以上提案を勧められない。
「ごめんなさい。ですが…他に方法がありません」
「諦めたらダメだよ。諦めずに希望を探せば必ず見つかる。今は無くても、いつか必ず…」
希望を語る戒は、強い意思を宿しているようには見えない。アークを犠牲にしない為に強がっているだけ。心の中では救い出せない現実に歯ぎしりをしていた。
「…もし必要になったら仰ってください。私はいつでも…」
「どうしてそこまで?」
「分かりません。ただ、そうしたいと思って…」
アークは一礼して去って行った。
戒の中では、エラーとウィッシュが突然喧嘩。ウィッシュは、今直ぐ犠牲にするべきだと訴え。エラーは、犠牲があったと知ればシーリアが悲しむと諭す。両者の言い分は平行線でいつまでも喧嘩は続いた。
次元境界の城。
カオスはシーリアを引っ張り、城の案内をしていた。
将達の厳しい目を無視しながら。
「お母さん、見て見て」
カオスが指差すのは、何の変哲もない窓。だが、見えている光景は幻想的。真っ暗な空間に星のように瞬く光。光を発しているのは世界。それぞれが違う輝きで、それぞれ光の強さが違う。大きくなり続ける光は最大値になった瞬間弾けて消える。
「お父さんが言っていたのは…世界の光は命の灯。大きな光は、産声であり終末の叫び。小さな光は、平穏であり退屈。ここから見えるのは、千差万別の命の在り方…だって。僕にはよく分からないよ」
「ふ~ん、私にも分からない」
「お母さんは僕と一緒だね」
カオスはグイグイ引っ張って次の場所に移動。
辿り着いたのは、将が集うバー。多くの機人が店員となり将をもてなしている。受けるイメージとしてはファミレスのような構図。広い店内にテーブルが等間隔に並び、専用のエプロンを着用した女性姿の機人が席に座る機人にメニューを見せている。少し違和感を覚えるのは、客である将が異様に威張って居る事。
「ここはご飯とか、エネルギーとか、えっと…何だっけ?」
カオスは近くに居た将に話しかける。
「ねぇねぇ、デス。ここで皆何しているの? ご飯とエネルギー補給以外で」
「…カオス、その女は確か…」
カオスの周りに将が集まる。
「間違いない。我々の敵ではないか」
「カオス、敵を招き入れてどうするつもりだ?」
将はシーリアを歓迎していない。戒に倒された将を仲間と認識していただけに、倒した戒の仲間を許すつもりはない。
集まった将の先頭に立つのは、カオスが最初に話しかけたデス。黒いマントに黒い重鎧で、大きな鎌を背負っている。顔半分が機械の骨格のままで人間の頭蓋骨に似ている。
「カオス、その人間をこっちに寄こせ。今直ぐ殺してやる」
「そうだ! 仲間を奪われた恨みを晴らそう!」
将達はデスの発案に応じて声を上げる。
「うるさいですね」
将を掻き分けて現れたのは、随分疲れた顔をしたディスペア。
「誰かと思ったら負け犬か」
「ええ、そうですよ。私は負けました。完膚なきまでに。そして、無様に逃げた。ですが…貴方に負けた訳ではありませんよ」
ディスペアは、デスを指差して不敵に笑う。
「我に勝てると? フハハ、フヒヒ…試してみるか?」
鎌をディスペアの首に当てる。鎌が近づくとディスペアの背後に白い影が現れる。
「良いですよ。その代わり、将が一体消える事になります」
「自分の事だな!」
鎌を振るい、ディスペアの首を刈る。
だが、斬ったのは残像。瞬時の判断で見事回避。
「遅いですよ。もっと早くないと負け犬に負けますよ」
笑いを堪えられないデスは、鎌を背中に戻す。
確かにディスペア自体は斬っていない。だが、背後の白い影が斬られている。
「もう終わったぞ、負け犬」
デスの嘲笑う声が響く中、ディスペアは急に倒れる。不可思議な事に、白い影と同じ場所が斬られている。どうやら、これがデスの力。鎌の効力で白い影が現れ、白い影を斬られると死ぬ。白い影は発生した場所から動かず、如何に逃げても確実に殺せる。
「負け犬はもっと態度をわきまえるべきだったな」
デスは、鎌をシーリアに向ける。
「今度はお前の番だ」
白い影が背後に現われる。
「終わったのは、デス、あなたです」
鎌を振り上げた瞬間、白い影が消え、鎌の刃が粉々に壊れる。
「そ、そんな馬鹿な!」
デスの背後に白い影が現れる。影はどんどん濃くなり、最後にはデスと全く同じ姿になる。デスの影はフラフラと勝手に動き、ディスペアの倒れた場所に重なるように横たわる。すると、デスの影がディスペアに変わっていく。
「滑稽ですね。自分の力を過信して、弱点を簡単に曝け出す」
デスの顔が青ざめていく。
尋常ではない震えに襲われ、膝からゆっくり崩れていく。
「いつの間に変わった。我の影に…」
「鎌を振り上げた時には。だから言いましたよね? 遅いですよ…と」
ディスペアは、絶望の力で対象を変えていた。デスは、ディスペアの影を作ったつもりで自分の影を作っていた。つまり、鎌で斬ったのはデスの影。手の込んだ芝居の為に効果時間まで歪めた。
「ま、負け犬…の、くせに…」
デスの体は半分に分かれ、真っ白になって死ぬ。
騒いでいた将達は、一斉にディスペアから離れる。
「あなた達もです。下らない事で騒ぐなら、次に死ぬのは…」
ディスペアの齎す絶望に、将達は耐え切れず散開。将だからこそ、死の恐怖に敏感。その証拠に店員の機人は全く動じず日々の業務を熟す。
「カオス、母と慕うなら身の安全ぐらいは守りなさい。それとも、一時の感情だけで母と呼んでいるのですか?」
「お母さんは守るよ!」
カオスは、頬を膨らませて去って行く。
シーリアは、ディスペアにお辞儀をしてカオスの後を追う。
通路を歩くカオスの後をシーリアがついて行く。
「ねぇ、カオス。ディスペアってどのくらい強いの?」
「…ディスペア? 多分、僕より下かな…」
カオスは、くるっと回りシーリアの方を向く。
「お母さん、ディスペアって本当に人間に負けたの?」
「そうだよ。謙二郎っていう人間」
考え込んだ顔をして、窓から外を見る。
「ディスペアは、僕の先生なんだ。力は僕より弱くても、戦いに関しては僕よりも優れている。だから、勝手に先生だと思っているんだよ。負けたって聞いた時、絶望した顔で帰って来た時、僕は…悲しかった。僕も負けた気がして…辛かった」
シーリアは安心した。破戒の将と聞いて血も涙もない危険な存在だと思っていたが、中には人間らしい感情を有した存在が居る。もしかしたら、話しが通じるかもしれない。もしかしたら、戦いを終わらせるかもしれない。そう思うと、ここに居る意味がある気がする。
「もし良かったら、ディスペアと話をする機会を作ってくれないかな?」
「…どうして?」
「戦わなくてもいい世界になるかもしれないの」
カオスは、怪訝な顔で首を振る。
「ダメだよ。戦いこそ世界の正義なんだ。戦いがあるから世界は進化するし、戦いがあるから正しい者が選別される。戦いが無かったら、世界は混沌に包まれてしまう」
シーリアは、ゼロノートに見せられた人間の歴史を思い出す。人間は知恵をつけると、知恵故に争うようになった。隣にある風景に焦がれ、隣にある生活に焦がれ、欲するあまり暴力を術に使うようになった。そして、欲望が導いた暴力に終わりは無かった。暴力は憎しみを生み、憎しみは更なる暴力を生み、永遠に繋がる連鎖は今に至るまで絶たれていない。
「人が築いた文明は、権力者が勝手に作った秩序に満ちていた。一部の者にとっての正義が全体の正義に据えられ、巨悪ですら偽りに歪めて隠した。おかしいとは思わなかった? 何で人間が全てを決めるのか。地球には他に生き物が居るのに、なぜ人間だけが全てを決めて良いの? 知があるから? 知があったら何をしても良いの? そんなのおかしい。知が無くても痛みはある。知が無くても生きている。当然、人間に意見する権利がある筈だよ。そして、それを伝える手段が戦いなんだ」
何も言い返せない。
人間が作った世界が齎した弊害。もし、動植物が人間を憎み殺したいと考えた場合、それを否定できる者がいるだろうか。恐らく居なく。人間がどれ程の犠牲を世界に強いて来たのか、今の崩壊した世界は人間への打倒な仕打ちにしか思えない。
「じゃあ、世界の過ちを正す為にこんな事をしたの?」
破戒は人間の犯した罪を償わせるつもりだった。カオスが必死に訴える真実は、シーリアには理解出来なかった。確かに人間は罪深い生き物かもしれないが、破戒は人間以外も壊した。償わせる対象を超えた破壊は別に意図があるように感じる。
「信じたい気持ちは分かるけど、私は正当な考えは無かったと思うよ。多分、もっと分かり易い願いの為に世界を壊した…」
「お父さんは、絶~~~対に間違っていない! 醜い人間を正す為に世界を代償にしたんだ」
カオスは、頬を大きく膨らませてシーリアを強く引っ張っていく。母の言葉よりも父の存在が勝っていた。父が何をしたとしても、カオスにとっては全てが正義。父の言葉以上の説得力は存在しない。
「いけませんね。母に対する態度とは思えない」
カオスの行く手にジートが現れる。
初めて会うシーリアは、顔を見ても誰か分からない。
「誰?」
「お母さん、僕の後ろに隠れて」
カオスは慌ててシーリアを背後に隠す。
ジートは、カオスの後ろに隠れたシーリアを数秒覗き込む。必死に守ろうとするカオスだったが、ジートが近づくと動けなくなる。
「こんな所に居るとは…まさか、戒が負けましたか?」
「戒を知っているの?」
シーリアの顔を見て、ジートは何かを悟る。笑いを堪えながら質問に答える。
「はい、かつての友人ですから」
「だったら…ここから逃がして?」
カオスの顔に後ろ髪を引かれながら尋ねる。
「残念ですが、それは出来ません。今の私は交渉中の身の上。交渉決裂に繋がるミスを犯す訳にはいきません。ですが、安心してください。戒は必ず迎えに来ます」
「本当!」
「はい。彼なら間違いなく」
戒が助けに来る。微かでも確かな希望にシーリアは満面の笑み。
カオスは、偽物への母の反応に苛立つ。
「そんなの不可能だよ! 僕にも勝てない偽物に何が出来るの?」
「おやおや、偽物とは随分無知な解釈ですね」
ジートは、カオスの睨みに屈する事無く話を続ける。
「戒は紛れもなく本物です。誰が何と言おうとこれだけは変わらない。ですが、破戒もまた本物。違う体に本物の証が分かれて入っている」
シーリアが知っている範囲では、戒の体を未来から来た戒(破戒)が奪った。意思が違っても根幹は同じ。わざわざ区別して本物と語る必要はない。ジートも知る事実だけに、何か裏に隠れている気がする。
ジートは、シーリアの頬に触れながら微笑む。
「シーリア、あなたは間違いなく雪原理愛。戒と同じく本物。ただ、アークもまた本物。二人の違いは体の差ぐらいです」
アークが本物と言われ、カオスは怒り混じりに否定する。
「絶対にアークも偽物だ! 心の無い人間なんかが本物の訳がない!」
「心が無い人間が悲しむでしょうか?」
カオスには心当たりがあった。無表情ながら必死に世話を焼く姿、破戒の命令に背いてまでカオスを庇う姿、泣いている背中を抱きしめる姿、優しくて温かい記憶の数々が頭を駆け巡る。だが、アークの優しい姿がカオスには機械的にしか見えなかった。
「黙れ! お父さんに作られただけの人形だ! 絶対絶対、偽物!」
ジートは溜息を吐きながら、カオスの肩を叩く。
「残念ですね。本当の母になってくれた人を永遠に失った。アークはもう二度とあなたの母には戻らない。雪原理愛として戒の傍に寄り添う」
その言葉はシーリアにもショック。
ジートは、ニヤニヤ笑いながら釘を刺す。
「戻った際に気を付けないと、戒はアークを選ぶかもしれませんよ」
カオスとシーリアの心を搔き乱し、ジートは去って行く。
残された二人は、感情の捌け口を見つけられず思考の迷路に迷い込む。
飛行戦艦は、英雄の街に降りていた。
無数の願いで、街は平和だった頃の姿を取り戻していた。ただし、願いの半分が本当の姿を忘れかけていて、今の自分達のとって都合の良い姿で落ち着いている。見た目は変わりないが、中身は全く別物。機械技術と伝統が共存する近未来の観光都市。
「で、私に何が出来るのかしら」
戒とアークは、ソフィーを訪ねていた。
ソフィーの部屋には無数のモニターが設置され、街の情報が逐一更新されている。願いが叶う世界になったせいで新たな問題が生まれている。ある者にとっての願いが、ある者にとっての絶望。お互いに否定し合う願いを叶えようとすると、どっちも成立させようとして歪になる。それを防ぐ為に願いの制御をソフィー主導で行っている。
「シーリアを助ける為に力を貸してくれないかな?」
「良いけど…出来ればあまりここから離れたくないんだけど…」
ソフィーとしても恩人の願いは叶えたい。だが、街の管理に忙しくて割ける時間があまりない。
「大丈夫、ここで出来る事だから」
アークが前に出て頭を下げる。
シーリアそっくりの見た目に困惑するソフィー。
「…シーリア? いつもと雰囲気が違うわね…どうしたの?」
「いえ、私はアーク。マス…破戒によって生み出された人間です」
ソフィーは、アークの顔をじっくり眺めて首を傾げる。
「ふ~ん、私にはシーリアに見えるけど…何が違うのかしら?」
戒と出会ってから感情が豊かになっていく。そのせいで、仕草や恰好は違っても滲み出る性格の差が殆ど無くなっている。
「彼女は紛れもなくアーク。間違えるのは…仕方ないよ」
ソフィーだけではなく、飛行戦艦の面々もシーリアと錯覚する瞬間がある。しかも、その状況は時間経過に伴って悪化する。英雄の街に来る前にゼロノートが思わずシーリアと呼んだ時には、居合わせた風と謙二郎が青ざめた。
「で、私は何をしたらいいの?」
「この街で預かって欲しいんです。特別扱いせず、普通の人と同じように」
アークの顔は、捨てられる子どものように落ち込んでいる。戒の腕を掴んで離そうとはせず、出会った間もないとは思えない依存ぶり。
「良いけど条件がある。アークじゃない名前を用意してくれる?」
ソフィーにとって破戒は捨てたい存在。アークと言う名で思い出したくない。ブレインとしての過去の中には、クレイジーウィズダムを止められなかった後悔が含まれている。
「アーク以外…だったら、雪原理愛…理愛と呼んでください」
アークは驚いた顔で戒を見つめる。
「良いのですか?」
「良いも何も、君次第だよ。理愛じゃ嫌かな?」
アークは必死に首を振って名前を受け入れる。破戒に名乗る旨を話した時とは目の輝きが違う。その名を戒に与えられた事に意味があった。
「理愛。早速だけど、二階に行ってロジェとアリスの面倒を見てくれる? あの子達だけにしておくと願いを叶えまくって大変なの」
「分かりました」
来た時の不安な顔は何処かに消えて、嬉しそうに部屋を飛び出していく。まるで子供のような無邪気さでシーリアと印象が重なる。
「戒、本当にシーリアじゃないのかい?」
「…違います…多分…」
戒自身もシーリアとの符号点が増えるたび混乱していく。アークからシーリア、もしかしたら雪原理愛に至ろうとしているのでは、と。シーリアには雪原理愛の記憶がある。だが、アークには雪原理愛の記憶が無い。記憶があるシーリアが雪原理愛に近づくのは納得出来る。でも、記憶の無いアークに同じ記憶が芽生える事があるのだろうか。もし有り得るなら、二人共行き着く先は同じ。戒は、シーリアを選んでいる。でも、同じ存在に至ったアークを無下に切り捨てられる気がしない。




