世界を奪った罪と代償
人間は、優しさや温もりで出来ている。人間は、愚かさと冷たさで出来ている。文明が発展するほど、社会が複雑化するほど、人間の精神格差は広がる。誰一人危険視しないうちに内部から侵食し、いずれ世界を破壊する引き金になる。
エジプトの件が落ち着くと、謙二郎は中国管理区への介入を提案する。ゼロノートは人間が作った支配体制に苦い顔をするが、謙二郎の熱意を冷ます事は出来なかった。支配体制があるなら崩せばいい、納得しないなら納得するまで話せばいいと、頑として中国管理区の解放を譲らない。エジプト管理区解放の成果がウィッシュに現われている以上、謙二郎の提案を無下には出来ない。かと言って、失敗した場合の痛手を考えると冷や汗が止まらない。ゼロノートの研究で分かったのは、願いの概念には方向性があって、いい方向に進めが戒の力になるが、悪い方向に進めば破戒の力に成り得る。謙二郎が100%成功できると言えない状況では、推奨する事は出来ない。今回は戒の助っ人も無く、謙二郎が仕方なく引き下がる事になった。
謙二郎は戒の部屋に向かった。雪原理愛の話が途中だった事もあり、この際しっかり話を聞こうと思っていた。
「戒、ちょっと良いか?」
扉をノックして戒の返答を待つ。
だが、数十秒待っても返事がない。
「居ないのか?」
扉に手を掛けると、鍵は掛かっておらず呆気なく開く。
畳の上に戒が寝転がっている。寝息を立てず、ただ瞼を閉じているように見える。
「戒、居るなら返事してくれよ。理愛の話をしよう。俺も少し気になるんだ」
「…ごめん。今はちょっと…」
今にして思えばエジプトに現われた時から様子がおかしい。仮面を付けている訳では無いのに、怒りの感情が強すぎた。優しい戒ならもっとオブラートに包んだ対応をしていた筈。
「何かあったのか?」
「…ごめん」
瞼を閉じたまま何も語ろうとしない姿に異変を感じるが、今強引に聞こうとしても真面な話にはならない。
謙二郎が向かったのは、ゼロノートの部屋。
戒に聞けないなら、ゼロノート。戒の記憶を引き出した張本人に聞くのは定石。
「ゼロノート、ちょっと話があるんだ」
「何じゃ? 中国の件なら今な無理じゃ」
「そうじゃない。戒の事だ」
扉が開かれると、暗い表情のゼロノートが現れる。思い詰めた様子も見て取れ、話しを聞いても良いのか些か戸惑う。だが、だとするなら余計に話を聞いた方が良いと判断。胸に苦悩を抱えたままでは心は晴れない。
「戒が何か言っておったのか?」
「何かあったんだな? 教えてくれ?」
謙二郎の眼差しからは優しさが滲んでいる。頼り甲斐に思わず話そうと口を開くが、直ぐに固く閉じて首を振る。
「そんなに辛い秘密なのか? 話せば何か害になるのか?」
「…辛いのは儂じゃない。辛いのは戒とシーリアじゃ…」
知識を海に潜った成果があったのは間違いない。そして、その話を戒に話したのも確かだろう。だが、戒に話した事で後悔して誰にも話せなくなった。ゼロノートの口を閉じているのは、戒の反応が理由としか思えない。優しくて暖かい戒を変えてしまった事実。謙二郎は気になって仕方がない。野次馬根性ではなく、一人の友人として。
「戒が悲しむほどの事実なら、何が何でも知りたい! 一緒に悲しむ事が出来ないのはもう嫌だ!」
戒はいつも笑っていた。どんなに辛い思いをしても、どんなに酷いレッテルを貼られても、何一つ文句を言わずただ耐えていた。暴力者の仮面を作って、謙二郎に頼る事は無く。頼られない理由が自分にある事は良く分かっている。でも頼って欲しかった。一緒に苦しみを超えて行きたかった。
「…そこまで言うなら話そうかの。じゃが、この事は絶対にシーリアには話さんでくれんか? 今のシーリアが知れば自分を責めてしまうじゃろう…」
ゼロノートが見せる映像は、こことは違う地球の話。並行世界ではなく、別次元に存在していた本当の地球の話。
緑生い茂る美しい地球。しかし、見えない所で深刻な資源枯渇が発生していた。発展を続ける世界を潤す為に費やしてきた代償が確実に迫っていた。しかし、ほとんどの人間は充実した生活の裏を見ようとはしなかった。このままでは近い将来地球は全てを失う。見向きもしない人々の代わりに地球を救う決意を固めたのは、少数の研究者だった。
「戒、この変化は代用できないかな?」
「いや、ダメだ。次元の変化は世界を守る為に存在しているんだ。寄り添う世界が侵害し合う事の無いように著しい変化を与えて干渉を避けている。必要なのは変化を恐れて逃げる事じゃなく、変化に順応して乗り越える事だよ」
機器がひしめき合う部屋で討論をしているのは、育鯖戒と雪原理愛。この世界で生まれ育ったこの世界の二人。二人は誰一人見向きもしない深刻な問題解決に挑んでいた。しかし、普通の方法では時間が足りない。成果が得られるのに時間が掛かる宇宙進出、必要量を確保できるか分からない資源開発、100%のリターンが期待できない資源のリサイクル。今の地球の状況を打開する為には超常的な奇策が必要。そこで戒が提唱したのが、別次元世界への干渉。隣り合う世界は現環境に近い筈、現環境に近いのなら同質の資源が手に入る。辿り着く事が出来たなら直ぐに使える資源が手に入る。と、若干楽観的な想定が含まれている。そのせいで賛同者は一人しか現れなかった。それが理愛。
「難しいね。次元って何で出来ているのかな?」
「何かであって、何でもない。何処にでもあって、何処にもない。見る事も触れる事も出来ないが、確かに存在していて僕達は守られている。敢えて言うなら、未知の維持機能存在で出来ているね」
戒の難しい話を理愛はしっかり理解している。理解して上で、知らない振りをして質問している。戒もその事を知っている。だけど、知っていて理愛の話に合わせている。お互いに意思疎通はバッチリ。
「ねぇ…」
理愛は、一台の大きなカプセルに近づく。
「いつになったら次元を超えられるのかな? 皆も手伝ってくれれば…もっと早く…」
二人だけの研究には限界があった。資金、資材、労力、どれ一つ足りていない。このまま続けても行く先は暗い。
「皆の気持ちを分かる。怖いものは見たくない、逃げられるなら逃げたい。人は弱い生き物だ。仕方ないよ…」
戒は優しく理愛に微笑む。
理愛は、戒の笑顔を見ると辛い現状を忘れられた。
「ねぇ、戒。研究も大事だけど…結婚も忘れないでよ」
「勿論だよ。でも、列席者は居ないかもしれない…」
二人は、婚姻届けを出したばかりの新婚。本当は直ぐに結婚式を開くはずだったが、研究の資金難のせいで長い間延期していた。研究半ばで何時になるか分からない。そこで二人っきりでこの研究所で結婚式を開く事にした。ここなら一切資金は掛からない。
「大丈夫。戒が居るならそれで良い」
理愛は戒に寄り添い、満面の笑みを見せる。
戒も笑顔を見せるが、綺麗なウェディングドレスを用意できない不甲斐なさに落胆していた。
「…理論の構築は終わっている。後は完成させるだけ…だけなんだが…」
大きなカプセルは、次元越境装置。中に入って起動すれば、次元を超えて隣り合う世界に辿り着ける。実はそこまでは完成している。問題は、別次元世界だという事。辿り着いた世界は自分達が居てはならない世界。自分達の存在を固着させなければ、次元の影響を受けてその世界の存在に塗り替えられてしまう。最悪は人間でも生物でもない存在になる可能性も。それを避ける為には、次元の影響を受けてから今の存在になる必要がある。一度影響を受けてしまえば、別次元の存在となり二度と干渉を受ける事は無い。しかも、同じ存在のままの為、この世界に戻っても次元の影響を受けない。理論上完成しているが、こればかりは試さないと成否が判断できない。
「気にしないで、私は戒と結婚できる事が嬉しいの。皆と同じ基準である必要はないよ」
理愛は、幸せそうに訴える。
その姿が戒には眩しすぎた。
戒は、翌日から寝る間も惜しんで完成を目指して頑張った。結婚式の予定は一週間後、それまでに完成させて、世間的に認めさせてから満を持して結婚式を行いたかった。戒自身や世界の為ではなく、貧しいながらも信じて支えてくれた理愛に最高の結婚式を送りたかった。
四日後。
戒は、理愛を研究所に呼んでいた。
「戒、どうしたの? 呼ばなくても3時間後には来たのに」
「早く教えたかったんだ。完成した! 遂に完成したんだ!」
理愛の手を握って子どものようにはしゃぐ。
戒の喜びを誰よりも理解している理愛は嬉しさ余って涙が零れる。
「良かったね。私、嬉しいよ」
「だったら、早速行かないか? 別次元世界を堪能できるのは今しかないかもしれないよ」
カプセルは一つだが、中の座席が二つに増えている。
「…良いの?」
「理愛が居なかったら完成しなかった。当然、開発者として優先権利がある」
理愛は嬉しそうにカプセルの中に入る。
戒も後を追って中に。
「さぁ、未知の世界へ」
これが合言葉。戒と理愛の声が起動スイッチになっていて、どちらかがこの言葉を喋る事で起動する。セキュリティーの為に他の方法は設定していない。
起動したカプセルは、光を放ち研究所から消える。
光が治まり、カプセルの扉が開かれる。
二人の目に飛び込んで来た光景は、想像を絶していた。
「凄い…」
「うん…」
目の前に広がっていたのは、大草原。しかも、恐竜達が我が物顔で闊歩している弱肉強食を体現した世界。二人が想像していたよりも遥か過去の状態。
「隣り合う世界であり、間違いなく時間軸も同じ。しかし、僕達の地球で起きた変化がまだ起きていない。人間は生まれる変化が起きていない…」
「…成功なの?」
戒は半ば放心状態で彷徨い、徐々に顔が緩んでいく。
「勿論…成功だよ。変化の格差があったお陰で資源管理が潤滑に行える。枯渇しないように操作しながら、必要な措置を講じ続けられる。人間が居ないお陰で…間違った管理が無いお陰で…どっちの世界も救われる…」
思わず叫び出しそうな戒の口を理愛が押える。
「恐竜に聞こえちゃったら…」
「そうだね」
喜びを分かち合う為に、恐竜の気配のない場所へ移動。
改めて、二人は抱き合って喜んだ。そして、早速戻って成果を発表する事にした。世間に認められれば、大手を振って結婚式を挙げられる。呼べないと思っていた戒と理愛の両親も呼べる。
カプセルに乗って元の地球に戻る。
しかし、カプセルの外にあったのは歓迎の顔ではなく、犯罪者を睨む目。カプセルを取り囲むように警官が押し寄せている。
「育鯖戒! お前に国家転覆罪の容疑がかかっている!」
身に覚えのない容疑に困惑する二人。
警官を掻き分けて現れた人物によって全てが理解できた。
「やぁやぁ、養魚屋さん。困った事をしてくれたね。その装置を使って総理邸に侵入しようとしたんだろ? しかも暗殺目的で」
「そんな事はしない。僕はただ世界を救う為に…」
「その話を信じなかった政府が憎かったのだろ? 憎いからと言って酷い男だ」
警察と結託して戒を犯罪者に仕立てたのは、この地球で最も力を持っている人物。世界統合委員の長、ローリア・マーキュリオス。世界統合委員とは、あらゆる国家を裏で支配する組織。この地球に於いて逆らえる者は一人も居ない。纏っている白いスーツにその証のバッチが付けられている。
「作り上げた事実に心酔して何が楽しいのかな? 自分で愚かさを披露しているだけだよ」
戒の言葉に苛立ったローリアは、警官に戒を殴らせる。殴っている本人達は、全く嫌がる素振りを見せない。良心の欠如は今に始まった事じゃない。長い間権力に屈している内に慣れてしまい普通の事であると認識している。
「発言には注意したまえ。その気になれば死刑をこの場で実行する事も出来る」
理愛は、倒れる戒の介抱。
だが、直ぐにローリアの手によって引き離される。
「理愛、こんな貧民の相手をする必要はない。さぁ行こう」
「嫌! あなたのような傲慢な人間には従わない!」
「嫌ですか…本当にその答えで良いのかい?」
警官は戒に拳銃を向ける。
「君がついて来なければ、そこの貧民は死刑だ」
嫌で堪らない。許されるならこの場で殺してしまいたい。しかし、持って生まれた権力の差が大き過ぎて無駄に終わるのは明らか。この場で暴れて戒が殺されるのを防ぐ為、仕方なく頷く。
「それで良い。君のように美しい人は、私のように全てを持った存在と共に在った方が良い」
笑うローリアに殴りかかる戒だったが、警官に捕まりその手は届かない。
「理愛を返せ! 心ある人を踏み躙るな!」
戒は警察によって牢に閉じ込められた。体中傷だらけで、手足に枷が嵌められている。定期的に警官が現れては殴る蹴るの暴行を加え、その後には腐ったパンを置いて行く。ありもしない罪で罰を与えられも、戒は一切気にしていない。気になっているのは、理愛の事だけ。
理愛は、マーキュリオス家の屋敷に連れて来られていた。戒の研究所とは別格の広さと美しさがある、金と権力に目が眩んだ者達が出入りする醜さの象徴。
「今日からここが君の家となる。幸せだろう? 聞くまでも無いな」
「…」
理愛は一切口を開かない。憎い思いしかない相手に使う言葉は無かった。どんな罵詈雑言も勿体ない。
「今から30秒以内に口を開きなさい。さもないと…」
ローリアの暗示しているのは、戒の命。全てが思いのままにならないと気が済まない性格の為、喋らない理愛に苛立っている。
「…帰りたい」
「口を開いたと思ったら、あの貧民の事ですか? 全く以って分からない。見てください、ここに集まる者達を。どいつもこいつも私の権力に縋って集まるゴミムシ。それだけ魅力的なのです。私の権力は」
理愛は、ローリアの顔を見ずたった一言呟く。
「…汚い屋敷」
怒りの沸点が低いローリアは、理愛を殴る。
血が滲む唇を噛みしめ、そっぽを向いて顔を合わせない。
「まぁ良いでしょう。明日の結婚式が終われば、好きなだけ従順にしてあげます。覚悟してください」
ローリアの下で、理愛は涙を流さず泣いていた。戒を想って泣いていた。理愛の心には戒しかいらなかった。
翌日。
牢の中で目覚めた戒は、牢に投げ込まれた新聞を見てしまう。
「…結婚?」
一面記事に載っていたのは、理愛とローリアの結婚式。
戒の中で何かが壊れる。激しい爆音となって心臓を脈打つ。
「もう許さない…醜く歪んだ人間、社会、世界…全部破壊する…」
手枷を引き千切り、戒は立ち上がる。
定時になって現れた警官が慌てて中に入ると、突如体が捻じれて死亡。警官が居た場所には空間の捻じれが生じている。
「待っていてくれ、理愛」
戒は、空間の捻じれを通り牢から脱出する。
戒は次元研究の果てに人知を超えた力を手に入れていた。本当は使いたくなかった力を。
豪華な式場で理愛とローリアの結婚式が開かれていた。列席している面々は、各界の重鎮。おのずと警備は厳重になる。軍隊そのものが警備に当たり、僅かな異常でも見逃さない。一般人が立ち入ろうとしただけで銃殺される程。
「どうだい? これが私の権力だ! いい加減素直になれば良い。ローリア様と縋りつけばあの貧民を助けてやっても良いのだよ」
「…」
またも無口になる理愛。
結婚式までの辛抱とローリアは珍しく無礼を許す。
「始まる。君が私の物となる儀式が」
粛々と進む結婚式。
そして、残すは指輪交換と誓いの口づけ。
「それでは…お願いします」
祭司の言葉も短縮され、儀式は最後の段階。理愛とローリアが向き合い。ローリアが顔を近づける。だが、やはり嫌悪を隠せない理愛はローリアの頬を平手打ち。集まった列席者を震撼させる。
「お、恐れ多い…」
「何と言う娘なのだ…」
騒然とする式場で人目もはばからず理愛を殴る。
「罪を教えねばならない!」
もう一度殴ろうとした瞬間、外から爆音が響く。
式場の扉が開かれ、警備にあたっていた軍人が中に入ってくる。
「し、侵入者…で…で…」
軍人の体が捻じり切れる。
「きゃああああああ!」
軍人の死を目の当たりにして、列席者は慌てて逃げようとする。だが、足が捻じれ動けなくなる。一人どころではなく、全員。誰一人として状況が飲み込めないまま混乱だけが蔓延する。
「理愛…もう泣かないで良いよ」
式場の入り口に戒の姿が見える。
気付いたローリアは、理愛を抱き寄せる。
「未練たらしいぞ! この女は私の物だ! 貧民は去れ!」
「黙れ…」
ローリアの腕と足が捻じり切れる。
「ぐぎゃああああああああ! 私の腕、私の足…」
地面を這うローリアを踏みつける。
「人はどうして傲慢になったのだろうか? それは、醜い心が芽生えたせい」
首を掴んで持ち上げ、内臓に木の枝を直接刺していく。
「あああああ! 止めろ! 止めろおおおお!」
「人は何故権力を必要としたのだろうか? それは、弱い者を虐げる為」
ローリアの舌を消し去り、言葉が発せないように。
もがくローリアは、涙を流しながら必死に助けてと訴える。しかし、怒り狂う戒は止まらない。
「醜く歪んだ象徴よ、世界を穢した罪を償え!」
戒の手がブラックホールを生み出し、ローリアを飲み込む。
ブラックホールの先に出口は無い。ローリアは、二度と帰る事の出来ない場所で永遠の時間を苦しみながら生きて行く事になった。
「…ごめん、理愛。僕は…穢れてしまった…」
理愛の傍に寄りながらも、決して触れようとはしない。怒りに任せて犯罪を犯してしまった事に苦しんでいる。自分が穢れた存在になった事で二度と理愛に触れる事が出来ないと思っている。
だが、理愛は違う。
「言ったよね。私は、戒が居てくれたらそれで良い」
理愛は、戒をありったけの力で抱きしめる。犯罪者であろうが、全ての敵であろうが、愛する心の前では全く関係ない。愛おしい戒が傍に居るだけで幸せを感じられる。戒が居る場所以外では幸せを感じられない。
「戒、行こう。別次元世界に」
「良いの? 今この世界から逃げてしまったら…世界は…」
「生物が居ない死の星になる」
「知っている…よね。両親も、友達も、全て捨てる事になるよ。それでも?」
「うん」
二人は寄り添い去る。
阻止する力を全て薙ぎ払い、壊れ始めた世界に傷を作り彼らに現状を認めさせて。
二人が再び訪れた別次元世界。しかし、時間が果てしなく進んでいた。そしてそこには、自分達と同じ人間が既に存在していた。1歳を控えた別次元世界の戒と理愛。次元順応を果たしているとは言え、同じ存在が同時に存在しているのは大きな問題。どちらかに融合され、どちらかが消える。本来なら来訪者である自分達が消えなくてはならない。しかし、幸いにも1歳に満たない精神が不安定な状態。今なら同化しても存在を失わないで済む。二人は申し訳ないと思いつつこの世界の二人を融合した。想定した通り、存在の固着に成功。だが、突発的に行った融合は代償を伴う結果になった。戒は多大な存在値の代わりに記憶を失い、理愛は記憶を保持できた代わりに短い寿命になってしまった。記憶を失った戒に、理愛は愛を告げ続けた。理解してもらいたい、いつか約束していた結婚式をしたい。でも、記憶の無い戒にはその夢を叶える事は出来ない。同じ関係を再び築く事が出来たかもしれないが、理愛にはその時間が無い。戒への愛を捨てられない理愛は、全ての知識を利用して自分を残す事にした。いずれ来る破戒の到来を予期し、破戒の時代に可能な希望に自分の死を賭けた。戒に最後の告白をした夜、本来の寿命を前に自ら命を絶った。生体金属を利用して作った人口脳に自分の全てを詰め込んで。時間が過ぎ、破戒が世界を壊し、予期していた希望がシーリアとして理愛を蘇らせた。
映像を見終わった謙二郎は、大粒の涙を流していた。
「何故…何故なんだ…どうして戒はいつも苦しまないといけない…」
ゼロノートは、自分を責める。
「見れば見る程悔しくなるの~。生体金属を理解していれば、記憶を損失させる事も無かったんじゃ…儂がシーリアの夢を邪魔したんじゃ…」
戒と理愛が背負った大罪は消えない。受けた代償も仕方がない。でも、罪を犯さなければならなかったのは全て人間のせい。愚かにも傲慢になってしまった人間のせい。二人は人間を救おうとして人間の犠牲になってしまった。この世界では二人の想いを成就してもらいたい。しかし、大きな障害が残っている。最低限必要なのは、二人の記憶が戻る事。何よりも困難なのは、今の戒を見れば分かる。シーリアである理愛の為に思い出そうと必死にもがき苦しむ姿を見れば…。
「ゼロノート…絶対に諦めるな! どんな小さなヒントも見逃さず、絶対に二人を幸せにするんだ!」
「分かっておる。じゃが…今は無理なんじゃ」
「どうしてだ!」
「シーリアは何とかなるかも知れん。じゃが、戒は違う。戒の体は破戒に乗っ取られておる。戒の記憶を取り戻すヒントは体にしか残っておらん…」
二人を幸せにする為には、破戒を倒すしかない。突然降りかかる現実に二人は落胆する。しかし、だからと言って決意は揺らがない。こうなったら絶対に倒してみせるとガッツリ握手する。
だが、二人は気付いてない。
まだ見えていない事実が隠れている事に…。
「マスター、宜しいでしょうか?」
秘匿された世界の狭間に破戒の居城はある。破戒に認められた者以外立ち入る事は出来ず、世界の何処に在るのか知識の海でも見つけられない。
大きな扉をノックしているのは、長い金髪の美しい女性。髪の長さや表情が違うが、それは間違いなくシーリア。成長の度合いから考えれば理愛。
「入れ」
扉の先は広大な部屋。しかし、あるのは中央の椅子のみ。
破戒はそこに座って瞼を閉じている。
「マスター、カオスが駄々を捏ねています。将が困り果てているので、早急に対処お願いいたします」
「アーク、話しはそれだけか?」
「と、言いますと?」
「何か思い出したか?」
「いえ、何も思い出せません」
「そうか…」
破戒は、ゆっくり立ち上がりアークの横に立つ。
「雪原理愛…この名に覚えはないか?」
「雪原…理愛? 私の名ですか? 記憶にはございませんが、これからはそう名乗った方がよろしいでしょうか?」
「…いや、アークのままで良い。思い出すまでは…」
意味深な言葉を残し破戒は去って行く。
後を追うアークの腕には、小さな傷がついている。
真っ赤な血が滲む傷が…。




