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デストラクションエラー  作者: 仕方舞う
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残響を胸に…

 失ったモノは心に大きな波を立てる。様々な感情を励起させながら止めどなく広がっていく。強くなる為、目指すモノの為、波を止めようと試みる。しかし、止めようとするほど波は大きくなる。目指すモノは遠ざかり、自分の弱さを実感する。だが、それで良い。目指すモノが遠ざかっても、弱さを実感しても、決して失われないモノが確実に存在している。

 イギリスに戻った謙二郎は憔悴していた。泣き疲れた顔には覇気がなく、見せた事のない弱々しい姿でアイアンズキッチンのカウンターに座る。残るガーランの記憶に再び泣かされ、何故か用意されていたサンドイッチを口に運ぶ。涙を流す謙二郎の横には記憶が作ったガーランの姿が寄り添う。声は掛けない。ただ、笑顔で涙を流す事を許す。

 翌日になると、謙二郎は英雄の街に現われた。ソフィーに相談したのは、ガーランの墓。自分で願えばいいのだが、謙二郎は願いの力で用意したくなかった。誰かの手で作られた墓で眠ってもらいたかった。もう一つ、イギリスの港町への居住者を募って欲しいと頼んだ。墓を置くつもりの町に少しは活気が欲しかった。

 ソフィーの快諾を得ると直ぐに飛行戦艦に戻り、ゼロノートと戒に管理区解放戦を提案。手に入れた心得を更に極めるため先陣を切って戦いたいと訴える。謙二郎は焦っていた。極めたいのは当然事実だが、それ以上にガーランとは違う心得の極地に挑む不安が大きい。経験をたくさん積んで、死線をたくさん潜って、己の極地への糧にしたかった。ゼロノートは焦りの作戦に嫌悪感を示すが、戒は謙二郎の心を優先し解放戦に賛成した。



 艦橋には、ゼロノート、風、シーリア、謙二郎、戒が集まり、必死に集めた管理区の情報を基に何処の管理区から解放していくのか話し合っていた。候補に挙がったのは、エジプト管理区と中国管理区。エジプトは距離的に近くて英雄の街との連携が取りやすいが、砂漠で町を作るのは大変。中国は距離こそ遠いが、整った広い土地があり町作りには適している。ただ、世界最大規模のせいか、中に居る人間達で旧時代的な支配階級が生まれている。先ずはその体制を破壊しないと、町作りをしても独裁的な町にしかならない。これでは夢や希望を等しく抱く事は不可能。

 ゼロノートは、不安そうに謙二郎に尋ねる。

「謙二郎、本気じゃな? 戒も支持しているし、今回は謙二郎に任せるつもりじゃが…」

「安心しろ。極地を完成させつつ、管理区を解放する」

 謙二郎の極地は完成していなかった。本気のディスペアを退ける程の力を発揮したが、本人曰く反則で成し遂げただけ。ディスペアを退けたのは極地から放たれた奥義ではなく、収束した光の力。乱れに乱れた心では極地の神髄を体現していない。真に体現していたならディスペアは完全消滅していた。

「極地だけじゃなくて…」

「分かっている、重点は解放。極地は…一応次点」

 風の言葉にも謙二郎は半分上の空。師たるガーランに完成した真の極地を見せたくて仕方がない。目標と言うより夢と言った方が近い。

「大丈夫だよ。僕も頑張るから」

 戒はやる気満々に腕を回す。

 だが、謙二郎は首を振る。

「戒は来るな」

「…どうしてかな?」

「英雄一人に任せてはいけない。俺達にだってその気はあるんだ。でも、弱い心が差し出した手を掴んでしまう。俺達を千尋の谷に落としてくれ! 強くなる事を願って」

 謙二郎が言いたい事は分かる。試練に送り出す余裕もある。ただ、管理区解放をしないとなるとこの上なく暇になる。暇が嫌いな訳でも無いが、皆が戦っている時に暇で居るのはなんとも居心地が悪い。

「良いけど…僕にも何か出来る事は無いかな? 何でもいいから…」

 管理区解放戦ばかりの脳には思いつかない。

 代わりに提案したのは、ゼロノート。

「じゃったら、儂の探索に付き合ってくれんかの? どうしても分らん事があるんじゃ」

「良かった、やる事があって」

「善は急げじゃ」

 ゼロノートは謙二郎に解放戦を任せ、戒を引っ張って足早に去っていった。



 ゼロノートが連れて来たのは、船体下部に作られていた瞑想室。知識の海に潜る際に使っていて、集中する為に誰にも教えていなかった。部屋の中には柑橘系の良い匂いが漂い、天井には星空が映し出されている。家具等は一切ない。

「儂の瞑想室じゃ、いい場所じゃろ?」

「…落ち着くけど、ちょっと寂しいかな」

「まぁ人それぞれかの。早速手伝って欲しいのじゃが…手伝うと言っても質問じゃ」

 何を聞かれるのか身構える戒だったが、ゼロノートは軽い表情。重い話では無さそう。

「先ず、仮面を生み出した瞬間の記憶じゃ。どんな感覚じゃったかの?」

「…怒りが自分から離れていく感覚かな。激怒しているのに、自分の感情ではないような…そんな感じ」

「次に、出来るだけ最古の記憶を教えてくれんか?」

「…最古…3歳の時に近所に住んでいた友達が死んじゃったんだ。その記憶が最古かも? 今思い出せって言われても…それ以前は…」

「その友達は男かの? 女かの?」

「女の子だけど…知識の海では分からなかった?」

「残念ながら、戒に関する事は深層に潜ってもさっぱり分からんかったのじゃ。本人に聞いて足りない情報を補えば、何かヒントが見えるかもしれんからの」

 納得した頭に余裕が生まれ、死んでしまった友達を思い浮かべる。3歳の時だけにハッキリしないが、いつも同じ事を言われていたような気がする。近所だったから毎日毎日会っていた。しかし、内容が思い出せない。

「言いにくいかもしれんが、その子の死因は何じゃ?」

「…分からない」

「確かに、子どもには死因を知らせん事もあるじゃろうな」

「そうじゃないよ。誰も分からなかったんだ。何で死んだのか、何で死ななければいけなかったのか…」

「原因不明の病? その子の名前は? その子経由で調べてみるとしようかの」

「名前…名前?」

 思い出そうとしても全く思い出せない。名前どころか、顔も全く見えない。靄がかかって顔が記憶の中で再現されない。

「思い出せんのか? じゃったら、状況から探って見ようかの…」


 ゼロノートは深呼吸して知識の海に潜り、戒の記憶ではなく、時間の記憶を調べる。戒が3歳だった時に潜ると、不可思議な渦に遭遇する。時間軸ごと巻き込む大きな渦で、辺りの記憶や情報が飲み込まれている。早くしないと二度と探れないと思い、潜水艦で渦に突入。激しい流れに潜水艦が悲鳴を上げるが何とか奥に辿り着く。垣間見えたのは、葬儀光景。泣いている戒が手を合わせる先に棺桶があり、その上に遺影が飾られている。遺影を見たゼロノートが驚きのあまり動揺。遺影に写っていたのは、シーリアだった。何処かに名前が無いか調べると、近くに位牌がある。だが、これでは名前が分からない。更に調べると、玄関先に看板を発見。ようやく名前が判明。


「…リア…雪原理愛(ゆきはらりあ)…」

 唐突に口にする名。

 名を聞いた途端、靄がかかっていた記憶に光が射す。見えなかった顔が鮮明になる。それは紛れもなくシーリア。

「そう…雪原理愛。隣の家に住んでいて、会うたび挨拶のように…大好き、結婚してって言っていた。子どもながらに冗談だと思っていたんだ。最後に会った時の涙を見なかったら…」

 死ぬ前日、理愛は戒に泣きながらいつもの言葉を言った。言い終わった後、「どんなに時間が経っても、どんなに姿が変わっても、必ず会いに行くから。その時はちゃんと答えてね」と、3歳の子どもとは思えない流暢な言葉で囁いた。当時の戒は何の事かよく分からなかった。3歳の子どもに言葉の意味が理解できる訳がない。そう考えると理愛が意味を知って訴えたのが不自然。

 衝撃を受けたのはゼロノートも同じ。


「シーリア…彼女はリア(シー・イズ・リア)


 シーリアを作ったのはゼロノート。しかし、一から作った訳では無い。捨てられた機人の残骸の中から発見したコアを基に作った。コアとは、人間を殺して機人を作る際、人間と同じ感情を内包できるようにナノマシンが組み上げた人口脳。人間の脳をそのまま利用している為、理論上は記憶が残っている。だが、記憶を消さずに残す事は普通考えにくい。残っていた場合、命令を与えるのが困難になる。ゼロノートもそう思っていた。今の今まで。喋っているのも、戒を愛しているのも、自身が与えた記憶に沿っているものだと。しかし、理愛の名を知ってから違う事に気付いた。シーリアの名は、シーリア自身で付けた。「いつか大事な何かを思いだす為」と言って。それが戒の事だとするなら、会ってから間もなく告白をしたのも頷ける。


「戒、理愛の事はまだ黙っておいてくれんか。シーリアには…まだ早い」

「僕には言えないよ。でも、シーリアが理愛でも、シーリアが理愛じゃなくても、僕の答えは変わらない。それだけは誓うよ」

「ありがとう。孫は良い人を選んだようじゃ…」



 ゼロノートは、戒を部屋から出し再び知識の海に潜る。今度は、シーリアの事を追加して戒の真実を解き明かす事にした。戒だけでは分からない真実がシーリアを通して判明する気がしていた為。しかし、楽観的な余裕は一切ない。過去の時間軸には渦があり、調べている間中潜水艦がダメージを受け続ける。船体の強化を行っても渦のダメージを軽減できない。しかも、渦の場所が増えている。コアだけ残っていた理由、コアに雪原理愛の記憶が残っていた理由、この二つに関して邪魔する様に渦が現れている。これまで無かっただけに何者かの意思が感じられる。しかし、その存在を調べる事も出来ない。何故なら、その存在に関する海域が全部闇に包まれている。例え進んでも何も見えないし、奥に進み過ぎると帰れなくなってしまう。知識の海を混沌とさせている意志こそが真実の根源の気がしてならない。



 エジプト、砂漠の中心。

 管理区はピラミッドの中に作られていた。飛行戦艦から見下ろすとピラミッドの数が増えている。元々あったピラミッドが再建され、その周囲に完成した3基と新たに建造中の2基。その原動力となっているのは人間。巨大な石を4人で引き、4人で押し、機人1体がそれを監視している。管理区として機能しているのは、再建された最初の2基。それ以外はただただ重労働を課す為に作らせている。その為、これまでの管理区と違い密かに逃がす事が出来ない。

「謙二郎さん、どうしますか? このまま降り立って戦闘になれば…」

「被害者が出るって言いたいんだろ? 分かっている。仕方ない、一旦英雄の街に戻って助っ人を呼ぼう」

「助っ人? ソフィーさんの事ですか?」

「いや、ロジェとアリスだ」

 疑問符が増える風は、訳も分からず英雄の街に舵を切る。



 英雄の街に着いて早々、謙二郎はロジェとアリスの下に向かった。姿があったのは、映画館。シーリアが作った映画を喜んで見ていた。願いの力で他にもラインナップは増えたのだが、二人はシーリアが作った最初の映画が気に入っている。見過ぎて飽きないか疑問が過るが、その心配はない。願いの力を駆使し内容を編集しながら楽しんでいる。子どもの柔軟な思考は大人では想像できない展開を作り出し、密かに人気を得ている。

「ロジェ、アリス。ちょっと頼みたい事があるんだ」

「謙二郎兄ちゃん、何?」

 興味津々のロジェとは違い、アリスは不安そうに謙二郎の顔を眺めている。

「砂漠の管理区を解放したいんだが、見通しが良すぎて逃がすのが難しい。何か良い方法は無いか?」

 自分で作戦を考えたら、解放よりも力を試す事にシフトしてしまう。そこで解放を第一に考えて尚且つ発想が豊富な二人に委ねた。子どもだからこそ出来る事もある。

 ロジェは前向きに色々考えるが、アリスはやっぱり不安が隠せない。

「謙二郎兄ちゃん、私…出来ない」

「アリスだったら出来るよ。僕よりも色々考えているだろ?」

「でも…私、半分機械。人間と同じじゃないから…」

 ロジェの励ましがアリスを苦しめる。

 アリスは、ロジェを見るたび自分を人間ではないと思うようになっていた。人と触れ合う事の出来ない腕が原因。願いが叶うようになってから人間の腕に戻るように願った。だが、何故か元に戻らない。願えば願う程、人間ではないから元に戻れない、この腕は自分が人間ではない証と思い込む。

 謙二郎は、アリスの手を握る。

 鋭い刃物の指は謙二郎の指に食い込む。だが、直ぐにナノマシンが集まり刃物から守る。

「俺だって半分機械だ」

 謙二郎の行動は、アリスには無理しているようにしか見えない。ナノマシンが集まる前に出来た傷がアリスの心を抉る。

「…困ったな。ロジェだけだと負担が大きい」

 困った謙二郎を見かねて、スクリーンの裏部屋から弓が現れる。機材の整備や調整を一人で行っていて、今日もせっせと作業をしていた。

「アリスちゃん、お兄ちゃんの事をどう思う?」

「戒兄ちゃん? 優しくて…大好き」

「お兄ちゃんは、いつもどんな姿を見せている?」

「…傷だらけで戦っている…」

「傷だらけのままで良いと思う?」

 アリスは、一生懸命首を振って否定。

「だったら、お願い。お兄ちゃんの為に力を貸して?」

 アリスの中で、戒は母の次に大事な存在。機械の腕を笑顔で受け入れ、母と同じように怒りを感じてくれた。あの時の笑顔が忘れられない、あの時の恩を忘れられない。アリスにはいつしか芽生えていた。戒の助けになる決意が。

「分かった。戒兄ちゃんの為なら頑張れる」

「ありがとう。お兄ちゃんも喜ぶよ」

 弓はアリスの姿を見て、自分が幼かった頃を思い出す。心が壊れた戒を想って、幼さを捨てて頑張った自分を投影する。

「…私も頑張らないと…」

 弓も追い詰められていた。願いの力を行使できる筈が、何故か行使できない。アンドロイドのガーランとも違うし、存在値が無い訳でも無い。ゼロノートに尋ねても答えは出ず、出来る事を模索するうちに映画館の管理をするようになった。本当は願いの力で戒と一緒に戦いたいと思っていただけに、心の動揺は激しい。



 ロジェとアリスを連れ、再びエジプトの上空。

 二人が考えた作戦は、砂漠森林化計画。砂漠が森林化すれば、逃がしながら木々を駆使して隠れる事が出来る。しかも、敵が攻めてきた場合には自然の要塞として利用できる。問題となるのは、機人達による焼き討ち。だが、これも対策済み。木々は防炎加工のフェイク、本物ではない。

 早速、二人揃って願う。

 砂漠の端から徐々に緑が広がっていく。

「良いぞ! 二人のお陰で解放作戦に移れる」

「戒兄ちゃん、喜んでくれる?」

 心配そうに尋ねるアリス。

 謙二郎は満面の笑みで頷く。

「当り前だろ? 戒兄ちゃんは僕達の事を理解してくれる」

「うん」

 戒の慕われっぷりに嫉妬しつつも、何とか精神を落ち着かせる。謙二郎の特訓はここでも試される。



 森林の端に降り立った謙二郎は、警備を警戒しながらピラミッドに近づいていく。案の定、急な森林化に違和感を感じた機人が偵察している。気付かれれば警備が厳重になり、救助活動が難しくなる。木々に隠れながら物音を立てずに進んでいく。精神を穏やかに保ちつつ、機人を掻い潜る順路を想定。静寂と洞察を同時に行うのは経験した事の無い特訓。精神の摩耗が著しい。



 何とか機人を掻い潜り、ピラミッドが垣間見える位置に到着。半数の機人が偵察に出た為、人間を監視する機人は疎ら。そこら中に隙が点在している。しかし、それだけ偵察に回っているとするなら、森林を駆使して逃げるのは些か困難。機人を倒してしまえば万事OKなのだが、すっかり特訓モードに入った謙二郎は、如何に気付かれずに逃がすかが重要になっている。口では解放が優先と言いつつ、やはり力を試す方向にシフトしてしまう。

 ピラミッド用の石材を壁にして、気付かれないように強制労働中の人間への接触を試みる。極地に至った隠密行動は間近に迫っても気付かれない。声を掛けた瞬間何事かと驚かれる。いざ助けに来たと説明すると、先ずは疑われる。信じて良いのか、敵の手下ではないのか、助ける振りをした暗殺ではないのか、長い間虐げられた記憶が信じる事を難しくしている。謙二郎は疑いを一旦晴らさず、他の者にも助けに来た事実を話しに行く。逃げる際の連携を取る為にも全員に伝えておく必要がある。

 管理区中の全員に伝達が終わると、謙二郎は先に機人全員の行動を確認に向かう。ある程度の行動軌道を頭の地図に落とし込み、機人の隙をついて脱出するルートを構築する。そして、満を持して逃げる算段を人間達に伝える。作戦は、至って単純。謙二郎の後について行くだけ。しかし、疑いを晴らす作業がまだ終わっていなかった。


「俺の名は海藤謙二郎。この世界を破壊した存在と戦っている」

「信用ならない。破壊者に楯突いて生きている訳がない」


 謙二郎が説得を試みているのは、大きな石材の裏。集まった130人の前で自己紹介から始める。だが、返って来るのは不信感。特に強く不信感を持っているのは、エジプト管理区の人間代表、アフマド。少ない配給と過酷な労働のせいで骨ばった体になり、与えられた布切れで辛うじて下半身を隠せている程度。人間としての扱いは遠く、ただ苦しみに耐えているだけの生活が窺える。

「証拠を出して貰えないか? なければ我々には信用できない」

「…これで証拠になるか?」

 謙二郎は、離れた場所に居る機人を一瞬の挙動で斬り裂く。

 機人が容易く葬られ、一部の者は沸き立つ。しかし、アフマドの不信は払えていない。

「確かに強い。だが、敵である可能性は拭えない」

 アフマドの目は機人の横暴に濁ってしまっている。どんな証拠を見せても反論が優先し信用する気は無さそう。かと言って、強引に逃げる算段を組めば抵抗し、機人に見つかってしまう恐れがある。多少時間がかかっても説得が優先。

 謙二郎は、集まった群衆の中に子ども連れの女性を発見。

「俺が信用できないならそれでもいい。だが、本当にこのままで良いのか? 未来ある子どもに絶望しかない生活を押し付けても後悔しないのか?」

 子どもの顔を見て、アフマドは少し考える。しかし、意見の変化は起こらない。頑なに首を振り、やや大きな声で疑いを晴らすように要求。

 困り果てた謙二郎は、一旦精神を落ち着かせる。動揺が広がればブレインに察知される可能性がある。

「分かった。だったら決を採ろう。ここから逃げて普通の生活を取り戻すか、ここに残って絶望に浸り続けるか。ここから逃げたい者!」

 謙二郎が挙手を促す。

 しかし、誰一人として手を上げない。

「ここに残りたい者…」

 アフマドの顔色を窺いながら全員手を上げる。

 アフマドの影響力に完敗した謙二郎は、溜息を漏らして一旦諦める事にした。ただし、帰艦せずここに残って意見の変化を待つ事にした。



 翌日から、謙二郎はエジプトの人達と一緒に石材を運ぶ事にした。信頼を得る為には同じ経験を共有する事が近道だと自己解釈。時間がかかっても信用してもらえるように汗を流す事にした。しかし、謙二郎の狙いは筒抜けで警戒心はなかなか揺るがない。心の距離が離れたまま時間だけが過ぎる。



 一週間後。

 石材を運ぶ光景に謙二郎が馴染んでも、アフマドの意見は変わらない。頑なな心を解きほぐすには時間が掛かるのは分かる。だが、それにしても頑な過ぎる。一緒に石材を運ぶだけではなく、機人の拷問を代わりに受けたり、泣いている子どもに食料を分け与えたり、他愛もない話で場を和ませたり、機人と関わりが無いのは一目瞭然。その証拠に、アフマド以外の者は謙二郎に歩み寄る姿勢を見せている。何が障害になっているのか分からないが、アフマドには別に理由が存在しているように思える。


「アフマド、そろそろ信用しても良いだろ?」

「信用できない。邪魔者はここから出て行くのだ。お前が居る事で機人の責めが過酷になる」


 謙二郎はアフマドと一週間ぶりに交渉をする。しかし、アフマドは出て行けの一点張り。謙二郎の言葉がノイズのように嫌悪される。

「皆は俺の作戦に乗っても良いと言っている。後はアフマドだけなんだ! 頼む!」

「何度言えば分かる。信用できない者に従うつもりはない。邪魔になるだけだ、早く去れ」

 今度は謙二郎に協力者が現れる。

 しかも、大量に。

「アフマド…もうこの生活は嫌だ。謙二郎に任せてみよう」

「謙二郎は、子どもに笑顔をくれました。どうか決断してください」

 押し寄せる言葉の波にアフマドの旗色は悪い。だが、それでも首を縦に振らない。

「お前達! 愚かにも信じる者を間違えていないか? 信じるべきは私だ!」

 幾ら意見が寄せられてもアフマドは意見を曲げない。ここまで来ると違和感が強くなる。真の代表なら意見を取り入れるべきで、独裁的に自己の意見を通すべきではない。それが分からないような代表なら、もっと早くに代表から引き摺り降ろされていた。

「アフマド、何があるんだ? 事と次第によっては荒事も厭わない」

 白銀の鎧を纏う謙二郎。

 待っていたとばかりにアフマドは痛い所を突く。

「これが真実だ! この者は機人の手下だ! このような力を持った人間が居る筈がない!」

 謙二郎は後悔する。衝動に身を任せて動いたせいで、折角手に入れた信用が崩れ去る。アフマドに意見していた面々も謙二郎から離れていく。これでは、逃がす事は不可能。

「…仕方ない。俺は一旦戻る。気が変わったら何か合図をくれ」

 謙二郎は説得を諦め、一瞬の発光と共に消える。

 アフマドは、謙二郎が居なくなって安堵する。



 その日の夜。

 アフマドは、ピラミッドの奥に入っていく。機人達の目に晒されながらも平然と横切って、辿り着いたのはブレインの部屋。厳重な警備を顔パスで通り、ブレインの眼前に平伏す。

「首尾はどうだ?」

「問題なく邪魔者は排除しました。いつでも計画を遂行できます」

 平伏しながら名簿を提出。

 表題は生贄名簿。記載されている名前は、アフマドに逆らった人物。

「生贄の意味を知って平然と差し出す。人間とは醜い生き物だ。しかし、我々にしてみれば従順で使い易い。良いだろう、お前だけは平穏な日々を送らせてやろう」

「ありがとうございます!」

「明日の夜、名簿の人間をここに連れて来い。これが最後の役目だ」

「承りました」

 部屋から出て行くアフマドを眺めながら、ブレインは微かに笑う。

「人間の愚かさは不変」



 飛行戦艦に戻った謙二郎は、一週間の疲れと汚れをシャワーで落としていた。頭に過るのは、泣いていた子どもの顔。山路の背中で泣いていた自分と重ねる。

「あの子には、間違った世界を見せたくない…」

 謙二郎の記憶には、優しくて強い山路と、弱々しく過ちを犯してしまった山路が居る。勿論、父としての山路は大好きだ。だが、犯罪に屈してしまった山路は大嫌い。父に対する二つの感情によって時々迷宮に押し込まれる。刑事として誇りに思うべきだったのか、刑事でありながら屈した弱さを責めるべきか、今に至っても判断できない。ただ言えるのは、自分と同じ想いをする人間を作りたくない。

「明日、アフマドをもう一度説得しよう」

 シャワーを終えタオルで体を拭いていると、部屋をノックする音が聞こえる。

 バスタオルを巻いて扉を開けると、戒が困った顔で待っていた。

「どうしたんだ?」

「謙二郎…昔の事を聞きたいんだ」

 謙二郎は、戒を部屋に入れる。

 服を着ながら戒の顔を覗き見、事の深刻さに気付く。今まで見せた事の無い深く考え込んだ顔。何がそうさせるのか分からないが、人に弱味を見せない戒らしくない。

「で、何が聞きたいんだ?」

「雪原理愛の事、覚えているかな?」

「理愛…ああ、戒に求婚していた? だったらよく覚えている。今のして思うと、あそこまで真剣に求婚していた理由があったのかもしれないな。死ぬ前に伝えたかった…とか?」

 昔を懐かしむ謙二郎とは違い、戒は頭を抱えて苦しんでいる。

「真剣だった…僕はふざけているとしか…」

「あれは真剣としか思えない。もしあの目で迫られたら…今の俺だったら受け入れていたかもな」

 戒は思い出そうと頭の隅々から記憶を振り絞る。だが、思い出せる理愛はふざけた様子で求婚する姿。謙二郎が言うような真剣な姿は思い出せない。子どもだったせいと思いたいが、謙二郎の記憶を聞いて子どもの自分に責任は擦り付けられない。

「弓、父、母、謙二郎、親父さん…理愛以外の事は全部覚えている。なのに…何故、理愛だけ?」

「今頃、どうして理愛なんだ?」

「実は、理愛がシーリアかもしれいないんだ…」

 謙二郎の頭がショート。死んだ理愛がシーリアだとするなら、記憶が死後も残っていた事になる。理愛の葬儀も、埋葬される様子も見ている。記憶を残す脳が稼働可能な状態で残っていない。もし残っているとしたら、3歳の頃からこの日の為に保存していた。しかし、不可能が存在していた過去に長い間脳を保存する術があっただろうか。考えれば考える程、有り得ないの言葉が大行進する。

「それは本当か? 俺には信じられない」

「…僕だって」

 二人で頭を抱えていると、謙二郎の頭に声が響く。


「謙二郎…助けて…」


 声に聞き覚えが無い。

 しかし、嫌な予感が全身を駆け巡る。

「誰だ? 助けてとはどういう事だ?」

 急に叫ぶ謙二郎に戒は首を傾げる。

「謙二郎、どうしたの?」

「誰かが助けを求めている。だが、誰かが分からない…」


「謙二郎…お母さんが…死んじゃう…助けて…」


「お母さん…?」

 謙二郎の頭に過るのは、母に抱かれていた幼い子ども。話す事もままならない非力な子ども。

「…まさか、エジプトの?」


「早く…お母さんが…」


 幼い子どもが必死に想いを言葉に変えて謙二郎に伝えている。もはや、エジプトの事としか思えない。

「戒、話しは後だ! 今直ぐ助けに行く!」

 白銀の鎧を纏い、部屋を飛び出していく。



 エジプトに降り立った謙二郎の目に、悲惨な状況が映る。

 人間達の死体がピラミッドの奥に続いている。必死に抵抗した跡が全身に残っていて、全員で何かを守ろうとして死んでいったように見える。

「何があった…?」

 死体を抱え上げると、胸の傷に何かが埋め込まれている。ガラスの破片のようで、一定間隔でキラキラ光っている。

 謙二郎は咄嗟に死体を置いて逃げる。

 死体は大爆発し、その跡に結晶が転がっている。


「如何かな? 人間の有効活用例は?」


 ピラミッドの奥から機人を引き連れたブレインが現れる。

 東京管理区のブレインと同じで、全身に無数の目が付いている。

「有効活用?」

「結晶には、人間の生体エネルギーが内包されています。かなりの高純度で、機人のエネルギーとして優秀な働きをするでしょう」

 謙二郎はガーランの剣を構える。

「…それ以上の言葉は不要」

 殺気を押し殺して一気に踏み込む。

「断鏡翔ッ!」

 懐に入った瞬間、振り上げた剣を手離す。剣は地面に転げ落ち、断鏡翔を途中で止めた代償に右肩が折れている。

 剣を止めた理由は、ブレインの懐に隠されていた幼い子ども。

「どうしました? そのまま斬り込めば私は死んでいました。何故刃を止めたのですか?」

「人質を離せ! 離せば殺してやる!」

 謙二郎は子どもの母を探す。

 だが、何処にも居ない。

「その子の母はどうした?」

「それでしたら、そこに寝てますよ」

 ブレインが指さした先に母の死体が転がっている。

 背中と足に結晶の破片が埋まっている。

「…許さない」

 願いの力でも死を回避する事は出来ない。アンドロイドのガーランでも例外ではなかった。代わりに出来るのは、悲しむ猶予を残す事。母が爆発しないように願いの力を使う。体から結晶の破片が消えていく。

「願いの力ですか? 全く厄介ですね。人間の有効活用に水を差すとは」

 ブレインは、子どもの腕に結晶の破片を刺す。

「結晶の影響が現れるまで約一分。その間に除去しなければこの子どもは死ぬでしょう」

 願いの力で結晶を無効化しようと試みるが、ブレインの無数の目が思考を歪め願いが叶わないように操作。現時点で用意されている選択は、このまま爆発するのを待つか、謙二郎の太刀でブレインと一緒に命を絶つか。


「謙二郎、殺して…お母さんはもう居ない…生きていたくない…」


「諦めるな!」

 子どもの気持ちは分かる。だが、謙二郎には親の気持ちも聞こえていた。


「謙二郎…あの子を…お願いします…」


 死んだ母の想いが最後の欠片になって訴える。

 子を想う母の為に、子どもを救いたい。だが、今の謙二郎に極地は使えない。怒りに乱れた心はブレインを殺すまで平静を取り戻せない。

「…落ち着け…落ち着け…」

 時間が刻々と迫る。

 焦りが死の妥協を提案。だが、謙二郎は最後まで救助に拘る。ガーランが最後に残した謙二郎らしさを追求する為に必要な努力。しかし、今の太刀では妥協に偏ってしまう。努力しつつもガーランの姿を追わない柔軟さが要求される。

「……信じさせてくれ! 俺の道が間違っていないと…」

 謙二郎は光を圧縮して剣を作り、一気に懐に踏み込む。

 ブレインは抱えた子どもを謙二郎にしっかり見せる。

「殺す事を選びましたか? 残酷ですね、人間と言う存在は」

 謙二郎が怯むと思っての揺さぶり。

「断鏡翔ッ!」

 だが、謙二郎は光の剣を振り抜く。

 迷いのない太刀は、ブレインを両断する。

「…殺した? 情報に誤りが…あの方が間違うなど…有り得る筈が…」

 ブレインの目には、光の波紋が映る。

 子どもに当たっている部分だけが波紋化して傷つけていない事に気が付く。

「間違ったのは私か…爪が甘かった…」

 ブレインの目が閉じる瞬間を見逃さず、謙二郎は一心に願う。子どもが爆発しないように、生きて母の想いを受け継げるように…。

 しかし、タイムリミットが無情にも訪れ、破片がキラキラ光り始める。

 謙二郎は、子どもを抱きしめる。

「今母さんの所に行ったら、母さんは泣き続ける。どんなに辛くても母さんの為に生きる事を諦めるな。頼む…頼むから…」

 子どもが死を願っている以上、謙二郎が幾ら願っても通じる筈がない。今は子どもの生きる意志に賭けるしかない。その成否に自分の命も託す。

 光が徐々に収まっていく。

「…謙二郎…僕…生きるよ…」

 子どもは初めて自分の言葉で自分の意志を伝えた。

 謙二郎の中に母の面影を見て、生きる決意を固めた。

「ありがとう…」

 謙二郎は、生きる力を呼び覚ました母の愛に感謝。そして、ガーランの背を追い求めて道を踏み外した自分を責める。釘を刺されたように解放を第一に据えて取り掛かるべきだった。剣の道ではなく、人の道を進むべきだった。



 機人達を制圧し、生き残った人間を集めた。その中には、一人欠けている人物がいた。死体を調べてみたが、やはり一人足りない。爆発して消えてしまった可能性もあるが、生き残った人間の証言からそれは有り得ない。



 居ないのはアフマド。ピラミッドに集まるように指示し、子どもの母を生贄に選んだ張本人。多くの目がある中で堂々と行った所業の為、言い逃れも否定も出来ない事実。何としてでも見つけ出して事の真相を確かめる必要がある。そうしないと、蔓延した怒りは払拭できない。

「アフマドの居所に心当たりはないか?」

「…砂漠の中には隠れる場所がたくさんある。だけど…同じくらい危険だ。砂漠の民であるアフマドが逃げ込むとは思えない…」

「森に逃げた可能性は?」

「隠れる場所は多い。砂漠ほど危険もない。だが、馴染みが無い。見ず知らずの空間に入り込むのは嫌だ」

 砂漠でも森でもない。だとするなら、隠れる事が出来るのはピラミッドしかない。しかし、ピラミッドは何度も確認している。それこそ隅々まで。

 謙二郎は、機人に尋問を試みる。

「アフマドが隠れられそうな場所はあるか?」

「…」

「義理立てする必要ないだろ? それとも醜い人間の肩を持つのか?」

「…」

 謙二郎は、ピラミッドに横たわるブレインの残骸を指さす。

「人間の醜い面だけを投影した末路だ。お前も同じ末路を歩むのか? 学習しない愚かの蓄積物になっても構わないのか?」

「…中央管理室の奥に地下へ続く道が隠れている…コードは、110702」

 機人の口を開かせたのは、人間を否定する意思。醜さを目の当たりにして同じ存在になってしまう事に強力な拒絶が発生した。秘匿事実を開示してでも醜いと言われたくなかった。

「よく話してくれた」

 謙二郎は疑う事無くピラミッドに入る。



 3分後。

 謙二郎は、アフマドの腕を掴んで現れる。

「居たぞ!」

 集まった人間の中にアフマドを放り投げる。

 寄せられる視線は憎しみ一色。激しい怒りが今にも爆発しそう。

「し、仕方なかった。生贄に差し出さなければ、全員殺されるしかなかった。ブレインは全員殺すつもりだった! 利用価値の無い人間を生かすつもりは無かった!」

「嘘を吐くな。ブレインは、人間の醜さに付け込み楽しむつもりだった。その為にお前を呼び、何が欲しいか、その為に何をするか、お前自身に決めさせた。生贄の話はお前から出た話だ」

 アフマドの意見を真っ向から斬ったのは、機人。何も言わずに醜さに迎合する事を拒否した。

「そ、そんな訳はない! き、機人が嘘を…」

 機人に嘘が無いのは証明されている。ここに居るアフマドがその証拠。

「…俺達は仲間を失った。信じてついてきたお前の手によって!」

 怒りは抑えられず、石が飛んでくる。

 命中した額から血が滲んでも止まらない。

「返せ! 死んだ仲間を早く返せ!」

 投げられる石の数は増え、アフマドはただただ蹲って耐えている。出来るだけ弱々しい姿を見せて同情を引くつもり。

 アフマドの策略通り、投げ込まれる石は無くなる。

「皆、許してくれないか? 反省している。もう二度としない。これからは良い人間になって主導していく」

 これほどの裏切りをしておきながら、尚も代表になろうと考えている。普通なら通る筈は無いが、アフマドのお陰で今まで生きてこられたと思っている節もあって否定意見は出てこない。

 ただ、それはエジプトの人間だけ。

「アフマド、勘違いしてないか?」

 謙二郎は、光の針でアフマドの両足を串刺しにする。

「あがぁッ!」

「お前に主導権が与えられる訳がない。お前には断罪が必要だ」

 両腕にも光の針を刺す。

「神経を断絶した。もう二度と動かないだろう」

 本当は殺したい。だが、子どもの前で殺したくないと衝動を抑えた。今出来る最大の罰を与えて何とか怒りを鎮めようと考えていた。

 だが、不可能が無い世界。願いの力で神経が元に戻る。

「う、動ける。神だ! 私には神がついている! やはり私こそが主導者になるべきなのだ!」

 神の名を使い、アフマドは失った信用を強引に引き寄せる。

 罰では改心しないと心得た謙二郎は、光の剣で殺そうとする。

 だが…。

「謙二郎…」

 子どもの目が殺害を止まらせる。

 しかし、このままではエジプトは良くならない。アフマドの間違った主導が続いてしまう。


「許してはならないモノもある」


 アフマドの両腕両足が消える。

 初めから無かったように傷跡も無く。

「戒!」

 空から降りて来た戒は、アフマドの前に立つ。

「謙二郎の優しさは大事な宝、失われてはいけない。後は僕が裁くよ」

 戒の肩にウィッシュが現れる。

 いつになく恐ろしい雰囲気に奔放なウィッシュも委縮する。

「ウィッシュ、この人間から願いを奪ってくれないか? 願いを叶える資格がない」

「…わ、分かったチュン…」

 戒は、アフマドの胸に指を突き刺す。

「こ、こんな痛み…神に選ばれた私なら…」

 グリグリと押し込む指を願いで止める事が出来ない。むしろ、願うたび深く刺さっていく。

「願いの力は乱用させない。シーリアを選んでくれた優しい概念をお前に汚されたくない」

 戒の想いにウィッシュも賛同。だが、やっぱり怖い。恐怖が介在していなかったら正式に契約できたかもしれない。だが、人間の醜さに人一倍敏感な戒は止まらない。

「俺は醜い人間が嫌いだ。世界が崩壊して良くなるきっかけになったと思っていた。だが、持って生まれた素養は簡単には消えないみたいだね」

 アフマドの首を掴んでピラミッドの一段目に降ろす。そして、全員に聞こえる声で訴える。

「誰かが幸せを運んでくる訳じゃない! 自分の手で手繰り寄せるものだ! 一人の代表者に任せず、自分の手で願うんだ!」

 戒の怒りの願いが、アフマドをピラミッドと同化させる。

「そんな筈が…ない…神よ…神…よ」

 アフマドはピラミッドの一部となった。悲壮さを残した過ちの象徴として。

「僕も過ちの象徴だ。だから、僕を見習ってはダメだよ」

 戒は、全ての感情を一方的に絡め捕って去って行った。

 エジプトの人間は、アフマドの像を見ながら自身の心と向き合う。アフマドに委ね現実から目を背けていた事実、生贄に差し出された仲間に救いの手を伸ばせなかった弱さ。考える時間が生まれた事で過ちを認識し、何を成すべきか各々答えらしきものを発見できた。



 エジプト管理区は、生まれ変わる為に動き始めた。町を作る為に必要な土地を願い、必要な食料を得る為に自らの力で土地を耕した。耕した土地には皆が揃って種を撒いた。誰かが指示する訳でも、誰かが怠ける訳でもなく、一人一人が対等で、一人一人が責任を以って事に当たった。その成果か、願いの力に頼らずとも耕した土地には美味しそうな野菜が沢山実った。砂漠の町では作る事の出来なかった野菜。恐る恐る口に運ぶとその美味しさに笑みが零れる。生きている実感と生きて行ける喜びが沸々と湧いてくる。この時初めて、戒が言いたかった事が分かった。野菜が美味しいのも、生きて行ける喜びがあるのも、自分が望んだから。誰かに委ねたからではない。エジプトの人達は、謙二郎が申し出ていた守護を断った。「これからは自分達一人一人の力で助け合って生きて行く」と、強い眼差しで子どもと一緒に訴えた。謙二郎は、その意見を喜んで受け入れた。



 謙二郎はガーランの剣をピラミッドの頂点に突き刺し、しばらく眺めてそのまま飛行戦艦に帰艦する。

「ガーラン、俺は俺の道を行く」

 誓ったのは、剣の道ではなく人の道を追求する決意。ガーランの背に見ていた極地を捨て、感情を解放した先に在る極地を目指す。ガーランの最後の言葉をようやく受け入れたのだが、ガーランを剣を見るとまた同じ場所を目指したくなる。それを防ぐ為に剣をピラミッドに残す事にした。

 ピラミッドの頂点にガーランの幻影が現れる。

「謙二郎、拙者が逃げた道を突き進むでござる」

 ガーランはマイケルを説得できなかった時点で人の道を諦めてしまった。諦めた先で無の領域を極める事にした。自分にも出来る事がある筈と言い聞かせながら。謙二郎はガーランが目指していたモノを知らず知らず追っていた。

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