双刃極地
想いを捨て去る事で至る極地は、比類なき剣の力を引き出す。しかし、人には感情を捨て去れるほどの強さは無い。その代わりに、想いを積み上げて至る別の極地もある。人間らしさを詰め込んだ想いの剣は、全てを包み込む優しさに満ちた力を放つ。
英雄の街で次々叶えられる夢や希望は、ウィッシュの成長の糧となる。翼が美しく輝き、体が徐々に大きくなる。それに伴い、疑似契約状態の戒に力が供給。エラーとウィッシュが力を供給する事で概念存在の行使がし易くなった。本契約に至っていないのは、ウィッシュが本当に契約したいのはシーリアで、戒はついでに契約をするつもりだった。だが、シーリアとの契約は上手く行かず断念。仕方なく、疑似契約をする事になった。疑似契約状態ではウィッシュ自体の行使は出来ない。使い易くなってもこれでは戦力として機能しない。
願いを叶える事により存在値の収束が発生。その力で人間、機人双方に内在していたリトルガーディアンシステムを排除し、破戒の目から完全に逃れる事に成功。これにより、本題だった管理区解放を破戒に悟られず専念できる。だが、管理区解放の難易度は変わっていない。機人、ブレインの制圧、解放した人間の精神回復、将が到来した場合の対策。特に大きな問題は、将。ゼロノートが調べた範囲でも強大な力を有する将が5体居るらしい。その5体の内いずれかが管理区に現われた場合、解放どころか生き延びる事も困難になる。本当はジートの脅威も頭に入れておく必要があるが、ジートの目は別の所に向かっているらしく対策の必要はないとの事。
飛行戦艦、艦橋。
ゼロノートは風の為に人格性AIを取り付けていた。知識の海の深層にまで至ったゼロノートには容易い事で、取り付けと起動確認は数分で終わった。時間の余裕ついでに、好みの性格を用意しようと考えていた。
「風、どんな性格が好みかの?」
「…う~~ん、難しいです。親しく話せた方が良いと思います…いや、でも…紳士的も捨てがたい…」
「じゃったら、紳士的でフレンドリーな人格にしておこうかの」
パネルを操作し人格の設定を行い、座席の横に横たわっていた機械の人形にプラグを差し込む。差し込んだ瞬間からぎこちない動きを始め、数秒すると動きは落ち着いてくる。
「お、おはようご、ございます。わ、私…私は、人格性AI…タイプα。マスター…私に名前を宜しいでしょうか?」
機械の人形には人格性AIが反映され、飛行戦艦の意思をして動いている。
機械人形は、風の前で膝をつく。
「私が…マスター?」
「そのように窺っています。出来れば名前を付けて頂き、よりフレンドリーに接する糧にしたいと考えています」
名前を要求された風は一生懸命考えた。頭に過るのは、自分の好きなスポーツカーの名前ばかり。流石に人と同じ感覚で名前を付けた方が良いと思ってはいるが、どうしてもスポーツカーが頭から離れない。
「…フェルギーニで良いですか?」
「かしこまりました。これから私の事は、フェルギーニとお呼びください」
ゼロノートがこっそり尋ねると、フェラーリ、ポルシェ、ランボルギーニを組み合わせたと返事が返って来た。
「マスター、提案しても宜しいかな? 飛行性能向上が提案に上がっていますが、先ずは船体の硬度を上げた方が宜しいかと。速度に耐えられる形になってから性能向上に努めましょう」
「は、はい…お願いします」
フェルギーニは、機械人形から飛行戦艦の中に移動。制御を司るマザーにアクセスして硬度向上プログラムを実行。船体に格納していたナノマシン武装を分解して作業要員に転換。迅速に改造が進んでいく。
「マスター、風と呼んでも宜しいですか?」
「は、はい…」
「では…風、少し時間が出来たので小粋な会話でも楽しみませんか?」
フェルギーニは機械人形に入り、風の横へ。フェルギーニの言う小粋な会話が始まる。風にしてみればちょっと小粋とは違う話だが、乗り物と会話をする夢は叶った。ただし、あくまでゼロノートが作った成果。ウィッシュの糧にはならない。
「おやおや、風との小粋な会話中に急用とは…」
フェルギーニは再び飛行戦艦に戻り、緊急回線を開く。
「…聞こえるでござるか? 拙者、ガーランでござる」
急用はガーランからだった。飛行戦艦と直接連絡を取るのは初めてで言葉が硬い。
「何じゃ? 何か大事かの?」
「ゼロノート殿でござるか? 早速で申し訳ござらんが、ディスペアの居所を探って欲しいでござる」
ゼロノートの顔は曇る。その理由は、ディスペアこそが恐れていた強大な力を有する将の一人。絶望の概念存在と融合した最強の剣士。ガーランが極めた剣の道はディスペアを考慮していない井の中の蛙。挑んでも絶対勝ち目は無い。せめて概念存在を有していれば戦いになるが、アンドロイドのガーランは契約を結ぶ事が出来ない。
「戦うつもりじゃな? だったら、教える事は出来ん。挑めば無駄死にするだけじゃ…」
「無駄な死など無いでござる。生きて、望んで、突き進んで、己の意思を全うする。拙者の中には武士道の片鱗が息づいているでござる。武士道とは死ぬ事ととみつけたり。これは死を是とする言葉ではござらん。これは死を経て伝わる真の継承を意味しているでござる。少なくとも、拙者はそう思っているでござる」
継承の相手は謙二郎。ガーランは自らの死を以って、最後の特訓を完成させようと考えていた。
「勿論、死ぬ気はござらん。拙者はディスペアに勝って剣の道を真に極めたい。それこそが拙者の夢でござる!」
勝ち目が無い相手と戦わせても良いのだろうか。そう考える度に拒否したくなる。だが同時に、必死に願う気持ちを踏み躙ってはならない気もする。夢は生きる原動力、希望は生きる道標、願いは揺ぎ無い決意。心が望むモノを遠ざけてしまったら、ガーランはガーランらしさを失う。
「…分かった。その代わり、戦いの場には謙二郎を連れていくのじゃ。生きて継承し、生きて剣の道の頂点を見せてあげて欲しい!」
「了解でござる。にしても…ゼロノート殿は意外とスパルタでござるな」
ガーランは一分の可能性も無い事を知っていた。知っていて心の成就を優先した。謙二郎を連れて行かせるのもガーランの継承を完全に成立させる為。最後の瞬間に一切の後悔が残らないように配慮した。
翌日。
ガーランは、崩壊した自由の女神像の前で完全装備状態で佇んでいた。
傍に居る謙二郎は、必要ないと言われていたが剣を構えていつでも戦えるようにスタンバイ。ガーランの強さは誰よりも知っていて勿論勝つと信じている。だが、見た事の無い険しい表情とピリピリした雰囲気から否応なしに不安が募る。いざとなったら、如何に拒まれようとも参戦するつもり。
「ガーラン、どうして今戦おうと思ったんだ?」
「…けじめ…でござるか」
「けじめ?」
それ以上言葉を発しない。謙二郎も聞いても答えてくれないと察し黙る。
「やぁ、待っていたみたいだね」
上空からディスペアが軽やかに降りてくる。
相変わらずラフな格好で、右腰の小刀、左手の漆黒の手甲がおもちゃのように軽く見える。ニヤニヤしながら、物色する様にガーランの顔を覗き込む。時々失笑して、ガーランの真似をして腕を組んで瞼を閉じて見る。
「おい! お前、馬鹿にしているのか?」
謙二郎の怒号にも全く動じず、ガーランの真似を止めない。
「良いじゃないですか。このくらいで怒るなんて我慢不足ですよ」
怒りで我を忘れそうな謙二郎。癪だが、何とか精神を落ち着かせ我慢する。
ガーランはゆっくり瞼を開き、剣をディスペアの首に添える。
「我慢するのも面倒ではござらんか?」
「面倒…それは死ぬ覚悟が出来たって事ですか?」
「…勿論でござる。ただし、お主も覚悟した方が良いでござるよッ!」
躊躇いなくガーランはディスペアの首をはねる。だが、幻影。剣を首に添えられていた状態から難無く回避。
「我慢する気が無いのはよ~~く分かりました。では、始めちゃいましょうか」
ディスペアが小刀を抜くと、その瞬間世界が薄暗くなり、ガーランの右足が切断される。小刀を振るった形跡が無い。動いた様子も見えなかった。
「絶心ッ!」
ガーランは両腕を素早く動かし、内蔵していた小刀を射出。ディスペアから大きく外れて後方に飛んでいく。
「何処狙っているんですか?」
「…」
瞼を閉じたガーランは、両手に剣を持ち。ディスペア向かって突進。
ディスペアは自殺行為だと笑い、納刀されていた小刀に手を掛ける。
「相手にならないですよ」
しかし、小刀を抜こうとした瞬間、見えないワイヤーに腕が引っ張られ迫ってくるガーランに対して無防備になる。
「無双瞬断ッ!」
間合いに入ったガーランの一撃はディスペアを斬る。
今度は幻影ではない。体に十字の斬痕が残っている。
「素晴らしい! 一流の剣士って感じですね。いや、一流の武士ですかね」
斬られたディスペアは全く動じていない。余裕満点で斬痕を指で触って喜ぶ。
ガーランは使った剣を捨て、次の剣に手を伸ばす。
「滅心ッ!」
瞼を閉じたままふーっと息を強く吐き出し、両腕に力を籠める。
「乱刃無双ッ!」
左足だけで高速移動を繰り返し、両手に持って剣で目にも止まらぬ速度で乱れ斬り。乱れ斬りにも拘わらず、切先に乱れが無く、剣が空を斬るたび鋭い音が鳴る。剣を振る合間に体を回転させ、背中の槍でも攻撃。どうやって握り変えているのか早過ぎて見えない。
高速攻撃の中、回避行動に出るディスペアだったが数度回避したら急に動けなくなる。剣には見えないワイヤーが仕組まれていて、振る度に絡まり動けなくなっていた。しかも、ワイヤー自体が刃物のように体に斬り裂く二重苦。
「達人の刃…面白いですね」
ワイヤーに絡まりながらディスペアは楽しそう。斬られても斬られても、心に乱れが無く無邪気な子供のようにはしゃいでいる。異様なのは傷の浅さ。確認は出来ないが、ガーランの鋭い斬撃が往なされているとしか思えない。
「そろそろ本気…と言いたいけど、本気で戦ったら面白くないですね」
ディスペアは、乱撃をたった一度小刀を振るっただけで打ち消す。
ガーランは、背中の槍と剣を捨てる。
捨てた槍と剣は、真っ黒に変色し捨てた直後からボロボロに朽ち果てる。最初に捨てた二本の剣も同じように朽ちていた。残っているのは二本の剣と具足の刃。
「これから絶望の力を使いません。ただ純粋に剣の技だけで戦います。ですから、残った剣だけで最後まで戦えますよ」
ディスペアは、左手の手甲を外す。
「…謙二郎! 拙者から目を離してはダメッでござる!」
ガーランは、今にも飛び出しそうな謙二郎を牽制。
次の瞬間、瞼を閉じて両腰の剣に手を添える。
「雰囲気が変わった。では…準備しますね」
ディスペアは、小刀を右手に握り軽やかにステップを繰り返す。
戦いに挑む精神状態は共に緊張。しかし、緊張への向き合い方は各々違う。ガーランは緊張を抱えつつも徐々に平静を取り戻す。ディスペアは、緊張を自身で増大させプレッシャーをかけていく。平静に至ったガーランは微動だにせず静かに佇み、過剰な緊張状態のディスペアは落ち着きがなく飛び回る。
時間が流れる。10秒、20秒、30秒。二人は一定の距離を保ったまま攻撃を始めない。しかし、攻撃はしてなくとも、戦闘のシュミレーションは捗っている。どのように攻撃すれば、どのような反撃に出るか。どのように動けば相手の隙をつけるか。剣を使わない戦いは既に始まっていた。
最初に行動に出たのは、ディスペア。
「見えました!」
ガーランの横をすり抜けながら、小刀で斬りかかる。
一瞬の攻撃に対処できず、ガーランの腰に深い傷が入る。
だが、傷を負ったのはガーランだけではない。
「…達人は予想以上ですね」
ディスペアの腰にも深い傷。さっきまでの浅さが嘘のよう。
僅かな動揺を見逃さず、ガーランは素早く間合いを開ける。攻撃は何故かしない。
「極地ッ!」
ガーランはゆっくり剣を抜き、足下に突き刺す。瞼を閉じて耳を澄ます。
ディスペアは、再度シュミレーションを組み立てる。だが、今のガーランには隙が全くない。自分が受けた攻撃が判明しないうちは組み立てられない。
探る為に不用意だと知りながら同じ攻撃を試す。だが、今度は自分だけが脇腹を斬られる。確かなのは、攻撃を受けた後は必ず間合いを開く、刺さっていた二本の剣が移動したガーランの足元にいつの間にか移動している。
「面白い…面白過ぎて…へへへ…絶望してしまう」
ディスペアは、作戦を立てるのを止めて乱雑に突っ込む。斬られる事を覚悟で挙動を凝視。辛うじて判明したのは、切断した右足の付け根を刺した右側の剣の柄に乗せ軸にし、回転しながら左具足の刃で腹を斬り、素早く左足で着地して軸にした剣を右手で引き抜きながら再び腹を斬る。斬った後剣を投げ、反動を生かして左側の剣を抜き、一回転して更に腹を斬り左足で跳躍。投げた剣の場所に降り立つ。剣を投げた場所はディスペアとの間合いを維持している。
「す、凄い…」
謙二郎は見惚れていた。一緒に特訓を続けていて何をしようとしていたのか凡そ知っていた。だが、実際に目にすると特訓の時とは別格。素早さも、威力も、謙二郎の想定を大幅に超えている。何も考えずに見ていたらガーランの挙動を確認できない。もはや助太刀を考えられない。
一方ディスペアは、更に精神が荒ぶる。
「絶望だ! 絶望してしまった!」
小刀を構えて態勢を地面スレスレまで低くし、空を斬る速度で突っ込む。ガーランが斬撃を与える為には態勢を低くするか、体を傾けるしかない。右足を失った剣の軸では自在性が低く攻撃にはリスクが伴う。体制を崩して攻撃してしまえば次の行動に支障が出る。
「奥義! 無領絶断ッ!」
ディスペアは小刀を振りながらガーランの横をすり抜ける。手応えがあり勝利は絶対だと疑わない。しかし、一抹の不安がある。ガーランが叫んだ技を実感していない。体に異変を感じない。腕も動く、足も動く、傷も無い。奥義とは何か、疑問が不安を増大する。
「…断たれた傷跡は、遅れて現れる…」
ガーランの言葉と共に、ディスペアに異変が起きる。両手両足が粉々に切断され、ナノマシンの奥に隠れていた統率機が真っ二つ。切断面と同じラインが天と地にも深く刻まれている。
「な、何故だ…確かに手応えがあった。こちらが先に…斬った筈…」
地面に転がりながら、落ちた小刀が視界に入る。
硬い物を斬り損なったように、刃がボロボロになっている。
「無の領域には乱心が入る余地がないでござる」
この瞬間、知識の海が更新される。剣の道を極めた唯一はガーランとなり、ディスペアは剣の強者ではなくなる。ゼロノートが危惧していた敗北の構図は変わった。
ディスペアは、悔しがる事も無くただただ笑っている。迫っている死を悲観するつもりはなく、逆に楽しんでいるように見える。
「達人相手に剣で勝負に出るとは…本当に馬鹿でした。絶望し過ぎて笑いしか出ない」
ガーランは、止めを刺さず片足で跳ねるように立ち去る。
決して油断していた訳では無い。剣士として挑んだディスペアを認めていた。認めた上で、ディスペアの望む最後を選ばせるつもりで背を向けた。
だが、それが間違いだった…。
「絶望した…剣を捨てた自分に絶望した!」
ガーランの右半身が空間の断裂と共に消える。
死にかけていたディスペアが、元の姿に戻っている。しかも、外した筈の手甲をしっかり装着している。
「剣で負けたので、今度は本気で行きますよ。絶望の将、ディスペアとして!」
ディスペアが腕を振る度、辺りが真っ暗になり空間ごとガーランを斬り裂く。無の領域を駆使しても回避不可。そもそも回避が成立しない。空間が斬り裂かれているのは事実だが、ディスペアの力で斬り裂かれたのではなく、空間そのものが絶望の影響で裂けた。
「無の領域? 所詮、技の範疇! 絶望には逆らえませんよ!」
勿論、ガーランも分かっている。サードの国で亀裂を見た時からこの力の脅威は知っていた。だからこそ研鑽を積み、だからこそ死の覚悟をした。初めから勝つ事は考えていない。背後を見せたのは剣士として認めた証。選ばせたのは、剣士としての最後か絶望の将としての最初か。そして見事、ガーランの望んだ道を選んでくれた。
ガーランは、絶望に晒されながら謙二郎に笑顔を向ける。
「謙二郎…奥義は完成した。しかし…」
ボロボロな体で必死に言葉を紡ぐ。
謙二郎は剣を納め、言葉を聞く事に集中する。怒りと悲しみを堪えて。
「…真の覚醒はしていない。謙二郎…手で…覚醒させて…欲しいッ…で、ござる」
ついには、原形を留めないほど壊れる。
もはや言葉は発せない。
「ガーランッ!」
最後に剣を持ち、天に掲げる。
発せぬ言葉を剣に乗せて謙二郎に届く様に投げる。不思議と絶望に犯されず、光を放ちながら謙二郎の手に収まる。
知識の海に刻まれたガーランの死は揺るがない。剣士としても極地に立っても、勝者にはなれない。しかし、死の項目には新たな改変。
『ガーランの死は、絶望を斬り裂く光を生む』
剣を受け取った謙二郎は、真っ直ぐ立ち瞼を閉じる。
頭に過るのは、ガーランと過ごした日々。些細な出来事全てに想いが宿り、辛い戦いの最中にも笑顔を絶やす事が無かった。師匠としても最高。友としても最高。誰に聞かれてもそう答えられる。
だが、今は全部忘れる。
「絶心ッ!」
謙二郎は受け取った剣を天に掲げる。
ガーランに目が向いていてディスペアは気付いていない。
「滅心ッ!」
剣に光を纏わせる。
「極地ッ!」
怒りや悲しみを全て捨て去り、心を無に導いていく。静かな水面に佇むように微動だにせず、波紋が治まるのを待つ。小さな波紋が未だ残る。波紋にはガーランへの想いが詰まっている。忘れるのは難しい。それでも忘れなければならない。ガーランが伝えた奥義を放つ為に。
ガーランが顔だけになると、ディスペアは取り巻く環境の異変を感じとる。
「何が起きたのでしょうか? 絶望が鎮まっている…」
謙二郎の周りから静かな空間が広がっていく。
ディスペアは、謙二郎を標的に変更。絶望の力を行使する。
「師匠と共に死の絶望に!」
絶望の力が迫るが謙二郎は平静。全く動じず波紋を消す事に集中。いつまでも残り続けるガーランの姿を消す事が出来ない。
「謙二郎…良いでござる。謙二郎には、捨てられないでござる」
ガーランの声が聞こえる。
頼もしい師匠としての声、優しい友としての声。
「謙二郎は忘れてはダメでござる。拙者とは違う。想いを剣に乗せるでござる。無ではなく…心の領域。拙者には到達できなかった人の極み」
謙二郎は、波紋を受け入れる。人としての弱さも、曖昧な心の葛藤も、極地には至れない溢れる感情も、人間らしい全てを受け入れる。
謙二郎の目から涙が溢れ出る。
剣を絶望に向けて構え、頭に過る全ての感情を光に変えて詰め込む。
「奥義! 夢想抱懐ッ!」
ありったけの想いを全て込めた雑念だらけの一太刀。今までの教えとは対極。しかし、剣から放たれる力は無を極めたガーランの一太刀を超える。
迫りくる絶望を力を両断し、ディスペアの半身を斬り裂く。
「そ、そんな…」
切断面には統率機が見えるが、絶妙に斬れていない。しかし、斬られたディスペアは激しく動揺している。死の恐怖ではなく、完全敗北した恐怖。何をしても絶対に勝てない思考に固まってしまっている。
謙二郎が近づくと、慌てた様子で遠くに逃げてこちらを窺う。
「ガーラン…」
謙二郎は、顔だけになったガーランの横に座り泣き崩れる。
不可能でも良いと一心に願う。蘇って欲しいと…。
「け、謙二郎…」
ガーランにナノマシンが集まってくる。周囲にあるナノマシンはリトルガーディアンシステムしかない。失われた体を再構築。謙二郎の前には傷一つないガーランが戻ってくる。不可能が存在しない世界ならではの現象。
「ガーラン!」
「謙二郎は優しいでござるな」
「良かった。生き返った」
「…いいや、違うでござる」
ガーランの体は少しずつ消えていく。
「拙者は受け入れてしまったでござる。弟子が超える姿を見て、満足してしまったでござる。もう思い残す事は無い。生きた末に淀みは無いでござる」
悲しみを抑えられない謙二郎は、必死に願い続ける。だが、ガーランは二度と元に戻らない。
消えながら少しずつ天に昇っていく。
「謙二郎、拙者は見ているでござる。極めていく人の道、育まれていく光の希望。最高の弟子、最高の友、涙は要らないでござる。拙者は死なない、拙者は残り続ける。謙二郎の剣に、謙二郎の心に…」
全てが消える瞬間、光が広がり雨のように降り注ぐ。
泣き崩れる謙二郎は、ガーランの優しさと温もりを胸に強くなる。
絶望が逃げ去るほどの光の剣士に至る。




