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デストラクションエラー  作者: 仕方舞う
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不可能は存在しない

 不可能は自分が決めるもの。他者から不可能を押し付けられる事はある。それを真実だと思い込む事もある。しかし、最後に不可能を決めるのは自分しか居ない。不可能に逃げても良い、それも答えだ。でも、超えた先に叶えたい夢や希望が待っている事も忘れてはいけない。

 戦いの最中再生されたロシアは、今後もサードが王として君臨する事になった。「犠牲にしてしまった国民の為に美しい国にしてみせる」その言葉を信じて戒が委ねた。支配の概念も一緒に。フランスに戻ってソフィーに愛の概念を返すと、戦いの成果は存在値の上昇のみ。本来の目的だった概念収集は失敗に終わった。いや、むしろ後退。エラーがアリアとの二重契約となり、戒は行使に否定的。実質アポカリプスのみと言ってもいい状態。これでは戦力にならない戒に逆戻り。おのずと現行最有戦力となる謙二郎だが、ガーランによって特訓漬け。今危機的状況に陥れば敗北は待逃れない。頼りの綱は、エラーがゼロノートに伝える存在値の真実。知識の海から新たな対策を生み出す糧とする。



 アイアンズキッチン。

 ゼロノートとエラーがテーブルを挟んで向き合い。その周りにアリア、弓、シーリアが集まっている。テーブルにはサンドイッチとコーヒー。

「じゃあ、早速存在値についてアポカリプスに聞いた話をするぞ」

「宜しくじゃ」

「例えば、交通量の多い道路に突然飛び出した場合、死ぬか死なないか、そもそも轢かれるか轢かれないか。生き死にに関して幾つか可能性があるだろ? ただ、これは俺の言っている存在値とは関係ない。存在値が指し示しているのは、死が絶対的に確定している状態で回避する可能性の値。絶対的に確定しているから運では回避できない。何が何でも絶対死ぬしかない。でも、存在値が高いと回避できてしまうかもしれない」

「じゃあ、回避出来ん事もあるのかの?」

「低ければな。まぁ、普通の人間は全員0だから考えるまでもない」

 エラーはテーブルにあるサンドイッチを押し潰した。

 憤りを露わにするアリアに謝りながら、エラーはサンドイッチを指さす。

「逃げられない運命ってのは絶対にある。もし俺が潰さなくても、誰かが食うだろ? 食わなくてもいつか腐ってしまう。その時に訪れなくても、いつか必ず待っている死。回避する為にはどうすればいい?」

 弓が手を上げる。

「鋼鉄に変えたら?」

「そうだな。そうすれば全部回避出来るな。でも、その状態で本当にサンドイッチと言えるか?」

「でも、ソフィーさんやゼロノートさんが作る料理は、ナノマシンを変質させて…」

 弓はエラーが言いたかった事を理解して驚く。

「鋼鉄で作ったサンドイッチは本来のサンドイッチとしての概念を満たしていない。人間には食べられないし、素材も違うから末路も違う…筈。死を回避する為に概念を歪めてしまっている。これが存在値が世界に影響を与える仕組み。絶対死を回避すると、絶対の条件を歪めるために根底が崩れる。本質とは違う状況を強引に成立させてしまう。そのせいで根底によって支えられていた全部が一緒に崩壊する。ナノマシンが食える事自体が根底が崩壊した証拠。担保していた常識が完全に崩壊して、不可能が可能になっている」

 静まり返るアイアンズキッチン。

 集まった面々は、その最たる者を思い浮かべる。

「…破戒自体も、歪んだ根底?」

 沈黙を破ってシーリアが質問。

「その通りだ。考えてみてくれ、現実世界にタイムマシーンなんて都合の良いものは無い。それは何故か? 理由は簡単。時間の流れは過去から未来へ向かって一定速度を保ったまま進んでいる。過去から加速して未来へ追い付くなんて事は出来ないし、未来から流れに逆らって過去へ戻る事も出来ない。未来の戒が過去の戒に意思を反映する時点で根底が崩れている。では何故崩れたのか? それは多分、育鯖戒と言う存在が存在値を有する奇妙な人間だったから。戒の存在自体が有り得ない事を強引に押し通せる体質だった」

 ゼロノートは頭の中で知識の海にアクセスしていた。知識の海を潜っていくと、戒の生い立ちの情報が浮かんでくる。母親から生まれ、普通の子どもと変わらず育ち、そして…怒りと共に仮面を生み出した。ここで改めて大きな違和感だった事に気が付く。別人格ではなく、仮面自身に人格がある。戒とは別の存在として。こんな事は普通ではありえない。

「戒は何者なんじゃ? 世界の理から外れているようじゃが…」

「…分からない。アポカリプスも困惑していた。まぁ、ともかく、戒の事は一旦置いておいて、存在値の説明は以上だ。これ以上の疑問は俺には答えられない。アポカリプスに聞いても頭が処理しきれない」

 匙を投げたエラーは、アリアを手を引っ張って散歩に行く。

 その事を知っていた戒自身は今日は寝ている約束。



 ゼロノートは次の日から知識の海に潜り続けた。

 知識の海に潜って探した項目は、歪んだ根底の範囲、新たに生まれた根底と可能になった不可能事項、存在値の効果発動履歴、戒の本質。幾つか項目がある中で最も重要なのは、戒について。戒を知る事で全てを知るきっかけになる。ゼロノートはそう思っていた。しかし、一番知りたい戒については常識的な事以外は判明しない。存在値を何故有しているのか、いつそれを自覚するのか、どうやって存在値を利用して過去へ介入したのか。破戒に至る痕跡を探し出そうと深く深く潜るが、本当の海のように長く潜ると息が続かない。真実に辿り着く為には知識の海で潜水艦を使わないといけない。しかし、そんな便利なものを持ち込める訳もなく、戒の真相は一旦棚上げ。諦めて他の事を調べる始める。先ず発覚したのは、根底の歪みと破壊は以外にも小規模。全ての形を維持した状態で中身を形骸化しているだけ。それは脆いと言う意味ではなく、色々なモノを内包できる素養がある状態と言う意味。スポンジが水を吸い込むように新たな概念や常識を埋め込んでいける。そして、新たに生まれた根底は、不可能が無いと言うたった一つ。ただ、これが非常に大規模な改変に寄与する。不可能が無くなれば実質何でも可能。その一端が機人であり、概念存在。今後も不可能だった何かが生まれてもおかしくない。存在値の効果が確認できたのは、破戒が最初に接触した高校入学前、並行世界への戒の移動時、ナノマシン技術の情報提供時、世界崩壊後の機人と概念存在作成時、ジートがレコードマーカーを使用した時。これで分かるのは、サードが集めたのは存在値ではなかった事実、あくまで人間や機人の力を取り込んだだけだと判明。エラーが言ったように、普通の人間や機人に存在値が無い事が裏付けられた。



 一週間後。

 ゼロノートは分かった事を整理して今後の方向性を暫定的に決めた。その内容を発表する為に出来るだけ全員を集めた。特訓に明け暮れる謙二郎とガーラン、来るのが難しいフランスの面々は後程伝える事にした。



 アイアンズキッチン。

 会議のイメージを出す為に長机を用意して、全員が整然と並び座る。しかし、置かれたコーヒーとサンドイッチが緊張感を恐ろしく緩和する。

「皆に集まってもらったのは、非常~~~にッ重要な話の為じゃ!」

「ゼロノート、破戒に勝てる方法が分かったのか?」

 興味津々の戒に、ゼロノートは不敵な笑みで答える。

「それは戒次第じゃ。勝ちたい意思が強ければ勝てる!」

 突然の精神論に一同呆然。知識を海を調べた答えとしてはあまりにも信用性が低い。

「…皆、甘く見ておらんか? これは今の世界だから有り得る画期的な対策じゃ! 形骸化した世界に破戒が作ったのは、不可能が無いという根底事実じゃ。要は、何でも出来る世界になったって事じゃ!」

 そう言われると想像力が捗る。

 最初に考えを披露したのはアリア。

「では、魔法が使えるようになるなんて事は…?」

「勿論なる!」

 アリアの顔が一気に明るくなる。想定しているのは、アニメに出てくる主人公。魔法を使って華麗に敵と戦う様は大人になっても忘れらない。そして、魔法が使えるならエラーを人間に出来ると希望を抱く。

「…カレーライスを作れる?」

「早速作って欲しいくらいじゃ」

 弓の密かに抱えていた夢は、戒の好物だったカレーライスを作る事。カレーライスを作っている時の楽しさをもう一度実感したかったが、材料が揃わない時分には叶わないと思っていた。

「飛行戦艦に人格性AIを付けて話せるように出来ますか? 私、運転する乗り物と話をしたかったんです」

「それは儂が作るとしようかの…」

 突然湧いた希望に、集まった面々は願いをたくさん思い浮かべる。世界崩壊のせいで諦めていた願いは、生きている実感、生きて行く強さ、生きて行く理由に繋がる。それこそが、ゼロノートのもう一つの狙い。

「そして、ここからが本題じゃ。今頭に浮かんだ夢や願いはそれ自体が力になる。自分達では自覚できなくても、確実に力として世界に蓄えられる。それが新たな概念存在を生み出すきっかけになる。今までは破戒の掌で作られた概念存在を探していた。しかしそれでは、破戒の目から逃れる事は出来ない。なかなか見つからなかったのはそのせいじゃ」

「概念存在を探しやすくなるって事かな?」

「そうじゃ。戒の強化がしやすくなり、アポカリプスの行使が近づくのじゃ」

 夢が叶うかもしれない上に、破戒と戦える力も手に入る良い事尽くしの話。不安が充満していた世界に初めて希望らしい希望が降臨した。だが、戒は疑心を隠せない。何か大事な事が抜けているような気がして喜べない。

「戒?」

 心配したシーリアが、戒の顔を覗き込む。

 戒は、シーリアの心配を払拭する為に笑顔を作る。その場は何も言わず拍手を送る。



 戒は、ゼロノートを外に連れ出し気になっていた事を尋ねた。

 戒が連れ出した事に誰も気が付いていない。降って湧いた希望に心配要素を気にする余裕がない。

「ゼロノート、今なら話してくれるよね?」

「…やっぱり気付いておったか」

 ゼロノートは言い辛そうに数歩彷徨って、意を決して重い口を開く。

「形骸化し不可能が可能になった世界。とは言え、破戒が全ての手綱を握っているのは今も動いていない。その世界で自由に行動する為には存在値を持つ戒が必要になる。存在値の影響力を盾に先に進まないといけない…」

「ハッキリ教えてくれないかな?」

「…戒の夢や希望は…代償に消える」

 戒は意外にも爽やかな顔。

 逆にゼロノートが死にそうに青ざめる。

「誰かの夢が一つ叶う度に、戒の夢が一つ代償に消える。誰かの希望が一つ成就する度に、戒の希望が永遠に成就しなくなる。もし、存在値が同等だったなら形骸化した世界に楔を打ち込んでも影響はない。しかし、実際は存在値があまりにもかけ離れている。破戒の存在値に対抗する為に、戒の存在値…存在を犠牲にしないと楔を打ち込めない…のじゃ」

 深刻な話を聞きながらも、戒は初めから知っていたかのように動揺しない。


「そんな事、許さない!」


 だが、シーリアは違う。

 ゼロノートの目の前に立って思いっきり平手打ち。

「おじい、見損なったよ。戒を犠牲にしないと世界を救えないの? 犠牲で成り立った平和を穏やかに生きられるの? 私は絶対に嫌! 戒を犠牲にするぐらいなら、平和なんて要らないッ!」

「シーリア…」

「私は夢を捨てる。戒を犠牲にする夢は破戒と同じ」

 強い意思で否定されてすっかり委縮するゼロノートだが、やはり言わなければならない事はある。

「儂もしっかり探したんじゃ。知識の海に何度も何度も潜ってようやくこれが見つかったんじゃ。リトルガーディアンシステムを世界に広められている状態では、常に介入されてしまう。何故か今はほとんど介入してこんが…」

「おじい、いつまで知識の海ばっかり信じるの? 知識の海は全て正解していた? 違うよね。ジートの事だって、デルタウィングの事だって、違う事があったよね? きっと知識の海も存在値の影響を受けているんだよ。存在値に左右されながらその時その時の情報を見せているだけ。決定的な本質と考えてしまったら、真の解決になんてならない!」

 シーリアは何としてでもこの計画を取り下げたかった。どんな手を使っても戒を守ろうと思っていた。戒自身の諦めから。

「シーリア、大丈夫。僕がちょっと夢と希望を無くせば平和がやってくるんだ。こんな良い話無いよ」

「戒は嫌じゃないの? 欲しいものが見えなくなって、欲しいと思う気持ちも無くなって…戒は戒らしく居られるの?」

「どうだろう? 実際その時が来ないと分からないよ。でも、もしそうなったら、僕の代わりにシーリアが夢と希望を持ち続けてくれないかな。僕が見られなくなったものを教えてくれないかな?」

 戒は、本心で語っていた。本心で犠牲を受け入れていた。自分が犠牲になる事に慣れ過ぎていて、命や存在自体が犠牲になるより軽く考えている。それよりも、皆が幸せになる方が良い。皆が夢に胸を膨らませている姿を見ているだけで、戒は幸せになれた。

「シーリアの夢は僕の夢。シーリアの希望は僕の希望。それで良いんだ」

 シーリアは、戒の目を見つめて囁く。

「私の夢は、人間になって戒の傍にずっと居る事。私の大好きな戒の傍に居る事。犠牲になった夢も希望も戒の一部だよ。無くなってしまったら…私は夢を叶えられない」


「俺も夢は要らない!」


 特訓中だった筈の謙二郎が現れる。

 ヘトヘトなガーランも一緒。

「拙者にも夢はあるでござるが、戒殿の犠牲を知ってしまったら夢じゃなくなるでござる」

 戒の周りに集まる意思は、戒の夢や希望を願っていた。戒の夢、希望が、彼らにとっての夢や希望の一部。犠牲にする事自体がゼロノートの作戦を成り立たなくしている。

「ゼロノート、気負うのは止めろ。気負ったせいで誰も望まない答えを出すのは本末転倒だ。そこに平和は無い」

 ゼロノートも戒を犠牲にしたいとは思っていない。しかし、それ以外に策が思いつかない。例え知識の海が状況に応じて変化するとしても、ほぼ確実と言うだけで信頼性は高い。戒を犠牲にしたくないだけで否定する事はしたくない。


「今、概念は生まれた」


 アポカリプスが、虚空から現れる。

 手には青い宝石が握られている。

「アポカリプス…どうしてここに?」

「覚醒した概念がこの場所を望んでいた。だから連れて来た」

 青い宝石を放ると、小さな小鳥に変化する。

「やっと存在化できたチュン」

 青い小鳥は、シーリアの肩にとまり頬に体を摺り寄せる。

「この子の夢は温かい。私の好みチュン」

 困惑を察して、アポカリプスが指を鳴らし青い小鳥に説明を促す。

 青い小鳥は、シーリアの肩に乗ったまま自己紹介と説明を始める。

「私の名前は、ウィッシュ。願いの概念チュン。皆の願いを叶える事で私は成長するチュン」

「願いの概念…」

 ゼロノートは膝から崩れ落ちる。知識の海に願いの概念が生まれる可能性は現れていなかった。何処を探しても願いを叶える術は戒の犠牲以外見つからなかった。形骸化していたのは根底だけじゃなかった。ゼロノートの考えも形骸化していた。いつしか知識の海を頑なに信じていた。

「ゼロノートよ。破戒がリトルガーディアンを使って人間を殺したのは、人間の亡骸に存在値を発生させる為。人間を機人に変える事で機人になって死を回避した事実とし人工的に存在値を定着させた。それは生きている人間にも言える。ナノマシンに与えられていた殺人命令は常に実行中。その中で生きている人間も死を回避した事となり存在値が発生している。ゼロノートと言う機人が心を手に入れた事も、知識の海を行使できるのも、全て存在値が成せる技。形骸化した世界ならそれくらい普通の事」

 アポカリプスの話がゼロノートに極大の閃きを齎す。

「そうか…そうじゃったのか。概念存在を生み出したのは、破戒だけじゃなかった。心ある者の叫びが概念存在を生み出していた!」

 何かを思いついたゼロノートは一目散に走り去る。

 突然の出来事に呆ける一同。

 アポカリプスもいつの間にか消えている。

「チュンチュン、ここは良い場所チュン」

 ウィッシュは帰らずシーリアの肩に留まる。



 ゼロノートは飛行戦艦に戻ると、早速ある事を試す。知識の海に潜り、一心に願う。すると、知識の海の中に潜水艦が現れる。

「存在値は儂にもあった。不可能を実現していたんじゃ…儂自身の硬い頭が…」

 潜水艦を駆使して、今まで潜れなかった深層にまで自由に突き進む。不明だった様々な事が判明。浅い知識で分かったつもりになっていたのも判明。潜れば潜るほど、自分が愚かだった事に気付き、潜れば潜るほど自分が何者か理解して行った。


「儂は…ゼロノート。知識の概念存在を内包する機人。白紙(ゼロノート)には無限の可能性がある」



 知識の海の深層にまで至ったゼロノートは、新たな作戦を披露した。今度はフランスに赴いて更に多くの人間と機人を対象にして。しかし、変更点は無く、新たな目標が追加されただけ。その目標とは、世界中の管理区に囚われている人間を解放し、穏やかで健全な夢や希望を見られる環境を提供する。夢や希望を願う存在を増やす事で負担がかかる部分を分散共有する。と、追加項目は戒の負担を軽減する事を念頭に置いていた。反対する者は現れない。ただ、機人に支配されている管理区の解放の難度、管理区の惨状の中で夢や希望が残っているのか疑問が呈された。賛同するか迷う一同を決断させたのは、ソフィー、ロジェ、アリスの言葉。


「たった一人の英雄に全部を任せて良いのか!」

「私達が、戒兄ちゃんを守ってあげよう」

「僕もヒーローになる! 皆を守るヒーローになって見せる!」


 それぞれの言葉で弱気な心を鼓舞。そして、守られているだけからの脱却を促す。いつの間にか安寧に身も心も浸りきっていた者達にしてみれば厳しい言葉。しかし、ロジェとアリスの姿を見ていると黙っていられない。プライドを擽る意味でもロジェとアリスの存在は大きかった。



 次の日。

 フランスの決めかねていた町の名が決まった。

「そ、ソフィー…これで良いのかな?」

「ここから世界を変えるんだ。このくらいの気概がないとダメさ!」

 街の入り口に掲げられていたのは、『英雄の街』の看板。そこに込められた意味は、一人一人が英雄、誰か一人に全てを委ねない。戒と一緒に戦う意志を街の名前にしたかった。

「カッコ良かったって、ロジェとアリスが言っていたよ」

「それは違う。カッコ良かったのはあの子達さ」

 あの言葉を提案したのはロジェとアリスだった。二人がソフィーに申し合わせし、皆が迷っていたら一緒に叫ぶ事にしていた。ソフィーは効果を評価していなかった為、実際の反響を見て誰よりも驚いた。

「戒、私にも夢がある。この街を幸せで楽しい街にしたい。あの子達が毎日笑っていられる街に…良いかい?」

「僕には夢を止める事は出来ないよ」

「大丈夫なのかい? ゼロノートはああ言っていたが、本当に負担は無いのかい?」

「一人一人の力は小さくても、たくさん集まれば大きな力になる。たった一人に犠牲を強いるのは、一人一人の力を蔑ろにする事と同じ…って言っていた。まるで僕に言われているような気がしたよ。犠牲になる事が一番、犠牲になって皆が救われればそれで良い。そう思っていたから…」

 戒の横にシーリアが居ないのは、ゼロノートを説教している為。戒に犠牲を押し付けようとした姿勢を正している。しかし、これは照れ隠しの方便。本当は自分にも夢を叶える力があるのか密かに聞いている。隠してはいるが、皆知っている。知っていて知らない振りをしている。

「犠牲が心地よかったのか…どんな日常を送っていたんだい?」

「引き籠りだった。仮面に全てを押し付けて嫌な事全部を黙って見ていた…だから、代わりに出来る事は何でもしようと考えていた」

 話を聞いていたソフィーは、戒の昔の姿を垣間見た気がした。話をしながらも表情を変えず別段嫌がる素振りも見せない。戒にとって過去は間違いなく心の障害。普通なら聞かれる事も話す事も辛くて躊躇う筈。躊躇わないのは、心の傷を忘れ去るほど苦境に慣れていた。

「さぁ来な」

 ソフィーは両手を広げて戒を呼ぶ。

 戒は、頬を赤くしながら体を寄せる。

「これからは私の事を母さんだと思いな。困った事は何でも相談に乗るし、助けが居る時はいつでも助ける。その代わり、犠牲なんかに安らぎを求めるのは止めな」

「…うん」

 近くに寄って来たロジェとアリスは、少し戸惑いながら負けずにソフィーの胸に飛び込む。戸惑いながらも、戒をまるで兄弟のように受け入れる。



 英雄の街から沢山の願いが溢れる。

 一人一人の願いが束になり、一人一人の存在値が影響し合い、街ではあり得ない現象が次々発生する。突然土地が肥沃になり、育たなかった野菜が次々元気に育つ。発表予定だった新作映画が映画館のラインナップに並ぶ。数体の機人が、人工皮膚を纏い、人間に酷似した内部機構に変化。見た目も中身も人間と遜色ない姿に。街が鮮やかになり、一人一人が生きている実感を自らの手で生み出していた。もはや不安を感じる者はいない。破戒に歪められた日常は自分達の手で取り戻す。

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