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デストラクションエラー  作者: 仕方舞う
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支配を覆す愚者の咆哮

 支配されていても愚者は諦めない。如何に不可能と思い知らされても諦める事を知らない。愚者は常識にとらわれない。愚者は己の犠牲を厭わない。愚者は如何なる力にも屈しない。支配者は最後に気付く。愚者には決して叶わない事を。

 イギリスとフランスの面々が一同に会し、支配に対する為の作戦を練る事にした。しかし、これぞという案は出てこない。支配の性質上、認知されてしまえばそれで終わり。近づこうにも近づけず、攻撃しようにも攻撃出来ず。戦力となる謙二郎とガーランのどっちも近接特化。近づく事が最低条件。現状は勝てないとしか言いようがない。ただ、この悲観するしかない状況でも戒は勝てると自信。その根拠として訴えたのは、存在値の高さ。サードはただの人間で存在値が低く、概念の力が圧倒的でも存在値を生かせれば勝てると言う。何処から仕入れた情報か定かではないが、他に案が無い以上その自信に賭けるしかない。だが、その存在値を生かす方法が思いつかない。意見を求めたが、存在値を初めて聞いた者の方が多く理解するのが精一杯。まずは存在値を生かす方法を探す事で一旦散開した。



 アイアンズキッチン。

 考え込む戒の横で、アリアが項垂れている。

「戒…」

 アリアが聞いてしまったのは、戒とシーリアが結婚の約束をしていた事実。聞いた瞬間から今に至るまでショックで気が動転している。せめてもの救いはまだ結婚していない事。少しでも隙があれば自分が割り込もうと考えている。だが、戒はシーリアを取り戻す事しか考えていない。隙を見つけるのは至難の業になりそう。

「アリア、何か無いかな?」

「奪う方法? いや、その…存在値を生かす方法ですね…私には…」

「ごめん。簡単には思いつかないよね」

 アリアの目に映るのは、戒であって戒でない誰か。そう感じるのも無理もない。アリアが知っているのは仮面の方で今の戒とは性格が違う。ショックは受けているのだが、別人と考えると若干和らぐ。

「戒殿。試す価値のある策を思いついたでござる」

 ガーランが連れて来たのはソフィー。

「概念の力があれば存在値を生かせると思うのでござる。したがって、戒殿に使える概念を用意すれば勝つ見込みが生まれる」

「そこで私の出番って訳」

 ソフィーは胸を叩いてアピール。

「もしかして、愛の概念を使うって事かな?」

「使えそうでござるか?」

 愛の概念で行えるのは、再生と復活。存在値が上回れば、支配された状態を回復、復活できる。使い方としては、ガーランと謙二郎の後方支援。二人が支配されないように力を行使すればいい。

「何とかなりそう。謙二郎とガーランに頑張ってもらう必要があるけど」

「その点は問題ないでござる。任せてくれッでござる」

「私も大丈夫。子ども達が戒兄ちゃんを助けてあげてって」

 打倒作戦が成立しても、戒の苦悩は終わらない。

「後は説得か…戦うより難しい」

「どうして説得が必要なのかしら?」

 アリアの質問は何故かシーリアに対する嫉妬でコーティングされている。

「絶対とは言えないけど、もし皆を隠されていたら自力で助け出すのは不可能に近い。サードは時間や空間を操れる。遠い過去や別次元に隠せてしまう…」

 説得となると途端に全員黙る。普通の相手なら心情に訴える事で応じてくれるかも知れないが、相手は王を自称する自尊心の塊。心情よりも利害を優先し、相手に譲歩するよりも死を選ぶ。いざその時になったら説き伏せる事が出来ず自害される事もあり得る。

「…お兄ちゃん、心配いらないかも…」

 弓はサンドイッチを各々の前に置きながら、思った事を口にする。

「シーリアさんはお兄ちゃんを癒してくれた。もしかしたら、サードの心も癒しているかも…」

 確証の無い言葉に、ガーランとソフィーは首を傾げる。

 だが、シーリアを知る謙二郎は納得する。

「癒しについては分からないが、説明のつかない力はある。シーリアの中に特別な何かを見たなら、魅入られる可能性は有りそうだ…」

 これもまた存在値同様、確証はないが他に思い当たる術がない。したがって、これ以上異を唱える必要性を感じない。代替案を用意している心的余裕もない。

「今回の作戦は完璧から程遠い。でも、負けるつもりはない。足りないモノは僕自身が捻り出す!」

 一抹の不安を抱えたまま支配に挑む事になった。



 翌日から作戦決行準備に入る。戒は、アポカリプスの知恵を借りて愛の概念の分割譲渡を実行。これによりソフィーから愛の概念が消えてもソフィーのままで居られるように。ガーランと謙二郎は、サード対策の為に模擬戦闘を繰り返す。最大のチャンスを生かせるように幾つものシュミレーションを何度も組み立てる。アリアと弓は、作戦準備中の食事と世話担当。実はこれが一番の肝。疲れ果てた体と精神を支える二人の活躍は誰もが感謝、お陰でストレスを溜める事無く万全の状態を維持できた。ただ、戒は日増しに疲労を蓄えていった。椅子に座ったまま瞼を閉じ、うなされながら冷や汗を流す。眠っている訳では無く、声を掛ければ疲れた声で反応する。何故うなされているのか、何故疲れ果てているのか、それを知るのは戒だけ。様子を見守るしかない。



 作戦決行前日の夜。

 翌日の作戦に備えて全員眠っている。ただ一人、戒だけは椅子に座ってうなされている。唸り声を押し殺し、暴れる体を強引に押さえつける。


「…育鯖戒」


 戒の背後に破戒が忍び寄る。幻影ではなく本人。

 目の前に迫っても戒は気付かない。

「何をしている? 何を苦しんでいる?」

 破戒が赤い玉を右手で掴み潰す。

 右手が業火に包まれる。

「無駄な事は止めろ。何をしても我には及ばない」

 業火の手で頭を掴む。

 だが、見えない力で弾かれる。

 弾かれた手から業火が消え、腕が千切れるほどの無数の傷が現れる。ナノマシンが直ぐに再生を図るが、直りが遅く床に血が滴る。

「…面白くなってきた。まさか、お前にも出来るとは…」

 破戒は不気味な笑みを残して姿を消す。

 床に残っていた血も消える。



 作戦決行日。

 万全な面々の奥で心配になるほど疲れている戒。作戦の要に期待して良いのか分からない状態に決行を遅らせる事を全員提案。だが、戒は今の感覚を失いたくないと決行に舵を切る。戒の疲労具合から一時は強引に止めさせる動きもあったが、頑なな戒の顔には疲労とは別に何か確信めいたモノを感じ渋々決行を承諾。



 サードの国。

 ロシア全土にまで広がり、迷路のような複雑な街並みと超えられない高い壁で侵入者対策。民家は壁と同等の高さで迷路の壁として利用。高い壁と合わさるように天には蓋がされ、街灯以外の照明がなく全体的に薄暗い。民家の中となれば真っ暗、人が過ごす事を考えていない。ガーランと謙二郎ならば壁を壊す事は容易いが、壁には支配の概念でコーティングがされていて戒が余計な力を使えない状況では困難。

「戒、大丈夫か?」

「うん…」

 謙二郎に気遣われる戒。

 全身から溢れる冷や汗でビショビショ。

「代謝ってちょっと大変だね。ナノマシンらしい方が今は楽だな」

「拙者は羨ましいでござる」

 和ませる為の方便であると同時に、人間に憧れているガーランには本当に欲しい機能。製作者のマイケルの意向が反映しているせいなのか、培った自己の精神がそう思わせるのかは本人でも不明。

 ガーランは戒の体を支え、迷路に立ち入る。

 戒は、愛の概念を行使。支配に対応する。

「さぁ行こう。シーリアが待っている…」

 愛の概念を行使すればエネルギーの消費が激しい。それを補うために、背負ったリュックから弓とアリアが作ったサンドイッチを取り出し、エネルギーが切れそうになるたび口に運ぶ。大量に持って来たが、迷路踏破まで保つか不明。



 迷路踏破の為に取った作戦は、王道の左手を壁に当てて進む方法。確かに最終的には踏破できるのだが、普通の迷路とは違いあまりにも広大。行ったり来たりを繰り返す方法になる為、時間がかかり過ぎてエネルギーが心配。次に目を付けたのは、この迷路の特徴。民家を壁として利用している為、入り口から入って裏口から出ればショートカット成功。だが、民家には罠が満載だった。飛び出す槍が仕掛けられていたり、床が抜けて激流の水路に落とされたり、何とか罠を抜けた先にはプロテクトの掛かった裏口が待っていたりと、一筋縄ではいかない。裏口は壁よりも支配の影響は薄く、僅かなエネルギーの捻出でも壊せる。だが、何度も繰り返せば壁を破壊する事と同じ。全てのショートカットを利用せず、要所要所で活用する必要がある。何よりも問題なのは、ゴールである城が見えない事。以前来た時の記憶で大体の位置は分かっていたが、迷路に入ってしばらくすると方向感覚が狂ってどの方向に城があるのか分からなくなってしまった。頼りになるのは、サードの性格。ショートカットで利用する民家の罠の複雑さや困難さを近づいている根拠に据えて敢えて選ぶようにした。



 迷路に挑んで10時間経過。

 ショートカットで利用する民家の罠が過酷になり、裏口のプロテクトも硬くなる。城は見えないが近づいていると考えるしかない。リュックに残っているサンドイッチは後20個。今までの消費を考えると、ショートカットは一回、掛けられる時間は30分ぐらい。ただこれは緩めの予想。戒の疲労は尋常ではなく、サンドイッチを節約しているとしか思えない。予想を超えてしまえば、即座に支配されてしまう可能性が高い。

 最後のショートカットを選ぶ為に、広場で一旦休憩している。候補に挙がっているのは、右の壁の普通の民家か、左の壁の壊れかけの民家か、正面の一際豪華な民家か。自尊心だけで考えれば正面の豪華な民家なのだが、罠と言う面で見れば敢えて左の壊れかけの民家、裏をかいているなら右の普通の民家。

 戒は、言葉を発する事すら辛そう。肩で荒い息を繰り返し、足を引き摺りながらやっとの事で歩いている。手にはサンドイッチを持ったままで減ったエネルギーに応じて少しずつ食べている。

「戒殿、拙者の背に乗るでござる。少しでも節約した方が…」

「それは出来ないよ。ガーランまでオーバーラップしてしまう」

「オーバーラップ…でござるか?」

「…うん…」

 質問に答える力が無い。

 ガーランと謙二郎は手助けできない悔しさを噛みしめる。戒が早く楽になるように民家選びに神経を傾けるが、幾ら考えても答えが出ない。それが更なる苛立ちを募らせる。

「謙二郎…拙者は正面と思うでござる」

「俺は、右」

 どちらも譲る気はなく、自己の判断を押し通そうと考えている。

 だが、戒の意見が二人の苛立ちを消し去る。

「僕は…下だと思う」

 予想外の答えに二人共怪訝な表情。

 戒は、地面に倒れて耳を押し当てる。

「水の流れがここだけ逆だ。多分、ここに道がある」

 ガーランが地面を砕くと、階段が現れ、その下にT時の水路が見える。水路がない方向には、舗装された綺麗な通路が伸びている。

「感服でござる。まさかこんな場所に答えがあったとは…」

「冷静さを欠いた俺達の弱さが出たな…」

 二人はガッチリ握手をして戒を労わりながら階段を下りる。



 舗装された通路を抜けると、眼前に城が現れる。国の変化に応じて壁と蓋の基点となり支えの役割を果たしている。豪華さは残しつつ、高さや広さを調節。以前よりやや質素になった印象を受ける。

「ようやく着いたな」

「…」

 戒はもう殆ど喋れない。

 歩く事に専念しながら、何かをブツブツ呟いている。薄っすら聞えるのは、「自分を保て」と「飲み込まれるな」の二言。聞いてくる二人には何の事かさっぱり分からない。

「謙二郎、拙者達の役割を全うするでござる!」

「ああ!」

 ガーランと謙二郎が前に出て、扉を開ける。

 戒が支配の概念を退けているが、城に入った瞬間、体の動きが鈍くなる。サードに近づいたため支配の威力が増している。

 戒は立ち止まったまま苦しそうに唸る。

「大丈夫か!」

「…」

 数秒すると、戒はゆっくり歩き始める。

 途端、ガーランと謙二郎の体は軽くなる。

「頑張れ、戒!」

 謙二郎は戒を心配しながら一撃の為に精神を落ち着ける。

 対してガーランは、戒を心配し続ける。



 玉座の間。

 やっとの事で辿り着いた戒は、何も言わず扉の前で腰を下ろす。ただただ荒い呼吸を繰り返し、一心に玉座を凝視している。謙二郎とガーランは素早く玉座の左右に分かれる。


「ようこそ、愚か者」


 玉座にはサードの姿。

 いつものように余裕満点の笑みを浮かべて見下している。

「お主がサードでござるか?」

「何故名を知っている? まぁいい。直ぐに支配して聞けばいい」

 サードの手の動きに合わせて空間が捻じれる。

 だが、ガーランと謙二郎は影響を受けない。

「行くぞ!」

 謙二郎とガーランの姿が消える。

 サードの背後に現われたガーランは、無数の斬撃で玉座を粉砕。サードは崩れる態勢を空間を歪める事で維持。自身の時間を一気に進めてガーランの背後に回り、変質させた床の一部を槍に変えて貫く。だが、ガーランの体は波紋と共に消える。間髪入れず、波紋を突っ切り謙二郎がサードの懐に踏み込む。

「断鏡翔ッ!」

 迷いのない最高の一撃が炸裂。

 サードの胸に深い傷が出来た事を確認した戒が、愛の概念で支配の力を異常因子として治療排除。そのお陰で傷は塞がらず血が流れ続ける。

「決まった!」

 技が決まって歓喜する謙二郎。

 いつの間にか謙二郎の傍に現われていたガーランも喜ぶ。

「これからが説得タイムでござるな」

 謙二郎の断鏡翔は命を絶たないように手加減してあった。血を流しながらもサードは健在。

「サード、シーリア達を返してもらおうか」

「…ククク、愚か者。運が悪かったな。今の私はこの程度では死なない」

 深い傷が一瞬で塞がり、何事も無かったかのようにガーランと謙二郎の肩を叩く。

 触れられたガーランと謙二郎は身動きが取れなくなる。

「…支配の概念が…復活?」

「違うでござる。戒殿では抑えられなくなったのでござる…」

 謙二郎は必死に目を動かして、戒の様子を見る。

 戒は、サンドイッチを掴んだまま倒れている。意識はあるようで、倒れた状態で何とか顔を上げると再びブツブツ呟く。

「負けてなお支配に挑むとは、底なしの愚か者だな」

 戒の下に瞬間移動したサードは、苦しむ戒を蹴り飛ばす。

「ゴミよりも醜悪。それで誰かを守れると思ったのか?」

 床を変質させて体を串刺しにする。

「愚か者にはシーリアは返せない。私が永遠に傍に置いてやろう」

 空間を捻じって体を両断。

 戒は剥き出しになった統率機を引き摺り、ブツブツ呟きながら必死に逃げる。

「気持ち悪い。早く死んだらどうだ?」

 戒を踏み潰し、統率機を引っ張り出す。

「これで終わりだ」

 サードの手の中で統率機が崩れていく。

 見ている事しか出来なかった謙二郎は、心の中で絶叫。目を見開き、動かない口を強引に抉じ開ける。

「戒ーーーーー!」

 ガーランは瞼を閉じて無心になり、剣に力を籠める。一瞬支配を超えて動くが、直ぐに剣を落としてしまう。反動で帰って来た支配の力で腕が千切れる。

「無力…これほど悔しい思いを…無念」

 統率機が崩れ、戒を模っていたナノマシンが霧散する。苦しみや悲しみを訴える事無く、敗北を粛々と決定づける。

 筈だった…。


「ウオオオオオオオオオーーーーーーーーー!」


 響き渡る絶叫の中、統率機が再生していく。

「何が起きた? 統率機が壊れれば終わりの筈…」

 サードは空間を歪めて統率機を破壊する。

 だが、直ぐに元に戻る。


「俺の夢は、お前に託す…」


 統率機の横に、野球帽を被った戒が現れる。


「未来の教え子の為に…」


 今度は、教師姿の戒が現れる。


「約束だよ。僕の欲しかったモノぜ~んぶ買ってね」


 プラモデルを握った戒が泣きながら笑う。


 三人の戒が統率機の中に消えていく。

 散らばったナノマシンが戻り、戒が体が元に戻る。

「復活したか。では、また殺してやろう!」

 裂けた空間から無数の槍が襲い掛かる。

 だが、戒の体を避けて床に突き刺さる。

「失った想いが一つに重なる…叶わない夢を託すために」

 戒が腕を振ると、サードの体が空間に飲み込まれる。その状態で空間が元に戻り、サードは絶対に動けない状態に陥る。支配の概念を行使してもその状態はどうにもならない。

「サード、君は多くの人間を犠牲にした。犠牲にして存在値を増やした。そうだね?」

「…他に方法は無かった」

「願いを奪った罪は重い。残念だけど…許せない!」

 戒がサードに触れると、空間に飲まれた部分が切り離される。

「があああ…」

 床に転がり、這いながら支配の概念を行使する。だが、再生は行われない。支配の概念を失った訳では無い。効果が発生しない。失った部分がこの世界に存在していない事になり、再生も創造も一切意味が無い。戒が行ったのは変質した世界の修復。別次元に落ちていた半身は世界の修正に伴い切り離された。別次元のモノはこの世界にとっては異物と判断される。

「僕も犠牲にした。何人もの自分を…だから、犠牲にした自分達の為に生きる。生きて欲しかったモノを代わりに手に入れる。それが僕に出来る償い。君が二度と出来ない償い」

 戒は愛の概念を行使。

 サードの体が元に戻る。その代わり、尋常ではない激痛が接合部から全身に広がる。再生された体は戒が概念の性質を借りて作った偽物。神経や血管、細胞に至るまで僅かに符合していない。

「…ぐううう…これが存在値の差か…」

 王としての権威を守る為、そして、心を寄せてしまったシーリアを渡さない為、サードは国民を犠牲にした。詫びる気持ちは無い。ただ、自分にとって必要なモノを守りたかった。犠牲にするだけの理由なのか、そう問われてもこれだけは自信が持てない。だから負けたくなかった。負けてしまえば犠牲にした事全てが、守りたかったモノの全てが、愚かな過ちでしかなくなる。

 サードは、時間と空間を支配。多次元から無数の銃を呼び寄せる。

「例え劣っていても、世界は私の物…誰にも渡さない…」

 合図と共に銃声が鳴り響く。

 だが、全ての銃弾が床に落下。

「…悲しい願いだ」

 戒は大規模な再生を行う。

 サードの国が崩壊し、代わりに失われた筈のロシアの町が復活していく。基になっているのはサードの国の犠牲になった全て。サードが守りたかったモノの一部が消えていく。

「止めろ…私の王国が…」

 サードは切り札に残していた過ちの概念(エラー)を行使。しかし、行使した瞬間、エラーが体から飛び出し戒の下に戻っていく。

(残念だが、お前には俺を支配できない)

 エラーを失い、サードから勝てる要素は無くなった。

 苦笑しながら、両手を上げる。

「私の負けだ」

 自尊心を捨て去った顔に悔しさは一切ない。代わりに芽生えていたのは、自分でも理解出来ない安らぎ、体の激痛を忘れてしまいそうな解放感。サードは人間故に苦しんでいた。強大すぎる概念に振り回され、いつしか支配する事が自分の願いだと錯覚させられていた。

 サードが胸を叩くと、玉座の横に空間の亀裂が現れる。

「その先にシーリアが待っている。早く迎えに…」

「待ってくれ」

 戒は扉を背に仁王立ち。

「いつまで隠れているつもりかな? 出てこないなら…」

 戒の背中から歪な黒い翼が現れ、エラーの力で目の前の空間を歪める。

 すると、青に光を纏ったディスペアが逃げるように出てくる。

「バレてましたか…残念」

 ディスペアの出現で、サードの額に汗が滲む。

「シーリアを奪いに来たのか?」

「はい、そのつもりでした。でしたが…どうやら不可能のようですね」

 ディスペアは、何もせず扉から出て行く。

 謙二郎とガーランは急いで後を追う。だが、扉の外にはディスペアの姿は既に無かった。廊下を走る音や気配もすっかり消え痕跡を追う事も不可能。

「凄い逃げ足でござる…」

「ガーラン、これは違う。逃げてくれた…」

 謙二郎が通路を蹴ると、目の前の景色が大きくズレる。超巨大な刃で両断されたように城が切り落とされていた。

「…剣の道は面白いでござる。極めたつもりでも、まだ見ぬ技がある…」

 恐怖する謙二郎とは裏腹に、ガーランは嬉しそうにニヤニヤする。待ち望んでいた標的が現れて、戦いを欲する感情が表に出てきてしまった。今のガーランは、謙二郎と同じ修練者。ディスペアを倒す為の特訓を早くしたい。



 ディスペアの気配が消え、戒は空間の亀裂に入っていく。

 目の前に広がるのは、綺麗な花が咲きほこる美しい平原。照りつける太陽の光は花々に活力を与え、吹き抜ける風は優しい香りを世界に伝える。

「戒!」

 遠くからシーリアが走ってくる。

 大声で泣きながら一心に戒の胸に飛び込む。

「待ってた…絶対来てくれるって信じてた…」

「ごめん。遅くなったね」

 会えた嬉しさを噛みしめる。如何に必要な存在か認識しながら傍に居る事を喜ぶ。だが幸せオーラの弊害で、ゼロノートと風は声を掛けられない。二人もようやく解放された喜びを伝えたいが、二人の空気を邪魔する無粋な真似はしたくない。二人の気が済むまで待つ事にする。

「戒…?」

 幸せオーラは突如消え、シーリアの表情が曇る。

 異変を察知したゼロノートが近づく。

「どうしたんじゃ?」

「…息していない…」

 ゼロノートが戒の口に耳を当てて確認する。シーリアが言うように息をしていない。だが、息をしていない割には血色が良い。そもそもナノマシンの体、息をしないのが普通で息をしていた戒が異常。ゼロノートには異常事態に思えない。

「戒の体はナノマシンじゃ。息をしなくても問題はない」

「おじい、そうじゃない。大事なのは戒が人間を選んでいた事。ナノマシンとしてではなく、人間として生きていた。だから呼吸もするし、食事もする。ナノマシンの体は無事でも、人としての精神が…」

 ゼロノートは何度も戒を揺さぶり名を呼ぶ。だが、瞼を閉じたまま全く応じない、笑顔のまま何の変化もない。風も駆けつけて左手で心臓マッサージをするが、機能不全の統率機のせいでナノマシンが散らばるだけ。


「落ち着け。俺が死なせる訳がないだろ」


 瞼を開いた戒が何事も無く心配する面々を抱き寄せる。散らばっていたナノマシンもしっかり体を維持している。

「戒は幸せなようだな。安心した」

「エラー?」

「流石シーリア、一発だな」

 戒の体を動かしていたのはエラー。精神が死と同等の状態にあっても、概念存在であるエラーならば問題ない。今は同一人物ではないのだから。

「戒は並列世界の自分に引っ張られている。本人達にその気は無いが、死を受け入れている奴らにしてみれば、役割を終えたら死に戻るのは当然だ。1時間経てば起きる。それまで辛抱しろ」

 戒が取り込んだ並列世界の自分は、戒が世界を移動する度に融合した自分。無自覚の死を受け入れられずに精神だけが漂っていた。それを説得して残っている存在を譲り受け自身の存在値を高める事に成功。だが、譲り受けた存在が戒と完全に融合する際、最後に残った精神は死をようやく実感し実行。そのせいで戒は死を体現するしかなかった。

「世界に影響を与える事を是認すれば良かったのに…全く、いい加減自分を大事にして欲しいぜ」

「世界に影響? どういう事じゃ?」

 喰いついたのはゼロノート。執拗に迫ってエラーを困らせる。

「後で話してやるから、今は時間をくれ! 体を使えるうちにちょっと用事を済ませたい」



 エラーが足早に向かったのはアイアンズキッチン。

 カウンターで項垂れるアリアの横に座る。

「よぉ、久し振りだな」

「…戒? 今日は随分…言葉遣いが?」

 何かに気付いたアリアは、戒の顔を覗き込む。感じていた違和感が消え、見知った笑顔が戻っている。暴力者の一面から覗かせる不器用な優しさ。

「私の知っている戒…ですか?」

「だから久し振りって言っただろ。お嬢様ってのは人の話を聞かないのか?」

 アリアは、懐かしい言葉遣いに苦笑。戒が元に戻ったとは考えず、項垂れている自分を気を遣っているのだと思っている。

「ありがとう。でも、大丈夫。もう忘れる事にしました。戒はシーリアを幸せにしてあげて…私に気を遣わず…」

 項垂れている間、アリアはずっと想いを断ち切る為に戦っていた。だけど、大切にしてきた想いを簡単には捨てられない。言葉では祝福しても心では泣いている。

「勘違いしてないか? お前の知っている俺は、もう育鯖戒じゃない。エラーって言う概念存在になったんだ。だからこれからはエラーって呼んでくれ」

「エラー? 何だか変ですね。人じゃないみたいで…」

 戒達が話している内容からその存在は知っていた。しかし、アリアにとっては嬉しくない事実。もし自分が好きになったのがエラーだとするなら、もう二度と普通の関係は築けない。誰かの体を介してしか会う事が出来ず、愛を伝えてもエラーには抱きしめてもらえない。

 知ってか知らずか、エラーはアリアを抱きしめる。

「人ってのは面白いよな。こんなちっぽけな温もりで穏やかになれる。人じゃなくなって実感するとは思わなかった」

 抱きしめられていると自然に涙が流れる。封じ込めようとしていた想いが溢れてくる。

「優しくしないで! 抱きしめてくれた体は私を愛してくれない! どうして人じゃなくなったのですか? 戒のままでは…」

「あいつはずっと俺の為に苦しんでいた。今度は俺の番だったんだ」

 悲しくて悲しくて堪らない。抱きしめられている喜びは虚ろな夢。幾ら求めても愛した人の胸で笑う事が出来ない。

「アリア、俺と契約してくれ。いつか願いを叶える為の力になってくれ」

「…願い?」

「俺の人間への拘りは喧嘩だけだった。でも今は、違う拘りができた。俺も戒みたいに誰かの温もりを感じたい。俺だけの温もりが欲しい」

 アリアの心に希望の光が灯る。手に入らないと思っていたモノが近づいてくる。悲しみは消し飛び、湧き起るのは勇気。

「契約してくれるか? 理の崩れた世界には不可能なんてものは無い。新たな体と新たな存在、アリアの手で作ってくれ! 俺の夢の為に!」

「…だったら、先ずは名前を考えないといけませんね」

 断る理由なんて存在しない。愛する者の手を取るのに迷う必要なんて何処にもない。今必要なのは、欲しくて堪らなかったモノを諦めずに探し求める事、差し伸べられた希望を見失わない事。支える力はもう心にある。

「カッコいい名前を頼むぜ」

 薄っすら意識を取り戻していた戒は、心の中でエラーに「おめでとう」と囁く。

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