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デストラクションエラー  作者: 仕方舞う
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違えた道

 願ったモノは同じだった。だが、感情の暴走が道を違えてしまう。そして、違えた道は異なったモノを欲する。本来の自分が求めていたモノとは違うと気付けない状態に陥る。いつか気付く日が来るのだろうか、暴走した感情で、間違いを正しいと思ったままで。

 久し振りの東京を眼下に、謙二郎と戒はアーセオン家に向かっていた。東京管理区が近づいてくると自然に速度が落ちる。頭に過るのは飛び出した時の光景。主に謙二郎の要因で飛び出したのだが、今となっては踏み止まる選択肢もあったように思える。しっかり話し合って誤解を解く努力をすれば、袂を分かつ必要もなったかもしれない。しかし、飛び出して手に入れたモノを考えると失敗だったとは言えない。飛び出さなければ、今頃会えていなかったかもしれない。



 とうとう着いてしまったアーセオン家。立派な外観を眺めながら気まずさが口から飛び出しそう。

「謙二郎…覚悟しよう」

「…ああ」

 扉に手を掛ける謙二郎だが、なかなか開ける事が出来ない。放り出した父の顔が過って力が入らない。

 戒が謙二郎の肩をそっと叩き、代わりに扉を開ける。

「…皆」

 屋敷の中は静まり返っていた。人の気配はあるにはあるのだが、ギリギリ生きている程度しか感じない。生命に危機が迫っているのか、気配を感じないくらい精神が削られているのか。どちらにしても放置できる状態ではない。

 戒は、真っ先に菜園に向かう。妹の弓が兄としては一番心配。

「弓…?」

 菜園の野菜は全部枯れている。枯れたのは最近ではないのか、枯れた野菜は乾燥していて触れただけでボロボロに崩れる。土もカラカラに乾燥しているのだが、乾燥の仕方が異常。近くの如雨露で水をやってみるが、幾らかけても全く潤いが戻らない。

「弓、弓ーーーッ!」

 戒が必死に叫んでも帰ってくる声は無し、声に反応して現れる存在も無し。

「戒!」

 冷や汗を滲ませ、謙二郎が現れる。

 汚れた布切れを握っている。

「屋敷内に衣服と思しき布が落ちている。しかも、あちらこちらに…」

 布からは微か過ぎて感覚的にしか伝わってこない人の温もり。人の服の成れの果てだと察するのには十分。

「謙二郎、人の姿はあったか?」

「何処にもない」

 焦った戒は、屋敷中を隈なく調べた。だが、人の姿は無い。代わりに見つかるのは服の成れの果てだけ。最後に訪れた研究所は、機械がバラバラに壊れていて長い間放置されていたのが窺える。研究に行き詰って試行錯誤した跡、そして戒に対する怒りや憎しみが綴られたメモ。唯一見つかった手がかりは、レコードマーカーの資料。手がかりになりそうな項目は、存在値の獲得法について。「存在値を上昇させる為には他の存在から吸収するしかない。より吸収効率が良いのは人間。人間を糧にする事でレコードマーカーは真の領域に達する」と、人間をレコードマーカーの餌にする旨が書かれている。近辺で大量の人間を調達できるのは東京管理区。そこに何かあるのは間違いない。



 東京管理区。

 目の前に広がるのは廃墟に成り果てた光景。崩壊した建物には不自然に牢屋が埋まっていて、中には人の血と共に衣服が抜け殻のように落ちている。どの牢屋も同じ状態。一応建物の体裁は保っているが、中に入るのは困難。その最大の原因は崩壊ではなく、異空間に通じる亀裂が施設の半分を飲み込んでいる。

「レコードマーカー…一体何なんだ? ナノマシンのようだけど、僕が知っているナノマシンではない」

 戒は異常性解決の足しになるように、持って来た資料に目を通す。



 受けた攻撃に印を付け自己研究し、その攻撃が二度と通じないように自己進化する。レコードマーカーの存在値を上げる事で、攻撃以外の状況にも自己研究、自己進化が適用されるようになり、理を超える事象にも対応できるようになる。存在値が一定値以上になると世界への影響が顕在化し、存在しないモノを生み出す事が出来るようになる。レコードマーカー移植による人体実験1、存在値100。人間の根底を変化させ、食料が必要な体から脱却。人体実験2、存在値250。世界の理を歪め、多次元世界への干渉が可能に。人体実験3、存在値1000。物質限界を超え、無の空間から生命を生み出す。人体実験4、存在値…。実験4は意図的に白紙になっている。書けなかった、書きたくなかったではなく、書かなかった。理由は突如記載された文章。



「戒、この資料を読む事は分かっています。知りたい事が何なのかよく分かります。ですがもう少し待ってください。この先は実際に会ってからにしましょう」


 戒の背後から聞こえる声。

 読んでいた文章と全く同じ内容。

「…ジート…僕が居ない間に何をした?」

 振り返った先には、宙に浮くジートの姿。全身が光の粒子に包まれ、時折発生する空間の亀裂に体が透ける。指先をリズムよく動かすと、戒の周囲が異質な空間に変貌する。

「新たに生まれた力を成長させていました。どうですか? 次元にまで干渉できる力は?」

「…そんな事はどうでもいいよ。弓、アリア、親父さん…皆は?」

 戒とジートの邂逅に気付いた謙二郎は、ジートに気付かれないように瓦礫の影で剣を構えてスタンバイ。隙が生まれたら一気に断鏡翔を放つつもり。手にするのは木刀ではなく、光の剣。推進力は光の速度。威力はウェポンバーストの時とは比にならない。

「私の中で皆生きています。弓とアリアだけは逃げられてしまいましたが…」

 山路の名前が出なかった事で謙二郎に動揺が生まれる。この状態では、断鏡翔は使えない。

「ジートの中? 元に戻れる?」

「そんな必要はありません。私の中に居れば永遠に幸せ。苦痛満ちる世界に戻る事は望まないでしょう」

 戒の中で怒りが膨れていく。

 だが、今は抑える。怒りのままに動けば全てが台無しになる。

「弓とアリアの居場所は?」

「恐らく、近くにいるでしょう。弱々しいですがちゃんと生きているようですね」

 ジートに頼む筈だった本題は口に出さない。断られる以前に頼みたくない。異質な存在に至ってしまったジートの精神に何一つ許せる所が無い。もし、怒りを爆発させて良いのならとっくに殴っている。

「本題は聞かないのですか? 支配の概念の敗退して助け借りに来たのでしょう?」

 心を見透かされたと一瞬感じたが、質問の内容に怒りの要素が入っていない。今のジートなら怒っている戒の心情を利用して訴えかけていた筈。とするなら、ジートが事実を知った方法は、実際見ていたか、予知していたか。

「存在値は今どの位?」

「…成程、私の知っている戒では無さそうですね。怒りを内包しつつ冷静に事態を探っている。より良い結果が何処にあるのか…無駄な事ですが」

 ジートの背後の空間がロシアに繋がる。

 見えるのは玉座に座る支配の概念保持者。

「彼の名は、サード。支配の概念は非常に強いですが、私ならば問題なく勝つ事が出来るでしょう。サードの存在値はたったの52。私の存在値は2361。世界への影響力が違い過ぎて話になりません」

「何故、存在値が勝敗に関係する?」

「一度教えた筈ですが…まぁ良いでしょう。存在値は、世界に存在できる可能性の値。であると同時に、世界に影響を与える値。高ければ高い程、所持している力への影響力が違う。支配という強力無比な力ですが、それを成立させる存在値が低くて影響範囲が狭い。存在値の高いレコードマーカーの効果が優先されて、何も出来ないまま終わりになります」

 戒を見下すように解説するジート。以前の面影は形を潜め、今は何よりも恐ろしい悪意の塊に見える。それが元々の性質なのか、戒が居なくなったせいか、レコードマーカーのせいか。現時点では分からない。分かる為の思考が怒りで止まっている。

「…ありがとう。お陰でよく分かったよ」

 戒はジートから目を背け、異質空間を飛び越えて去って行く。

「もう帰るのですか? 残念です。もし宜しければ、私が新しい仲間を助けてあげましょうか?」

 立ち止まる戒は、振り向く事無く応える。

「…必要ないよ。ジートはもう…友ではないから」

 戒の決別の言葉に、ジートは大声で笑う。

 一頻り笑うと、異質空間に消えていく。



 戒と謙二郎は、弓とアリアの姿を隈なく探した。直感鋭く、僅かな動きを見逃さず。謙二郎は上空から全体的に捜索、戒は屋敷から足取りを予想して辿ってみる。東京管理区とアーセオン家の屋敷には姿を隠せる場所が無く、身を隠せそうなのは食料庫。だが、ジートが人間を贄に考えていたのなら食料庫は真っ先に目当てになっていた筈。そう考えて行動範囲をひたすら外に向けてみる。二人の足で辿り着ける最大距離を暫定設定し、屋敷を中心にしてコンパスのように円を描く。円を形成するラインを重点的に探すと、屋敷の北100㎞の地点に大きな岩石があるのを発見。戒が急行すると、岩石の影に弓とアリアの姿があった。ボロボロの服で手には保存用のお菓子が握られていた。助けに来た戒の顔を見るなり、二人は抱きつき精一杯の力で泣いた。言いたい事が山ほどあったが、溢れる感情の波に全部流されてしまう。



 アイアンズキッチン。

 弓とアリアを背に乗せ、謙二郎は師匠の下に戻る事になった。特訓が終わったその日に戻る事になるとは全く考えていなかったため何だか恥ずかしい。だが、ガーランはそれ以上。カウンターでいびきを掻いていた姿を見られて師匠のメンツ丸潰れ。謙二郎は全くそう思っていないが、ガーランは無かった事にしようと必死に取り繕う。誤魔化す為に使ったのは、弓とアリア。謙二郎と恋仲なのかと聞いたり、美味しい料理を提供すると言ったり、謙二郎の記憶を掻き消す事で必死。一通り落ち着くと、姿の見えない戒の事に話が及ぶ。



「どういう事でござる!」

「だから、俺にも分からない! 弓とアリアが抱きついていると思ったら、急に苦しみだして…消えた」

 弓とアリアが抱きついた後、戒は頭を抱えて苦しみだし「無数の自分が…」と言葉を詰まらせながら消えていった。戒が消えたのはアポカリプスを使った時以来。だが、あの時とは明らかに違う。概念の消失も無く、戒が居た事を忘れていない。この時点で戒がアポカリプスを使っていないのは明白。こうなると、消えてしまった理由が全く分からない。

「お兄ちゃん…折角会えたのに…」

「…泣いていたせいで謝れなかった」

 見ているだけで辛くなるほど、弓とアリアは憔悴している。消えてしまった事も自分達のせいだと思おうとしている。そうしないと精神を保つ事が出来ない。

「悲しんだら戒殿が悲しむでござる。そういう人でござろう?」

 ガーランの指摘に二人は顔を上げる。

 だが、今度は滝のように涙が溢れてくる。

「謙二郎、こんな時はどうしたらいいのでござる?」

「そっとしておくんだ。たくさん泣いた方が気持ちを切り替えやすい」

 人の道においては謙二郎が師。ガーランはカウンターの奥からマスター直伝のサンドイッチを持ってくる。そして、二人の前に何も言わず置く。

 すると、二人は匂いに釣られて自然に手が伸び、食欲が赴くまま口に運ぶ。

「美味しい…」

 泣きながらサンドイッチを貪る。体験した様々な苦痛苦悩でも食欲を抑える事は出来ない。

 それを見た謙二郎とガーランは少し安心する。



 ロシア。

 サードにとって作られた町は拡大を続けていた。小さな町が大都市になり国に至る。国民の数は然程多くなく、国と呼べるほど大きくする必要はない。サードにとって大事なのは国民の生活ではなく、王としての見栄であり、王としての権威の象徴。国を大きくする事で如何に強大な王か知らしめ、敵となる存在を牽制している。

「マスター…何故我々が手を差し出さねばならないのでしょうか?」

「利用できるモノは何でも利用する。その為に必要なら已む得まい」

 サードの国に早速に訪れた敵は、破戒とその将。入り口の看板「サード王国」を見て失笑。

 破戒は、ナノマシンを纏った形態ではなく、元の人間の姿。その代わりに赤、青、緑、白、黒、透明の六つの玉が周囲を浮遊している。

 随行している将は、金髪の青年のような機人。右腰に小刀を差し、左腕に漆黒の手甲、額に小さな紋章。それ以外はラフな格好で何も言われなければ人間にしか見えない。

「ディスペア、今日の目的は滅ぼす事ではない。忘れるな」

「勿論理解しています。ですが…本当に利用価値があるのでしょうか? 僕にはどうにも理解出来ないです」

 ディスペアは、看板を指さしながら笑っている。

「どんなに小さな歯車でも機械を動かす為には必要」

 破戒は、黒い玉を掴み額に当てる。

 黒い玉が額に吸い込まれると、全身から黒いオーラが放たれる。オーラは破戒とディスペアを包み込む。



 玉座に腰掛けるサードは、訪れた破戒に気付いていて笑いが止まらない。サードが国を拡大するのは何も見栄や権威の誇示だけが目的ではなく、破戒を誘き寄せる目的も隠し持っていた。自身が持つ支配の概念が最強だと確信した上で、破戒の持つ力を手に入れようと思った。その力を元手に一国の王ではなく、世界の王になろうと考えている。

「支配されているとも知らず意気揚々と入って来た。やはり愚かなようだ」

 近づいてくる破戒の気配を感じる度、我慢できず笑い声が漏れる。

 支配の概念を展開し扉の先に迫る破戒に備える。入ってきた瞬間主導権を握り、戒の時のように有無も言わせず力を奪うつもり。


「…滑稽な王。望み通り推参した」


 扉を開けて入る破戒。

 サードはその瞬間を逃さず、支配の概念を行使。

「ようこそ、世界の支配者。愚かな行動に感謝する」

 支配の概念で破戒は動きを止める。微動だにせず、ただただ無言で立ち尽くす。しかし、背後に控えるディスペアは扉の外で笑いを堪えるのに必死。

「…そこの愚か者! 何がおかしい」

「支配の概念に同情です。使い手がこれでは報われない、そう思いまして…」

 支配の概念を扉の先にまで拡大。

 しかし、ディスペアの笑いを止められない。

「効かない…? いや、そんな筈は無い!」

 怒りの感情を抑えず、支配の概念をより強く行使。

「マスター、そろそろ分からせても良いのでは?」

「…残念だが、そのようだな」

 止まっていた破戒がゆっくり玉座に迫っていく。

 サードが空間を捻じ曲げても、時間を停止しても、全く意に介せず突き進んでくる。行使すればするほど自尊心は失われ、行使すればするほど支配への自信は損なわれる。破戒はそれを知ってか、嘲笑うように敢えて焦らすようにゆっくり近づく。

「嘘だ…支配が通じない相手が居るなど…信じられない…」

「信じなくても良い。お前はただ我に恐れ慄けばいい」

 サードは渾身の力を込めて支配の概念を行使。その威力で破戒を取り巻く空間が激しく破損。玉座の間を彩っていた装飾品が飲み込まれていく。だがそれでも、破戒の歩みに影響を与えられない。

 そして、遂にサードの眼前に破戒が到達。

「我の命令はただ一つ、傍に置いているシーリアという女を寄こせ。それが唯一生き残れる術だ」

「…何故あの女を望む? あれはただの機械、機人の群れを統べる者が興味を持つとは思えない」

「お前も実感している筈だ。支配出来ない異質性に」

 サードはシーリアに手を焼いていた。どんなに支配しようと目論んでも、一切の余地なく撥ねつけられる。支配の概念が無ければただの人間、純粋な力で説き伏せる事は不可。かと言って言葉で支配を試みてもシーリアの心を折れる言葉を持っていない。頑固で一途なシーリアに甘い言葉も誘惑も全く通じない。サードが持つ全ての攻撃手段を講じても倒せない一人になってしまった。だが、そこにサードは淡い感情を抱いてしまった。自分でも理解出来ない。理解できない内に誰にも渡さないように誰の手も届かない場所に隠した。ゼロノートと風も一緒に。

「欲しければ奪ってみたらどうだ?」

「…出来ない事を知っているのか。厄介な交渉になったようだ」

 サードが隠したのは、支配の概念を最大限に駆使した不可視領域。見る事も知る事も出来ないサードだけの空間。それは破戒であっても同じ。

「出来ないなら帰ったらどうだ? 因みに、私を殺せば永遠に手にする事は出来ない」

 シーリアを手に入れる事を考えなければ、サードを殺す事は容易い。しかし、シーリアこそが最大の目的。見失っては元も子もない。

 破戒は、初めて悔しさを滲ませる。

「…良いだろう、今日は帰る。だが、次に来た時には如何なる手を講じても奪わせてもらう。お前の命ごと」

 去って行く破戒は、苛立ちをぶつけるように城の大半を破壊する。

 風通しの良くなった玉座で、サードは激しい焦りに動悸が止まらない。

「何とかしなければ…奪われる」



 瞼が閉じられた真っ暗な空間。

 戒の体は漂うように浮かんでいる。その実感だけが伝わってくる。確認する為に瞼を開こうとするが、強力な力で押さえられていて開かない。


「…私は、成りたかった…」


 響く声は自分の声。

 しかし、声のトーンが違う。まるで性格が違う他人の印象。


「…僕の無くしたものを…返して…」


 先程と違う自分の声。

 失った悲しみに泣きだしそう。


「夢は失われた…自分によって…」


 共通しているのは、自分の声である事と、自分とは違う考えを持っている事、そして、何かを失って悲しんでいる事。


「…何で…僕は悲しんでいるんだ。僕は…何を失った?」


 戒の頭に過るのはシーリアの笑顔。しかし、まだ諦めていない。取り返せる術を失った訳じゃない。悲観するほど追い詰められていない。次に浮かんだのはジート。友情は崩壊したが、これもまだ諦めていない。怒りを感じながらもいつか元に戻れると思っている。戒が想像する全ては、未だ諦めていない事ばかり。聞こえてくる悲しみの叫びが自分のモノとは思えない。


「君は何も失っていない。まだ、取り戻せる」


 閉じられた瞼が強引に開かれる。

 目に映るのは、様々な光景と様々な自分。ある自分は講堂で多くの生徒の前で講義をしている。ある自分は沢山のプラモデルに囲まれて幸せそう。ある自分はリングの上でガッツポーズ。ある自分は見知らぬ誰かと幸せそうに食卓を囲んでいる。見渡す限りに違う道を歩んだ自分が居る。

 目の前に半身だけの自分が現れる。

「君はこれだけの自分を取り込み消した。自分の意志ではなかったかもしれない。でも、事実は変わらない。今の君は多くの可能性を犠牲にして生きている。だから…だからこそ、失われた可能性の為に全てを手に入れなければならない。失われた自分達が満足出来るように」

 半身だけの自分は、戒に何かを握らせる。

「これは、僕達が君に託す願いだ。諦めていない全てを取り戻す為に委ねるよ」

「僕が憎くないのかい?」

「同じになる。未来の君が僕達にした事と…だから、負けない。弱い自分に…甘い誘惑に…」

 眩い光が充満し、戒は瞼を閉じる。



 瞼を開くと、そこは見覚えのあるベッドの上。


「まだ寝ているかな?」

「…お兄ちゃん、ダメだよ。きっとすごく疲れているんだよ」


 聞き覚えのある声は、ベッド脇に近づき戒を覗き込む。

「ロジェ…アリス…」

 覗き込む二人の顔を見て、戒はか細い声で名前を呼ぶ。

 驚いた二人は叫びながら去って行く。

 二人に引っ張られて現れたのは、ソフィー。

「戒、大丈夫かい? 街の外で倒れていたから心配したよ」

「ソフィー…僕はどのくらい寝ていたのかな?」

「3日間さ。何があったんだい?」

「…自分達と会っていた」

 戒の意味不明な言葉に、ソフィーは重症と判断。慌てて治療を開始する。戒が大丈夫だと何度言っても聞かず、半ば強引に実行。戒は恥ずかしさと嬉しさで生きている実感と失ってはいけない大切なモノをしっかり頭に刻む。


「絶対に…取り戻す…」


 戒の左手に紋章が浮かび上がる。

 強い決意に呼応するように。

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