支配を手にした者
彼の前では全てが従者。人、機械、生命、物体、空間、時間、逆らえるモノは居ない。彼が望むように意志を変え、彼が望むように姿を変える。
特訓を一旦終えた謙二郎は、白銀の鎧を纏い上空を彷徨っていた。一か月以上も待たせてしまったため文句は言えないが、飛行戦艦の姿は何処にも見えない。予定ではイギリスの上空で待機している筈だった。念のためにフランスにも足を運んだが目撃情報は無い。途方に暮れた謙二郎は、何処に行ったのか探る為に空を彷徨っている。
飛行戦艦の姿を探しながら、地上も確認。すると、ロシアの一角に城の姿が見える。以前フランスに来た際に通っているがその時は気付いていない。初めからあったのか、最近できたのか、情報が無くて判断できない。謙二郎は戒とは関係ないと一旦離れる。だが、妙な違和感を感じて改めて戻ってくる。違和感の正体は城の周辺に建物が突然現れた始めた事。一軒だけではなく、次から次へ地面から生えてくる。誰かが何かしている形跡は無く、自然とニョキニョキとまるでキノコのように。戒と関係あるかは不明だが、謙二郎は確認の為に降りて見る事にした。
ロシア。
上空から見えていた城は、城下町を有する一つの国を形成していた。町には大量の機人と少数の人間が闊歩している。フランスと一見似ているが、ここでは人間の方が地位が上のようで、機人は人間に媚び、人間は機人を足蹴にしている。店もあるのだが、働いているのは機人ばかり。人間は働く事無く遊んでいる。
「妙な違和感しかないな…」
世界が崩壊せず人間がアンドロイドを一般運用していたら、もしかしたら同じ光景があったかもしれない。権利を主張する事の無いアンドロイドと、作ったおごりを抱える人間。フランスのソフィーのようにリーダーシップを発揮する存在が居なければ正しい秩序を齎せない。
謙二郎は、町の違和感に眉を顰めながら城に向かって歩く。
「…謙二郎…謙二郎…」
路地裏から声が聞こえる。
名前を呼ぶ声に聞き覚えがあり、路地に足を向ける。
「…戒」
両足を失った戒が佇んでいた。ナノマシンは機能せず、胸の統率機は剥き出し、激しい呼吸を繰り返しながらやっとの事で声を発している。
「謙二郎…良かった…はぁはぁ…頼むから、町の外に…」
謙二郎は何も聞かず、戒を抱きかかえて町の外に移動する。
町の外に出ると、瀕死だった戒は何事も無かったかのように急に元に戻る。
いきなりの復活に謙二郎は唖然。
「説明してくれるか?」
「…勿論」
謙二郎が持って来た弁当を食べながら話し始める。
3週間前。
謙二郎を待っていた戒達は、エラーの忠告に従い新たな概念存在を探していた。ゼロノートは世界中のエネルギー分布の推移チェック、風は飛行戦艦に搭載したレーダーで変化した地形の捜索、戒はエラーの力を利用して同種存在の反応を手繰る。だが、概念存在はなかなか見つからない。探す場所はまだまだあるが、見つからないかもと不安を感じていた。
「ゼロノート、見つかって…ないよね?」
艦橋に訪れた戒は、ゼロノートの疲れ果てた顔からすぐさま判断。
ゼロノートは、しきりにモニターを凝視しながらブツブツ呟いている。
「戒さん。地形変化は数か所確認できたのですが、どれも機人による破壊で概念存在によって歪められた訳ではありませんでした…」
「ありがとう、風。疲れたら休んで…」
エラーと繋がる事で概念の力を察知する事が出来る。だが、代償として大量のエネルギーを消費。1時間も行使すればヘトヘトに疲れ果ててしまう。戒は、これまでに計30時間以上行使している。
「戒、栄養補給だよ」
シーリアは、大皿に山のように盛られたスパゲッティを持ってくる。相当重いのか腕がプルプル振るえている。
「シーリア、助かるよ」
戒は、早速スパゲッティを頬張る。ソフィー直伝の味付けは最高。幾ら食べても飽きる事は無い。これが無ければエラーを使う事は出来ない。
「ねぇ、まだ見つからないの?」
「そうなんだ。謙二郎の特訓が終わるまでには見つけたいんだけど…」
謙二郎からは連絡が来ていた。特訓が終わるまで戻らない、特訓にはまだまだ時間がかかりそう、と。だから、腰を据えて概念存在を探す事に専念できると最初は喜んでいた。謙二郎が戻る前には幾つかの概念存在を手に入れて驚かそうという企みまで練るほど。
「戒、儂は思うんじゃが。終末のような強力な概念存在以外は、人間か機人の傍にあるような気がするんじゃ。なんやかんや言っても概念を定義づけできるのは思考体。自然に発生するのは稀過ぎる」
「と言っても人間の村とか町はフランス以外に確認できていないだろ?」
「管理区ならたくさんあるじゃろ」
管理区を除外していた訳では無い。ただ、可能性が低いと考えていた。概念存在を形成する為に最低限必要なのは、強い精神。機人に虐げられている現状、人間が概念存在を形成できる精神を維持しているとは思えない。かと言って、機人が概念存在を形成するには充足し過ぎている。機人が人間に恐れる事は無いし、人間に対して強い感情を抱く事は無い。
「機人の齎す環境に耐えられる人間? 与えられた任務以上の感情を抱く機人? どっちも考え辛いよ」
「…じゃがの~」
ゼロノートは早く成果が欲しい。せめて手がかりでも掴みたい。そうしないと、心が折れてしまいそう。変異して人間に近くなった弊害。喜んで良いのか、厄介と頭を悩ませた方が良いのか、今のゼロノートは迷っている。
「…ゼロノートさん、これを見てください」
風が慌てた様子でモニターを変える。
映し出されるのは、ロシア管理区の一つ。
「何じゃ?」
「地形異常を確認。しかも、地下で変質現象が起きています。土が何か別の物に…?」
管理区の様子に変化はない。だが、周囲の地面がやや陥没し始めている。
「エネルギーに変動はないようじゃが…もしかしたら概念存在のかもしれんの」
「行ってみよう」
戒の提案に、ゼロノートは消極的。概念存在があるとしても場所は管理区。見方に成り得る存在なら良いのだが、もし敵側にしかならない存在ならデメリットしかない。謙二郎が居ない状況で向かうのは勧められない。
「もう少し様子を見るべきじゃ。敵かもしれんのに不用意過ぎじゃ」
「でも、行かないと手に入らない。何時になるか分からなのに待っていられないよね?」
戒が言っている事ももっとも。しかも、進化の道を一旦棚上げにして鍛錬に勤しんでいる。上手く行ったとしても狙っていた強化に至っているのか現時点では分からない。
「…危険な時はさっさと逃げるんじゃぞ」
「そのつもりだよ」
ロシアに降り立った戒。目の前に鎮座する管理区は静まり返っている。
「よし!」
静かな事自体は普通。だが、見張りが一人も居ないのは異常。例え侵入者の心配が無くても配置されている。外へのアピールと言うより、中に居る人間に逃げられない印象を刻み込む抑止であり、精神的苦痛の一端。
管理区の中に機人の姿がない。意図的な感じは無く、何か異常な雰囲気。通路の所々が歪み、壁の一部が切り取られている。何かの力によってなされたと言うより、初めからその形状だったかのよう。戒が目的地に向かって通路を歩いていると、突如目の前が壁になり、背後が滑り台に変化。足下にオイルが流れ、吹き付ける風のせいで滑り台を滑走。辿り着いたのは、玉座有する大広間。
「不思議な光景だな…王様が居たりして…」
玉座に向かって歩く。
進めば進むほど足取りが重くなり、玉座の前に着いた時には立っている事が出来ず片膝をつく。
「玉座にようこそ。破戒に仇名す愚民」
誰も座っていなかった筈の玉座に誰かが座っている。姿を確認しようと思うが、首が重くて自然と頭を垂れているような姿勢になる。
「一体誰なんだ? 人間? 機人?」
「無礼な質問だ。だが、答えてやろう。私は人間の男。押せば倒せる非力な人間。しかし、誰もが頭を垂れる真の支配者。今の貴様のように」
戒は渾身の力で顔を持ち上げるが、声の主を確認する前に地面に額が激突する。
「私の姿を見る事は許されない。愚民は床でも眺めていろ」
「…質問に答えてくれないか? たった一つで良いから…」
「良かろう。正し一つだけだ」
「概念存在を持っているのは君か?」
答えは嘲笑と共に返って来る。
「その通り、貴様が欲しがっている以上の力だがな」
戒はエラーを心の中で呼ぶ。
エラーは気付かれないように小声で応じる。
(何も考えるな。お前が思っている通り、目の前に居るのは間違いなく概念存在を有している。だが、概念存在に意思はなく、意志をもつ使用者が全てを我が物にしている。正体は、支配。最悪な事に最強クラスの概念らしい…)
エラーの力を全身に流し、支配の概念を一時的に歪める。気付かれないように拳と足に力を溜め、一瞬の隙をついて攻撃するつもり。
「愚民よ。質問が終わったのなら、王の下に全てを捧げよ。そうすれば命は助けてやろう」
戒の姿が消える。
「断る!」
玉座の背後から殴りかかる。
だが…。
「空間支配」
戒を体がピタリと止まる。
「時間支配」
戒の動きが巻き戻る。
「私は王! 全なる支配する者! 逆らう者には裁きを!」
空間の捻じれと共に、戒の体が捻じり切れる。何とかナノマシンを再集結させて対処するが、動きは止まったまま。時間が巻き戻り、ナノマシンが飛び散り捻じれた状態に逆戻り。周囲の壁が壊れ鋭い刃に変わり、戒を四方八方から貫く。
「抗うな! 支配に屈しろ!」
空間を圧縮、膨張、変質。空間に固定された状態で体を様々な方法で引き千切っていく。しかし、原形をわざと残し、戒が苦悶の表情を浮かべるのを楽しんでいる。
「貴様には仲間が居る筈だ。何処に居る? 何人だ?」
「…上空…4人…」
戒の意思まで支配され喋りたくなくても喋ってしまう。エラーの力を使っても抗えず、指一本動かせないまま支配の概念に圧倒される。
「奴隷に出来そうだな」
玉座に鎮座する何者かは、空に向かって手を伸ばす。
「私の前に平伏せ!」
戒は、エネルギー全部を賭けてエラーに全てを委ねる。自身の意思とエラーの意思を入れ替え、戒はエラーへと至る。
「ふざけた支配者! お前を歪める!」
エラーの概念で支配の概念を歪める。その威力は絶大で、取り巻く全ての支配は解け、エラーが自在に動ける状態に戻る。エラーは黒く歪んだ翼を生やし、全力の力を何者かにぶつける。
ようやく露見した顔は、歓喜に歪んでいる。
「ククク、どの程度で私を支配したつもりか?」
長い金髪で青い目。右目に眼帯、両腕には金属できた腕輪、頭には機人の指で出来た王冠。羽織った白いローブは、人間の皮膚を加工して作られている。
「見たとおりだ! 俺は自由に動き、お前は拳を受けている。この場の支配は俺にある!」
確かに拳は当たっている。だが、ダメージを与えているようには見えない。エラーもその事を理解していて、ハッタリで憤慨させるのが狙い。
「ククク、その意気と強さを認めよう」
エラーの意識が消え、戒に戻る。
「…まさか」
「もらった。過ちの概念存在を」
時間が巻き戻り、戒はボロボロの姿に。
睨む事も、叫ぶ事も、動く事も、もう何も出来ない。戒の全てを支配され戦いは終了。残ったのは、心の内にある激しい怒り。行き場を無くして暴れる衝動。
伸びる支配の手は、飛行戦艦の面々にも振りかかった。ゼロノートは奴隷として苦役に従事させられ、風とシーリアは召使として身の回りの世話をする事になった。ゼロノートと風は一切抵抗出来ず、あたかも自身の意思かのように従う。だが、シーリアだけは何故か支配の概念が効かず抵抗を続けている。戒は、逆らった罪として動けない体のまま管理区の隅の放置された。
その後、支配者は管理区を変化させて町に変えていった。施設利用だけに止まらず、機人の体と土を融合させ建物を作る。町が出来ると、今度は牢に入れられていた人間を分別。ある者は国民、ある者は衣服の材料。選別方法は適当。見た目で気に入るか気に入らないか。町の体裁が整い国民の信任を得たら、最後の防衛。変化して生まれた町は地下都市の形態をとり、破戒の手が伸びないように目隠しをした。
そして、今に至る。
「管理区の隅に放置されていた戒がどうして路地裏に?」
「…ゴミ扱いで投げ置かれた。厳密に言えば、見せしめの為に城下町を引き回してから…」
戒の受けた扱いに、謙二郎は自分の事のように怒る。だが、直ぐに冷静に今の状況を考えてしまう。支配の概念を手にしたのは精神が極端に利己的な人物。全ては自分の気分次第。道徳観は一切存在せず、自分が気に入らないものを排除する為に権力を振りかざす。正攻法が通じないなら様々な奇策を考える必要がある。しかし、奇策を成立させる為の隙が見つからない。
「戒には勝機はあるのか?」
「…あるにはある。だけど…使いたくない」
「勝てるなら使わない手はないだろ?」
「…勝機は…シーリアなんだ」
謙二郎も直ぐに答えが見えた。
「支配が効かない事を利用?」
「…うん。でも、その方法は使わない。使いたくない」
八方塞がりの現状、謙二郎が参戦しても解決する策は見当たらない。支配の概念という身も蓋もない不利な状況ではガーランに助っ人を頼んでも意味は無さそう。本来ならシーリアを策に組み込むべき。だが、戒の想いを踏み躙りたくない。
だとするなら、力以外の方法で対処するしかない。
「戻ろう。アーセオン家に…」
常識を超えた科学の力を借りて活路を見出す。打開策としては良いのだが、問題はここに至る状況。仲違い状態で出てきた為、今更戻る事に抵抗がある。なにより、謙二郎がアーセオン家の面々に嫌悪感を抱いていて、自分でも制御できない発言をしてしまう可能性もある。
「弓、アリア…ジート。会いたい。だけど…今の僕とは初対面なんだよね。受け入れてくれるだろうか?」
「…行ってみないと何とも言えない。だが、他に思い付かない」
「行こう。皆をこのままにしておけない!」
謙二郎と戒は、居心地の悪い感情を胸に久し振りのアーセオン家に向かう。協力が得られるか、得られても支配の概念を打倒できるのか、どんな言葉で罵られるのか、そもそも会ってくれるのか、不安は尽きないが捕まった皆を助ける為には必要な邂逅。全ての思考を一点に絞って帰路に就く。




