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デストラクションエラー  作者: 仕方舞う
19/34

母にとって大切なモノ

 母は、子の為に全てを捨てる。子を育てる為に、生まれた役割を捨てる。子を慈しむ為に、持っていた武器を捨てる。子を守る為に、命を捨てる。母になった時から決めている。自分にとって大切なモノの為に生きようと、自分にとって大切なモノの為に死のうと…。

 飛行戦艦に戻った戒は、早速ゼロノートにクレイジーウィズダムとの戦いを提案した。だが、クレイジーウィズダムの名を聞いた瞬間ダメだと戦う事を拒んだ。ゼロノートはクレイジーウィズダムを良く知っているらしく、戦っても勝ち目は無いと一方的にはね付ける。しかし、戒の中に断る選択肢は存在しておらず、頑として戦う事を譲らなかった。その頑固な対応にゼロノートは二つの条件を出した。一つ、最悪の事態に陥る前に撤退する事。一つ、人間全員の生存を考えない事。戒にとっては受け入れ難い内容だが、これが受け入れられないと戦う事は許可されない。仕方なく受け入れる事にして、いざとなったら条件を無視するつもり。ゼロノートは拒否したが、謙二郎、風、シーリアは事情を知って即了解。クレイジーウィズダムを知るゼロノートだけが拒む結果になった。



 展望デッキに、戒、謙二郎、シーリア、風が集まっていた。

「戒、作戦はあるのか?」

 やる気満々の謙二郎は、白銀の鎧を纏って出撃準備完了。

「ゼロノートに詳しく聞かないと作れないよ。ゼロノートがちゃんと話してくれれば…」

 ゼロノートは渋々戦闘を許可したが、クレイジーウィズダムについては話したがらない。怖いと言うより、何か因縁がありそうな表情。

「おじいに私から頼んでみるね。私なら話してくれると思う」

 シーリアは、一人抜けてゼロノートの下に向かう。

「飛行戦艦に精密射撃が可能な対地機関銃を取り付けておきますね。援護しか出来ませんが、無いよりはあった方が良いと思うので…」

「ありがとう、風」

 風も展望デッキから去り、機関部に向かう。

「戒、そのソフィーという機人は全量を決めつけて良いのか? 罠の可能性は無くなったのか?」

「その点については何の問題も無いよ。心配なのは、ソフィーが子ども達の為に自分を犠牲にしないか…」

 戒は、紋章の事を知ったソフィーの顔を思い出していた。

 全てを投げ捨てる覚悟をした目、決意を固めた唇。顔を見ただけで自分の子どもの事を一番に考えているのが窺えた。

「だったら俺から言う事は無い。後は何としてでも勝つ事だ!」

「うん…」

 戒の不安は、自分の弱さ。仮面が居なくなってから明らかに低下した戦闘力、明らかに減少したナノマシンの性能。謙二郎の邪魔にしかならない現状が怖くて堪らない。



 フランスに再び降り立った戒は、足早にホテルに向かう。助けられる報告を早くした気持ちで焦っている。だが、通り過ぎる人間と機人の顔が気になる。落ち込んでいるような、絶望しているような、少なくとも良い事があった顔には見えない。



「ソフィー! 助けられるよ!」


 ホテルに虚しく声が木霊する。

 反応する声は無い。

「ソフィー、ロジェ、アリス…居ないのかな?」

 首相のソフィーが居ないのは分かるが、ロジェ、アリスが居ないのはおかしい。特にアリスは機械の腕のせいで引き籠りがちで外には滅多に出ない。

 気になった戒がロビーを調べてみると、カウンターに置手紙があった。

「…大変だ!」

 

 置手紙には、国民の投票にて決議と書かれていた。

 国民が求めたのは、アリスとロジェの引き渡し。



 街の広場には、大量の人間、機人が集まっていた。一部の者は怖い顔をしていて、その他大勢は悲しい顔をしている。怖い顔をしている全員が人間。

 人間と機人に囲まれるように、ソフィーの姿がある。

「ソフィーさん、その子を引き渡せば我々の命は救われる。助かる数を考えてください!」

 合いの手を上げる引き渡し賛成派の人間。

 その他は、反論もせず黙ってみている。

「その子達は元々イギリスに居たんでしょ? だったら戻るだけ。何の問題も無いじゃない!」

「待ってください、皆さん。相手は狂った科学者、例え二人を渡したとしても同じ事です。きっとあなた達の引き渡しを要求してくる。それに…あの子達は私の命よりも大事な存在です! 要求に応じるつもりはありません!」

「結局それが本心だ。我々の事より我が子の方が大事なんだろ? それでよく首相を名乗れたな!」

 駆け付けた戒は、ソフィーの後ろで震えるロジェとアリスを見つけて激怒。

 群衆を掻き分け、睨みつけながら大声で怒鳴る。

「他者を犠牲にして生き残る事しか考えない卑劣! お前達は何も変わっていない…醜い!」

 現れた戒に引き渡し賛成派は石を投げる。だが、戒はナノマシンの機械の体。幾ら石を投げてもダメージは無く、怒りに油を注ぐ結果になるだけ。

「もし、それ以上ソフィーの愛を身勝手と誹るなら…僕が今ここで殺します。一人残らず…全員」

 戒は本気。腕を機関銃に変えて構える。

 ただの脅したと思っている引き渡し賛成派の足元に銃弾を放つ。

 恐怖を感じた引き渡し賛成派は、ゆっくり引き下がる。

「戒…」

 ソフィーの不安気な顔を見て、戒はロジェとアリスを指さす。二人は、もっと心配そうな顔でソフィーを見ていた。それは母を想う子の顔。

 ソフィーは、ロジェとアリスを抱きかかえて涙を流す。

「これがお前達が傷つけようとした愛だ。戦う事から逃げ、助けられた恩を仇で返す。いい加減学習しろ! この世界は残酷に歪んだ世界。ソフィーが愛を以ってお前達の為に尽力しなければ、今のお前達は他の管理区同様おもちゃのように弄ばれて死ぬだけだ!」

 黙っていた他の者達は、忘れていた感情に背中を押され一斉に声を上げる。

「そうだ! ソフィーを選んだのは俺達だ! 無責任に押し付けていい話じゃない!」

「イギリスの惨状を知ったのに、逃げてちゃダメよ! 皆、意志を強く持とう!」

 圧倒的多数のソフィーの味方。

 如何に優しい態度で接していたかよく分かる。

「ソフィー、もう一人じゃない。ここにはソフィーの為に戦える人も機人もいる」

 戒の心強い言葉は、ソフィーに勇気を与える。

 何があっても守り抜く勇気。



 翌日からフランスで防衛施設に建設が始まった。人間が主導で行えば何か月も時間がかかるが、この街には機人という心強い味方がいる。何倍もの効率で、何倍も正確に建設が進んでいく。しかし、全員が同じ目標に向かっている訳ではなかった。引き渡し賛成派が裏でイギリスに向かっていた。その理由は勿論、ロジェとアリスの引き渡し交渉。その動きは巧みに偽装されていて、引き渡し賛成派だけで画策したとは思えなかった。


 そして、一週間後。



 フランスは高い壁に覆われた。

 壁には反撃用の機関銃と大砲が設置され、もし侵入された時にはソフィーがブレインとしての機能を使って排除する疑似命令機構が設けられている。機人達には武装が付けられ戦えるように、人間達もゼロノート製の銃を携帯している。


「これで防備は万全…とは言えないわね」


 ソフィーは、街の中央に設置した制御核で街の様子を見ている。

 操縦核とは、ブレインが管理している区画を支配する為の部屋。ここに居る限りフランスの全てがソフィーによって操作され、ソフィーによって自在に稼働する。東京管理区でブレインが見ていた部屋と同じ。



「街には手出しさせない! 僕達がイギリスで終わらせる!」


 戒と謙二郎が集結しているのは、イギリス統括区の前。

 貧弱な壁で覆われた小さな町。畑があって、家があって、奥に白い壁の四角い建物。白い建物の壁には血が染みついている。新しい血が流れる場所と、変色した血の跡が残る場所。長い時間ここで実験が行われていた事が窺える。しかも、つい最近まで。人の姿は何処にもない。その代わりに痕跡が残っている。壊れた家、そこから引き摺られた跡、白い建物の入り口には人の歯が落ちている。抵抗の挙句、歯が折れたのだろう。

 白銀の鎧で戦闘態勢の謙二郎は、光の剣で統括区の壁を粉々に破壊。侵入口を作る。

「俺は上空から様子を窺っている。何かあったら通信頼む」

「分かった」

 空に上がっていく謙二郎。

 戒は、ここで起きた惨状に胸を痛め歩を進める。

 目には惨劇の映像が映る。抵抗しながら連れ去られる様子、響き渡る悲鳴に耳を塞ぐ様子。帰ってこない家族、友人、仲間の為に涙を流す様子。まるでその場に居たかのように頭で再生される。

「…もう起こさせない…苦しみは全部持っていく…」

 戒の中で怒りは何度も爆発する。

 それでも、外に影響が出ないように抑える。



 白い建物の中に入る。

 想像以上に静かで敵が迫ってくる様子は無い。通路も一本道で迷いようがなく、罠の可能性が高い印象。しかし、罠にしても反撃の為の戦力が隠されているように見えない。

「ゼロノート、機人の反応は?」

「1階の奥に一体、地下3階の大きな空間の前に二体。1階に関してはこちらに気付いておらん。地下3階は、空間を守護しているように見えるから戦闘は避けられんの」

「人間の反応は?」

「…居らんようじゃ。代わりに生物の反応なら地下3階の大きな空間に100体ほど確認できる」

 生物と聞いて胸が締め付けられる。

「フランスの様子は? 敵の接近は無いかな?」

「今のところは現れておらん。安心して良いぞ」

 ゼロノートの言葉に違和感を感じる。

 だが、あまりにも小さな違和感だった為無視した。



 地下3階。

 大きな扉を二体の機人が守っている。だが、機人は稼働しているようには見えない。持っている武器もしばらく使われていないのか埃をかぶっている。

「やっぱりおかしい。陽動? だったら、空を飛んでいる謙二郎が知らせる筈」

 戒は機人の横を通り、扉に手を掛ける。

 鍵が掛かっておらず、簡単に開く。


「…酷すぎる」


 大きな空間にあったのは、かつて人間だった何か。腕の一部が機械化されその断面から血管がはみ出し血が流れていたり、腹を裂いて機械化している最中だったり、二人の体を機械で融合させていたり、豚の頭を代わりに付けられていたり、気が狂いそうな光景が広がっている。

「…これがクレイジーウィズダムだ。人を弄ぶ事だけに科学を使う狂気の機人。その腕は…儂よりも上じゃ…」

「ゼロノート、いい加減教えてくれ。どんな関係があるんだ?」

「儂の弟子じゃ。弟子と言っても、単純な能力だけならば儂の方が師事したいぐらいじゃ。科学者としての格と同じくらい、狂気の格が一段も二段も上。そんな危険な奴を師事するのは愚かでは許されん。じゃが…対決姿勢を前面に出すのは怖かった」

 ゼロノートの言葉で戒は疑念を抱く。

「今も怖い?」

「…どうじゃろうな。もし目の前に現われれば…恐怖していたかもしれんの」

 戒はあるものを見て、急いで謙二郎に通信を繋ぐ。

「謙二郎! 至急、フランスに向かってくれ! ソフィー達が危ない!」

「戒、どうしたんじゃ!」

「居たんだ。見覚えがある人が」

 戒の指さした先にあったのは、引き渡し賛成派の変わり果てた姿。見るも無残に弄ばれた痕跡がある。

「ゼロノート、どうしてこいつらがここに居る? 僕達の目を盗んで、一切気付かれる事無く、どうやってここまで来たんだ?」

 戒の言葉はゼロノートに向けられていた。

 ゼロノートもその事に気が付く。

「…すまない。儂が…儂が(いざな)った。ロジェとアリスの引き渡しで済めば…戦わずに…」

「ゼロノート…僕は逃げないと誓った。だから、どんな戦いでも逃げない。どんな相手でも、どんなに強くても! ゼロノート、僕と一緒に戦いたいなら同じ気持ちで居て欲しい」

 戒は黙ったまま壁を殴る。

 モニター越しに見る戒の顔は、仮面を被っていた時のように怒りに満ちていた。

「…もう邪魔するな」



「なんて事だ…」


 謙二郎がフランスに駆け付けた時には、既に街は炎に包まれていた。壁は無残に壊され、炎を放たれた家から人々が逃げ出す。武器を持った機人、人間は、敵を探して彷徨うが何処を探しても見つからず、目の前で建物が炎上するのをただただ見守る事しか出来ない。不思議なのは建物は燃やされるが、人間や機人には一切ダメージが無い。

 急降下する謙二郎は、燃える建物を完全に破壊して延焼を防ぐ。そして、人間と機人に逃げるように伝える。人間や機人を殺さないのは、実験材料を失いたくない為。だとしたら殺される心配はない。そう考えてソフィーが居る街の中央に導いた。実験材料は大事でも、邪魔なソフィーは違う筈。人間や機人を近くに集める事でソフィーの暗殺を防ぐ目的があった。



 逃げた人々が街の中央に集まり終える。

 小さな広場に大量の人間と機人がひしめき合い、武器を使って制御核を狙えば人間や機人にも当たってしまう状況。謙二郎が思った通り、攻撃の様子はなく、広場を囲む建物に点火しない。だが、密かに期待していた相手の姿は確認できない。

「ゼロノート、敵に姿が見えない。何か分かる事はあるか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ…今、し、調べる…」

「どうしたんだ? 言葉に乱れがあるぞ?」

 ゼロノートは何も言わず街を調べる。

 モニターには何も映っていない。だが、別の計器には生体反応がしっかり映っている。

「敵は傍におる。広場を囲むように20体は確認済みじゃ」

「…見えない。何か細工があるようだな…」

 謙二郎は、広場を囲む建物の屋上に向かって光の弾丸を撃つ。

 2発、3発と立て続けに撃つが命中した手応えは無い。それでもやめずに、位置をずらしながら撃つ続ける。すると、ある地点で光の弾丸が屈折する。


「あながち馬鹿とは言えないようね」


 屋上の一角が捻じ曲がり、機人が現れる。

 背格好は男のようだが、言葉の雰囲気や身のこなしは女のよう。来ている白衣には所々ピンクの刺繍がしてあり、指には宝石がついた指輪が幾つも付いている。極めつけは、口紅。鮮やかすぎるピンクのラメ入り。 

 謙二郎は、自己の意思で喋っていることからクレイジーウィズダムと判断。

「なかなかのイケメンだし、私の言い成りになるならペットに加工してあげても良いわよ」

「ペット? 実験で弄びたいだけだろ?」

「ノンノンノン、イケメンは別腹。近くで愛でたいじゃない~」

 話を聞いているだけで体がムズムズする。

「でもね。条件として、連れ去られた男の子と女の子をこっちに寄こして。そしたら、あなたをペットにして、ここの人間を解放してあ・げ・る♪」

 謙二郎は剣を抜く。

「断る!」

 飛翔する謙二郎は、クレイジーウィズダムが逃げないように光の鎖で縛りあげる。

 しかし、クレイジーウィズダムは気味の悪い声で笑っている。

「熱烈ね~。そんなに強く縛られると感じちゃうじゃない」

 両手を広げただけで光の鎖は解ける。

 解けた光の鎖は黒く変色している。

「解析完了。確かにすっごい性能だけど、このくらいなら簡単に再現できちゃうわ」

 クレイジーウィズダムが指をクルクル回すと、光の鎖が渦を巻きながら現れる。

「ほらね♪」

 光の鎖は蛇のようにうねりながら、謙二郎に巻き付く。強く締めつけ、白銀の鎧が軋みながら砕けていく。

「ぐ…」

 何とか右手を動かし、鞘から光の剣を抜いて鎖を断ち切る。

 だが、光の鎖は直ぐに元に戻り、今度は剣を震えないように巻き付く。

「ダメダ~メ。私の前では浅知恵はゴミ以下よ~」

「ゴミで悪かったな!」

 謙二郎の体が光り輝き、光の鎖を消し去る。

「ゴミでもこれくらい出来る!」

「お上手お上手。でもね、光子分解程度で私は屈しないわよ」

 クレイジーウィズダムの指が鳴る。

 すると、地面から無数の鎖が現れ謙二郎を再び拘束。高く持ち上げながら鎖は竜の姿に変化していく。謙二郎が光を発しても消し去る事が出来ない強固な龍。

「イケメンは応じてくれないみたいね~。ソフィー、子どもを寄こしなさい。それが一番だって分かっているでしょ?」

 制御核の中で、ソフィーはロジェとアリスの写真を見ていた。


「アホ野郎、エデンは作らせない! あの子達は人間製造機じゃない!」


 制御核から命令が飛ぶ。

 武装していた機人が一斉にクレイジーウィズダムに襲い掛かる。

「なぁんだ、知ってたのね~」

 クレイジーウィズダムに攻撃が届く前に、鎖の竜から伸びた小さな鎖が機人を取り込む。

「この機人()達も不憫よね~。下らないブレインの言い成りなんて嫌よね」

 鎖から機人が解放される。

 解放され機人はフラフラ歩きながら、制御核に攻撃を開始する。

「私の為に働けば、もっと幸せになれるのに」

 攻撃する機人の目から涙が零れる。

 一体だけじゃない。全ての機人が泣いている。

「…私の家族…アホ野郎の言い成りにさせない」

 機人は跡形もなく自壊する。

 崩れる音は、「ありがとう」と言っているように聞こえる。

「残酷ね~。人間諸君、これがソフィーの本性よ~。自分の子の為なら、家族と言った機人を犠牲にしちゃう卑劣な女よ~」

 人間達は、制御核の周囲に集まる。

 集まって全員クレイジーウィズダムを睨む。

「俺達は、ソフィー首相を信じている。お前なんかの言葉に惑わされない!」

「イギリスを地獄に変えたアホ野郎! お目が地獄に堕ちろ!」

「子ども大事じゃない親はいない!」

 ソフィーが築き上げた絆は、多くの愛に変わった。人間と機人の垣根を超え、一つの存在として受け入れ共に生きる事を望んだ。もはや何を言っても揺るがない。陳腐な言葉は逆に己を貶めるだけ。


「そう…だったら要らない」


 鎖の竜は炎を吐き、人間を次々焼き殺していく。

「あの子達が手に入れば、人間は幾らでも手に入る。要らない人間は焼却焼却」

 炎で焼かれても、誰一人逃げない。

 ソフィーが中から必死に叫んでも守るように両手を広げて死んでいく。

「嫌ーーーー! やめて、殺さないで!」

「ダメダメ。もう、お・そ・い~」

 鎖の竜の中で謙二郎は悔しさで狂いそう。怒りを全て光に変え、白銀の鎧が消し飛ぶほどの光を放出。鎖の竜を破壊する。

 炎が残る広場。

 制御核の周りにはたくさんの死体が並んでいる。

「…う、うおおおおおおおおおおっ!」

 鎧を失った体で強引に光を操り、クレイジーウィズダムの体にぶつける。

 だが、力の大半を使いきった為、威力がかなり弱い。

「イケメンなのに無理しちゃって。頑張っちゃダメ! 怖い顔は台無しよ~」

 浮遊して謙二郎の前に降り、光を放ち続ける謙二郎に腕を突き刺す。

 内臓を抉るように腕を回して楽しむ。

「助けて~って泣いて。そうしたら助けて、あ・げ・る」


「止めて!」


 近くのマンホールからアリスが出てくる。

 謙二郎の傍によって両手を広げる。

「お母さんが言っていた。弱い者虐めはダメだって!」

 アリスを追ってロジェも飛び出す。

「アリスの言う通りだ! 帰れ、アホ野郎!」

 謙二郎が首を振って逃げるように促すが、二人は謙二郎から離れない。

 ソフィーは、必死な形相で制御核から飛び出し子ども達の下に向かう。

「この子たちは渡さない!」

「嫌よ。絶対連れて行く」

 クレイジーウィズダムの手が鎖に変わり、アリスとロジェを縛る。

 二人が必死にもがいても逃げられない。

「ダメ!」

 ソフィーがクレイジーウィズダムの腕にしがみ付く。

 クレイジーウィズダムは残忍な笑みを浮かべ、ソフィの腕を破壊する。

「あなた達のお母さんは機械なの~? 違うわよね、人間よね?」

「アホ野郎、ソフィーお母さんを虐めるな!」

 ロジェは足をバタバタ動かし、クレイジーウィズダムの足を蹴る。

「止めなさい、無駄な抵抗は。私の前では皆おバカさんなの。私の言う通りにするしかないの」

 抵抗するロジェを地面に叩きつける。

 ソフィーは、ブレインの疑似命令機構を行使する。

「13221634、管理区内の全行動を停止。命令に背く機体は破棄」

 クレイジーウィズダムの体が軋む。

 ガリガリ音を立てながら足が壊れ、腕が壊れ、体が壊れる。

 しかし、二人を拘束する鎖は壊れない。


「…疑似命令…油断したわ…」


 壊れたクレイジーウィズダムが瞬時に元に戻る。

「ソフィー、邪魔なの。死・ん・で♪」

 ソフィーの体が突如壊れる。クレイジーウィズダムの時と同じように。

「命令機構…そんな…」

「オーホッホ! 低能なブレインごときに私は殺せないわよ~」

 壊れるソフィーの体を何度も蹴り飛ばす。

 壊れる様子を楽しむように。

「お母さん!」

 二人の悲鳴が鳴り響く。

 ソフィーは声に応えるように笑顔を見せる。

「お母さんが守って…あげる…私の…可愛い子」

「早く…死・に・な・さ・い!」

 クレイジーウィズダムはソフィーの頭を踏み潰す。

「きゃあああああああああああ!」

 絶叫するアリスをクレイジーウィズダムは引っ張る。

 アリスの目には崩れたソフィーの顔が映る。機械の部品と顔のパーツが散らばり、人間らしさを見せていたギャップでより機械っぽく見える。しかし、アリスの目には変わらぬ母の顔。大好きで離れたくない母の顔。

「これで邪魔なゴミは無くなったわね。さぁ行きましょう」

 謙二郎も腕を突っ込んだまま連れて行かれる。無力な自分を恥じながら、助けられない事を必死に心の中で詫びる。今出来るのは恥を忍んで願う事…。


「誰か…助けて…」


 願いは天には届かない。

 だが、怒りには届いた。


「遅くなって…ごめん」


 クレイジーウィズダムの腕を誰かが掴む。

 物凄い握力で握り潰し、痛みを感じない頭に激痛を伝える。

「嘘ッ! 痛~~~~~い~~~~!」

 激痛に耐えかね、クレイジーウィズダムはアリスを手離す。力が緩んだ隙に、謙二郎は体を捻じって痛みに耐えながら逃げ出す。

「何者? 誰が私に痛さを教えたの~」

 戒が、ロジェとアリスの手を引きソフィーの亡骸の下に連れて行く。

 クレイジーウィズダムは背中から戒を攻撃するつもりだったが、尋常ではない殺気に攻撃の手が止まる。

「ソフィー、もう手離したらダメだよ…」

 泣き崩れる二人の背中を優しく摩り、戒はゆっくり立ち上がる。

 怒りに震える顔でクレイジーウィズダムを睨む。直に迫ってくる殺気に冷や汗が滲む。クレイジーウィズダム本人は気付いていない。

「あなた…育鯖戒ね。バッドレインを倒したって聞いたけど、強そうには見えないわね」

 クレイジーウィズダムは、ニヤニヤ笑いながら近づいてくる。

 戒は無視して瞼を閉じる。


(戒…私の代わりに…大切な…我が子を……守って)


 ソフィーの声が頭に響くと、亡骸からハートの紋章が現れ戒の背中に吸い込まれていく。

「…愛の概念、借りるよ…」

 戒の体から暖かい光が広がる。

 焼き殺された人間も、壊れた機人も、腹を貫かれた謙二郎も、そして、ソフィーも。光の中で失った全てが蘇る。体も、心も、命も。しかし、ソフィーには…。蘇った者達は、穏やかな顔で幸せそうに笑っているソフィーの下に集まり頭を下げる。「助けてくれてありがとう」、「愛してくれてありがとう」と。

 ロジェとアリスは、涙を拭いソフィーに笑顔を見せる。

「お母さん、僕泣かないよ。だから、帰って来て…」

「私…まだ料理習ってないよ。お母さん、ちゃんと教えてよ…ねぇ…」

 拭った涙は直ぐに頬を濡らす。何度拭っても乾く事は無い。

 生き返った人達を眺め、クレイジーウィズダムは起きた現象を推察する。

「…不可解な事象ね。譲渡されたのは紋章? 死んだ物を蘇らせる光? 超常的でありながら、どこか日常的。思考の傍にある…概念? 概念が力を? 興味深いわね」

 初見でありながら理解し、更に研究を始める。思考の中で繰り広げられる様々な検証と実験、幾度も失敗を繰り返し、ようやく答えの輪郭を見つける。こうなれば速度は次元を超える。薄っすら見えていた輪郭を基に検証成果を当てはめていく。パズルのピースは埋まっていき、答えは明確に。

「使えそうね」

 クレイジーウィズダムの額に絡まる茨の紋章が浮かぶ。

「私が顕現するのは、狂気の概念。オーホッホ、私の狂気で世界を腐らせて、あ・げ・る」

 紋章の出現と共に姿が変貌する。

 茨と融合した妖艶な姿でありながら、やはり男の体。異様に引き締まった体に、茨を模ったレオタード。気持ち悪さしか感じない風貌を引き立たせるバラの花が胸に。狂気を体現しているのが良く分かる。だが、その風貌とは裏腹に常軌を逸した力を発現し、クレイジーウィズダムの足元の地面が腐っていく。土の形を完全に狂わせ、土ではない何かに腐って変化している。それが何かはクレイジーウィズダムの頭でしか理解できない。

「戦う前に二つ教えて、あ・げ・る。一つ目、私が使う茨の鞭には触れない事。触れれば何でも腐っちゃうわ。二つ目、このバラの花の匂いを嗅がない事。匂いを体に取り込むと存在を狂わせてしまうわ。そうなったら戦いどころじゃなくなるわよ~」

 戒は話を聞きながら瞬きを繰り返す。何かの儀式でも、ルーティンでもない。怒りの感情に割り込むように何かが訴えてくる。忠告なのか、後押しなのか、全く関係ない与太話なのか、耳で聞く事が出来ない為判別できない。ただ、戒を邪魔する意図は感じられない。

「アホ野郎、僕は絶対に勝つ! 何があっても…ソフィーの想いを無駄にはしない!」

 怒りに割り込むモノは他にもある。

 それは、ソフィーの愛。ロジェとアリスに向けられた唯一無二の最強の愛。胸の奥底から全身に満ち溢れる母の愛が、戒の力となって支えている。


「…母は、子の為なら誰よりも強くなれる!」

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