誰よりも速く! 誰よりも自由に!
ヒーローは、誰にでもなれるものじゃない。誰よりも正しく、誰よりも強く、誰よりも他人の事を想える。おや? 特別な事だろうか? 勇気を出せば満たせるものばかりじゃないか。ヒーローは、誰にでもなれたのかもしれない。勇気を振り絞って前に進む事が出来るのなら。
艦橋で一人空を眺める戒。風景に見惚れる訳でも、物思いにふけっている訳でも無く、ただただ呆然として「つまらない」と一言漏らす。呼び出していたゼロノートは、声も掛けずに戒の様子をずっと見ていた。いや、何度か声を掛けようと試みたが断念したが正解。拒絶の雰囲気だった訳でも無いのだが、何故か声を掛けてはいけない気がした。
「…………おっ! 来ていたのか?」
「今来たところじゃ。なんか面白いもんでもあったかの」
「時々こんな風に空を見るんだ。何も考えずに」
戒は、「つまらない」と言っていた事に気付いていない。自分の言葉に気が付かない程、心はどこか別の場所に行っていた。
「戒、疲れておるのか?」
「いいや、本当にぼ~っとしてただけだ」
「それならいいんじゃが…」
ゼロノートは、小さなブレスレットを戒に渡す。
「何だ、これ?」
「リミットカウンターじゃ。成長限界を知り、進化の為の道標を示す画期的な発明じゃ」
リミットカウンターを腕に付けると、二つの数字が表示される。
「中央が現在の値、その上に出ておるのが目標値。目標値に到達したら、進化の道標たる対象が数値で示される」
「何処に進化の道標が出るんだ?」
リミットカウンターには他の数字が出るスペースが無い。
「それは、儂の所に直接表示される。儂がその数値を見て倒すべき相手を探すのじゃ。見つかったらお主に伝えるから、そこに赴いて倒せばOKじゃ」
ゼロノートが言いたい事はRPGゲームと同じ。敵を倒して経験値を貯め、一定値以上のレベルの達したら、試練となる敵を倒して進化。レベルの上限が解放されて更なるパワーアップが可能。
「何となく分かった。でも、進化って何だ? 機械の体でそんな事が出来るのか?」
「育鯖戒と言う存在は世界に影響を与える力を持っておる。常識の範疇では語れないミラクルが起こせるスーパーな男なのじゃ。だから、機械なんていう小さな枠で考えても分かりはせんよ」
「まぁとにかく、戦えばいいって事だろ? 任せろ!」
「…戒、良いか。儂は戒の心が壊れても良いとは思っておらん。心の叫びが強くなったら、いつでも帰ってくるんじゃぞ…」
「心の叫び? 何の事だ?」
「空を見上げて溜息が出たらじゃ。良いか。忘れるんじゃないぞ」
戒は、何故そこまで気にするのか全く分からない。自分では心が叫んでいるとは思っておらず、ゼロノートが気付いた事実にも驚く。
飛行戦艦の下部ハッチが開き、戒はそこから飛び下りる。目が眩む高さだが一切躊躇せず、むしろ嬉しそうにはしゃぎながら。
降り立った場所には、ごつごつした岩がそこら中に散らばっている。記憶を辿っても見た事の無い景色。
「戒、そこはアメリカのサンフランシスコじゃ」
戒の知っているサンフランシスコではない。大都市の面影も、自然豊かな景色も、隣接していた海の姿も見えない。広がるのはただの荒野。
「何が起きたらこうなるんだ…?」
「破戒の将、バッドレインの仕業じゃ。空を飛びながら多彩なミサイルを乱射する恐ろしい機人じゃ。破壊が終わった場所には興味がないから、出会う事は無いじゃろ」
海を消失させる程の相手に戒は気分が高揚する。
「戦いたいな。ブレインみたいに陰険じゃなさそうだし」
「陰険じゃないが、強すぎて無理じゃ」
「戦いたければ強くなれって事か…仕方ない」
戒は辺りを見渡し、機人の姿を探す。
少し離れた場所に発見。楽しそうに戦いに行く。
艦橋では戒の戦闘の様子が流れる。機人に近づき瞬間的に背後に回り、機人が気付いた時には首が切断されている。一体の機人が倒れた事をきっかけに周囲の機人が次々集まってくる。波状攻撃を仕掛ける機人。それを薙ぎ払い蹂躙する戒。力の差以前に戦闘技術の差が大き過ぎる。数の利で押し切ろうとしても、何倍も巧みに数の弱点をついて倒す。どんなシチュエーションを試みても、付け焼刃の脆さが露呈するばかり。
「…強いの~」
「うん。でも…」
ゼロノートもシーリアも全く動じない。人間ではないからという訳ではない。彼らは理解している。戒が何者なのか、戒が何故戦いを好むのか、全てを知っているから安心して見ていられる。戒なら絶対に力の使い方を間違わないと断言できる。
気になるのは、シーリアが少し不安気なところ。
「シーリア、例の準備は終わったかの?」
「うん。適応確認も良さそうだし、きっと上手く行くよ!」
順調に戦いをこなす戒。だが、それと裏腹にどんどん覇気が無くなってくる。虚ろな表情になり、倒しなが溜息を漏らし始める。倒せば倒すほど感情が一つずつ消えていき、最後まで残ったのは喪失感。本人でも気づかない内に陥った精神異常。
「つまらない」
例の言葉を吐いて、積み上げた機人の山に腰掛ける。
空を見上げて呆然とする背後から、二体の機人が迫る。
「邪魔だ」
虚ろでも強さは変わらない。
機人を片手で破壊し、山の一部に加える。
「…つまらない」
戒は瞼を閉じて深呼吸を繰り返す。
ゼロノートが気にしていたのはこの状態。長い間抱えているトラウマのせいで陥った精神異常。自分でも気づかない内に体の自由を犯し、自分でも気づかない内に過去のトラウマを再生する。何度も何度も同じ光景を再生し、何度も何度も自分を否定する。
最悪な状態でも敵は押し寄せる。
大量の機人が四方から集まり、戒に襲い掛かる。
「邪魔…」
戒は山頂で座ったまま対応する。だが、今の戒に数の利を覆せない。
機人の攻撃が当たるようになり、山頂から落とされ、転げ落ちた途端取り囲み集中攻撃。一応抵抗するが、戒の感情は喪失感の海で溺れていて未だに浮上しない。ほぼ何も感じず攻撃に晒され続ける。
「こんなに早くじゃと! 予兆から発生までの時間が短すぎじゃ!」
「戒…どうしよう、おじい!」
動転するゼロノートとシーリア。
艦橋で走り回るやら、塞ぎ込むやら、大騒動で落ち着く様子が無い。
「安心して!」
自信に満ちた声が艦橋の動揺を打ち消す。
戒は晒される攻撃に苦痛を感じる事も無く、呆然としたまま胸を裂かれ統率機を引っ張り出される。統率機が破壊されれば死と同様。戒にとって最悪の状態なのだが、何故か機人達は統率機を前に動きを止める。
「そこまでだ!」
一筋の光が機人達の間を駆け抜ける。
瞬間無音になり、後追いかけるようにキィーンと高い音が響く。
「今度は僕が守る番だ!」
光は人の姿になり戒の前に降り立つ。
白銀の鎧を纏った騎士。全身を覆いつつも重厚さを感じず、軽快な身のこなしで戒の体に統率機を戻す。鋭い目を備えた仮面とは裏腹に、優しい声で戒に呼びかける。
「戒、無理をさせてごめん。これからは一緒に戦う」
白銀の騎士に機人が襲い掛かる。
だが、白銀の騎士は戒から視線を外さない。
「…もう終わっている」
機人の手が白銀の騎士に届く前に、全身から光を放ち砕け散る。
襲い掛かった機人だけではない。光が駆け抜けた軌道にいた機人全てが対象。戒の周囲に集まっていた大半が一瞬で破壊された。
白銀の騎士は、腰に差していた剣を抜き地面に突き刺す。
「心無い機械の人間…だから何だ。俺は…許さない! 戒を傷つけたお前達を許さない!」
白銀の騎士は、全身から光を放ち四本足の姿に変化。
瞬時に光速に至り、機人を掻い潜りながら体に触れていく。当然触れられただけで機人を倒す事は出来ない。触れられた事で存在を認知し白銀の姿を探し始める。白銀の騎士は戒の元に戻っている。
「全部壊す!」
白銀の騎士は、地面に刺した剣を引き抜く。
光の糸が剣と機人の体を繋いでいて、引き抜いた事をきっかけに一気に締まる。鋭い刃物のように強固な外装を裂き機人を真っ二つに両断。光の糸は剣の中に吸い込まれ消える。
「戒、戻ろう」
白銀の騎士は、戒を抱えて空へ駆けあがる。
四本の足で地面を蹴るように空を走り、飛行戦艦に戻る前に大空を駆けまわる。
「やっと手に入れたんだ! 自由な足を!」
仮面が外れ顔が露わに。
嬉しそうに笑う謙二郎の顔が空に映える。
飛行戦艦に戻った謙二郎は、急いでゼロノートの下に向かった。ゼロノートが待っていたのは鉄の手術台が中央に鎮座する開発室。戒を鉄の手術台に寝かせ、手術台の背後にある機械と繋ぐ。戒の情報が天井からつられたモニターに映し出され、それを見ながら体から統率機を取り出す。統率機を完全に取り出すと、体はナノマシンの粒子になり散らばる。統率機を見ながら難しい顔をするゼロノートは、統率機を分解し、中から情報を詰め込んだチップを取り出す。チップを機械にセットし情報を閲覧する。
「知っておるとは言え…辛いもんじゃの…」
映し出されたのは、戒の過去。中学生服の戒は、今とは違い穏やかで真面目そうな顔。その周りに映るのは十数人の不良。戒に向かって何かを要求している。不良達の背後には柱に縛られた謙二郎の姿。立った状態で縛られている事から足が不自由になる前。戒は笑顔で要求を断っている。殴られても蹴られても一切応じず笑顔のまま。しばらくすると山路が慌てた様子で現れる。不良のリーダーは山路に向かって手を突き出す。山路はリーダーに写真が付いた資料を渡している。しかし、戒が邪魔をして資料を奪う。散らばった数枚の資料には、不良達が起こした事件の捜査内容が記されている。中には重大な事件も含まれていて立件を示唆している。戒は奪った資料を抱きしめ山路に懇願している。「渡さないで」と。しかし、山路は謙二郎の為だと譲らない。戒は、「資料を渡せば同じ事の繰り返し」だと伝える。しかし通じず、山路は戒から資料を奪いリーダーに渡す。リーダーは資料を眺めるとライターで燃やす。明らかな証拠隠滅の為。「これでまた悪い事が出来る」とリーダーは笑いながら謙二郎を解放。山路の手に戻った謙二郎は、山路の行いに怒り泣いている。目的を果たした不良達が帰ろうとすると、戒が立ち塞がる。「もう罪を犯さないでください」と泣きながら懇願。だが、不良は「嫌だ」と言って戒を蹴飛ばす。戒はゆっくり立ち上がり「何度も繰り返してきた悪は、秩序の下では正せない」と優しい雰囲気を失いつつ話す。次の瞬間、中学生とは思えない素早さで不良に飛び掛かり、有り得ない程の力で殴り飛ばす。残忍な笑顔の戒は、次々に不良を血祭りに。残ったリーダーは許しを許しを乞いながら外へ。外には騒ぎを聞きつけた野次馬が多数。戒は、野次馬の前でリーダーに暴行を加える。許しを乞うてもその拳は止まらず、リーダーの顔はどんどん歪んでいく。見かねた野次馬が戒を取り押さえる。そして、戒を指さし「最悪な人間」「暴力しか能の無い馬鹿野郎」と戒を蔑む。戒は蔑む言葉に晒されていると、徐々に元の優しい中学生に戻り過ちに頭を抱える。「僕は何でこんな事を…」。しかし、事情を知らない野次馬の言葉は醜悪になっていき、生きている事を否定する言葉も飛び交う。野次馬の非難に晒されていると、戒は泣きながら豹変。
「僕に自由はない…僕は…僕を辞める…」
そこには穏やかで優しい戒はいなかった。暴力を何とも思わない狂気に満ちた別の戒に変わっていた。




