礎の邂逅
世界を憂うのは人間だけとは限らない。作られた命でも守りたいモノを持ち、世界の為に砕身する決意を抱く。人間だけが愛を知る訳ではない。心を手にする事が出来れば起源に意味は無い。
屋敷を飛び出した戒と謙二郎は途方に暮れていた。戒は機人を食べれば生きて行ける。だが、人間の謙二郎はそうはいかない。早々に食料を手に入れないと飢え死にする事になる。だが、その食料を手に入れる手段が乏しい。ジートが発見した食料備蓄庫は謙二郎が嫌がり、東京管理区を賄っていたパン製造機は頼りたくないと言う。現時点で食料を手に入れるには、別の管理区が管理する食料備蓄庫を探すしかない。
「謙二郎、ごめんな。もっと冷静に判断した方が良かった」
「そんな事は無い。あそこに居たら戒が壊されていた。僕だって人形のように閉じ込められていた…」
謙二郎に迷いは無かった。
戒を理解出来ない者と一緒に居るぐらいなら飢え死にを選ぶ。
「戒さ~~ん、謙二郎さ~~ん」
遠くから聞こえる声に聞き覚えがあった。
「風!」
近づいてくる風を見つけると、戒は慌てて駆け寄る。
「どうして風まで?」
「私だって決断はします。二人と一緒に行きます」
これで戒の気苦労は増大。
しかしそれでも、戒は楽しそうだった。
「まぁ、何とかなる。そう思うしかないな」
「流石、戒」
「関心はそのくらいで、急ぎましょう」
体が不自由とは思えない歩きっぷりに、戒も謙二郎も感嘆。
不安だらけでも愉快な旅が始まった。
「…き、聞えてる?」
旅が始まって数秒。戒の頭に声が響く。
聞き覚えは無い。
「誰だ! 何処から声を飛ばしている?」
「戒も聞こえた?」
「えっ、私だけだと思いました」
謙二郎も風も聞こえていた。
辺りを見渡しても姿は無く、声だけは鮮明、脳に直接声を飛ばしたのは明白。
「もう、聞えてるんじゃない! ちょっと待ってて、今降りるから…」
戒は直感で空を見上げる。
雲の隙間から飛行機が降りてくる。
「な、何だ…」
上空から降りてきたのは、巨大な飛行戦艦。SFでしか見た事の無いオーバーテクノロジー。目の前で目撃した戒一行は、度肝を抜かれて唖然。
「まさかこんなに早く会えるなんてね」
飛行戦艦から降りてきたのは、小柄な少女。
短い金髪に嘘みたいに白い肌、緑のワンピース姿で靴を履かず素足。胸元には赤い宝石が付いたネックレスを付け、右手首には複雑な紋章が刻まれた腕輪。
「人間なのか?」
「見た目だけで決めないでよ! あなたと同じで機械。ナノマシンで構成されているのもそっくりでしょ」
少女は、揶揄うつもりで腕を銃に変形させる。
「そんな事も出来るのか? 凄いな」
「この程度で驚かないでよ。こんな事も出来るのよ」
全身が変形し、妖艶な大人の女性に変わる。
「どう? 見惚れないでよ」
「…それは無い」
戒の冷めた反応に少女は激怒。
謙二郎と風は、思わず笑いが込み上げる。
「そこっ! 笑わないでよ!」
「ごめん」
「つい…」
元に戻った少女は、飛行戦艦の中に誘う。
「早く、美味しい御飯も用意しているから」
面白い少女なのは確かだが、信用して良いかは疑問。
だが、戒は迷わず中に入っていく。
「戒!」
「大丈夫だ。罠を仕掛けるにしては無防備だ」
戒が飛行戦艦を叩いても何の反応もない。もし警戒状態にあったのなら反撃があった筈。無くても戒に破壊される可能性は排除した筈。それを放棄しているという事は、戒と一戦交えるつもりがない。
飛行戦艦の中は外から見るよりも広い。三人横になって通れる通路、その脇には12畳ほどの部屋が幾つもあり、通路を幾ら進んでも行き止まりに辿り着かない。驚いたのは広さだけではない。空調が人間用に設定されていて、熱くも寒くもない丁度の環境。
「快適でしょ? 苦労したんだから、人間の感覚を学んだり色々」
艦内を案内する少女は自慢げに胸を張る。
「どうしてだ?」
「へっ? 何の事?」
「だから、どうして人間に合わせたんだ? 初めから招くつもりだったとか?」
数秒の沈黙後、少女は敵意を覗かせる。
「決まっているでしょ。あなたを…殺す為よ」
謙二郎と風は、固まる。
罠にかかった過ちに息が詰まる。
「…嘘だな」
しかし、戒は笑っている。
「何でそう思うの?」
「俺には分かる。誰が悪なのか、善なのか…お前はただの悪戯好きの女の子だ」
敵意はすっかり失せ、腹を抱えて笑う。
「根拠が無さ過ぎ! でも面白い、面白過ぎて腹が壊れそう…」
少女の腹は本当に壊れる。
と言っても、ただのフェイクで直ぐに元通り。
「驚いた…」
謙二郎と風は、悪戯に付いていけない。
辿り着いたのは、大空が見える艦橋。
流れる雲が綺麗な線を描き、それが大きな絵画のよう。
「ようこそ、破戒に挑む救世主」
艦橋で待っていたのは、白髭を蓄えた老人。
ツルツルの頭と白髭とは裏腹に、背筋の伸びた引き締まった体。来ている白衣はパンパンで今にも裂けそう。
「誰だ?」
「儂は、ゼロノート。白紙の記録と呼ばれておる。そんで、シーリアの祖父のつもりじゃ」
髭を扱きながら胸を張って笑う。
「そのゼロノートが何で俺を待っていたんだ?」
「決まっておろう。世界を守る為じゃ」
ゼロノートは、機人が変異した機械生命体。膨大な知識を生まれながらに持っていて、知識の果てを追い求めていくうちに破戒が望む真実を発見した。破戒が望んでいたのは、敗北した相手を倒す事。その相手が現れる時間より以前に戻り、より強大な力を手に入れて打倒する。望み自体は然程珍しい事ではないが、その相手が普通では考えられない。なんと、別次元にいる自分自身。今から12年後に次元の壁を越えて現れ、気まぐれに破戒を打倒して消える。自分同士の争いで済まされないのが、現在の破戒の強さ。12年後に現われる自分自身がどれ程強いのか不明だが、今の破戒が警戒する事を考えると尋常な強さではない。異常な強さ同士が激突すれば地球が耐えられない。しかも、時間に干渉する力まで有している事から、この時間軸だけの話に止まらない。事実を知ったゼロノートは、この事態を回避する方法を模索した。導き出されたのは、破戒が望みを満たす力を手に入れる前に打倒する事。そして、それが出来るのは同じ存在である戒。
「と、いう訳なんじゃ」
話し切ったゼロノートは満足気。
同じく満足気なシーリアが戒の爆笑をさらう。
「それ本当なのか? どうにも信じられない」
「何故じゃ。お前じゃって経験しておろうが。未来の自分に体を奪われたじゃろ」
言われてみればその通り。しかし、どうしてそんなに自分が登場するのか疑問に思う。普通の人間にはそんな事は出来ないし、出来るかどうか考えた事も無い。何かのきっかけがあったのか、それとも誰かに教えれらたのか。
「簡単に信じろと言うのも傲慢かの。まぁ、徐々に実感していけば良かろう」
「ねぇ、おじい。戒たちを部屋に案内しても良い?」
「おお、そうじゃった。シーリア、頼めるかの?」
「任せて」
シーリアは楽しそうに飛び跳ねながら手招きする。
「戒よ。シーリア可愛いじゃろ?」
「…まぁな」
相変わらず興味がない戒。
ゼロノートは、戒をジロジロ見ながら背中を指でなぞる。
「男に興味がある訳じゃないようじゃの…だったら、まだ可能性はある」
「何の話だ?」
「孫娘がお主を好いておっての。出来る事はしておきたくての」
笑いながら去って行くゼロノート。
謙二郎は、深刻な面持ちで後を追う。
「謙二郎? どうしたんだ?」
謙二郎を心配しながらも、ゼロノートに悪意が無く、思い詰めた謙二郎が満たせれれば良いと思って戒はシーリアの後を追った。
シーリアの後姿は無邪気な少女。鼻歌を歌いながら案内する様は、無邪気と言うより不自然。何処か緊張しているようで度々通路を間違える。道を間違える度ぎこちなく笑い、疲れていると言い訳をする。そして何とか、目的の部屋に辿り着く。
「今日からここが風の部屋だよ」
ぬいぐるみが沢山あるメルヘンな部屋で、壁紙もカーペットも薄いピンク。女の子らしい部屋の一角に不自然なスポーツカーのフィギュアが棚に並んでいる。
「…嬉しい」
風はスポーツカーに夢中。
部屋を眺めていた戒は、疑問を差し挟む。
「なぁ、風の部屋にしては趣味が一貫していないような…?」
「それはそうよ。だって私の部屋でもあるんだから」
胸を張るシーリアを見て、ようやく納得。
「そう言う事か。ぬいぐるみはシーリアの趣味か」
「て、照れるでしょ…緊張してたんだから…」
頬を染めるシーリア。
道案内中の緊張の理由が分かり、戒は安心して笑う。
「二人部屋か、楽しそうだな」
「戒も一緒が良い?」
「良いのか?」
「良い訳ないじゃないですか!」
二人で風を揶揄う。
連携が取れていて、初めて会ったとは思えない。
「じゃあ、次は戒の番ね。来て来て」
案内された戒の部屋は、シーリアに言われるまでも無く戒の部屋だと分かった。高校生時に暮らしていたアパートと全く同じ内装と広さ。シーリアと風の部屋と比べると半分以下。
「確かに落ち着くが…ははは」
「記録の通りでしょ。気に入った? 気に入らなかった?」
戒は、畳の上にゴロンと横になる。
「ゆっくり眠れそうだ。ありがとう、シーリア」
シーリアは、戒を覗き込む。
「本当に? 気を遣ってるんじゃない?」
「本当だ。隣で寝て見ろよ、気持ちいいぞ」
シーリアは恥ずかしそうに隣に寝る。
「畳の匂い? 何だかおじいの匂いみたい」
「本物の爺さんみたいだな。今度俺も匂ってみようかな?」
「やめときなよ。畳と同じでも相手はおじい。同じ匂いでも全然違う」
戒は急に真剣な顔になる。
「なぁ、どうして屋敷から出て直ぐに接触出来たんだ?」
「…食料備蓄庫は私達が用意したの。ブレインの深層思考に紛れ込ませて、頭の良い誰かが見つける事を予測して。今の世界なら一人しか居ないよね」
「ジートも手玉に取ったのか…大したもんだ」
「おじいはね、ジートって言う研究者が嫌いなの。本当に欲しているのは人間の平和じゃないって。だから隙を見て戒を連れ出すつもりだった。私も賛成。理由は違うけど…」
「ジートを攻撃するつもりなのか?」
「それはないよ。嫌いだからって壊したら嫌な人間と一緒でしょ?」
「…そうだな。俺よりも人間らしいな、シーリア」
「褒め言葉?」
「そのつもりだ」
二人はいつのまにか寝ていた。スヤスヤと寝息を立てる姿は人間にしか見えない。それは、こっそり見ていた謙二郎とゼロノートにも。謙二郎は二人の姿を見て決心を固める。衝動的でも感情的でもない強い想いを糧に。
「本当に良いかの?」
「はい。自信があるから」




