65.「準備出来たのか?」
仕事が……忙しい……。
学生の夏休み、一ヶ月とか……今思うと凄い。
今日はイベント【森の中の死闘】の開催初日。
既にイベント自体は始まっていて、ヴァイスの森には多くのプレイヤーが向かっていく。
だが森に向かっているのはプレイヤーだけではなく、NPC達も森を目指していた。
俺も現実世界の用事を済ませイベントに参加するためログインする。
学生である妹の春香は俺よりも前にログインしていて、リビングのテーブルには『先に“∞”やってるね』と書き置きが残されていた。
既にログインしていたメイランとゲームの中で連絡を取り合い合流し、まずはギルド(正式名:クエスト発行所)を目指した。
ガルムさんからの指名依頼を受けるためだ。
するとギルドの受付で前回のようにガルムさんから俺とメイラン当てに伝言があった。
何でも今回の依頼のために貸してくれる防具と武器を渡すので、森に向かう前に店に来て欲しいそうだ。
そして俺達は伝言に従い、今ガルムさんの鍛冶屋へとやって来たのだった。
「――よし、これで調整は終わりじゃ。試しに動いてみい」
ガルムさんの鍛冶屋を訪れてから体感で三〇分ほどたった。
俺はようやく両手を横に広げた体勢から元に戻る。
そして腕や脚、腰など動きに支障がないか入念に確かめてみた。
「どうじゃ? 動く支障がないようにしたつもりじゃが」
「違和感もないですし、問題ありませんね」
今度は軽くその場でジャンプしてみた。
身につけた防具は見た目に反して随分と軽く、ジャンプする度にカシャンカシャンと小気味よい音を立てる。
「そうか。もし後になって気になるところが出てきたら言うんじゃ。その時は再調整してやるぞ。それとこれじゃ」
次にガルムさんは薙刀にも似た形状の槍、【偃月槍】を手渡してくる。
俺はそれを受け取ると両手で握りしめ構えだけ取ってみる。
ここは屋内のため長物の武器を振るうのは危険だったため、実際に振ってみるのは街を出た後にすることにし装備品の欄へと収納した。
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
俺はそうガルムさんにお礼を言いつつ、今回ガルムさんが用意してくれた防具の表面を撫でる。
今俺が身につけているのは例の【ブルーライトクリスタルアーマー】だ。
イベント初日である今日、ガルムさんから呼び出され鍛冶屋に赴くとこの防具が準備されていた。
確かに初期装備だった俺にそれなりの防具を貸してくれると言っていたのは覚えていたが、まさか報酬である
この防具を貸してくれるとは思いも寄らなかった。
「発行所の情報通りじゃったら、森ではジェノザウルスを相手にすることになる。お前さんの足軽装備なんてあってないようなもんじゃ。こいつでもまだ心配があるくらいなんじゃからの」
「でもこれはまだ俺の物になってないですし」
「そんなことは気にするな。男ならそのまま依頼を成功させて自分の物にしてやる、というくらいの気概を見せんか」
俺はガルムさんに思いのほか強く背中を叩かれ、前方に押されるような形となり思わずたたらを踏む。
「お前さんは加護持ちじゃから死んでも生き返るじゃろうが、それでもこうして知り合ったもんが死に直面するのは御免じゃ。そうならないようにも装備はきちんと準備せい」
ガルムさんが言った『加護持ち』とはこのゲームの世界の住民、つまりNPCから見た俺達プレイヤーのことだ。
この場合の加護とはプレイヤーがモンスターなどと戦闘の果てに、体力ゲージを全て失って死亡しても中立エリアで復活することを指す。
NPCは死亡したら復活することがないので、プレイヤーは復活出来る神に選ばれた存在、つまり加護持ちということらしい。
これもシャロンから教えられた知識のひとつだ。
「――待たせてしまったか。こちらは私の我が儘のせいで少々手間取ってしまって」
「いえいえ、メイランさんの責任ではありません。師匠でしたら一発で合わせるんですが、腕がない私が悪いんです」
俺が変な体勢でバランスを取っているところに、カウンターの奥の扉からメイランとガルムさんの弟子の男性が姿を現した。
この店内では俺の防具をガルムさんが調整してくれ、奥ではメイランの防具の調整を弟子の男性がしていたのだ。
「ところでイオ、その格好は一体何だ?」
「いや、気にしないでくれ」
「?」
俺はコホンとわざとらしい咳をひとつ入れてからメイランと向かい合う。
「それよりメイランの方はもう準備出来たのか? なんか……見た感じだと前の防具と同じに見えるんだけど」
「ああ。問題無い。そもそも私の場合はイオとは違って防具は貸してもらっていない。私は防具の下に着るインナーを性能が良い物と交換しただけだ」
「そうだったのか」
そういえばあの時のガルムさんも、メイランの装備ならまだしも俺の装備で挑むのは無謀、というようなことを言っていた。
なのでメイランの場合は防具の変更はなかったのだろう。
「あ、そういえばさっき我が儘がどうのこうの言ってたけど、いったいどうしたんだ」
俺がそう聞くとメイランは苦笑いを浮かべる。
「いや、大したことではないから気にしないでくれ」
「儂も気になるの。インナーとは言え防具は防具じゃ。その調整でなにがあったんじゃ?」
俺とメイランの会話にガルムさんも加わってきた。
流石にガルムさんに聞かれては俺に対してしたように誤魔化すこともしにくいようで、メイランは頬を指で掻きながら明後日の方向をみてポツポツと話し始める。
「じ、実はその………が………て」
「え?」
「すまんがよく聞こえんかった。もう一度声を大きくして言ってもらえるかの」
俺とガルムさんは声がちゃんと聞こえるようにメイランに近づき、耳を向けて今度は聞き逃さないようにした。
そんな時、ちらっと見た弟子の男性の様子が何だかおかしかったが、別段気にするようなこともないと思い放置することにする。
「―――っ」
なかなか言い出さないメイラン。
不審に思い顔を確認してみると、メイランは顔を赤くしていた。
「だから、サイズが合わなかったんだっ。胸とかお尻とかっ」
「………」
「………」
「すみませんでした。師匠でしたらお客さんを見て大体のサイズに始めから合わせられるのですけど、私はまだそこまでの鑑定眼を持っていなくて」
「ああいや、あなたが気にする必要はない。合わなかった物を今はこうしてピッタリ合わせてくれたのだから」
弟子の男性がメイランに頭を下げ、メイランはそれに対して笑顔で対応しているのが見えた。
「……ガルムさん」
「うむ……。考えていることは、同じかの」
「たぶん……」
俺は横に立つガルムさんと視線を交わすと、一度神妙な面持ちで頷く。
そして弟子の男性の方を叩き励ますようにしていたメイランの元まで、ゆっくりと一歩一歩木で出来た店の床を踏みしめて近づいて行った。
「ん? どうしたんだ」
メイランの目の前までやってきた。
彼女はまだ頬が少し赤く先程の発言の恥ずかしさからか、微妙に上を見て俺と視線を合わせようとはしない。
「――すみませんでした!」
「すまんかった」
俺は勢いよく頭を下げた。
ガルムさんも俺に続いて頭を下げる。
先程の一件は下手をするとセクハラだ。
悪気や意図してやったことではないとはいえ、謝罪しなけらばならない。
「えっ!? そんな、私は気にしていないから――」
この後俺とガルムさんは謝り続けた。
それはメイランが『そんなに謝り続けられると思い出して余計に恥ずかしくなる』と、頼むからやめてくれと頭を下げるまで続けられた。
―――余談ではあるが、そんな俺達の様子を一人傍観していた弟子の男性は、『三人とも綺麗な90°のお辞儀でした』とどうでもいい感想を伝えてくれた。
お読み頂きありがとうございます。
物語はイベント回に入りました。
次話ではイベント開催地に主人公達が到着~というシーンから始まる予定です。




