64.「この森に変化が起きている」
「はぁあああっ!」
森の中に木霊するメイランの気合いの入った声。
彼女はその声に会わせて両手に握った剣を左右から繰り出した。
だが惜しいところで剣は目標を捉えることが出来ない。
メイランが戦っている相手は蜂を大きくしたような昆虫型のモンスターで、大きさは大体小型犬(大体チワワやダックスフンドくらい)ありその体の上には『ソルジャービー』という名前が表示されている。
ソルジャービーは三匹いたが今はその数を二匹に減らしている。
一匹はメイランが手に持つ双剣で切り刻んで既に倒していた。
「ふっ! やぁああっ!」
ソルジャービーは“ブブブブブ”と離れていても聞こえてくる、なんとも耳障りな羽音を立てながら空中を自由自在に跳び回る。
普通に考えれば自由自在に飛び回れるソルジャービーの方が圧倒的に有利そうだが、攻撃方法が蜂らしく?お尻の先端に付いた針で突き刺す、というものだけらしく自ら高度を下げてメイランに向かって突っ込んでいく。
「動きが単調だな、体が大きくなっても知能はやはり昆虫ということか、なっ!」
馬鹿のひとつ覚えのように真正面から、メイラン目掛けて突っ込んでくる一匹のソルジャービー。
メイランは腰を落とし双剣を持ち直すと自ら前へと踏み込んだ。
それを見たソルジャービーは上体を起こし針の付いたお尻の先端を前方に向ける。
木々の隙間から差し込んだ日の光によって、白色が若干黄ばんだような色をした針が鈍く光を反射した。
先に攻撃を繰り出したのはソルジャービーだった。
メイランとの距離が詰まる瞬間、体を大きく仰け反りタメを作るとバネのように伸ばし針による刺突を繰り出す。
だがメイランはその攻撃を完全に見切っていた。
「《デュアルスマッシュ》!」
繰り出されたソルジャービーの攻撃を、首を横に傾けるだけの最小限の動きで回避し、そのまま直進していくソルジャービーを見送り直ぐさま自身は体を一八〇度回転させる。
そして【双剣】スキルの技である《デュアルスマッシュ》を、がら空きになっていたソルジャービーの背中に叩き込んだ。
メイランが使った《デュアルスマッシュ》は両手に握った双剣を、同時に振り下ろすという単純な技で【双剣】スキルでは一番最初に使えるものらしい。
ただ繰り出されるスピードはかなり速く、発動が遅いスキルの技であれば後から発動しても後の先を取れることもあるほどだ。
それだけスピードの速い攻撃を放たれたソルジャービーは、方向転換する間もなくメイランの攻撃を受けてしまう。
そして体力ゲージを約半分まで減らされてギチギチギチと、鳴き声のような音を立て地面で藻掻くことになった。
地面で藻掻くソルジャービーから視線を外しメイランは地上で仁王立ちしながら、もう一匹のソルジャービーを見上げる。
最後のソルジャービーは高度を上げて高見の見物をするようにホバリングの体勢に入っていた。
視線、とは言っても昆虫の複眼なので実際にはどこを見ているのかわからないが、体の正面はメイランの方を向いたまま微動だにしない。
完全にメイランを敵と認識し警戒している様子だった。
「………今だイオっ!」
そしてその瞬間を待っていたメイランは、木陰に隠れて移動していた俺に向かって合図を出す。
俺は戦闘を繰り広げていたメイランとソルジャービーたちから距離を取りつつ、大きく迂回してソルジャービーの背後へと回り込んでいた。
「《ファイアアロー》!」
メイランからの合図と同時に俺は木陰から飛び出し、空中でホバリングするソルジャービーを狙って魔法を放つ。
完全に隙を突かれる形となったソルジャービーは、碌な回避行動を取ることも出来ず魔法の直撃を喰らった。
見た目通りと言えばその通りだが、ソルジャービーに対して火魔法の《ファイアアロー》は相性が良い。
一気に体力ゲージが削られて残りはほんの僅かになってしまう。
あの量では単純に殴られただけでもトドメになってしまうのではないだろうか。
「これで終わりだ」
俺の《ファイアアロー》を喰らって地面に落下した、体力も風前の灯火なソルジャービーはもはや敵ではなかった。
風を切るように駆け抜けてきたメイランが、先に地面で藻掻いていたソルジャービーもろともすれ違い様に『X』を描くように双剣を振り抜く。
それがトドメとなりソルジャービー二匹は光の粒となってその姿を消した。
「お疲れ様、メイラン。大丈夫か?」
「ああ、問題無い。一度も相手の攻撃は受けていないからな」
俺は歩いてメイランに近づく。
まるで血振りをするように剣を一振りしてから鞘に戻すメイラン。
その姿は妙にハマっていた。
「イオの方こそ見事な魔法攻撃だったぞ」
「どうも……って言っても、さっきの《ファイアアロー》は若干だけどホーミング機能があるからね。よっぽど見当外れな場所目掛けて放たない限り、外れないんじゃないかな」
「だが魔法が命中し、ダメージを与えたという事実に変わりはない」
メイランは真っ直ぐな眼差しで俺の事を見る。
その視線になんだか恥ずかしくなってしまった俺は、頬を指でなぞりながら明後日の方向を見つつ『ありがと』とお礼を言った。
「……ところで話は変るんだけど、メイランは今のモンスターって見たことあった? 俺初めて見たんだけど」
俺はウィンドウを開き今の戦闘で得たドロップアイテムを確認しながら、同じくウィンドウを操作していたメイランに聞いてみた。
と言うのも、先程のソルジャービーはこの森で初めて見たモンスターだったのだ。
「いや、私も初見だ。この森に住み着いているモンスターは一通り遭遇して戦ったはずだったのだが……」
メイランはウィンドウを消し体の前で腕を組んだ。
「俺もガルムさんからの依頼でこの森には来たことがあるんだけど、その時には『ソルジャービー』なんていなかったんだけどな」
「私の方も同じだ。この森、もっと言うとこの辺りにも何度か足を運んだことがあるが、一度も今のモンスターとは遭遇しなかった」
「そうなのか。まあ俺達が偶々今まで一度も遭遇したことがなかった、っていうだけの可能性もあるけど」
「本当にそうなのだろうか」
あまり深く気にしなかった俺の言葉にメイランが待ったを掛ける。
「どういうこと?」
「いや、これはあくまで私の予想なのだが、この森に変化が起きているのではないかと思う」
「変化?」
「そうだ。そして恐らくその原因は私達が受けた指名依頼、ひいては今度開催される公式イベントが関わっている」
メイランが考えたことをまとめると、今度行われる公式イベント【森の中の死闘】に向けて、この森の仕様が変更されているのではないかということだった。
その一環として出現するモンスターが変ったのではないかと、そうメイランは考える。
「ここまで言ってしまって今更だが、全ては私の予想、妄想だ。あまり過信しすぎないでくれるとありがたい」
「いや、そんなことはないよ。今の話を聞いて俺もそうかもしれないって思ったしね」
現実世界で元々いなかった生き物が突然姿を現した場合、外来種が人間の手によって連れ込まれたという事が考えられるが、このゲームの世界ではそんな可能性はほぼないと言って過言ではないだろう。
メイランが言ったイベントに合わせた変化と考えるのが一番可能性がありそうだ。
「じゃあもう少し森の奥の方にも行ってみようか。『ソルジャービー』意外にも森に変化があるかもしれないからさ。それを確認してみよう」
「それは良い考えだ。イベントも指名依頼も万全の態勢で迎えたい」
一度俺とメイランは頷き合うと準備を整えて再び歩き始める。
その後は残念ながら大きな森の変化を確認することは出来なかった。
だがモンスターとの戦闘において、メイランとの連携の練度を上げるという目標は達成出来たと言えるだろう。
ソルジャービーの時のようにメイランが前面に出て、俺がバックアップする。
逆に俺が前面に出てメイランがバックアップ。
二人で背中を預け合いながら猛烈に攻撃を仕掛けるなんてこともした。
俺とメイランはその後フレンド登録し、ログイン時間が合う時は連絡を取り合い一緒に行動を共にした。
―――そしてそれから時間は経ち、いよいよイベント初日を迎えることとなる。
最後までご覧頂きありがとうございます。
次話からイベント回に突入予定です。
そしてこのイベントまでが1章として、物語の区切りとなります。




