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55.「あんなのと遭遇するなんて……」

ご覧頂きありがとうございます。

 

 

 

「はっ、はっ、はっ、はっ」



 リズミカルな呼吸音が耳に入ってくる。

 もちろん俺の呼吸音だ。



 森の中を今のところは順調に駆け抜けていた。

 マップのナビ機能を使っているので最短距離を進めている。

 森の出入り口に辿り着く前に、モンスターと遭遇してしまうんじゃないかと思っていたのだが……。



「はっ、はっ、っと。スタミナがそろそろ切れるな」



 俺は走るペースを落とす。

 そしてスタミナが回復するまで歩きながら待つ。



【早駆け】スキルを使っていたのだがずっと使い続けているうちに、何となくスタミナが切れる前の予兆のようなものを感じ取れるようになった。

 実際、切れるかな?と思った時にステータスを開いて、スタミナのゲージを確認してみたら残り僅かとなっていたので、間違いないだろう。



 かれこれ二〇分ほど走っては休みを繰り返しているが、全く息が上がることもない。

 ゲームの中だから出来る芸道で現実世界の俺だったら、【早駆け】のハイペースを維持して二〇分も走り続けるなんて出来ないだろう。

 


「しっかし、これだけ【早駆け】を使ってるのに一向にスキルに変化がないな。もしかして【早駆け】は変化しないとか?」



 この“∞”の世界では移動手段が今のところ徒歩しかない。

 いや、これは俺がそうだと言うだけで他のプレイヤーの人達や、NPCはもっと移動手段を持っているのかもしれないけど。

 とにかく『俺は徒歩移動』しかない。



 なので【早駆け】はちょくちょく使っていて、たぶん【槍】や【火魔法】なんかよりもよっぽど頻度が高いはずだ。

 だけどスキルに変化が一向に見られない。

 そんなことを不審に思いながら足を進めていく。



 ―――ゥン……。



「ん?」



 俺は何か違和感を感じて足を止めた。

 その場に立ち止まったことで、スタミナの回復速度が少しだけはやくなる。



「なんだ? 今の。地震か? でもゲームの中に地震なんてあるのか?」



 そう考えている間にも、ほんの僅かだが地面が震動している感覚が足を通して伝わってきた。



 ――ゥン……、ズゥン。



 段々と揺れが大きくなってくる。

 それに伴って森の中には重い響く音がこだます。。



「音は……あっちの方から聞こえて来るみたいだ。いったいあの音は」



 音が聞こえてくると思われる方を見る。

 なんの変哲もないただの森しか見えない。



 だがそれは自分から見えている範囲に限ったことだった。

 視線を向けている森の方向、離れた場所から何羽もの鳥が一斉に悲鳴のように鳴き出す。

 そして空を見てみると黒い点――無数の鳥たちが今まさに空へと飛び立った。



「これは嫌な予感しかしないぞ。ど、どこかに隠れるか。うん、そうしよう、それがいい」



 鳥たちが飛び立った直後は音は鳴り止み、振動も止まっていたが少し間を置いてから再び再開し始めた。

 しかもなんだかこちらに近づいてきているような気がする。



「ど、どこに隠れよう。――あっ! あそこにしようっ」



 俺は慌てて隠れる場所を探す。

 そして大の大人三人分ほどの太さがあり、アルファベットの『V』のように二股に分かれて伸びている木を見つけた。

 片方の木は隣の木までその体を伸ばしていて、伝っていけばかなり高いところまで労せず登れそうだ。



「よっ、と。ほっ、うんしょ」



 まず斜めに伸びたV字の木を歩いて登る。

 急な角度だが登り切ることが出来たので、隣の木に辿り着いたら今度はその気に手を掛ける。

 この時既に地上から約三メートル程の高さまで登ってきていた。



「急げ急げっ」



 俺は逸る気持ちをなんとか抑え、ついに木のほぼ頂上まで登り切った。

 大体地上十メートルある位だろうか。

 ちょうど葉が生い茂っているところに体を突っ込んだ形となる。

 これなら傍から見て誰かが隠れているなんて早々気が付かないだろう。



「―――」



 俺は息を殺し意識して気配を消すように努力する。



「そうだ、こんな時こそ……隠密」



 そう口に出し【隠密】スキルを使おうとしてみた。

 すると何だか自分の体が溶け出し、隠れている葉が生い茂った場所と一体になったような、不思議な感覚に見舞われた。

 


 きっとこれが【隠密】スキルを使ったことによる効果なのだろう。 

 そのまま俺は身動ぎ一つしないように注意しながら、纏わり付く葉の隙間から森の様子を窺ってみた。



 そして、そいつ(・・・)はその姿を露わにした。



 体はアスファルトのような黒に近い灰色で、見るからに厚く固そうなゴツゴツした皮膚。

 前足小さく胴体からまるでおまけのようにちょこんと伸びていて、太く逞しい二本の後ろ足が歩く度にズシン、ズシンと大地を力強く踏みしめ巨体を支えている。



 胴体から伸びる長い尻尾。

 根元から先端に行くに従って細くなるそれの先端には、見るからに毒々しい紫色の棘がバラのトゲのように生えていた。

 


 そしてなにより、無数の鋭い牙が少し空けられて口から見える大きな頭。

 口の端からは止めどなく白く濁った唾液が垂れている。

 目は人間のように顔の前面ではなく魚のように左右にあり、ギョロギョロ忙しなく眼球を動かし周囲の状況を観察しているようだ。

 さらに大きな鼻の穴をひくつかせてもいる。


 

 その姿はまるで恐竜(・・)だった。

 それもかの有名な肉食恐竜、映画や図鑑で見たことのあるティラノサウルスに酷似していると思う。

 尻尾のトゲはゲーム特有の物だろう。

 現実世界の方で『ティラノサウルスの尻尾にはトゲがある』なんて、少なくとも俺は聞いたことがない。



「っ……」



 そいつ――とりあえず今はティラノサウルスと呼んでおこう。

 ティラノサウルスはゆっくりと歩き、俺が隠れている木のちょうど真下までやって来た。

 視線だけを動かし観察してみると、体長は尻尾の先端まで入れて十メートルくらい。

 高さは三メートルほどといったところだろうか。

 


 ティラノサウルスは俺に観察されていることに気が付いた様子を見せず、鼻をひくつかせ荒い呼吸音をたたせていた。

 その様子はまるで隠れた獲物の居所を探っているみたいだ。



 もしかして俺の存在がばれてしまったのか、と思ったがなんとか気付かれずにすんだ。

 ティラノサウルスはその場で執拗に鼻をひくつかせていたが、最後には何事もなかったかのように再び歩き出し、地面を揺らしながらその場から姿を消した。



「……ぷはぁー」



 俺は肺に溜まった空気を勢いよく吐きだした。

 いつの間にか息をするのを忘れていたようだ。

 かいてはいないが汗を拭うように額をひと撫でして、スルスルと登っていた木から下りる。



「ああ、緊張した。ていうかなんだよあれ、いきなりあんなのと遭遇するなんて……心臓に悪いぞ」



 まあ何事もなく済んで良かったかな。

 あんなのともし戦うことになんてなったら、勝つどころかまともにやり合える気すらしないぞ。



「いちおうあれもモンスターだよな。あっ、名前を確認するの忘れてた」



 ティラノサウルスの様子を観察するのと、見つからないかという心配で頭がいっぱいで、あいつの名前を確認するのを忘れていたことにようやく気が付いた。

 


「まあいいか。あんな大きくて見るからに強そうなモンスターだ。街に戻って聞けば誰か知ってるだろ」



 もしかしたら去っていたティラノサウルスが戻ってくるかもしれない。

 今は考えるよりもこの場から離れることを優先しよう。



 俺は【早駆け】を使って速やかに移動を開始する。

 その時一度ティラノサウルスが通った場所を見てみたら、地面にはくっきりとあいつの足跡が残っていた。

 なので俺は足跡の有無を確認しながらヴァイスを目指すことにした。

 それ以降もう一度遭遇することもなく、なんとか無事に森の出口まで辿り着いた俺は、ヴァイスの街へと帰還する。



「はぁ。やっと帰ってきた」



 森を抜けた後は歩いて街道まで移動したが、モンスターはおろかプレイヤー、NPCにも出会うことのないままヴァイスの街が見える場所までやって来た。

 俺は門を潜り抜けるとガルムさんの指名依頼達成の報告をすると共に、あのティラノサウルスのことについて聞くため冒険者ギルド(正式名称:クエスト発行所)を目指し足を進める。





ここで少し補足を。


今回の内容で主人公が【隠密】スキルを発動するシーンがありますが、これは口に出していう必要は本来ありません。

【隠密】は所謂パッシブスキルの一つなので、条件が合い使用者が拒絶しなければ自動で発動します。

口に出す必要があるのはスキル技で、例えば【槍】スキルの技である《二段突き》などです。


主人公はVRゲーム素人なので、今後こういった知識は他のプレイヤーなどとの交流の中で、改められていく予定です。

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