誰に発言権を認めるのか
佐和子は新聞を畳んだ。
「そういや叔父さん」
「ん?」
「昨日の会合でVOICEの話、出てへんかった?」
「ああ、あれか」
「うん」
「スマホで政府に文句言うやつやろ」
「文句だけちゃうわ」
「似たようなもんや」
「今はSNSみたいなんもできるで。知り合い同士で話したりもできる」
「そんなん、もう使てるやつあるやろ」
「民間のSNSやろ」
「それでええやん」
源治は露骨に嫌そうな顔をした。
「新しいこと覚えるん、もうかなわんわ」
「まだそんな年ちゃうやろ」
「十分や」
「で、会合では?」
「ああ」
源治は記憶を探すように天井を見た。
「偉い先生は、あれも悪い仕組みやないけど、慎重にせなあかん、とか言うてたかな」
「何が慎重なん?」
「そこまでは覚えてへん」
「寝てたやろ」
「ちょっとだけな」
佐和子は呆れた。
「ほかの団体の人は?」
「ああ、それはちょっと盛り上がっとった」
源治が身を起こした。
「外国から世論工作される危険があるから、あんなもんやめさせろ言う人もおった」
「本人確認あるのに?」
「そこはよう知らん」
「ほかは?」
「逆や。せっかく国民に直接訴えられるんやから、保守側も積極的に使うべきや言う人もおった」
「へえ」
「若い連中は、そっちが多かったかな」
「まあ、そうやろな」
佐和子は腕を組んだ。
「私は使ったらええと思うけど」
「お前、使うとるんか」
「使ってるで」
「いつの間に」
「叔父さんよりは進んでんねん」
佐和子は少し得意そうに言った。
VOICEには不安なところもある。
将来どうなるのかは分からない。
ただ、少なくとも本人確認という点では、民間SNSより安心できるところがあった。
紀州国史会で副会長という肩書を持つようになってから、佐和子はほかの地方の保守団体に所属する女性とも連絡を取るようになった。
現在は民間SNSで話している。
だが最初に知り合ったのはVOICEだった。
相手も地方の小さな保守団体で活動している女性だった。
いきなり民間SNSで、
「同じ考えです。話しませんか」
と連絡が来ても、佐和子なら警戒する。
プロフィールなどいくらでも偽れる。
紀州国史会のような団体だからこそ、
「外国の工作員やったりしてな」
と、半分冗談、半分本気で言うこともあった。
VOICEでは事情が違う。
政治参加用のアカウントについては本人確認が済んでいる。
少なくとも、同じ制度上の資格を持って参加している人物だということは運営側が確認している。
さらに双方が同意すれば、氏名や居住する都道府県、市区町村など、限定された本人情報を互いに確認できる仕組みも追加されていた。
もちろん、住所そのものや電話番号まで勝手に表示されるわけではない。
それでも、
実在する人物か。
言っている名前が本名か。
本当にその地域に住んでいるのか。
という最低限の確認にはなる。
何度かVOICE上で話す。
信用できると判断する。
そのあとで民間SNSのアカウントを交換した。
日常的に話すなら、民間SNSのほうが便利だった。
写真。
動画。
通話。
スタンプ。
グループ管理。
機能の豊富さでは、まだ民間サービスのほうが圧倒的に上だった。
VOICEは、いわば、
最初に相手を信用できるか確かめる場所
として使っていた。
*
その女性とは最近、あることを話すようになっていた。
VOICEを使えば、自分たちのような小さな団体でも、以前より大きな影響力を持てるのではないか。
紀州国史会の会員は7人。
相手の団体も十数人程度だった。
政治家へ直接会いに行っても、大きな団体ほど相手にはされない。
全国組織なら何万人という会員を背景に、
「先生、よろしくお願いします」
と言える。
自分たちにはそれがない。
しかしVOICEなら違う。
提案した内容そのものに賛同者が集まればいい。
団体が7人しかいなくても、提案に10万人が賛成すれば、その10万人という数字が政治家の前に出る。
佐和子には、それが面白かった。
会社員時代にも似た感覚があった。
肩書より数字。
パートでも売上を上げれば本部が話を聞く。
エリアマネージャーでも結果を出せなければ相手にされない。
VOICEの世界も、それに近い。
大きな団体だから偉いのではない。
どれだけ多くの人に「その通りだ」と思わせられるか。
それが数字になる。
相手の女性から、ある夜メッセージが来た。
『うちらみたいな小さい団体には、むしろチャンスちゃいます?』
佐和子はすぐに返した。
『私もそう思う。人数では負けても、提案の中身で勝負できるもんな』
しばらくして、相手から返ってきた。
『やるなら本気でやりましょ』
佐和子は笑った。
そして入力した。
『そやね。これも一つの戦いやな』
少し考え、もう一言加えた。
『始める以上、負けられへんわ』
送信したあと、自分で少しおかしくなった。
戦争は嫌いだと言いながら、結局自分も「戦い」という言葉を使っている。
ただ、この戦いなら悪くない。
武器は言葉。
兵力は賛同者の数。
負けても誰も死なない。
それなら、思い切りやってみてもいい。
佐和子はそう思っていた。
*
海翔は、紀州国史会について書き終えると、しばらく父のノートをめくった。
なぜ父が、市民ネットワーク「ひらく」の話のあとに、まったく思想の違う紀州国史会の事例を残したのか。
何となく分かる気がした。
父が記録したかったのは、それぞれの団体が何を主張していたかだけではない。
保守。
リベラル。
民族派。
人権団体。
業界団体。
政治思想がどれほど違っていても、VOICEという新しい道具が現れたとき、人々がそれをどう見て、どう利用し、どう警戒したのか。
その変化そのものを残したかったのだろう。
海翔は論文作成画面に短く書き込んだ。
VOICEの普及は既存の政治的対立を消したわけではない。むしろ、それぞれの立場の人々が、VOICEを自らの目的にどう利用するかを考え始めた。
「こんな感じかな」
次のページをめくる。
そこに書かれていたのは、市民団体でも政治家でもなかった。
これまで政治運動とはほとんど縁のなかった、1人の男性の話だった。
そして、その小さな投稿が、結果としてVOICEをさらに成長させる養分になっていく。
***
そのスレッドは、
「その他」
というカテゴリーに入っていた。
このころのVOICEでは、すでに毎日膨大な数のスレッドが立つようになっていた。
道路。
教育。
税制。
福祉。
外交。
防衛。
地域問題。
制度改革。
一つ一つ人間が分類していては間に合わない。
そのため、投稿内容をAIが読み取り、自動的にカテゴリーへ振り分ける仕組みが導入されていた。
ただし、民間SNSにあるような、
「あなたへのおすすめ」
の機能は、意図的に付けられていなかった。
過去の閲覧履歴や思想傾向から、
――この人なら、この意見に賛成しそうだ。
とAIが判断してスレッドを表示すれば、特定の意見だけが急速に伸びる可能性がある。
さらに悪意のある管理者が、
「この政策を通したいから、このスレッドを多くの人に表示しよう」
と操作する余地も生まれる。
政治参加の基盤である以上、運営側が世論そのものを作り出してはいけない。
その考えから、VOICEの基本画面では、
新着順。
賛同数順。
議論参加数順。
カテゴリー別。
地域別。
といった、利用者自身が選択できる並び方が中心になっていた。
そのため、目立たないスレッドは本当に目立たなかった。
今回の投稿も、最初はその一つだった。
題名は、
『再犯防止のため、出所者への住居・就労支援をもっと充実させてほしい』
というものだった。
投稿者自身が、仮出所中の人物だった。
父のノートには名前が残されていない。
海翔は論文では便宜上、
A氏
と呼ぶことにした。
A氏は、殺人や重大な暴力犯罪を犯した人物ではなかったらしい。
若いころ、知人から誘われて犯罪グループへ入り、違法行為に加担した。
詳しい罪名までは書かれていない。
本人は投稿の中で、
「断れなかった自分が悪かった。自分の弱さが原因だったと思っている」
と書いていた。
一方で、
「罪を犯した人間が全員、最初から悪人だったわけではない」
とも訴えていた。
刑務所を出ても、家を借りにくい。
仕事の面接で前歴が知られると断られる。
金がない。
住む場所も安定しない。
周囲に頼れる人間も少ない。
そんな状態で、
「二度と犯罪をするな」
と言われても、元の仲間に戻る人間が出るのは当然ではないか。
ならば、再犯を防ぐためにも、最低限の住居と仕事を見つける支援を充実させてほしい。
そういう内容だった。
*
実はA氏は、その前にも一度スレッドを立てていた。
そのときの題名は、
『再犯防止のため、出所者にも補助金を出してほしい』
だった。
だが、ほとんど伸びなかった。
閲覧数自体が少なかった。
題名だけ見れば、
――犯罪者に金を配れという話か。
と思われたのかもしれない。
A氏は一度、そのスレッドを取り下げた。
そして文章をかなり書き直した。
今度は冒頭に、
『私は現在、仮出所中です』
と書いた。
自分が犯罪者であることを隠さなかった。
それが逆に人目を引いた。
VOICEには、
賛同
反対
のほかに、このころ追加されたばかりの、
「議論する価値がある」
という意思表示があった。
賛成とは言い切れない。
だが無視すべき問題でもない。
そういう案件に使うためのものだった。
A氏のスレッドでは、この3つすべてが増えていった。
そして一定の参加数を超えると、コメント欄が開放された。
そこから、状況が一変した。
*
最初は比較的穏やかな意見が多かった。
「再犯を減らせるなら支援する意味はあると思う」
「刑務所を出た人を社会から締め出して、また犯罪に戻ったら結局困るのは社会全体」
「犯罪者にも人権はある。それと被害者支援は両立できるはず」
一方で、反発もすぐに出た。
むしろ数としては、否定的なコメントのほうが多かった。
「犯罪者に税金使うなよ」
「被害者には十分な補償もないのに、加害者には住宅と仕事ですか」
「まず被害者に金返してから言え」
「犯罪した側が『自分を助けて』って政治に要求するの、さすがに順番違わない?」
「再犯防止は分かる。でも真面目に生きてても家賃払えない人いるんだけど」
「刑務所戻れば衣食住タダだぞ、って話になるのもどうなん」
さらに強いコメントも投稿された。
「お前みたいなクズに人権なんかない」
このコメントは、VOICEの運営によって削除された。
投稿者には、
「意見への批判ではなく、個人の人格そのものを否定する表現に該当する」
との通知が送られた。
ところが。
今度は、その削除自体が新しい議論を生んだ。
「犯罪者を批判したら削除されるの?」
「VOICEって加害者側にはずいぶん優しいんだな」
「『クズ』くらいで削除って、表現の自由どうなってるんですか」
「そのうち政府批判も『攻撃的表現』で消されそう」
それに対して反論が付く。
「犯罪を批判するのと、人格を否定するのは別でしょ」
「刑を受けた人間への人格攻撃まで許したら、更生なんてできなくなる」
すると、さらに反対側から返ってくる。
「加害者の人権を語る前に、被害者の人生について考えてください」
「更生が大事なのは分かるけど、被害者側からしたら簡単に『やり直せばいい』って言われても納得できんだろ」
議論は、いつの間にかA氏への支援の是非から、VOICE上で何を言ってよいのかという問題へ移り始めていた。
*
さらに別の争点まで出てきた。
「そもそも犯罪者にVOICE使わせる必要ある?」
というコメントだった。
すぐに返信が付いた。
「この人、仮出所中なんだろ。刑期が終わるまでは政治参加アカウント停止でいいと思う」
「むしろ逮捕された時点で一時停止でよくない?」
そこへ別の人が入る。
「逮捕=有罪じゃないぞ」
「不起訴だったらどうすんの」
「在宅起訴は? 逮捕されずに裁判になる人もいるでしょ」
さらに話が広がった。
「駐車違反で反則金払ったことあるけど、俺も犯罪者扱いでVOICE停止?」
「それは違反であって全部同じ扱いにするの無理だろ」
「じゃあ何罪からアウトなん?」
「懲役刑だけ?」
「執行猶予は?」
「少年院にいた人は成人後も制限するの?」
誰かが書いた。
「見るだけなら別によくない?」
それに賛同が集まった。
「刑務所でも新聞は読めるんだから、VOICEを見るくらいはいいと思う」
「閲覧と投票とスレ立てを分ければいいんじゃね」
「仮出所中でも『この道路危ないから直して』くらい言っていいだろ」
「でも『出所者に金くれ』を本人が立てるのは抵抗ある」
すぐに反論が来た。
「当事者が言わなかったら誰が問題提起するんだよ」
「生活保護の人は生活保護について意見するな、障害者は障害者政策について意見するな、って話になるぞ」
「いや、それと犯罪者を同列にするのは違うだろ」
「じゃあ何が違うのか説明してくれ」
そして、あるコメントが多くの「議論する価値がある」を集めた。
「投稿内容で判断するって言うけど、どこまでOKでどこからNGなのか誰が決めるんだ? 俺には線引きできん」
*
VOICEの運営担当者たちは困惑した。
コメント削除そのものは、それまでにも行ってきた。
脅迫。
露骨な差別表現。
個人情報の晒し。
執拗な同一内容の連続投稿。
民間SNSの運営基準や過去の裁判例などを参考に、暫定的なガイドラインを作って対応していた。
当然、不満を言う利用者はいた。
しかし、それまでは個別の投稿削除について文句が出る程度だった。
今回は違った。
誰にVOICEを使う資格があるのか。
犯罪者にも政治的な発言権を認めるのか。
人格攻撃と強い批判の境界はどこか。
被害者感情と加害者の更生をどう両立するのか。
どれも人権に関わる。
簡単な利用規約の問題として処理できる話ではなかった。
AIに、
「適切な解決案を提示せよ」
と入力したところで、答えが一つに決まる問題でもない。
AIができるのは、
それぞれの立場を整理すること。
海外の制度を紹介すること。
法律上の論点を列挙すること。
それくらいだった。
最終的に何を優先するかは、人間が決めなければならない。
*
そんな中、一つのコメントが目立つようになった。
「こういう問題をネットのコメント欄だけで決めるのは無理だと思います。海外で行われている市民会議のように、立場の違う市民が専門家から説明を受けた上で議論してはどうでしょうか」
投稿したのは、親VOICE派の市民団体に関係する人物だったらしい。
さらに続けて書かれていた。
「被害者支援の専門家、刑事政策の研究者、更生支援を行っている人、元受刑者、被害者側の当事者など、複数の立場から話を聞いたうえで、一般市民が考える場を作るべきです」
この意見には多くの賛同が付いた。
別の利用者が返信した。
「ネットだと強い言葉ばっかり上に来るから、これは1回ちゃんと話した方がいいと思う」
「俺も最初は犯罪者にVOICE使わせるな派だったけど、コメント読んでたら分からなくなってきた」
「分からない問題を分からないまま多数決するよりはマシ」
一方で、
「なんで税金使って犯罪者の発言権を考える会議まで開かなきゃいけないんだ」
という反対意見も当然あった。
それでも、市民会議を求める声は伸び続けた。
やがて独立したスレッドが立った。
『VOICEの利用資格・投稿削除基準について、市民会議を試験的に実施してほしい』
というものだった。
実は、VOICEの運営内部でも、市民会議という手法はすでに話題になっていた。
利用規約やガイドラインを政府や運営担当者だけで決め続けることには、限界がある。
誰かが必ず、
「なぜあなたたちが決めるのか」
と言い始める。
それなら無作為に選ばれた利用者に参加してもらい、専門家の説明を聞いたうえでルール案を作ってもらう。
理屈としては悪くない。
むしろVOICEとの相性は良かった。
問題は、その先だった。
VOICEの中だけで市民会議を始めたとしても、
「では法律についても市民会議で議論してほしい」
という要求が出るのは目に見えている。
地方自治体。
国政。
予算。
外交。
社会保障。
VOICEのこれまでの発展を見る限り、一度始まった機能は、ほぼ必ず現実の政治制度へ波及する。
それを懸念している政治家がいることも、運営担当者たちは知っていた。
監督省庁に対して、
「VOICEの権限拡大には慎重であるべきだ」
という圧力がかかっているという話も聞こえていた。
表立って反対すれば、
「国民参加を嫌がっている」
と批判される。
だから、
「制度的な検討が必要」
「慎重な議論が必要」
という表現になる。
だが、運営側にはその意味が分かっていた。
――あまり先へ進めるな。
ということである。
一方、VOICEの利用者からは、
「まず試しにやればいい」
という声が日増しに強くなっていた。
正式な制度にしなくてもいい。
1回だけ。
人数も少なくていい。
結論に法的拘束力を持たせなくてもいい。
まず、市民会議というものが本当に機能するのか試してみよう。
その程度の要求だった。
だからこそ、断る理由を作るのも難しかった。
VOICE運営チームは、完全な板挟みになっていた。




