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紀州国史会の若い事務局長

 尾上佐和子は、叔父の源治が運営している「紀州戦史資料館」へ向かっていた。

 実家は朝霧神社だった。

 父は長年、そこの宮司を務めている。

 決して大きな神社ではない。

 普段は参拝客もまばらで、境内に人影がない時間のほうが長い。それでも祭りの日になると様子は一変した。

 鳥居の外から境内まで10軒ほどの夜店が並び、子供たちが走り回る。

 焼きそば。

 りんご飴。

 金魚すくい。

 射的。

 そして、たこ焼き。

 佐和子にとって、子供時代の祭りの記憶には、いつもソースの焦げる匂いが混じっていた。

 現在は兄が権宮司として父を支えている。

 佐和子自身は神職にはならなかった。

 地元の短大を卒業すると、そのまま一般企業へ就職した。

 数年後に結婚。

 2人の子供を産んだ。

 下の子が小学校へ入ったころ、

「そろそろ働こかな」

 と、パートを探した。

 接客は昔から嫌いではなかった。

 むしろ好きだった。

 選んだのは、地元を中心に何十店舗か展開しているたこ焼きチェーンだった。

 時給だけなら、もっと条件の良い仕事もあった。

 スーパー。

 事務。

 倉庫。

 だが募集広告で、

 たこ焼き販売スタッフ募集

 の文字を見た瞬間、佐和子の中ではほぼ決まっていた。

 子供のころ、祭りのたびに仲の良かったたこ焼き屋を手伝っていたことを思い出したからだ。

「佐和ちゃん、ちょっと焼いてみるか」

 最初は遊びだった。

 だが意外にうまかった。

 手際よく生地を返し始めると、

「女の子が焼いてるで」

 と人が集まり、それが面白くて毎年手伝うようになった。

 店主から、

「お父ちゃんには内緒やで」

 と言われ、小遣いまで貰った。

 そんな記憶が残っていたのだろう。

 佐和子には、ほかの選択肢がほとんど見えなかった。


 *


 佐和子が入ってから、その店舗の売上は目に見えて増えた。

 本人には、なぜなのかよく分からなかった。

 特別なことをしたつもりはない。

 鉄板の周りを常にきれいにする。

 客が来たら笑顔で挨拶する。

 常連の顔を覚える。

 それだけだった。

「今日はお姉ちゃん一緒やないん?」

「今日は塾なんです」

「あら、頑張ってるなあ。ほんならこれ、帰ったら1個あげて」

 子供連れの客には、小さな紙製トレーを自分で用意し、時々一つだけ余分に載せた。

「おばちゃん、これ多いで」

「ええねん、秘密や」

 子供が笑う。

 親も笑う。

 そして次の週にも来る。

 本部も、その程度のサービスには目をつぶった。

 材料原価への影響はほとんどない。

 しかも売上が伸びている店に、

「たこ焼き1個余分に出すな」

 と細かく言うほど、本部も無粋ではなかった。

 佐和子の愛嬌は、本部社員にも評判が良かった。

 やがて店長になった。

 裁量が広がると、佐和子は次々に試した。

 もちろん、全部が成功したわけではない。

 あるときは、中身のタコをウインナーに替えた商品を作った。

 家庭でたこ焼きをするときにはよくある。

 子供には受けた。

 売上も悪くなかった。

 だが現場では問題が起きた。

「これ、タコですか? ウインナーですか?」

「分からん」

 焼いてしまえば外見はほとんど同じだった。

 鉄板のどの列に何を入れたのか分からなくなり、アルバイトが何度も間違えた。

 佐和子がいるときは管理できた。

 しかし佐和子が休むとミスが増える。

「これ、あかんな」

 売れていたが、やめた。

 商品として良いことと、店として回せることは別だと、そのとき学んだ。


 一方で、大成功したものもあった。

 たこ焼きを小さくした。

 女性や子供が、一口で食べられる大きさである。

 これは簡単ではなかった。

 鉄板そのものを新しく作る必要がある。

 佐和子は本部へ直接掛け合った。

「絶対売れますって」

「絶対って言われてもなあ」

「売れへんかったら、私の店だけで使います」

「鉄板作るのにも金かかるんですよ」

「ほんなら半年だけ試してください。数字出しますから」

 本部が折れた。

 容器も変えた。

 舟形のパックではなく、カップ麺の容器を小さくしたような丸いカップにする。

 片手で持てる。

 箸ではなく、小さなフォークを付けた。

 駅から家まで歩きながらでも食べられる。

 小さいから、子供が口に入れやすい。

 服にソースを落とすことも減る。

 量も少なめなので、

「こんなん食べたら晩ご飯入らへんで」

 と親に止められにくい。

 これが当たった。

 学生。

 買い物帰りの女性。

 小学生。

 会社帰りの人。

 客層が一気に広がった。

 やがて全店舗へ導入され、そのチェーンを代表する商品になった。

 佐和子はアルバイトの待遇にも口を出した。

「できる子には、ちゃんと払わなあかん」

 時給を上げた。

 すると、応募してくる学生の質が変わった。

 覚えるのが早い。

 責任感がある。

 接客も上手い。

 佐和子の店はさらに繁盛した。

 本部は、彼女をエリアマネージャーへ昇格させた。

 すると今度は、店長の給与制度へ手をつけた。

 固定給だけでなく、店舗の業績に応じた報酬を一部加える。

 売上だけではなく、利益率、離職率、客からの評価なども見る。

 結果を出した人間は給料を上げる。

 ただし、結果を出せない人間を追い出すという考え方ではなかった。

「店長に向いてへんからいうて、仕事できへん人とは限らんやろ」

 人を育てるのが得意な者。

 仕入れが得意な者。

 数字を見るのが得意な者。

 新店舗の立ち上げが得意な者。

 向いている場所へ移した。

 会社そのものが成長していたこともあり、役職を外れた者の居場所を作ることもできた。

 パートとして働き始めて15年。

 佐和子は取締役になった。

 一番驚いたのは夫だった。

「俺の倍以上もろてるやん……」

「別にええやろ」

「いや、ええけど」

「ほんなら問題ないやん」

 会社は、もともと1軒のたこ焼き店から始まった典型的な同族企業だった。

 規模が大きくなっても、社長一族の影響力は強かった。

 やがて創業家出身の社長が高齢になり、後継問題が表面化した。

 社長自身は息子へ譲りたかった。

 だが社内では、佐和子を推す声が予想以上に強くなった。

 従業員にしてみれば、理屈は単純だった。

 誰が社長になれば会社が伸びるか。

 誰が社長になれば、自分たちの給料が上がるか。

 そう考えると、社長の息子より佐和子だった。

 ところが、その声が大きくなったころ。

 佐和子は突然、辞表を出した。

「主婦に戻ります」

 それだけだった。

 周囲は止めた。

 本部長も止めた。

 古くからいる社員の中には、

「あと少しやないですか」

 と言う者もいた。

 だが佐和子には、その「あと少し」が嫌だった。

 自分がいることで、創業家の親子関係までおかしくなる。

 会社の中が佐和子派と社長派に分かれる。

 そこまでして社長になりたいとは思わなかった。

 子供たちも独立し始めている。

 これから先、大金が必要なわけでもない。

「もう十分やったわ」

 さっぱりとした性格の佐和子は、本当に後ろ髪を引かれることなく会社を去った。


 *


 それから数年後。

 叔父の源治が病気で入院することになった。

「佐和子、しばらく資料館見てくれへんか」

 頼まれた。

「ええよ」

 深く考えず引き受けた。

 叔父の源治は、昔から少し変わった人だった。

 佐和子の父より3歳下である。

 神社の次男に生まれたが、

「神主なんか、わしには向いてへん」

 と言って神職の道には進まなかった。

 神職養成の学校にも行かず、若いころは都会へ出ていた。

 10年以上いたと思う。

 何をしていたのか、佐和子も詳しく知らない。

 帰ってきたときにはある程度の資金を持っていて、それを元手に地元で建設業を始めた。

 商売はそれなりに成功した。

 そして、なぜか同時に団体まで作った。

 紀州国史会。

 世間からは右翼団体の一種と見られていた。

 本人は、

「右翼やない。民族派や」

 と言っていた。

 佐和子には、その違いがよく分からなかった。

 最盛期には30人ほどいたらしい。

 現在は7人。

 その7人には佐和子自身も含まれている。

「資料館で働くんやったら、形だけでも入っといてくれ」

 源治に頼まれ、入会したからだ。

 以前の佐和子には、「右翼団体」という言葉には少し怖い印象があった。

 ただ、話を聞けば、自分にも共感できるところはあった。

 昔から続いてきた地域の習慣は大切にしたい。

 皇室には、もう少し敬意を持ってもよいのではないか。

 外国人が急に増えれば、不安を感じる住民がいるのも当然ではないか。

 その程度の気持ちは佐和子にもあった。

 一方で、戦争は嫌いだった。

 右翼と呼ばれる人たちは戦争を肯定している。

 昔はそんな印象も持っていた。

 実際に紀州国史会へ入ると、表向きの主張は違った。

 戦争をするためではない。

 戦争を避けるために抑止力が必要だ。

 だから軍備を強化すべきだ。

 そういう理屈だった。

 もっとも、

 ――ほんまにそれだけなんかな。

 と思うこともある。

 会員の中には、どう見ても戦車や戦闘機の話をしているときだけ目が輝く人がいる。

 戦うことそのものが好きなのではないか。

 そんな疑いもあった。

 だから叔父の資料館にも、それまではほとんど来ていなかった。

 ただ――。

 初めて館内をゆっくり見たとき、一つだけ困ったことが起きた。

「……かっこええな」

 戦前の戦闘機である。

 もちろん実機ではない。

 精巧に作られたレプリカだった。

 特に、

 三式戦闘機「飛燕」

 には目を奪われた。

 細い機首。

 滑らかな胴体。

 翼の形。

 佐和子には、妙に美しく見えた。

 人を殺すために作られた機械なのに、なぜ美しいと思うのだろう。

 少し考えた。

 だが結局、

 ――ええと思うもんは、しゃあないわ。

 で終わった。

 理屈で感情まで上書きすることはできなかった。


 *


 資料館へ入ると、佐和子はまず館内を見渡した。

 客がいる。

 2人だった。

 若い男性で、スマートフォンを使って展示品をあちこち撮影している。

 多い日でも1日10人程度。

 少なければ、1日誰も来ないこともある。

 これでよく続いているな、と佐和子は思う。

 もっとも建物は源治個人の所有で、建設会社を売却した際の資産もあるらしい。

 採算を考えて運営しているわけではなかった。

 館内の奥に源治を見つけた。

「お疲れさん。昨日の京都、どうやった?」

 昨日、源治は関西地区の保守系・民族派団体の集まりへ参加していた。

 年に一度ほど、それぞれの団体の代表者が顔を合わせる。

 源治は椅子へ深く座ったまま答えた。

「どうもこうもあるかいな。わし、ほとんど座ってただけや」

「何の話してたん?」

「中国がどうやとか、外国人が増えたとか……そんなんやったかな」

「覚えてへんの?」

「途中、眠たなってきた」

「何しに行ったんよ」

「付き合いや、付き合い」

 源治は面倒そうに手を振った。

「アメリカもこの先どうなるか分からんから、いよいよ日本独自で防衛せなあかん、とか言うとったわ」

「叔父さんは何も言わんかったん?」

「何をや」

「昔はよう演壇に立って、わしが言うたった、いうて自慢してたやん」

「ああ……そんなこともあったかな」

「忘れたん?」

「昔の話や」

 源治は鼻を鳴らした。

「いまは誰も挨拶にも来えへん。行って、座って、帰ってきただけや」

 保守団体といっても、規模はさまざまだった。

 政治家と直接つながり、大きな集会を開ける団体もある。

 全国組織もある。

 一方、紀州国史会のように、地方で数人しか残っていない団体もある。

「うちも、ずいぶん小さなったからな」

 源治が言った。

「そのうち招待状も来んようになるかもしれん」

「ほんなら、うちももうちょい頑張らんとな」

「お前、やる気あるんか」

「一応、副会長やで」

「名前だけやろ」

「失礼やな」

 そのとき入口のベルが鳴った。

 新しい客が入ってきた。

 3人組。

 白人の外国人らしい。

 英語と思われる言葉で話しながら展示を見ている。

 飛燕の前まで来ると、急に声が大きくなった。

 よほど興奮したらしい。

 佐和子は眉をひそめた。

「ちょっと声大きいな。言うてくるわ」

 近づいた。

「Hey. Quiet, please.」

 自信満々に言った。

 3人は一瞬驚いたあと、

「Oh, スミマセン」

 と日本語で謝った。

「日本語できるんかいな」

 佐和子は小声でつぶやき、受付へ戻った。

 源治が笑っている。

「お前の英語、二語だけやん」

「通じたらええねん」

「まあ、そらそうや」

 外国人観光客は、昔よりずっと増えていた。

 観光客だけではない。

 日本へ住む外国人も増えている。

 佐和子はそれ自体をすべて否定するつもりはなかった。

 ただ、

「神社なんかは、もうちょい日本の習慣をちゃんと案内してほしいわ」

 と言った。

「大きい神社なんか、ほとんど観光地みたいになってるやろ」

「まあな」

「神社はテーマパークちゃうねんから。騒いだり、入ったらあかんとこ入ったりする人もおるし」

「日本人でもおるけどな」

「そらおるけど」

 佐和子は少し口を尖らせた。

「外国から来るんやったら、日本のやり方を知ろうとするくらいはしてほしいわ。こっちが全部合わせなあかんいうのは違うやろ」

「お前、だんだん国史会らしなってきたな」

「ほっといて」


 *


 佐和子は受付に置いてあった新聞を広げた。

 源治が毎朝持ってくるものだ。

 資料館の中でテレビやラジオを流すわけにはいかない。

 暇なときはスマートフォンを見るか、本を読むか、新聞を読む。

 今日は新聞の気分だった。

 ちょうど、少し苛立った表情を源治に見られずに済む。

 社会面をめくる。

 そこで、女性の社会進出についての記事が目に入った。

 人口減少によって働き手が不足している。

 女性のさらなる就業促進が急務である。

 管理職の女性比率をさらに高める必要がある。

 そういった内容だった。

「なんかなあ」

 佐和子は新聞の向こうから言った。

「こういう記事読んでると、専業主婦してる女は悪いことしてるみたいに聞こえるわ」

「また始まった」

 源治は面倒そうに言った。

「何が」

「佐和子の新聞への文句や」

「だってそうやろ」

 佐和子は新聞を少し下げた。

「働きたい人は働いたらええねん。私も働いたし。仕事は楽しかったで」

「ほんならええやないか」

「ちゃうねん」

 佐和子は指で記事を叩いた。

「働いてる女が偉くて、家におる女は遅れてる、みたいな空気になるんが嫌やねん」

 源治は黙って聞いている。

「私、1回仕事辞めて子供育てたやろ。そんで働きたなったから働いた。最後は役員までやった。それで会社辞めて、また家に戻った」

「忙しい人生やな」

「どれも私が決めたことや」

 佐和子は言った。

「女の生き方を自由にせえ言うてる人が、専業主婦選んだ女には『古い』とか言うんやったら、それ自由ちゃうやろ」

 それは、佐和子が以前から感じていたことだった。

 女性だからといって、必ず「進歩的」と呼ばれる考えを持たなければならないような空気も好きではなかった。

 男女平等には賛成する。

 能力のある女性が出世するのも当然だと思う。

 だが同時に、家族を大切にしたい、伝統を守りたい、皇室を敬いたいという女性がいてもよい。

 「女はこういう考えを持つはずだ」と決めつけること自体が、昔の男社会と何が違うのだろう。

 そう思うことがあった。

「いまだに日本の会社は男社会で、女は不当に差別されてるって言う教授おるやろ」

「おるな」

「ほんまに現場知ってんのかな」

 少なくとも、自分の経験とは違った。

 佐和子は学歴の高い人間ではない。

 短大卒。

 しかも最初はパートだった。

 それでも数字を出せば店長になった。

 エリアマネージャーになった。

 役員にもなった。

 もちろん、日本中の会社が同じだとは思わない。

 女性差別のある会社もあるだろう。

 だが、

 「日本企業では女性は評価されない」

 と一括りにされると、自分が働いてきた15年間まで否定されたような気分になった。

 もう一つ、佐和子が保守団体へ入ってから感じるようになったことがあった。

 防衛の話になると、

 女性は戦争に反対する側であるべきだ

 という前提で話す人が時々いる。

 それにも違和感があった。

 佐和子だって戦争など絶対に嫌だった。

 息子や娘が戦場へ行くような社会は望んでいない。

 だが、

 戦争が嫌だからこそ、相手に「攻めても無駄だ」と思わせる備えが必要だという考え方まで、好戦的だと切り捨てるのは違う。

 家族や子供を守りたいと思う気持ちは、むしろ母親にだって強くある。

 防衛を男だけの話にする必要はない。

 そんなことも考えるようになっていた。


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