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VOICEを歓迎できない理由

 平田は、VOICEの発展を複雑な気持ちで眺めていた。

 VOICEそのものの理念には賛成していた。

 むしろ、本来なら歓迎すべきもののはずだった。

 平田は、リベラル系の市民団体、市民ネットワーク「ひらく」の事務局長を務めている。

 政治や行政に対して、市民がもっと直接意見を言えるようにする。

 権力を政治家や官僚だけに集中させず、市民の側へ少しでも取り戻す。

 それは長年、彼ら自身が主張してきたことだった。

 だからVOICEが登場したとき、団体としても歓迎する声明を出した。

 ところが、実際にVOICEが広がり始めると、平田は予想していなかった問題に直面した。

 市民の声が、数字で見えるようになったのである。

 それまでは記者会見を開いて、

「国民は、この法案に反対しています」

 と言うことができた。

 もちろん嘘を言っているつもりはない。

 団体には反対意見を持つ人から相談が来る。

 抗議集会を開けば人が集まる。

 メールや署名も届く。

 だから、

 ――これだけ反対する人がいる。

 と感じるのは自然だった。

 しかしVOICEでは、賛成も反対も数字になる。

 ある法案について「国民の強い反対がある」と声明を出した翌週、VOICE上では反対意見が思ったほど伸びなかったことがあった。

 逆に、自分たちがさほど重要視していなかった問題に数十万の賛同が集まることもあった。

 平田は、その数字を見るたびに落ち着かない気分になった。

 ――われわれが聞いていた「市民の声」は、市民全体の声ではなかったのかもしれない。

 考えてみれば当然だった。

 市民団体へ相談に来るのは、その問題に強い関心を持つ人である。

 無関心な人は来ない。

 賛成している人も、わざわざ反対派の市民団体へ意見を言いには来ない。

 それでも以前なら、その偏りがどの程度なのか確かめる方法はなかった。

 VOICEは、それを容赦なく数字で見せた。


 *


 「ひらく」には、もう一つ重要な役割があった。

 政治家との橋渡しである。

 企業経営者なら、業界団体を通して政治家に会うことができる。

 経済団体のトップともなれば、閣僚と直接会談することも珍しくない。

 医師会。

 農業団体。

 労働組合。

 各種事業者団体。

 それぞれに政治との窓口がある。

 しかし普通の市民には、そうした伝手がない。

 そこで市民団体が相談を受け、意見をまとめ、議員へ届ける。

 「ひらく」にも、長年付き合いのある国会議員や地方議員が何人もいた。

 平田の事務局長室にも、有力な国会議員と代表が握手している写真が飾られている。

 以前なら、

「この問題について、一度先生に話を聞いてもらえませんか」

 と秘書へ連絡する。

 資料を作る。

 議員会館へ行く。

 事情を説明する。

 議員が問題だと判断すれば、国会質問で取り上げてもらう。

 役所へ問い合わせてもらう。

 それは市民団体の重要な仕事だった。

 ところがVOICEでは、市民が直接要望を出せる。

 しかも、

 賛同者 2万3,642人

 という数字を付けてである。

 政治家にとって、この数字は重い。

 市民団体が、

「多くの市民が困っています」

 と言うより、

「あなたの選挙区で1万8千人が賛同しています」

 と示されたほうが、はるかに無視しにくい。

 政治系の市民団体だけではなかった。

 労働団体。

 業界団体。

 NPO。

 地域団体。

 そして政治家自身も、自分たちの役割が少しずつ変わり始めていることに気づいていた。

 平田には、もっと直接的な心配もあった。

 金である。


 最近、「ひらく」への寄付が少しずつ減っていた。

 クラウドファンディングも、以前ほど集まらない。

 もちろんVOICEだけが原因だとは言えない。

 だが、相談者から、

「VOICEで要望を出してみました」

 と言われることが増えた。

 以前なら「ひらく」に相談し、署名活動を支援してもらっていた人が、自分でVOICEにスレッドを立てる。

 その場でできる。

 無料である。

 賛同者の数もリアルタイムで分かる。

 市民団体を通す必要がない。

 代表は大学教授で、活動に対して報酬を受け取っていなかった。

 しかし平田と数人のスタッフは違う。

 団体の専従職員であり、ここから給料をもらって生活している。

 理念だけでは済まない。

 ――この組織は、この先何をするのだろう。

 平田は最近、それをよく考えるようになった。

 おそらく、

 市民の声を政治家へ届ける組織

 という役割は小さくなる。

 代わりに、

 まだ多くの市民が気づいていない問題を発見し、知らせる組織

 へ変わらなければならない。

 しかし、それも簡単ではない。

 問題を提起してもVOICEで数字が集まらなければ、政治家は動かない。

 政治家が動かなければ、相談してきた市民から、

「結局何も変わらなかった」

 と思われる。

 そして次からは、市民団体ではなくVOICEを使う。

 同じ結果になるとしても、

 手間が少ない。

 それだけでVOICEの勝ちだった。


 *


 その日の午前中。

 平田は「ひらく」の代表と話をしていた。

 代表は70歳近い大学教授だった。

 長年、市民運動や人権問題に関わってきた人物である。

 資料を一通り説明したあと、代表はあっさり言った。

「まあ、VOICEがここまで来たなら、われわれの役割も一つ果たしたということかな」

 平田は聞き返した。

「果たした、ですか?」

「ああ。われわれがずっと言ってきたことだろう。市民の声をもっと政治へ届けろ、と」

「それはそうですが」

「実際に届く仕組みができた。それなら今度は、あれを盛り立てていけばいいんじゃないか」

 平田は少し間を置いた。

「お言葉ですが、代表」

「うん?」

「私は、VOICEには危険な面もあると思っています」

「例えば?」

「ポピュリズムです」

 代表は椅子へ背を預けた。

「なるほど」

「感情的な意見が一気に集まり、そのまま政策へ反映される。少数者の権利が、多数の感情で押しつぶされる可能性があります」

「それは確かにあるな」

「ならば、われわれが警戒する必要があると思います」

 代表は少し笑った。

「ただな、平田さん」

「はい」

「多数決そのものは、民主主義の基本的な仕組みの一つだ」

「もちろんです」

「だから、何をポピュリズムと呼ぶのかは慎重にしないといけない」

 平田は黙った。

「自分たちが賛成している意見が7割なら、『民意が示された』と言って、自分たちが反対している意見が7割なら、『大衆が感情に流されている』と言う。それでは通らん」

「それは……」

「われわれ自身が、一番気をつけないといけないことだ」

 平田にも代表の言いたいことは分かった。

「ただ、少数意見を無視していいという話ではありません」

「もちろん違う」

 代表はすぐに答えた。

「わしが言いたいのはな、自分たちの意見が多数派になったときにも、『少数派の意見を大切にしよう』と言えるか、ということだよ」

 平田は少し考えた。

「それは、当然言うべきだと思います」

「ならいい」

「ただ……大衆が常に冷静だとも思えません」

「それも分かる」

「歴史を見ても、民主的な制度の中で支持を伸ばした勢力が、その後に民主主義そのものを壊した例があります。ナチスだって、選挙によって勢力を拡大し、政権入りしたあと独裁体制を作った」

「ああ」

「だから、単純に多数だから正しい、とは言えません」

「その通りだ」

 代表は腕を組んだ。

「だがな、だからといってVOICEそのものを敵に回すのは得策じゃないと思う」

「敵ですか」

「最近、この界隈で言われ始めているぞ」

「何がです?」

「VOICEは怪物だって」

 平田は眉を上げた。

「怪物?」

「ああ」

「そんなふうに呼ばれているんですか」

「政治家も言い始めた。役所の人間もな」

 代表は少し楽しそうだった。

「まだ子供みたいな怪物だがな。よちよち歩きだ」

「ずいぶん可愛い怪物ですね」

「今だけかもしれんぞ」

 代表は笑った。

「平田さん。あの怪物には、まだ足りないものがたくさんある」

「足りないもの?」

「ああ。だから、われわれはそこを補ってやればいい」

「育てるんですか」

「そうだ」

 代表は机の上の資料を指で軽く叩いた。

「怪物だからといって殺そうとする必要はない。まともに育てればいい」

「手懐ける、と?」

「まあ、そういう言い方でもいい」

「具体的には何をすれば?」

 代表はあっさり答えた。

「それを平田さんに考えてもらおう」

「私ですか?」

「わしはデジタルが苦手でね」

「代表……」

「最近のVOICE、何ができるのかもう分からん」

「私もそれほど詳しくありませんよ」

「平田さんはまだ若いだろ」

「46ですよ」

「わしから見れば若者だ」

「無茶な基準ですね」

 代表は笑った。

「頼んだよ」

 平田も苦笑しながら、

「まあ、調べてみます」

 と答えた。


 *


 その夜。

 平田は、長い付き合いのある政治記者と会っていた。

 繁華街の少し外れにある居酒屋だった。

 相手は全国紙の政治部記者で、政策より政局を追うことを得意としている。

「VOICE、すごいことになってきたな」

 平田が言った。

「地方自治体向けのシステムだったのが、もう国にも要望を出せる。来年からはSNSみたいな機能まで付くそうじゃないか」

「ああ。政治部でも結構話題になってるよ」

 記者はビールを飲んだ。

「今のところ大したことはできない。ただ、この先どうなるか分からんのが怖いっていうやつはいる」

「怪物って呼ぶ人間もいるらしいな」

「ああ。聞いたことある」

「今日、うちの代表にも言われたよ」

「何て?」

「怪物を敵にするな。味方につけて、手懐けろって」

 記者が笑った。

「いかにも先生らしいな」

「具体策は何もないんだぞ」

「そこも先生らしい」

 2人のグラスが空きかけていた。

 平田は店員を呼び、ビールと焼き物を追加した。

「ところでさ」

「ん?」

「政治記者にとって、VOICEって何なんだ?」

 記者は少し考えた。

「俺みたいな政局担当には……どちらかと言えば敵かな」

「敵?」

「政策を追ってる記者には味方だと思うよ。国民が何を問題にしているのか数字で見えるし、議論の過程も残る」

「じゃあ、なんで政局担当には敵なんだ」

「政局ってな」

 記者は箸を置いた。

「結局、人間関係なんだよ」

「まあ、そうだろうな」

「誰と誰が仲がいい。誰と誰が犬猿の仲。どの派閥が誰を担ぐ。誰が誰に借りがある。誰の選挙を誰が助けた」

 平田はうなずく。

「経済団体のトップが総理と会った。何を要望した。代わりに何を約束した。党内でどの法案を通す代わりに、別の人事を認めた」

「そういう情報を追うのが仕事か」

「そう」

 記者は自嘲気味に笑った。

「俺たちは、その情報を仕入れて、どこへ出すか考える」

「出荷するみたいに言うな」

「実際似たようなもんだよ」

 記者はビールを口へ運んだ。

「何を書くか。何をまだ書かないか。誰から聞いたことにするか。記者同士で交換することもある」

「相当ダーティーだな」

「否定はしない」

「それで政局を動かすこともある?」

「あるよ」

 平田は、昔、有名な政治記者や新聞人が、政党の分裂や連立の形成にまで深く関わった例を思い出した。

「それが政治だと思ってたんだ」

 記者は続けた。

「少なくとも、俺が若いころはね」

「権力闘争?」

「そう。極端に言えば」

 記者は指を2本立てた。

「政治家が上に行くには2ついる」

「2つ?」

「党内の権力と、国民の支持だ」

「ああ」

「昔なら貴族同士のつながりだけで権力を取れたかもしれない。今は民主主義だから、国民票も必要になる」

「両輪ということか」

「そう。党内をまとめられても人気がなければ選挙に負ける。国民人気があっても党内に味方がいなければ、総理になれないか、なっても長く続かない」

「なるほど」

「ところがVOICEは、そのバランスを少し変えるかもしれない」

 平田は身を乗り出した。

「どう変える?」

「政局の価値を下げる」

「それはどういう意味だ?」

「もし国民が、重要な政策についてVOICEで直接影響力を持つようになったらどうなる?」

「総理になっても、好き勝手にはできない」

「そう」

 記者は指を鳴らした。

「党内の重鎮に頭を下げて総理になっても、国民が反対すれば政策が通らない」

「議員も党より国民を見るようになるか」

「少なくとも今よりはな」

「次の選挙があるから?」

「それもある。今までは4年に一度、あるいは3年に一度くらいだった国民の評価が、毎週数字で出てくるようなもんだ」

「嫌だな、それ」

「政治家にとっては相当嫌だと思うぞ」

 2人は笑った。

 平田は少し考えた。

「でも、細かいところはVOICEじゃ決められないだろう」

「そうなんだよ」

「補助金とか、業界別の優遇税制とか、人事とか」

「そこは残る」

 記者はうなずいた。

「だから、政権を取るうまみそのものがなくなるわけじゃない」

「なら政局も残るじゃないか」

「残るよ」

「じゃあ、何が変わる?」

 記者は少し黙った。

「国民が、政局そのものに興味を持たなくなるかもしれない」

「どうして?」

「自分に関係する政策を、自分たちである程度動かせるようになるからだ」

 平田は黙った。

「今までは政治家Aが総理になるか、政治家Bが総理になるかで、その後の政策が大きく変わった」

「うん」

「だから国民も、『次の総理は誰だ』ってニュースを見る意味があった」

「VOICEで政策ごとに止めたり変えたりできるようになったら?」

「誰が総理になるかの重要性が、少し下がる」

「なるほど」

「もちろんゼロにはならない。外交も安全保障もある。予算編成も人事もある」

「それでも、昔ほどじゃない」

「そう」

 記者はグラスの中の氷を見た。

「そうなったら、俺みたいな記者の存在感は薄くなるだろうな」

「政局を伝える価値が下がる?」

「そういうこと」

「寂しいか?」

「かなり」

 記者は笑った。

「20年以上これで飯食ってるからな」

 少し間が空いた。

「でもさ」

「ん?」

「政策記者は逆に忙しくなると思う」

「どうして」

「国民が政策そのものを見るようになるからだよ」

 平田はその言葉を聞いて、少しだけ表情を変えた。

「政治家の人間関係を追う記者が減って、政策を説明する記者が増える」

「そうなれば、新聞としては悪い話じゃないのかもな」

「俺個人には悪い話だけど」

 2人はまた笑った。


 *


 帰宅した平田は、スーツを脱ぎ、そのままベッドに横になった。

 代表の言葉が頭に残っている。

 怪物を味方にしろ。

 足りないものを補え。

「足りないもの……」

 平田は天井を見ながらつぶやいた。

 まず思い浮かんだのは、昼間自分で話したことだった。

 ポピュリズム。

 単純な多数決だけで何でも決めるのは危ない。

 その問題を和らげる仕組みが必要になる。

「市民会議……か」

 無作為に選ばれた市民が専門家の説明を聞き、賛成側と反対側双方の意見を聞いたうえで議論する。

 アイルランドなどで使われてきた方法。

 VOICEと組み合わせれば面白い。

 次に浮かんだのは、情報だった。

 VOICEには膨大な情報が集まり始めている。

 誰が何に賛成したか。

 どの地域で何に不満があるか。

 どの年代がどんな政策を望んでいるか。

 政府がそれを自由に見られるとしたら危険ではないか。

 今の政権が悪用しなくても、10年後、20年後は分からない。

「独立した管理機関……」

 政府とは切り離したほうがいい。

 裁判所とも少し違う。

 選挙管理委員会のような独立性をさらに強くした組織。

 誰がそこを監督するのか。

 その監督者を誰が選ぶのか。

 そこにも市民参加が必要になる。

「あと……」

 ファクトチェック。

 投票機能。

 少数意見を必ず表示する仕組み。

 専門家の意見。

 AIによる議論整理。

 行政から独立した異議申し立て制度。

 1人が大量投稿して議論を占有するのを防ぐ仕組み。

 考え始めると、いくらでも出てきた。

 ――あれ?

 平田は薄暗い天井を見ながら思った。

 VOICEを危険だと思っていたはずなのに、自分はいま、どうすればもっと良いシステムになるかを考えている。

 代表の言うとおりになっている。

「手懐けられてるの、俺のほうじゃないか」

 苦笑した。

 そのあとも、

「市民会議は……」

「管理機関は……」

 と考えていたが、いつの間にか眠っていた。


 ***


 海翔は、父のノートから顔を上げた。

「これ、本当にあった話なのかな」

 少し疑った。

 市民団体の事務局長と代表が内部で交わした会話。

 さらに、居酒屋で政治記者と話した内容。

 父がその場にいたわけではない。

 どうしてここまで詳しく分かるのだろう。

 ――親父の創作じゃないのか?

 ただ、調べてみると、この平田という人物は後年、VOICEの成立過程について何度かインタビューを受けている。

 当時のことを回想する番組も残っていた。

 政治記者の側も、後に回顧録を書いている。

 父が国会議員になった三浦から聞いた可能性もある。

 複数の証言を一つの場面にまとめたのかもしれない。

 どこまでが事実で、どこからが父の再構成なのか。

 それは分からなかった。

 しかし、その後の歴史ははっきりしている。

 市民ネットワーク「ひらく」は、この時期を境にVOICEへの態度を大きく変えた。

 VOICEを警戒するのではなく、

 より民主的で、より安全なVOICEへ改良する

 という立場を取った。

 市民会議。

 少数意見の保護。

 ファクトチェック。

 VOICE運営組織の政府からの独立。

 行政によるデータ利用の制限。

 異議申し立て制度。

 後にVOICEの中心機能となる仕組みのいくつかは、「ひらく」を含む複数の市民団体が強く要求したものだった。

 一方で、VOICEを敵視する団体もあった。

 理由はさまざまだった。

 多数決政治への警戒。

 政府による監視への懸念。

 既存の政治参加制度を壊すという反発。

 そして表立っては言わないが、自分たちの組織が持っていた影響力を失うことへの恐怖。

 政治に関わるさまざまな組織が、それまでの「保守かリベラルか」「右か左か」という区分とは別に、

 親VOICE

 反VOICE

 中間・慎重派

 へ分かれ始めた。

 従来なら同じ主張をしていた2つの団体が、VOICEをめぐって対立する。

 逆に政策的には正反対だった団体が、

 「VOICEの運営は政府から独立させるべきだ」

 という一点で協力する。

 そうした奇妙な組み合わせも生まれ始めた。

 海翔は論文に書き込んだ。

 VOICEは政策の争点を増やしただけではない。VOICEそのものが、新しい政治的争点となった。

 少し考えて、さらに一文加えた。

 従来の政治的立場とは別に、「VOICEに権限を与えるべきか」という新しい対立軸が形成され始めたのである。


 *


 海翔は画面の年表を確認した。

 2032年。

 VOICEが生まれて、まだ3年目だった。

「3年でこれか……」

 改めて考えると異常な速度だった。

 最初は電子署名を集めるだけの仕組みだった。

 それが市役所への要望窓口になり。

 国への要望窓口になり。

 市民同士が話し始め。

 そして今度は、政治家、市民団体、記者、官僚までが、

 自分たちとVOICEとの距離

 を考え始めている。

 怪物。

 父が最初に使ったその言葉を、いつの間にか他の人間まで使い始めていた。

 しかし海翔には、このころのVOICEはまだ怪物というより、急速に成長している子供のようにも見えた。

 問題は、その子供が大人になったとき、誰の言うことを聞くのかだった。

 政府か。

 政治家か。

 市民団体か。

 それとも――。

 利用者自身なのか。

 その答えをめぐる争いが、これから本格的に始まることになる。


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