↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/32

武器を持たない抵抗

 そのころには海翔は会社を辞めていた。

 まともに仕事ができる状態ではない。

 会社側も経営が危うい。

 結局、父の農園で正式に働くことにした。

 畑で土に触れる。

 荷物を運ぶ。

 農園の会計を手伝う。

 それだけで気が楽になった。

 だが新警察のニュースを見るたび、腹の底に何かが溜まった。

 ――何なんだよ、この政府。

 国会はある。

 首相もいる。

 法律もある。

 なのに。

 誰が日本を動かしているのか分からない。


 時々。

 本気で思うことがあった。

 ――反政府ゲリラにでもなってやろうか。

 自分でも驚くほど自然に浮かぶ。

 だが。

 そのたび父を思い出した。

 かつてルンザットでは、本当にゲリラがいた。

 父はそのゲリラと戦った。

 武器を持ってではない。

 どうすれば、暴力に頼らず島を変えられるかを考えた。

 その延長線上に倉沢があり。

 三浦がいて。

 VOICEができた。

「俺がゲリラになったら、全部逆じゃん」

 海翔は自分に言い聞かせた。


 それでも社会の怒りは膨らんだ。

 外国メディアでも、

 「日本での治安維持措置は行き過ぎではないか」

 という報道が増えた。

 欧州。

 東南アジア。

 南米。

 各国で批判が出始める。

 しかし統治機構側も引けない。

 VOICEを許せば、

 外国の監督下にある日本政府より、VOICEのほうが国民の正統な意思を表している

 と認めることになりかねない。

 面子だけではない。

 統治そのものの根拠に関わる。


 *


 そんなとき。

 世界を震撼させる事件が起きた。

 ほぼ同じ日に。

 アメリカ。

 中国。

 ロシア。

 3か国の複数の政府関連施設で、警報が鳴った。

 施設内部で、小型の無人機が発見された。

 どのように入ったのか。

 いつ入ったのか。

 誰が操作していたのか。

 分からない。

 無人機は、人へ攻撃しなかった。

 一部は大音量の警報を鳴らし。

 別の機体は、ただ水を撒いた。

 それだけだった。


 しかし。

 誰も、

 ただのいたずら

 とは受け取らなかった。

 政府施設の内部。

 警備区域。

 そこへ到達した。

 そして水を撒いた。

 もし。

 水ではなかったら。

 もし。

 攻撃目的の装備だったら。

 世界中の安全保障関係者が、同じことを考えた。


 *


 事件から数時間後。

 一つの声明がネット上へ公開された。

 発信元は不明。

 サイトは複数の国から同時にアクセス可能だった。

 タイトル。

 AIR声明。

 ---

 AIR設立および日本国内における弾圧停止要求に関する声明

 私たちは、旧NINJA構想に関係する技術・人員・支援組織のうち、日本国外に存在する複数の集団によって構成されたネットワークです。

 私たちは今後、自らを

 AIR

 と呼びます。

 AIRは、米国、中国、ロシアその他の関係政府に対し、以下を要求します。

 日本国内におけるVOICE利用者への捜索、拘束、威圧その他の弾圧行為を直ちに停止してください。

 先般の行動により、私たちは各国政府の高度に警備された施設に対しても、一定の行動能力を有することを示しました。

 今回、危害を与える行為は意図的に行っていません。

 これは警告です。

 私たちは一般市民を攻撃対象としません。

 また、国籍、民族、宗教その他の属性を理由として人を攻撃する意思もありません。

 私たちが対象とするのは、国民に対する重大な弾圧を命令し、実行する権限を持つ者に限られます。

 AIRには、単独の指導者は存在しません。

 AIRは特定国家の軍隊でもありません。

 現在の構成員のうち、日本国籍を持つ者は全体の5%未満です。

 私たちは、複数の国、地域、民族に属する個人の集合です。

 重要な行動は、定められた手続に従い、多数の構成員による意思確認を経て決定されます。

 私たちは、日本政府の復権を求めているのではありません。

 私たちが求めているのは、

 日本の人々が、自ら話し、自ら判断する自由を取り戻すことです。

 弾圧を停止してください。

 それだけです。

 ---


 *


「……すげえ」

 海翔は画面を見ながら、思わず声を漏らした。

 興奮した。

 正直に言えば。

 胸がすっとした。

 新警察。

 捜索。

 拘束。

 それを行っていた大国の政府が、今度は自分たちの施設へ何かが入り込む恐怖を味わった。

 ざまあみろ。

 そんな気持ちが、確かにあった。

 同時に。

 少し残念でもあった。

「結局、力か……」

 VOICEが求めてきたものとは、違う気がした。

 暴力を使ってはいない。

 だが、

 いつでも使える

 と示して相手を動かす。

 それも暴力の一種ではないのか。


 *


 それでも効果はあった。

 翌日。

 日本国内におけるVOICE利用者の一斉捜索が停止された。

 新規拘束も事実上止まった。

 国際治安支援隊は街に残ったが、積極的な端末検査を行わなくなった。

 政府は、

 「治安維持方針の再検討」

 と説明した。

 誰も信じなかった。

「AIRだろ」

 VOICE上では、そう書かれた。


 *


 その2日後。

 さらに奇妙なことが起きた。

 別のサイトが現れた。

 AIRとはまったく違う。

 簡素な画面。

 花畑の写真。

 その下に文章が表示されている。

 ---

 世界の皆様へ

 私たちは、VOICEの考え方に共感し、日本国外で活動してきた人々の集まりです。

 まだ正式な組織名はありません。

 呼び名が必要なら、

 FlowerGarden

 とでも呼んでください。

 深い意味はありません。

 名前を決める会議で時間を使いたくなかっただけです。

 私たちは、AIRの目的の一部には共感します。

 日本でVOICEを利用したという理由だけで人を捜索し、拘束することには反対します。

 しかし、AIRが示した方法には賛同しません。

 政府高官を威嚇し、力によって判断を変えさせる方法を、私たちは採用しません。

 私たちが求めていることは一つです。

 日本の人々がVOICEを利用する自由を認めてください。

 そのため、これからこのサイトで世界規模の署名を開始します。

 現在の私たちには、日本のVOICEと同じ本人認証基盤はありません。

 したがって、一人一票を完全に技術的に保証することはできません。

 それでもお願いします。

 1人で何度も署名しないでください。

 自分とは違う意見を持つ人の署名を妨害しないでください。

 数字を大きく見せるために、不正をしないでください。

 この署名に法的拘束力はありません。

 それでも、世界各国の政府にお願いします。

 集まった意思を、ただの数字として無視しないでください。

 私たちは武器を持ちません。

 政府を倒すことも求めません。

 ただ、

 話す自由。

 考える自由。

 参加する自由。

 それを守ってほしいだけです。

 もし私たちの考えに賛成していただけるのであれば、一度だけ署名してください。

 そして、その1票を信じさせてください。

 ---

     *

「FlowerGarden?」

 海翔は笑った。

「名前、適当すぎるだろ」

 しかし、その軽さ。

 どこか覚えがあった。

     *

 文章だけではなかった。

 音声版も公開されていた。

 男性の声。

 少し年を取っている。

 落ち着いている。

 だが。

 妙に聞き覚えがある。

 海翔は途中で再生を止めた。

「……え?」

 もう一度最初から聞く。

 聞いたことがある。

 子供のころ。

 テレビ。

 VOICE。

 父の昔話。

 動画。

 何度も聞いた。

 最後。

 男の声が言った。

『難しいことをお願いしているのは分かっています』

 少し間を置く。

『証明する仕組みがまだありません。だから結局、最後は皆さんを信じるしかありません』

 そして。

 少しだけ、昔の調子に戻った。

『でも――』

 海翔の心臓が大きく鳴った。

 「私たちだって、バカじゃない。信じてほしい」

 再生が終わった。


 *


 海翔は、しばらく動かなかった。

「三浦さん……」

 だから。

 新しい村田内閣にいなかった。

 村田と仲違いしたわけではない。

 首になったわけでもない。

 最初から。

 別の場所へ行くつもりだったのか。


 海翔はスマートフォンを握った。

「父さん」

 電話しなければ。

 すぐに。

 ルンザットにいる父へ。

 海翔は発信ボタンを押した。


 ***


 グリフは、ホジャン島の農園にいた。

 農園の端に、大きな木が1本立っている。

 その木陰からは海が見えた。

 ルンザット方面へ続く海だ。

 午後の日差しはまだ強かったが、木の下には気持ちのよい風が通っていた。

 グリフはそこで電話をしていた。

「じゃあ、またな」

 相手は海翔だった。

「そのうち、こっちにも来いよ。うまいもん食わせてやる」

 少し間を置く。

「分かった分かった。里奈にも言っとく」

 電話を切った。


 *


 隣で三浦が聞いた。

「誰?」

「海翔」

「何だって?」

「例のFlowerGarden」

 三浦の顔が少し動いた。

「何て?」

「音声聞いたらしい」

「そりゃ聞くだろ」

「“あれ、三浦さんじゃないの?”って」

 三浦は空を見上げた。

「……何て答えた?」

「知らんって」

「それで?」

「“いくら三浦が馬鹿でも、自分の肉声そのままネットに流すはずないだろ”って言っといた」

「馬鹿は余計だ」

「事実だろ」

「信じた?」

「笑ってた」

「何て?」

「“三浦さんなら、やりかねない”って」

 三浦も笑った。

「俺、どう思われてんだよ」


 グリフは聞いた。

「しかし、本当になんで肉声にしたんだ?」

「知らない」

「知らない?」

「あれ、1週間くらい前に録った原稿なんだよ」

「うん」

「各国語版はAIで作る予定だった」

「日本語も?」

「もちろん」

「じゃあ、なんであんなにお前っぽいんだ」

「変換したはずなんだけどなあ」

 三浦は首をかしげた。

「声質は少し変えてる」

「確かによく聞くと違う」

「解析すれば別人判定出ると思う」

「でも普通の人が聞いたら三浦だぞ」

「まあな」

「世間はお前だと思うぞ」

「ああ」

 三浦はあっさり認めた。

「だから、しばらくここにいる」

「逃げてきたのか」

「避暑」

「暑いぞ」

「じゃあ避難」

「それなら合ってる」


 *


 グリフは海のほうを見た。

「それにしても」

「何?」

「何でFlowerGardenなんだ」

 三浦がにやりとした。

「分かってるだろ」

「やっぱり、あれか」

「あれだよ」

 三浦は笑った。

「お前の構想を説明するだろ」

「うん」

「100年後の世界平和」

「うん」

「国境を越えてVOICEみたいな仕組みを作る」

「うん」

「民族も国籍も違う人間が一緒に働いて、少しずつ偏見を減らす」

「うん」

「大体言われる」

 三浦は声色を変えた。

「“頭の中、お花畑なんじゃないですか”って」

 グリフが笑った。

「まあ、言われるだろうな」

「最初は俺も反論してたんだよ」

「何て?」

「いや、社会心理学的な根拠がありまして、とか」

「似合わんな」

「うるさい」

 三浦はビールの缶を持ち上げた。

「そのうち面倒になってさ」

「うん」

「お花畑で何が悪いって思った」

「開き直ったか」

「お花畑、上等」

 グリフが笑う。

「それ、日本人にしか分からないぞ」

「だから英語ではFlowerGarden」

「花園か」

「いいだろ」

「まあな」


 *


 少し風が吹いた。

 遠くで働いている人たちの声が聞こえる。

「うまくいくかな」

 グリフが言った。

「さあな」

 三浦はスマートフォンを見る。

「署名の数字は、今もすごい勢いで増えてる」

「VOICEも最初は署名だったな」

「ああ」

「結局、世界でもそこからか」

「最初なんて、そんなもんでいいんだよ」

 三浦は画面を閉じた。

「いきなり世界政府作りますとか言ったら、本当に頭がお花畑だろ」

「100年後なら?」

「まだお花畑」

「駄目じゃねえか」

 2人で笑った。


「アメリカたちは、どう出ると思う?」

「基本は無視」

「やっぱり?」

「当然だろ」

 三浦は言った。

「本人確認も完全じゃない。善意で一人一票お願いします、なんて政治家がそのまま信じるわけない」

「俺でも信じない」

「だろ?」

「じゃあ意味ないじゃないか」

「そうでもない」

 三浦は少し表情を変えた。

「アメリカなら、その次に世論調査するやつが出る」

「民間で?」

「メディアも大学もやるだろう」

「なるほど」

「FlowerGardenの署名は証拠にならなくても、“これだけ数字が出てますが、本当に世論もそうですか”って調べるきっかけにはなる」

「それで、本当に同じような数字が出たら」

「政府への圧力になる」


 *


「動くかな」

「ああ」

 三浦は答えた。

「多分動く」

「ずいぶん自信あるな」

「AIRが効いてる」

 グリフの顔から少し笑みが消えた。

「やっぱり、あれか」

「あれへの対応は簡単じゃない」

「どれくらい?」

「分からん。でも、完全な防止策を作るのに1年単位はかかると思う」

「そんなに」

「その間ずっと政府高官が、“もしかしたら自分の部屋にも入ってくる”と思いながら仕事するんだぞ」

「嫌だな」

「嫌だろ」


 *


「でもな」

 三浦は続けた。

「だからこそFlowerGardenが必要なんだ」

「どういうこと?」

「アメリカ政府だって」

 三浦は言った。

「“AIRに脅されたので日本への弾圧をやめました”なんて言えないだろ」

「ああ」

「そんなこと認めたら、次から全部脅迫で政治が動く」

「そうだな」

「だから別の理由が必要になる」

「世界世論?」

「そう」

「国際社会からの要望と、日本国民の意思を尊重した結果だと?」

「そういう形なら退ける」

「FlowerGardenは、向こうへの助け舟か」

「俺はそのつもり」

 グリフは感心したように三浦を見る。

「お前、政治家になったなあ」

「何年やってると思ってんだ」


「本当に向こうも、そう受け取ってくれるか?」

「水面下では話してる」

「誰と」

「言えない」

「急に政府高官みたいになるな」

「もう政府高官じゃないけどな」

「そうだった」

 三浦は苦笑した。

「アメリカにだって穏健派はいる」

「中国にも?」

「いる」

「ロシアにも?」

「いるよ。どこの国にもいる」

「表に出られないだけか」

「それもある」

 三浦は遠くの海を見る。

「それに、占領って金かかるんだよ」

「まあな」

「1億人規模の国をいつまでも監督するなんて、向こうだってやりたくない」

「形式さえ整えば帰りたい」

「そう」

 三浦は少し考えた。

「今のアメリカ大統領の任期中に、日本の実質的な独立回復までは持っていけると思う」

「そんなに早く?」

「目標」

「何だ」

「保証じゃない」

「政治家だなあ」

「逃げ道作るの覚えたからな」


 *


 しばらくして。

 三浦が大きく伸びをした。

「それにしても、ここいいなあ」

「ホジャン?」

「ああ」

「昔は大変だった島だけどな」

「今はいい」

 海。

 畑。

 風。

 遠くから聞こえる笑い声。

「俺、気に入った」

「住むか?」

「それもいいな」

 三浦が少し考えてから言った。

「こっちで嫁さん探そうかな」

 グリフが三浦を見た。

「じじいが色気づきやがった」

「いいだろ!」

「いくつだと思ってんだ」

「64」

「自分で言うなよ」

「64ならまだいけるだろ」

「何がいけるんだ」


 *


 ちょうど少し離れたところをローサが歩いていた。

「おーい、ローサ!」

「何?」

「ちょっと来てくれ!」

 ローサが近づく。

「どうしたの」

「三浦がな」

「うん」

「こっちで嫁さん欲しいんだと」

 三浦が止める。

「おい、言い方!」

 ローサは三浦を見た。

 上から下まで。

 じろじろと。

 しばらく見た。

「……じじいが色気づきやがったか」

 三浦がグリフを見る。

「同じこと言った!」

 グリフは笑った。

「まあ夫婦だからな」

「そこ似なくていいだろ」


「どうだ、ローサ」

「何が?」

「誰かいない?」

「三浦さんに?」

「そう」

「うーん」

 ローサはもう一度見る。

 三浦が妙に姿勢を正した。

「何で面接みたいになってんの」

「いなくはない」

「本当?」

「子供いるけど」

「全然いい」

 三浦は即答した。

「俺、子供好きだし」

「本人が三浦さんを好きになるかは別だからね」

「それは分かってる」

「本当に?」

「分かってるよ!」

「政治家って自信過剰だから」

「偏見だぞ」

「まあ」

 ローサは笑った。

「話だけしてみるか」

「本当?」

「期待しないで」

「恩に着る!」

「まだ何もしてない」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。