静かな包囲
『静かな包囲――日本はなぜ三大国を同時に敵に回したのか』
エレノア・ベネット
『Capitol & World』特別寄稿
2045年4月
東京では、桜が咲いている。
例年なら、上野公園や隅田川沿いには花見客があふれる季節だ。
しかし今年、ブルーシートはほとんど見当たらない。
人そのものが少ない。
代わりに、ときどき奇妙なものを見かける。
国連の標章を付けた人型ロボットだ。
武器は持っていない。
胸部には複数のカメラとセンサーがあり、一定の経路を歩きながら周囲を記録している。
私が3日前に新宿で見た機体は、横断歩道の手前できちんと信号を待っていた。
その光景だけを切り取れば、どこか滑稽ですらある。
だが笑っている日本人はいなかった。
外国勢力によって送り込まれた監視装置が、自国の首都を歩いている。
多くの日本人は、そう見ているからだ。
日本は今、戦争をしていない。
少なくとも正式には。
ミサイルも飛んでいない。
外国軍による日本本土への攻撃も起きていない。
それにもかかわらず、2045年4月の日本は、私が過去30年間取材してきたどの時期よりも戦争に近く見える。
*
現在の危機が突然始まったと考えるのは間違いである。
少なくとも1年前まで遡る必要がある。
2044年3月、中国は沖縄周辺海域で大規模な海空軍演習を行った。
ほぼ同じ時期、ロシアもオホーツク海で異例の規模の演習を実施した。
両国は、
「演習は各国が独自に計画したものだ」
と説明した。
額面どおり信じた安全保障専門家は、ワシントンにも東京にもほとんどいなかった。
開始時期。
演習内容。
発表のタイミング。
あまりに符合していたからである。
日本政府へ送られたメッセージは明確だった。
北と南を同時に見ることができるのか。
中国だけを警戒すればよいと思うな。
ロシアだけを見ればよいと思うな。
二正面になったとき、日本には対応する力があるのか。
私は当時、ある日本の元防衛官僚から、
「これは演習ではなく、質問状ですよ」
と聞いた。
「中国とロシアが日本に、“さて、どうしますか”と聞いているんです」
*
日本は、意外な方法で回答した。
数週間後、日本国内で一つの映像が報道された。
NINJA構想で開発されたとされる高速無人輸送機が、北海道方面から沖縄方面まで長距離移動に成功したというものだった。
政府が公式に認めたのは、
「新型無人航空システムによる長距離運用試験を実施した」
という事実だけである。
それ以外の情報は、ほぼすべて報道または推測だった。
しかし日本の安全保障関係者の間では、この機体には単なる輸送以上の能力があると考えられている。
大型機1機から、数十、あるいは数百単位の小型無人機を展開できる。
いわば、
空を飛ぶ移動式の無人機基地
である。
事実なら、その意味は大きい。
NINJA構想の弱点の一つは、日本列島が長すぎることだった。
無数の小型無人機を分散配置しても、北海道で余っている戦力を沖縄へ瞬時に送ることはできない。
逆も同じである。
高速輸送能力が加われば、それが変わる。
普段は全国へ薄く広く置いておき。
危機が発生した場所へ短時間で集中する。
つまり中国とロシアから送られた、
「二正面に対応できるか」
という問いに、日本は、
「少なくとも、できるよう準備している」
と答えたことになる。
*
ただし、ここには重要な問題がある。
その機体が北海道から沖縄まで高速移動できるなら、日本列島の外へ飛ばすことも技術的には可能だからだ。
NINJAは本来、
拒否的抑止
を重視した構想だった。
日本を攻撃しても。
基地を破壊しても。
指揮所を叩いても。
どこから無人機が現れるか分からず、侵攻目的を達成できない。
したがって、
「攻めても勝てない」
と思わせる。
それが中心思想である。
しかし長距離移動能力は、その境界を曖昧にした。
日本近海まで来た敵へ反撃するだけではない。
必要なら相手側へも届く。
つまり、
「攻めても目的を達成できない」
という拒否的抑止に加えて、
「攻めれば、こちらも損害を与える」
という懲罰的抑止の要素が生まれた。
東京はその能力を公式には認めていない。
だが、おそらく認める必要もなかった。
相手が、
「もしかするとできる」
と思えば、抑止としては一定の意味を持つ。
NINJAの特徴は、ここにある。
分からないことそのものが武器なのだ。
*
ところが2044年6月、日本人の心理を一変させる事件が起きた。
早朝。
互いに離れた2つの地方都市で、人型ロボットが発見された。
どちらにも所有者を示す表示はなかった。
製造番号も削られていた。
国籍を示すものもない。
そして武器もなかった。
一体は駅前の広場。
もう一体は郊外の商業地域。
ただ立っていた。
最初は悪質ないたずらだと思われた。
しかし調査が始まると、状況はもっと深刻だった。
国外から大型ドローンで夜間に運ばれたという説。
貨物船から密かに上陸させられたという説。
日本国内に潜伏する工作員が設置したという説。
さまざまな推測が流れた。
後に有力になったのは、もっと単純な方法だった。
部品を通常貨物に紛れ込ませて国内へ運び、日本国内で組み立てたのではないか。
つまり問題は、ロボット二体ではない。
それを組み立て、指定された時間に街へ置く人間または組織が、日本国内に存在した可能性
だった。
政府は、犯人も背後国家も特定できなかった。
少なくとも公表はしなかった。
*
軍事的な被害はゼロだった。
心理的な被害は巨大だった。
外国人観光客は急減した。
日本在住の外国人の中にも、一時帰国を選ぶ人が増えた。
特に中国系住民への視線は厳しくなった。
これは重要なので強調しておきたい。
日本に暮らす中国系住民が事件に関与している証拠は、ほとんど示されていない。
それでも疑念は広がった。
国際関係が悪化したとき、国家と、その国の出身者を区別することは、頭で考えるほど簡単ではない。
中国系住民の1人は私にこう語った。
「15年間、日本で税金を払っています。子供は日本の学校に行っています。でも今は、電車で中国語を話すのを少しためらいます」
彼はその年の秋、中国へ帰った。
政治的に中国を支持していたからではない。
「ここにいると家族が疲れるから」
だった。
*
観光収入の減少。
海外資本の退避。
エネルギー輸入への不安。
円は売られた。
円安はさらに物価を押し上げた。
日本政府は、軍事圧力だけでなく、経済的な締め付けも感じるようになった。
そして東京は、もう一つ危険なカードを切った。
NINJA関連技術の限定的な海外提供である。
*
輸出先は公表されなかった。
数量も公表されない。
性能も公表されない。
政府はただ、
「国際法を遵守し、自衛能力の向上を必要とする関係国との安全保障協力を進める」
と説明した。
問題は、
関係国とは誰か
である。
中国から軍事・外交的圧力を受けるアジア諸国も含まれると推測された。
日本政府は否定しなかった。
ロシア周辺の国も候補として語られた。
それも否定しなかった。
価格についても奇妙な噂が流れた。
通常の兵器輸出というより、ほとんど原価に近い額で提供しているのではないか。
さらに日本国内では、小型無人機および関連部品の生産能力が驚くべき規模へ達しているという情報が流れた。
1日に数万。
あるいは、デコイや極小型機まで含めれば数十万。
私はこの数字を確認できていない。
率直に言えば、そのまま信じるには大きすぎる数字だ。
しかし、NINJAが最初から、
高性能な1機を作るより、安価なものを大量に作る
という思想で設計されていることを考えれば、完全な空想として無視することもできない。
*
ある日本の元政府高官は当時、私にこう語った。
「100億ドルの兵器を持てる国は少ない。しかし安価な無人機を100万機持てる国は、もっと多い」
そして続けた。
「小国が大国に勝つ必要はないんです。大国に、“この国へ手を出したら面倒だ”と思わせればいい」
これは革命的な発想である。
同時に、世界の大国にとっては極めて不愉快な発想でもある。
なぜなら、米国、中国、ロシアという3つの軍事大国には、政治体制も価値観も大きな違いがある。
しかし共通する利益が一つある。
軍事的大国であることに価値がある世界を維持したい
という点だ。
小国が安価な無人兵器を大量保有し、大国との軍事力格差を縮小できるようになれば、その価値は下がる。
*
ワシントンは日本へNINJA関連技術の輸出停止を求めた。
表向きの理由は地域の緊張緩和と兵器拡散防止である。
その理由に嘘はない。
大量の自律型・半自律型兵器が世界へ広がることには、本当に危険がある。
ただし、それだけでもなかっただろう。
米国自身がNINJA型の分散無人戦力への移行で、日本に一部先行されたという評価が国防関係者の間にあった。
米軍は依然として世界最強である。
しかし世界最強であることと、すべての技術分野で最先端であることは同じではない。
少なくとも数年間、米国は日本の技術拡散を遅らせたい。
そう考えたとしても不思議ではない。
*
日本側の回答は、外交的にはかなり攻撃的だった。
NINJAの輸出を止めてほしい。
それなら日米同盟の実効性を改めて明確にしてほしい。
日本が攻撃された場合、
「日本がまず戦い、米国は後方から支援する」
という曖昧な説明ではなく。
危機発生直後から共同対処する具体的な体制を示してほしい。
東京はそう求めた。
私はこの時点で、日本はかなり危険な賭けに出たと思う。
日本側の論理は理解できる。
「自力で守れと言うなら、自力で守れる武器を持つことまで止めるな」
ということだ。
筋は通っている。
しかし外交では、筋が通っていることと、成功することは同じではない。
*
さらに東京は、輸出先を明らかにしなかった。
これは中国とロシアだけへの圧力ではなかった。
ワシントンでも、
「日本は必要ならアジア以外にも技術を広げるのではないか」
という警戒が生まれた。
西半球の小国。
中東。
アフリカ。
それらへNINJA型技術が広がった場合、米軍自身の行動自由にも影響しかねない。
日本は、
米国が同盟を明確にしないなら、軍事技術の拡散によって米国自身にもコストを負わせる
というカードを、意識的か無意識かは別として手にしていた。
*
当時、ある米政府関係者が私に、
「日本には一度、現実を理解してもらう必要がある」
と語った。
別の人物は、もっと露骨だった。
「同盟国が同盟を交渉材料に使い始めれば、同盟そのものが壊れる」
私はこの考えには賛成できない。
同盟とは、一方が命令し、他方が従う関係ではない。
むしろ日本が危険な賭けに出た背景には、
「本当に米国は自分たちを守るのか」
という疑念があった。
その疑念へ十分に答えず、日本だけに自制を求めたことは、ワシントン側の失敗でもあった。
ただし。
日本側にも誤算があった。
東京はおそらく、
中国との競争が激しくなればなるほど、米国にとって日本の価値は高くなる
と読んでいた。
したがって、多少強く出ても米国は日本を切れない。
そう考えた節がある。
それは、半分正しく。
半分間違っていた。
*
2044年9月。
2度目の人型ロボット事件が起きた。
今度は同時に5か所。
やはり武器はなかった。
やはり国籍も製造元も確認できなかった。
日本国内の不安は一気に高まった。
ところが、その3日後。
中国側でも奇妙な事件が起きる。
複数の都市近郊で、国籍不明の小型無人機が発見された。
数百機。
こちらも爆発物などは搭載していなかった。
ただ存在した。
中国政府は、
「高度な組織的侵入行為」
と表現した。
日本政府は関与を否定した。
中国側は信じなかった。
日本国民の多くも、
「本当に日本じゃないのか」
とVOICEで議論していた。
それほどNINJAは秘密になっていた。
自国政府の能力を、自国民すら知らなかったのである。
*
日中両政府は互いの国に滞在する自国民へ帰国を促し始めた。
まだ強制退避ではない。
しかし航空券は急騰した。
企業は駐在員家族を先に帰した。
大学も交換留学を中断した。
日本と中国の間に存在した日常的な人的往来が、数週間で細くなった。
こうなると危険である。
知り合いが減る。
相手国へ行ったことのある人が減る。
画面の向こうの「中国人」「日本人」という集団だけが残る。
政治的対立を抑える人間関係まで、一緒に失われていく。
*
米国は仲介に入った。
日本では、この言葉自体に反発があった。
仲介?
日本は米国の同盟国ではなかったのか。
なぜ同盟国と競争相手の間で中立を取るのか。
VOICEでは、
「これが同盟なら、同盟じゃない場合は何なんだ」
という書き込みが数百万の賛同を得た。
一方、ワシントンでは事情が違って見えていた。
中国を刺激する日本。
NINJAを国外へ広める日本。
正体不明の無人機。
偶発的な衝突。
米国政府にとっては、
どちらか一方を支持して危機を拡大するより、双方を止める
ほうが合理的に見えた。
この時点で日米同盟は、条約上は存在していた。
しかし心理的には、かなり傷ついていた。
*
その後、半年近く。
大きな事件は起きなかった。
不思議なほど静かだった。
株価は戻った。
円もいくらか落ち着いた。
観光客も少しずつ戻り始めた。
日本では、
「最悪期は過ぎたのではないか」
という楽観論も出た。
今振り返れば。
それは嵐の前の静けさだった。
*
2045年1月。
北朝鮮の核兵器管理について、突然大きな合意が発表された。
北朝鮮の核戦力を、中国とロシアが共同で監督する新体制である。
表向きは、
核兵器の偶発使用を防ぎ、朝鮮半島の安定を高める
ための制度だった。
実際、北朝鮮軍の核関連部門へ、中国軍とロシア軍の高級将校が多数派遣されることになった。
発射手続き。
保管。
指揮系統。
安全管理。
重要部分に両国が関与する。
ワシントンの保守政権は、この合意を歓迎した。
大統領は、
「北朝鮮による無責任な核使用の危険性が低下した。米国は以前より安全になった」
と述べた。
これは米国内では一定の支持を受けた。
北朝鮮の核が直接米本土へ向く危険が小さくなる。
そう考えれば理解できる。
しかし東京から見れば、まったく別のニュースだった。
北朝鮮の核が消えたわけではない。
その核の背後に、
中国とロシアが公式に座った
のである。
*
数日後。
中国とロシアは、日本周辺で大規模な海上行動を開始した。
両国は「封鎖」という言葉を使っていない。
国際法上、封鎖は極めて重大な意味を持つからだ。
表向きは、
演習。
臨時航行制限。
安全確認。
船舶検査。
危険海域の設定。
その組み合わせだった。
しかし結果として、日本へ向かう商船は激減した。
海運会社は保険料の急騰を理由に運航を止める。
タンカーは迂回する。
コンテナ船は寄港を見合わせる。
攻撃されなくても、船が来なければ島国は困る。
日本は事実上、海から締め上げられ始めた。
*
米国政府は、
「武力攻撃が確認されない段階では軍事介入しない」
とした。
さらに偶発衝突を避けるためとして、日本周辺空域へ米軍機を大規模に展開した。
戦闘機。
早期警戒機。
ヘリコプター。
無人偵察機。
ワシントンは東京へ、
自衛隊機および軍用無人機の飛行を一時的に大幅制限する
よう求めた。
形式上、日本政府はこれを、
「日米間の緊急航空安全調整体制」
として受け入れた。
日本政府が自発的に望んだ、と考える人はほとんどいない。
*
米大統領は記者会見で、さらに異例の発言をした。
「米軍機に対する日本側からの攻撃があった場合、それは日米同盟そのものを日本が否定したものと判断する」
この発言は東京を凍りつかせた。
要するに、
米軍に抵抗すれば同盟を失う。
しかし米軍は、中国やロシアの海上圧力を排除しない。
日本にとって、極めて苦しい位置だった。
ある日本人記者は私に、
「同盟国に守られているのか、押さえ込まれているのか、分からなくなった」
と語った。
私は、その言葉が現在の日米関係を最もよく表していると思う。
*
EU諸国は懸念を表明した。
東南アジア諸国も自制を求めた。
しかし軍事的に日本側へ立つ国はなかった。
誰も中国とロシアを同時に敵へ回したくない。
そして米国自身が日本を全面的に支持していない以上、なおさらだった。
日本は孤立した。
*
決定的だったのは国連だった。
安全保障理事会で、
日本周辺における軍事的緊張を監視し、無人兵器の秘密展開を防止するための国際監視措置
が提案された。
中国。
ロシア。
そして驚くべきことに米国。
3か国が基本的に賛成した。
英国とフランスは棄権。
非常任理事国の一部も強く反発したが、最終的には必要票数が集まった。
日本政府は激しく抗議した。
だが海上交通を締め付けられ、空では米軍が優勢を保つ状況で、拒否し続ける力はなかった。
最終的に東京は、武装しないことなどを条件として監視団を受け入れた。
*
監視に使われたのが、人型ロボットだった。
皮肉な話である。
前年、日本人を恐怖させた正体不明の人型ロボットが。
今度は、
国際社会による監視
という正式な名目で、日本の街へ降ろされた。
武器はない。
攻撃能力も公表上はない。
目的は、
軍事装備の秘密移動。
NINJA関連設備。
大規模な部隊集中。
それらの兆候を確認することである。
米軍が空域を管理する中、輸送機から各地へ運ばれた。
東京。
横浜。
大阪。
名古屋。
福岡。
札幌。
主要港湾都市。
工業地帯。
日本国民から見れば、どう説明されようと、
外国の目が自分たちの国を歩き回っている
ことに変わりはなかった。
*
外出する人は急減した。
企業は再び在宅勤務へ切り替えた。
学校もオンライン授業を増やした。
飲食店は夜になると閉まった。
私は日本の知人から、
「2021年みたいだ」
と言われた。
新型コロナウイルスが広がり、人々が外出を避けていた時代である。
ただし違う点もある。
あのころ人々が恐れていたのは、目に見えないウイルスだった。
今、人々が恐れているものは政治である。
*
ここまで書くと、
日本は三大国の犠牲になっただけのように見えるかもしれない。
それも正確ではない。
東京は危険な外交をした。
NINJAを外交カードとして利用した。
兵器技術の拡散をほのめかした。
中国とロシアを牽制するだけでなく、米国にまで圧力をかけようとした。
日本政府は、
自国が重要すぎるため、米国は最終的に日本側へ戻らざるを得ない
と読んだ。
その賭けは、少なくとも今のところ失敗している。
だが私は、
「日本がもっと従順であればよかった」
という結論にも同意しない。
ワシントンが同盟国へ、
自力で防衛せよ。しかし米国が好まない防衛手段は使うな。
中国に抵抗せよ。しかし中国が怒るほど抵抗するな。
同盟を信じよ。しかし米兵が危険になる場合、介入は保証しない。
と要求し続ければ。
いつか同盟国は、
では、私たちは何を信じればいいのか
と問い始める。
日本は、その問いを極端な方法で突きつけた。
*
そしてもう一つ。
ワシントン、中国政府、ロシア政府の三者には、意外な共通点があるように私には見える。
日本のNINJA構想を、それぞれ異なる理由で恐れていることだ。
中国は、自国よりはるかに小さな国々が中国へ抵抗できるようになることを恐れる。
ロシアも同じだ。
米国は、自国が長く享受してきた圧倒的な軍事投射能力の価値が低下することを恐れている。
NINJAが本当に革命的な兵器体系なのか。
まだ分からない。
日本側が意図的に能力を誇張している可能性もある。
しかし三大国がそろって拡散を望んでいないという事実だけでも、この技術が既存秩序へ与えた心理的影響は大きい。
*
日本側にも、奇妙な特徴がある。
現在、日本国内には米軍機が飛び。
中国とロシアの艦船が周辺海域を行動し。
国連の監視ロボットが街を歩いている。
普通なら、民族主義的な熱狂が急速に強まってもおかしくない。
実際、強硬論は増えている。
しかしVOICE上の大規模調査を見ると、興味深い結果が出ている。
「先制的な軍事行動を行うべきだ」
という意見は、依然として少数派である。
多数が選んでいるのは、
「防衛準備は続けるが、日本側から最初の発砲をしてはならない」
という立場だ。
私はこれを弱腰とは思わない。
むしろ現在の日本政府にとって、最も難しい選択だろう。
撃てば戦争になる。
撃たなければ締め付けられる。
その間で耐えるしかない。
*
3月末。
私は千鳥ヶ淵を歩いた。
桜はほぼ満開だった。
数年前なら、歩道は人で埋まっていたはずだ。
今年は、数十メートル先まで見通せた。
ベンチには老夫婦が1組。
ジョギングをする男性。
犬を連れた女性。
そして遠くに、国連の白い標章を付けた人型ロボットが一体。
桜の下を歩いていた。
私は長い間、日本を取材してきた。
地震も見た。
不況も見た。
政権交代も見た。
VOICEという奇妙な政治システムが生まれ、成長していく過程も見た。
しかし、日本人がこれほど静かになったのは初めてだった。
怒っていないわけではない。
むしろ激しく怒っている。
ただ、その怒りを爆発させた瞬間に何が起きるかを、皆が理解しているように見える。
*
日本は今、興味深く、そして危険な実験の中にいる。
NINJAによって、
大国が小国を簡単には攻撃できない世界
を作れるのか。
それとも。
その試み自体が大国を結束させ、
小国が新しい力を持つ前に押さえ込まれる世界
になるのか。
まだ答えは出ていない。
ただ一つだけ確かなことがある。
1年前まで、この危機は中国と日本の問題に見えていた。
今は違う。
中国。
ロシア。
米国。
そして日本。
これは、第2次世界大戦後に作られた安全保障秩序そのものが、形を変えるのかどうかという問題になっている。
桜は来年も咲くだろう。
問題は。
その桜の下を来年歩いているのが、誰なのか。
そして、そのとき日本がどのような国であるのか。
今の私には、まったく予測できない。




