国会議員MVP
海翔は、VOICEによって変わったのは政治制度だけではない、と考えていた。
政治家自身。
政党。
官僚。
そして、その周辺で政治を見ていた人々。
政治記者の仕事も、少しずつ変化している。
その中でも、海翔が面白いと思った出来事があった。
*
政治記者の神林は、あるアイデアを温めていた。
いや。
正確には、
自分の仕事をどうやって生き残らせるか
を必死で考えた結果、アイデアが出てきた。
神林は政局に強い記者だった。
誰と誰が会った。
どの派閥が動いた。
総理と幹事長の関係が悪化した。
次の内閣改造で誰が入る。
誰が総裁選へ出る。
若いころから、そうした情報を追い続けてきた。
昔なら、それだけで記事になった。
「首相、解散を検討か」
「党内に倒閣の動き」
「次期総裁候補、夜会合」
見出しだけでアクセス数が伸びた。
ところが最近。
伸びない。
「総理が代わる?」
読者から返ってくる反応が、
「で、年金どうなるの?」
になっている。
VOICEが普及してから、
誰が総理になろうと、生活に大きく関係する問題については、国民自身が議論へ参加できる。
そんな感覚が広がっていた。
もちろん首相が誰かは重要である。
大きな影響を持っている。
だが、
「誰が誰を裏切った」
という政局そのものへの関心は、以前ほど高くなかった。
*
ある夜。
神林は久しぶりに平田と飲んでいた。
市民ネットワーク「ひらく」の事務局長、平田である。
2人は長い付き合いだった。
「ここ数年さ」
神林が焼き鳥を箸でつまみながら言った。
「俺らが出す政局記事、デスクが露骨に載せなくなってきただろ」
「知らないよ。そっちの社内事情なんか」
「でも分かるだろ」
「まあな」
平田はビールを飲んだ。
「昔、君が言ってた通りになった」
「何が?」
「VOICEが普及したら、市民団体も政治記者も役割変わるって話」
「ああ」
「うちは完全に変わったよ」
「今何やってんの?」
「VOICE中心」
平田は指を折った。
「うちが得意なテーマでスレッド立てるだろ。議論が荒れてきたら論点整理する。専門家呼ぶ。反対意見も集める」
「運営じゃん」
「違うよ」
「いや、やってること運営だろ」
「最近、VOICEの中の人だと思われてる」
「給料もらえよ」
「もらえるならな」
*
神林は聞いた。
「金、どうしてんの?」
「何とかVOICEのおかげで食ってる」
「寄付?」
「それも少しあるけど、今はコンサルが大きい」
「VOICEコンサル?」
「そう」
平田は少し自嘲気味に笑った。
「『どういう書き方なら反発されにくいですか』とか」
「うん」
「『自分たちの主張だけじゃなくて、どこまで反対意見載せたほうがいいですか』とか」
「うん」
「『この表現だと規約警告つきますか』とか」
「高畑みたいな仕事してるな」
「まあ似てる」
「市民運動からコンサル会社へ」
「言うな」
「資本主義に負けた?」
「スタッフの給料払うには資本主義が必要なんだよ」
「名言だな」
平田はため息をついた。
「人数は減ったけどな」
「やっぱ厳しいか」
「昔みたいに、市民団体だけが国民の声を代弁する時代じゃないからね」
「VOICEで本人がしゃべれるもんな」
「そういうこと」
*
神林は焼き鳥の串を皿へ置いた。
「でさ」
「何」
「その流れで相談」
「嫌な予感しかしない」
「新しい流れ作らない?」
「何の?」
「政治家からヒーローを作る」
平田が止まった。
「……ヒーロー?」
「そう」
「政治家から?」
「そう」
「難易度高くない?」
「そこなんだよ」
神林は身を乗り出した。
「この前、スポーツ部のやつと飲んでたんだ」
「また飲んでるな」
「記者は飲むのも仕事なの」
「はいはい」
「そいつが言うんだよ。スポーツが人気になるには、やっぱりスターが必要だって」
「まあ、そうだろうな」
「野球なら、この選手がいるから見る。サッカーなら、この選手がいるから見る」
「うん」
「政治にも、それ必要じゃないか?」
「政治家のスター?」
「そう」
平田は少し考えた。
「スター政治家なら、昔からいたじゃないか」
「違うんだよ」
「何が?」
「人気だけじゃない」
*
神林は続けた。
「今の政治家ってさ、イメージ悪すぎるだろ」
「まあ、それは」
「子供に『将来何になりたい?』って聞いて、国会議員って答える子、ほとんどいない」
「いたら親がちょっと心配するかもしれんな」
「だろ?」
「政治家になりたいんだ」
「大丈夫か、うちの子」
2人で笑った。
「でも本来、それ変じゃない?」
神林が言った。
「彼ら、一応国のために働いてるんだぞ」
「一応って言うな」
「近くで見てるから分かるだろ」
「まあな」
平田もうなずいた。
「食えないやつもいるけど」
「いるな」
「いるけど一部だ」
「そうなんだよ」
神林は言った。
「ほとんどは、少なくとも俺らより忙しい」
「それは確実」
「朝から会議して、地元戻って、陳情受けて、勉強会出て、夜まで会食」
「よくやるよな」
「なのに不祥事起こしたやつしか名前売れない」
「確かに」
*
「そこでだ」
神林は人差し指を立てた。
「俺たちがMVPを選ぶ」
「……MVP?」
「国会議員MVP」
「野球かよ」
「野球だよ」
「意味分からん」
「野球のMVPって、担当記者が投票するだろ」
「ああ」
「政治記者も、毎日国会見てる」
「まあな」
「でも政治記者だけじゃ近すぎる」
「先生との付き合いがあるからね」
「そう」
「こいつにリークもらったから1票、とか疑われる」
「それは駄目だろ」
「実際やらなくても疑われる」
「それなら?」
「平田さんたちみたいな市民団体、政策研究者、議会ウォッチャーにも入ってもらう」
「なるほど」
「政治家の仕事を日常的に見てる人間で、年間表彰する」
*
平田は少し興味を持った。
「具体的に、何を評価するんだ?」
「例えば最優秀質問賞」
「ああ」
「いるだろ。国会質問で法案の穴を見つける人」
「いる」
「『ここ、このままだとこういう人が制度から漏れませんか』って」
「それで政府側が調べ直して、法案修正したりする」
「そう!」
神林はうれしそうに指を鳴らした。
「俺が評価したいの、そういう仕事なんだよ」
「確かに地味だな」
「地味すぎてテレビには絶対映らない」
「委員会中継見てる人くらいしか知らない」
「VOICEですら気づかない問題を拾う議員いるんだよ」
「いるね」
「逆に、『総理! 国民は怒っているんですよ!』って机叩くのはニュースになる」
「切り抜きには向いてる」
「でも政策としては何も変わらない」
「そういうケースもあるな」
「プロが見ないと分からない良い仕事があるんだ」
*
平田はうなずいた。
「そういう政治家は大事にしたほうがいいな」
「だろ?」
「得てして出世しないけど」
「そこ!」
神林が勢いよく指さした。
「何だよ」
「俺が一番言いたいのそこ」
「声でかい」
「今の政治家の出世って、党内人事だろ」
「まあ」
「派閥で誰についてる」
「ある」
「党幹部に気に入られてる」
「ある」
「選挙が強い」
「重要だな」
「支援団体が強い」
「それもある」
「でも、法案読んで穴見つける力は?」
「評価されにくい」
「政策を修正する力は?」
「見えにくい」
「与党でも、おかしいと思ったら政府に言える人は?」
「さらに出世しにくいかも」
「そこ変えようぜ」
*
平田はビールを置いた。
「MVPを取った政治家が、選挙で強くなるようにする?」
「そう」
「なるかな」
「なるように俺たちが売る」
「本音出たな」
「いや、日本のため」
「はいはい」
「例えば3年連続、最優秀政策議員」
「おお」
「5年でMVP2回」
「強そう」
「選挙ポスターに書けるぞ」
神林は両手で架空のポスターを作った。
『国会議員MVP 2041年・2043年受賞』
「スポーツ選手みたいだな」
「だろ?」
「有権者も分かりやすい」
「そうなんだよ!」
神林は膝を叩いた。
「国会議員の仕事って分かりにくすぎるんだ」
「でもさ」
平田が言った。
「MVPって、1人に決められるか?」
「だから部門賞も作る」
「例えば?」
「最優秀質問賞」
「うん」
「最優秀法案修正賞」
「名前が地味」
「最優秀超党派協力賞」
「もっと地味」
「新人賞」
「それは分かる」
「地方課題賞」
「なんだそれ」
「地方から全国制度を変えた人」
「なるほど」
「あと……最優秀地味仕事賞」
「お前、政治家怒るぞ」
「じゃあ縁の下賞」
「もっと嫌だ」
2人で笑った。
*
「でも本当に定着したら」
平田は少し真面目になった。
「党幹部も無視できなくなるな」
「そうだろ」
「MVP常連の議員をずっと平場に置いておいたら」
「『なんでこの人、大臣にならないの?』ってなる」
「党の人事そのものへの圧力になる」
「それ!」
「VOICEのネクストキャビネットともつながるな」
「そうなんだよ」
神林はビールを一口飲んだ。
「国民の側に、“この人は何が得意か”という情報が蓄積される」
「財務に強い」
「外交に強い」
「法律修正がうまい」
「調整役」
「質問が鋭い」
「そういうのが見えてくる」
「政治家を政党の看板じゃなく、個人の能力で見る文化か」
「それ作れたらでかいぞ」
神林はさらに調子に乗った。
「そうなったら、政治家のスカウトだって変わる」
「スカウト?」
「今は二世とか地方議員とか、官僚とかが多いだろ」
「うん」
「将来は大学の政治サークルとか、模擬国連とか、弁論部に政党のスカウトが来る」
「プロ野球のドラフトかよ」
「そう」
「『君、うちの党から出ないか』って?」
「あるある」
「大学3年で?」
「青田買い」
「嫌だなあ」
「いいじゃん」
「自由共和党と公共未来党のスカウトが、大学の弁論大会の客席でメモ取ってんの?」
「最高だろ」
「怖いよ」
「でも」
平田は少し笑った。
「政治家になりたいって言う若者への見方は変わるかもしれんな」
「今、ちょっと変な目で見られるだろ」
「まあ」
「大学1年で『将来政治家になります』って言うと」
「意識高すぎるか、権力欲強そうか」
「そうそう」
「場合によっては『何か企んでそう』」
「ひどいだろ」
「でも分かる」
「それがさ」
神林は言った。
「『政治家になれるくらい優秀』って見られる職業に戻ったら、いいと思わない?」
平田は少し黙った。
「ああ」
「だろ」
「それは、いいかもしれない」
「優秀な若いやつが政治家目指す」
「競争が激しくなる」
「二世でも能力なきゃ負ける」
「能力ある二世なら残る」
「それでいい」
*
神林は満足げに腕を組んだ。
「俺は日本のためを思ってるんだよ」
平田がじっと見た。
「何だよ」
「本当に、それがメイン?」
「もちろん」
「政治記者の価値を上げたいとか」
「……」
「MVP選考委員としてテレビ出たいとか」
「……」
「『政治家を見るプロ・神林氏』とか呼ばれたいとか」
「……」
「講演1本30万とか」
神林が目を見開いた。
「あ」
「何」
「その手があったか」
「おい」
「気づかなかったわ」
「嘘つけ!」
「ありがとう平田さん」
「教えるんじゃなかった」
「著書も出せるな」
「もう金の話になってるじゃないか」
「『政治家の見抜き方』」
「ありそう」
「帯は『国会を20年見た男が教える、本当に仕事のできる政治家』」
「もうタイトルまでできてる」
平田は呆れていた。
「まあいいよ」
「乗る?」
「乗る」
「本当?」
「ああ。うちの界隈にも声かけてみる」
「市民団体?」
「うちだけじゃ偏るからな。保守系にも声かけたほうがいい」
「いいね」
「経済団体も」
「いい」
「学者も」
「いい」
「記者だけで決めない」
「それが大事」
神林は上機嫌になった。
「よし!」
店員を呼んだ。
「今日は俺のおごり!」
平田が眉を上げた。
「珍しいな」
「未来の講演料への先行投資」
「やっぱりそっちじゃないか」
*
海翔は、この会話をどこで入手したのか思い出せなかった。
「これ、何で俺持ってんだ?」
神林本人から聞いたのか。
平田から回ってきたのか。
三浦に紹介された誰かから送られたのか。
どこかの記事を保存したのか。
記録元が書かれていない。
「親父のノートのこと言えないな」
自分も十分雑だった。
ただし、この話自体は作り話ではなかった。
現に、国会議員MVP制度は始まっている。
すでに2年目だった。
正式名称は、
国会活動年間評価表彰
という、恐ろしく面白くないものだった。
当然、誰もそう呼ばなかった。
一般には、
国会MVP
で定着した。
衆議院MVP。
参議院MVP。
新人賞。
最優秀質問賞。
最優秀政策提案賞。
超党派協力賞。
地方政策賞。
さらに選考委員会が毎年勝手に作る特別賞もあった。
第1回には、
「審議資料改善賞」
なるものまで存在した。
受賞者本人が壇上で、
「正直、私もこの賞が何なのかよく分かっていません」
と言って会場を笑わせた。
選考は意外と本格的だった。
政治記者。
元官僚。
議会研究者。
市民団体。
経済団体。
自治体関係者。
法律家。
各分野から人を集める。
候補議員の国会質問。
法案提出。
修正案。
党派を超えた合意形成。
委員会出席状況。
政策の実現結果。
それらをVOICE上で確認できる資料にして公開した。
人気投票にならないよう、一般利用者投票だけで決めることもしなかった。
ただし、
「国民から見た評価」
としてVOICE投票も一部点数へ加える。
そのため、
テレビにはほとんど出ない議員が受賞することもあった。
*
2年目の最優秀質問賞を取ったのは、野党の4期目議員だった。
派手な質問ではなかった。
政府提出法案の中にあった、
「申請期限を過ぎた場合の救済規定が存在しない」
という小さな穴を指摘した。
そのまま施行されれば、長期入院していた人などが制度対象から漏れる可能性があった。
政府側も認め、法案を修正した。
ニュースなら30秒にもならない仕事だった。
しかしMVP選考委員会は高く評価した。
受賞後、その議員のVOICEフォロワーは10倍になった。
本人が一番驚いていた。
「20年間政治家をやっていて、こんな地味な質問を褒められたのは初めてです」
その言葉も話題になった。
新人賞には、別の効果が出た。
2年目の新人賞を取った30代の男性議員は、少し――いや、かなり顔が良かった。
政策能力も高かった。
質問も分かりやすい。
そこへ新人賞という肩書きが付いた。
翌年。
なぜかスーツメーカーの広告に出ていた。
海翔は、その画像も保存していた。
腕を組んで立つ新人議員。
横に、
『未来を仕立てる。』
というコピー。
「政治家でスーツのCM出るんだ……」
さらに自治体向け防災用品の広告にも出ていた。
これは政治家としてどうなのかという議論も起こり、議員の広告出演ルールまで作られた。
そこまで含めてVOICEらしかった。
*
政党側の反応も変わった。
最初は、
「民間団体が勝手に議員を格付けするのはいかがなものか」
と不快感を示した幹部もいた。
しかし、自党議員が受賞すると、
『我が党の政策力が評価された』
と公式SNSで発信した。
翌年、自党から受賞者が出ないと、
『選考基準の透明性に疑問がある』
と言った。
VOICEではすぐに、
「去年と言ってること違うぞ」
「受賞した年だけ権威ある賞になるの草」
と突っ込まれた。
海翔は、そのあたりが好きだった。
だが神林の狙いは、少しずつ現実になった。
MVPの常連議員は選挙で強くなった。
党内でも扱いが変わった。
大臣候補として名前が挙がる。
政策部会長へ抜擢される。
ネクストキャビネットでも上位に入る。
政治家の評価基準に、
党内で誰に近いか
だけではなく、
国会で何をしたか
という尺度が加わったのである。
大学側にも変化が出始めた。
弁論大会。
模擬国会。
政策コンテスト。
そこへ政党関係者が顔を出すようになった。
スポーツのスカウトほど露骨ではない。
だが、
「卒業後、うちの政策スタッフに来ませんか」
と声をかけるケースは確実に増えていた。
最初から候補者としてではない。
政策スタッフ。
秘書。
地方議員。
そこから国政へ。
政治家への一つの育成ルートができ始めていた。
*
海翔は論文へ書いた。
VOICEの普及は、政治家と有権者の関係だけでなく、政治家を評価する側にも変化を与えた。
続ける。
従来、国会議員の活動は選挙結果、党内役職、閣僚経験、メディアへの露出などによって評価されることが多かった。国会MVPは、法案修正、質問、合意形成といった日常的な議員活動そのものを可視化しようとする試みであった。
少し考えた。
最後に一文加える。
政治家を「悪いことをしたときだけ名前が知られる職業」から、「良い仕事をしたときにも名前が知られる職業」へ変えようとしたとも言える。
「これは、いいかもな」
海翔は保存した。
そのあと、例の新人議員のスーツ広告をもう一度開いた。
しばらく見た。
「……CMのギャラ、いくらなんだろ」
卒論には、まったく関係なかった。




