官兵衛に聞く少子化
スレッドの序盤は、予想どおりの内容だった。
「単純に金じゃない? 結婚式とか家とか子供とか考えると無理」
「結婚式はしなきゃいいだろ」
「式じゃなくて、その後の生活の話だよ」
「そもそも好きな人に出会わん」
「出会う場所がない。職場恋愛はリスク高いし」
「告白して失敗したら気まずいから、最初から行かない」
「マッチングアプリ疲れた。条件で人を見るのも見られるのも嫌になった」
「1人暮らしが快適すぎる」
「結婚したら自由時間なくなりそう」
「男側だけど、家族を養えって空気がまだ残ってるのしんどい」
「女側も、仕事続けながら家事育児メインでやること期待されるの無理」
「親が離婚してるから、結婚にあんまり良いイメージない」
「恋愛したくないわけじゃない。でもそこから結婚まで行くのが重い」
「他人と毎日同じ家で生活できる気がしない」
よく見る意見だった。
海翔も保存した当時は、
――まあ、この辺は想定内。
とだけ書いている。
その後だった。
*
「男がみんなAVとかエロゲーとかで満足しちゃうようになったのも原因じゃない?」
海翔はそのコメントを見つけた。
「あったあった」
思わず笑った。
すぐ返信が付く。
「それはさすがに雑すぎるw」
「でも昔より簡単に見られるのは事実じゃん」
「セクシー女優とか普通に美人すぎるから、現実の女性に求める基準上がってそう」
「それ言ったら女性側もドラマとか恋愛ゲームで基準上がるだろ」
「現実の男は――」
そこで一度、投稿が削除されている。
正確には投稿者自身による取り消しだった。
「何書こうとしたんだよ」
海翔は笑った。
しばらくすると別の人が書いた。
「仮にそれが原因だとして、政策どうすんの?」
「禁止」
「雑!」
「未婚者だけ禁止して、結婚したら解禁とか」
「国家が何を認証すんだよwww」
「じゃあ風俗も未婚者禁止。店で結婚証明出す」
「無理無理。そんな国になったら俺出国するわ」
「少子化対策で国外脱出者増やしてどうする」
この辺りでVOICEから、
成人向け話題を含むスレッド
という年齢制限表示が付いた。
スレッドそのものが消されたわけではない。
15歳未満のアカウントからは閲覧できなくなった。
*
普通のSNSなら、この辺りで下ネタだけで終わったかもしれない。
VOICEでは、1人が妙に真面目な返信をした。
「いや、完全禁止は極端だけど、もし婚姻減少との因果関係があるなら、一定の年齢制限や利用制限を政策として検討すること自体はありだと思う」
「その前に本当に関係あるのか調べようよ」
「そうだな」
「官兵衛案件?」
官兵衛とは、VOICE内のAIの愛称だった。戦国武将の黒田官兵衛にちなんだものだった。
「官兵衛、AV・ポルノ利用や風俗利用が結婚率を下げているという研究があるか。また、禁止または制限した場合に婚姻率が上昇する根拠があるか調べて」
数十秒後。
官兵衛が回答した。
《調査結果》
1.ポルノ利用と恋愛・婚姻について
ポルノ利用頻度が高い人ほど、恋愛関係や婚姻に関する一部指標が低いという関連を示した研究があります。
ただし、これらの研究の多くは相関関係を示すものであり、
「ポルノ利用が原因で結婚しなくなる」
ことを直接証明したものではありません。
もともと交際関係を持たない人がポルノを多く利用するなど、逆方向の因果関係も考えられます。
2.結婚意思との関係
未婚男性を対象とした一部研究では、ポルノ利用頻度が高い人ほど結婚希望が高いという結果も報告されています。
このため、
「性的コンテンツによって性的欲求が満たされるため、結婚する必要がなくなる」
という仮説を一律に支持する研究結果にはなっていません。
3.風俗・性的サービスについて
性的サービスの利用と婚姻率の因果関係について、政策判断に利用できる十分な研究は確認できません。
4.禁止・制限政策について
ポルノ、成人向けコンテンツ、性的サービスを禁止または大幅に制限した場合に、婚姻率が有意に上昇することを示す十分な実証研究は確認できません。
また、婚姻状況と性的コンテンツの利用資格を公的本人認証によって結び付ける制度には、プライバシー上の問題が生じます。
《暫定結論》
現在確認できる研究からは、
成人向けコンテンツ等を禁止・制限することを、婚姻率向上策として有効と判断できる十分な根拠はありません。
*
「官兵衛にこんなこと調べさせるの、なんか恥ずかしい」
「AIだぞ」
「でも官兵衛だぞ」
「どういう違いだよ」
「官兵衛にこういう質問させないでほしい派です」
「推し活勢きた」
「官兵衛推しって何なんだよ」
「いるぞ。女性ユーザーに一定数」
「事務的にしか答えないのが逆にいいらしい」
「それもうAI彼氏じゃん」
「官兵衛は絶対『好き』って返してくれなそう」
「《質問の意図が不明です》って返されそう」
「それがいいんだろ」
「そういうAIを彼氏にする女が――」
そこまで書かれて、投稿は途切れた。
海翔は笑った。
「思いとどまったんだな」
この先を書けば、VOICEの個人・属性攻撃の警告に触れそうだと気づいたのだろう。
*
「とりあえず官兵衛の結果だと、AV禁止しても結婚増えるとは言えないってことか」
「そういうことだろ」
「だいたい結婚を性欲処理の手段みたいに考える発想が嫌なんだけど」
「でも男同士の飲み会で『結婚しなくても困らなくなった』みたいな話することはあるよ」
「だからって政策にする?」
「しない。ただ、それが本当に原因なのか調べて違うって分かっただけでも前進じゃない?」
「前進……なのか?」
「一応な」
ここからしばらく、目立つコメントはなかった。
海翔も当時のメモに、
――下ネタから始まったのに、最後は研究確認して終わった。VOICEっぽい。
と書いていた。
*
数日後。
また妙な方向から議論が始まった。
「さっき聞いたんだけど、昔の将軍って1人で50人くらい子供いた人いるんだって」
「徳川家斉とか?」
「そう、それ」
「だから何」
「一夫多妻制にしたら出生数増えるんじゃない? 経済力ある男限定で」
「はい出ました」
「女性蔑視もいいとこでしょ」
「じゃあ多夫多妻なら?」
「そういう問題じゃない」
「倫理観壊れるだろ」
別の利用者が入ってきた。
「でも倫理観って時代によって変わるぞ」
「だからって何でもいいわけじゃない」
「昔の日本って今みたいな一夫一婦制だったの?」
「官兵衛聞けば?」
「官兵衛。日本では歴史上、一夫多妻または多夫多妻に近い婚姻制度が一般的だった時期はありますか」
官兵衛が回答した。
《回答》
時代・身分・地域によって異なります。
古代から近世にかけて、身分の高い男性などが複数の女性と婚姻または婚姻に近い関係を持った事例は多数確認されています。
一方、
男女双方が対等に複数の配偶者を持つ現代的な意味での「多夫多妻制」が、日本社会全体で一般的な婚姻制度だったとは確認できません。
また、近代日本で法律上の一夫一婦制が明確化される以前も、身分、家制度、地域慣行によって家族関係は多様でした。
「じゃあ多夫多妻はむしろ新制度か」
「そこだけ拾うな」
「ていうか一夫多妻になったら俺ますます結婚できなくない?」
「それはある」
「人気男に集中するだけだろ」
「イケメンでも金なかったら子供増えないし」
「金持ちイケメン総取り社会」
「地獄じゃん」
「そもそも一夫多妻にしたら出生数増えるの?」
「ベビーブームのころ普通に一夫一婦だろ」
「それな」
*
1人が聞いた。
「じゃあ官兵衛、戦後のベビーブーム期と今で、出生数が大きく違う主な理由を教えて」
官兵衛がすぐに答え始めた。
《複数の要因が考えられます。第一に婚姻年齢――》
「長い長い」
「質問がでかすぎるんだよ」
「官兵衛は曖昧な質問すると全部説明しようとするから」
「外のAIみたいに『つまりこういうことですね』って適当に寄せてくれないんだよな」
「そこが官兵衛のいいところだろ」
「この間、俺のスレッド、1万人超えたから『国民も賛成してるってことだよな?』って聞いたんだよ」
「何て?」
「《いいえ。VOICE利用者全体に対する1万人の割合、閲覧者の属性、反対者数などが不明であるため、国民全体の支持を示すとは判断できません》って」
「正論」
「そこは1回くらい褒めてほしいよな」
「官兵衛に褒める機能ないだろ」
「あるぞ。条件が明確なら『目標を達成しています』って言う」
「それ褒めてない。判定だ」
*
そこで、ずっと議論を整理していた利用者が書いた。
「話戻しましょう。少なくとも婚姻制度を一夫多妻などへ変更すれば少子化が解決する、という根拠は今のところなさそうです」
「この人毎回戻してくれるな」
「運営の人?」
「知らん」
「助かる」
海翔は、その部分に自分で付けたメモを見つけた。
――こういう人、ネットの議論には必要だよな。VOICEの中の人なのかな。
自分で書いたものなのに、少し笑った。
*
その後、話題は制度から生活へ戻った。
「結局、制度いじっても無理じゃね?」
「補助金もあるし子育て支援も昔より多い。でも昔のほうが貧乏なのに子供多かった」
「金だけじゃないってことだろ」
「1人が楽なんじゃない?」
「これはかなりある」
「結婚したら給料とか貯金とか言われそうで嫌」
「私は逆。家事できるかとか言われるの嫌。掃除嫌いだし」
「他人に生活チェックされる感じが無理」
「昔は結婚しないと変な人扱いされたって聞いた」
「それ本当?」
「官兵衛」
「その聞き方絶対怒られるぞ」
「昔の日本では、結婚しない人は『変な人』だと思われていたの?」
すぐに回答が来た。
《「昔」の期間を指定してください。また、「変な人」が、社会的信用の低下、性格への疑念、健康上の推測、家族事情への詮索などのどれを指すかによって回答が異なります。》
「めんどくせえな!」
「ほら」
「昭和だよ、昭和! 官兵衛!」
《昭和は1926年から1989年まで約64年間です。時期を指定してください。》
「戦後!」
「雑になったw」
《1945年以降について回答します。特に高度経済成長期から昭和後期にかけては、現在よりも結婚を標準的な人生経路とみなす社会規範が強かったことが各種調査・社会史研究から確認できます。一定年齢を過ぎて未婚の場合、本人の性格、健康、家庭事情などを周囲から詮索される事例も現在より多く見られました。ただし程度には地域、職業、性別、時期による差があります。》
「だから、それを『変な人扱いされた』って言ってんだよ!」
「官兵衛に雰囲気を聞くな」
「こういうのは人間に聞こう」
*
「昔のこと知ってる人います?」
少しして、年配と思われる利用者が現れた。
「だいたいなら分かるよ」
「昔って今より貧しかったのに、なんでみんな結婚したんですか? やっぱ世間体?」
「世間体もある」
「具体的には?」
「今より『結婚しない』って選択肢が弱かったんだよ」
「どういう感じですか」
「例えば親だな。20代後半になると『いい人いないのか』って普通に言われる」
「今も言う親いるよ」
「レベルが違う。親戚まで来る」
「怖」
「昔、うちの親戚で実際にあったのは、『弟が結婚したがってるけど兄がまだだから待ってる』って話」
「何それ」
「長男より先に弟が結婚するのは体裁が悪いとか、そういうのがあった」
「意味わからん」
「今ならな」
さらに続いた。
「会社でも独身のままだと、管理職に上げるのを不安視するような空気はあった」
「なんで?」
「家庭を持ってる男は責任感があるとか、簡単に会社辞めないとか」
「家族持ちは悪いことしない、みたいな?」
「そうそう。今なら都市伝説みたいな話だけど、本気でそう考える人もいた」
「マジか」
「だから結婚は恋愛だけじゃなくて、社会人としての資格みたいな面もあった」
*
そこで1人が核心を突いた。
「じゃあ昔みたいに、『結婚しろ』って社会から圧力かければ婚姻率上がるんじゃないの?」
少し間が空いた。
年配の利用者が答えた。
「上がるかもしれない」
さらに続けた。
「でも、そんな社会に俺は戻したくない」
「それ」
「そこなんだよな」
「自由を増やした結果、結婚しない自由も増えた」
「結婚から逃げられる社会になったとも言える」
「逃げるって言葉よくないだろ」
「選べるようになった、だな」
***
海翔はここに、自分の当時の感想を残していた。
――結局、自由意思を尊重すれば人口は減る、って結論になるのか?
その直後だった。
かなり尖ったコメントが現れた。
「国が本気で人口減少を止めるなら、最終的には自由意思の一部を制限するしかないんじゃないか」
「何を制限すんの」
「出生数」
「え?」
「人口維持には平均で女性1人あたり2人ちょっと必要なんだろ。だったら出産を社会的義務にする」
「は?」
「いやいやいや」
「それ、人権侵害どころじゃないだろ」
「警告付くぞ」
「事実として最終手段を言ってるだけ。納税とか義務教育とかと同じで、世代をつなぐ義務」
「出産と納税を同列にするなよ」
「身体そのものを国家が使う話だぞ」
「絶対無理」
別の利用者が冷静に訂正した。
「ちなみに『すべての女性が2人産む』必要があるわけじゃないよ。人口置換水準は平均出生数の話」
「細かいところはそれでいい。言いたいのは人口維持するなら一定数生まないといけないってこと」
「それはそうだけど、だから強制していいにはならない」
「官兵衛に聞くまでもなく憲法アウトだろ」
「いや、法律詳しい人いるなら説明して」
そこからは身体の自己決定権。
個人の尊厳。
婚姻・家族形成の自由。
国家が個人の生殖へ介入する危険。
過去の優生政策。
そうした議論が一気に並んだ。
投稿自体は削除されなかった。
特定個人への攻撃でも、脅迫でもない。
ただしVOICE側から、
《基本的人権に重大な制約を及ぼす政策提案を含みます。関連する法的論点を確認してください》
という注意表示が付いた。
*
「いや、そんなの絶対無理だって」
「じゃあ本当に人口が維持できなくなったらどうするの?」
「減った人口でやれる社会を作る」
「それで国が維持できるところまでならね」
「100万人になっても?」
「極論すぎる」
「じゃあ5,000万人なら?」
「知らん」
「3,000万人なら?」
「だからどこが限界か先に調べろよ」
そこからさらに妙な案が出る。
「ちょっとSFだけど、人工的に子供を育てる技術は?」
「人工授精?」
「違う。人工子宮みたいなやつ」
「母親の体の外で胎児を育てるってこと?」
「そう」
「できんの、そんなの」
「今は無理だろ」
「外のAIで見たけど、動物レベルなら研究はあるみたい」
「100年後ならありそう」
「人口が本当に国家存続レベルまで減るころには、技術ができてる可能性もあるんじゃない?」
「何年後の話してんだよ」
「いま外のAIで日本の人口推計見た。2100年でも7,000万人台の予測がある」
「それでも今から見たら相当減ってるけどな」
「戦後くらい?」
「だいたい近い」
「じゃあ少なくとも、来年から女性に2人産ませないと国が滅ぶ、みたいな話じゃないんだ」
「当たり前だろ」
「その間に技術開発するって考え方はありかも」
「人工子宮を少子化政策として研究するの?」
「倫理やばそう」
「研究するだけならいいんじゃない?」
「医療目的の研究と、国家が人口を作る研究は別だろ」
「それは確かに怖い」
*
「官兵衛に今後の人工子宮技術の実現時期聞く?」
「未来予測は嫌がるぞ」
「確率付きで答えるんじゃね?」
「面倒だから外のAIでいい」
「おい」
「官兵衛に怒られるぞ」
「官兵衛怒んないだろ」
「《外部AIの回答内容を確認できないため評価できません》って言う」
「それが面倒なんだよ!」
「官兵衛、もう少し融通利くようにV監へ要望出そうぜ」
「『もっと適当に答えてください』って?」
「却下されるわ」
*
結局、そのスレッドでは明確な結論は出なかった。
一夫多妻制。
成人向けコンテンツの規制。
社会的な結婚圧力。
出産義務。
人工子宮。
普通の政府審議会なら、最初から議題にも載らないような案が次々に出た。
しかし、一通り調べてみると、かなりのものが消えていった。
効果を示す根拠がない。
副作用が大きすぎる。
基本的人権との衝突が大きい。
そもそも目的と手段が合っていない。
その結果として残ったのは、意外に地味な結論だった。
政府の政策だけによって少子化を完全に逆転させ、人口を現在規模のまま維持することは極めて難しい。
だから、
人口減少そのものを完全に止める政策
と、
人口減少の速度を遅くする政策
と、
人口が減っても社会を維持できるようにする政策
を分けて考えるべきではないか。
そんな方向へ議論は移っていった。
海翔は当時の自分のメモを読んだ。
――結局、ものすごく極端な話までしたのに、最後は当たり前の結論になった。
その下に、もう一行ある。
――でも、極端な案まで一度検討したから、「もっと思い切ったことやれば解決するだろ」という逃げ道がなくなった感じがする。
「これだな」
海翔は思った。
極端な意見を排除することだけが、議論を健全にするわけではない。
ときには、一度テーブルへ載せる。
調べる。
実現した場合の効果と犠牲を見せる。
そのうえで、
やはり採用しない
と判断する。
それにも意味がある。
海翔は論文へ書き始めた。
VOICEにおける議論の特徴の一つは、社会的に受け入れられにくい提案であっても、提案されたという理由だけで排除せず、可能な範囲で事実関係と政策効果を検証した点にある。
続ける。
その結果、極端な政策が採用されたわけではない。むしろ多くの場合、検証を経ることで、なぜ採用できないのかが共有された。
「うん」
海翔は少し考えた。
「ただ、人口減少の速度を遅くする話のほうが、もっと面白かったんだよな」
別のファイルを開く。
そこにも、VOICEらしい尖った意見がいくつも残っていた。
「これも入れよう」
人口を増やすことはできなくても。
減り方を変えることならできるかもしれない。




