熟議は民主主義の良心
海翔は、前のページに書いた一文を、もう一度読み返した。
――思いつきを政策に変えるのは、賢い1人ではない。穴を見つけ合える複数の人間である。
少し格好をつけた。
それは自分でも分かっている。
けれど、的外れではないと思った。
あの市民会議で、最初から完成した制度を持っていた者はいなかった。
ヒデは、財源も考えずにベーシックインカムと言い出した。
ミカは、働かずに受け取る人への不満を隠さなかった。
トシは、自分の老後が不安だった。
アキは、まだ遠いはずの未来に希望を持てなかった。
誰も、社会全体を代表してはいない。
誰も、完全には公平ではない。
それでも、互いの穴を指摘し合ううちに、1人では作れなかった案ができた。
正しい答えを知っている人を集めたからではない。
違うところで困っている人たちを、同じ机に座らせたからだった。
海翔は、先ほどの一文の下へ、もう一文を書き足した。
――多数決が民主主義の結論だとすれば、熟議は民主主義がそこへ至るまでの良心である。
「こっちも、かなり格好つけたな」
今度は自分でも笑った。
だが、やはり消さなかった。
海翔自身も、市民会議に参加したことがある。
出てみれば分かる。
かなり疲れる。
事前資料を読む。
官兵衛の説明を聞く。
専門家の意見を聞く。
自分とは違う生活をしてきた人の話を聞く。
自分の考えを説明する。
反論される。
もう一度考える。
ときには、自分が絶対に正しいと思っていた意見を、引っ込めなければならない。
1日が終わるころには、頭の中がぐったりしている。
正直に言えば、一度参加すると、2度目は少し億劫になった。
それでも、多くの国民が参加した。
「市民会議に出るので休みます」
そう言えば、会社は休暇を認めるようになった。
個人商店なら、
《本日、店主VOICE市民会議参加のため午後休業》
と貼り紙を出す。
昔なら、
「そんなことで店を閉めるのかよ」
と言われたかもしれない。
今では、
「それなら仕方ない」
と、客のほうが納得する。
政治に参加することが、特別な人間の趣味ではなくなっていた。
そこで生まれた結論は、誰にとっても100点ではない。
それでも、
自分たちで作った。
そう思えることには、大きな意味があった。
年金制度を見直す案も、市民会議で方向を決め、VOICEの全体投票にかけられた。
採択後、有志の法律家、社会保障の専門家、経済学者、元官僚たちが集まった。
市民が示した向こう岸へ、どう橋を架けるのか。
そこから先は、彼らの仕事だった。
専門家チームが作った原案を、政府が法案の形へ整えた。
そして国会へ提出した。
国会審議も行われた。
野党も質問した。
ただ、以前とは少し違っていた。
「なぜVOICE案のこの部分を変えたのか」
「市民会議にはなかった条文を、誰の判断で加えたのか」
政府に向けられる質問は、VOICEで決まった方向から外れた理由を問うものが多かった。
何百万人もの国民が議論を見て、そのうえで採択した案である。
政治家が、何の説明もなく書き換えることは難しくなっていた。
大久保政権も、すべての政策をVOICEへ委ねたわけではない。
細かな制度変更や行政上の措置は、従来どおり政府が案を作り、国会で議論した。
しかし、国民へ大きな負担を求める政策になると、大久保はVOICEへ問いかけることが増えた。
最初は批判もあった。
「責任逃れだ」
「首相が決断しなくなった」
「VOICEの顔色ばかり見ている」
だが、結果だけを見れば、大久保政権は驚くほど堅牢になった。
負担を求める前に、何が問題なのかを示す。
誰が負担するのかを示す。
別の案なら、誰が困るのかを示す。
政府が突然、答えだけを突きつけることが少なくなった。
政権にとって大きな失点になり得るのは、政治家個人のスキャンダルと外交だった。
外交だけは、VOICEで何週間も話し合っている暇がない場合がある。
紛争の発生。
外国政府による突然の制裁。
安全保障上の危機。
そこは、政府が即座に判断しなければならない。
逆に言えば、そこさえ大きく失敗しなければ、大久保政権への不満が一気に爆発することは少なくなった。
海翔が卒業論文を書いている2043年10月になっても、大久保政権は続いていた。
支持率は、おおむね50%前後。
熱狂的に支持されているわけではない。
しかし、大きく崩れもしない。
誰かを熱狂させる政治家ではない。
その代わり、できるだけ多くの人が、
「まあ、それなら仕方ないか」
と思える場所を探し続ける政治家だった。
VOICE内では、その後も、既存の政治家なら口にしないような案が次々と出てきた。
そして驚くことに、その中には本当に政策として実施されたものまであった。
父のノートには、2039年ごろから何度も現れる言葉がある。
《不満があるなら、国会ではなくVOICEで国民を説得しろ》
最初は、掲示板に書かれた一つの言葉だったらしい。
それが繰り返し引用され、いつの間にか決まり文句になった。
政治家が国会で、
「この法案には反対だ」
と叫ぶ。
するとVOICEでは、
《だったら、こっちで説明してくれ》
《国会議員同士で勝手にやるな》
《反対なら、VOICEで票を取ればいい》
という書き込みが並んだ。
一度国会で成立した法律が、施行前になってVOICEで問題になったこともある。
制度の対象となる人々が、自分たちへの影響を知るにつれて、不満が急速に高まった。
政府は施行を延期し、修正法案を国会へ提出した。
法律上は、施行時期の変更と再改正。
実態としては、一度決めた政策の一時撤回だった。
そのころからVOICEでは、
《VOICEの承諾なく法案を通すな》
という言葉まで見られるようになった。
海翔は椅子にもたれた。
日本国憲法では、国会は国の唯一の立法機関とされている。
法律を作るのは、今でも国会だ。
VOICEには、法律を成立させる権限はない。
それなのに、VOICEで強い反対が起きる法案を、国会が押し切ることは難しくなっていた。
法律を書く。
細部を詰める。
行政を監視する。
それは、今も国会の役割である。
だが、
国民の意思を代表する場所。
その役割の一部は、確実にVOICEへ移っていた。
スイスのように、憲法や法律で国民発議や国民投票を整備したわけではない。
アイルランドのように、市民会議を制度の中心へ据えたわけでもない。
日本は、法律を大きく変えないまま、政治の習慣によって別の場所へたどり着いてしまった。
――日本方式の直接民主制。
海翔はそう書いた。
2040年、父は生活の拠点をルンザットへ移している。
その理由を、海翔は詳しく聞いたことがなかった。
母のローサのこともあっただろう。
年齢のこともあったかもしれない。
だが、このころの父のノートを読んでいると、別の理由もあったのではないかと思えてくる。
――もう、自分がいなくても大丈夫だと思ったのかな。
父が若いころから考え続けてきたもの。
普通の人が政治について考え、議論し、必要なら政治家に逆らう。
そのための仕組み。
完成したとは言えない。
問題も山ほどある。
それでも、父が見たかったものは、ある程度まで形になっていた。
現在、政府は、政権が交代してもこの状態を維持できるよう、VOICEと市民参加制度の関係を法律上明確にする法案を準備しているらしい。
そこには、村田や三浦の働きもあるという。
法案作成の動きが報道されると、大久保政権の支持率は、むしろ少し上がった。
海翔は画面から目を離し、窓の外を見た。
王が国を治めていた時代があった。
その権力が議会へ移った。
選挙によって政治家を選ぶ民主制になった。
しかし民主制になってからも、実際に政治を動かしてきたのは、政治家、官僚、企業、業界団体、専門家といった限られた人々だった。
それが今、さらに一段、下へ降りてきている。
特別な肩書を持たない会社員。
主婦。
学生。
自営業者。
年金暮らしの老人。
そんな普通の人々が、国家の政策形成の途中へ入り始めている。
もちろん、うまくいくとは限らない。
大衆がいつも賢いわけでもない。
VOICEだって、いつか大きな間違いをするかもしれない。
それでも――。
「これは、一種の革命だな」
思わず声に出た。
銃声もない。
王宮が襲われたわけでもない。
憲法さえ変わっていない。
昨日までと同じ国会議事堂で、昨日までと同じように議員たちが法律を作っている。
それなのに、政治を動かす力のありかが、少しずつ変わってしまった。
――革命って、本当はこういうものもあるのかもしれない。
海翔は、三浦の顔を思い浮かべた。
久しぶりに会ってみたいと思った。
父のノートに何度も登場する、あの元芸人の政治家に。
今のVOICEを見て、本人は何を思っているのだろう。
「俺が作ったんだぞ」
と自慢しているのか。
それとも、
「こんなものになるとは思わなかった」
と頭を抱えているのか。
たぶん、後者のような気がした。
だが、今は忙しいだろう。
三浦も、ずいぶん出世していた。
総務副大臣。
5期目にして、ようやく政府の中枢に片足を突っ込んだ。
もっとも、父のノートに書かれた三浦の性格を読む限り、本人は「副大臣」という肩書より、別のことを気にしていそうだった。
海翔はノートを閉じながら、少し笑った。
――三浦さんなら、今でも「長官のほうが格好いい」とか言ってそうだな。
***
海翔は卒業論文を書き進めていた。
ここまでで、VOICEが電子署名基盤から出発し、自らの規則を決める自治的な空間となり、さらに国政の大きな問題へ影響を与えるところまでを書いた。
後半では、VOICEが実際の日本社会へどのような影響を及ぼしたのか。
いくつか代表的な事例を取り上げるつもりだった。
VOICEには、国会ではまず口にできないような意見が平然と出てくる。
同じ発言を現職国会議員が記者会見で言えば、その日のうちに切り抜き動画が拡散し、翌日には党内から処分を求める声が出る。
場合によっては辞職要求まで発展する。
ところがVOICEでは違った。
突飛な案が出ても、
「そんなのあり得ない」
で終わらせない。
あり得ないなら、なぜあり得ないのか。
本当に効果がないのか。
条件を変えれば成立するのか。
誰にどのような不利益があるのか。
一度くらいは真面目に調べてみる。
それが、いつの間にかVOICEの文化になっていた。
「よし。続きをやるか」
海翔は椅子へ座り直した。
「親父のノートは、しばらく使わなくていいな」
*
父グリフが日本を離れたのは2040年。
それ以降については、海翔自身が資料を残していた。
当時はまだ、
いつか卒業論文に使う
などと考えていたわけではない。
父がVOICEの誕生に深く関わっていたことを知り、その父が日本を離れると聞いたとき、
――だったら、その続きを俺が少し残しておくか。
そう思っただけだった。
気になったVOICEのスレッド。
ニュース。
政策変更。
面白かったコメント。
自分の感想。
それらを時系列順に一つのファイルへ保存していた。
いつかルンザットへ行ったとき、
「親父がいなくなった後は、こんなことになったぞ」
と見せるつもりでもあった。
まさか本当に論文資料になるとは思わなかった。
「最初は人口減少かな」
海翔はつぶやいた。
「結局、いろんな問題の根っこにいるんだよな」
社会保障。
労働力。
地方消滅。
学校。
住宅。
インフラ。
税収。
安全保障。
突き詰めれば、人口減少とつながるものは多い。
海翔はAIへ指示した。
「2040年以降の保存資料を、時系列じゃなくてテーマごとに並べ替えて。要約はしないで。元のコメントと俺のメモはそのまま残して」
AIが確認する。
《分類のみを行い、発言本文は変更しません。》
「それで」
海翔は、AIに内容そのものをまとめさせるつもりはなかった。
要約すると便利ではある。
だがどうしても、
若年層には経済的不安や価値観の多様化が存在した
などという文章になる。
それでは面白くない。
実際の人間は、
「結婚したら小遣い減るじゃん」
とか、
「他人と毎日一緒に暮らすの無理」
と言っている。
そちらのほうが、よほど当時の空気が伝わる。
*
ファイルを開いていく。
「ああ、これか」
人口減少関連で最初に大きくなったスレッド。
たしか野党議員からの議論依頼だった。
2041年には制度が少し変わっている。
国会議員3名以上が共同で求めれば、V監に対し、VOICE上で特定政策について議論の場を設けるよう正式に依頼できるようになっていた。
それ以前は、政府からの正式依頼が中心だった。
与党だけがVOICEを使えるのは公平ではない。
野党からそう批判され、制度が開放されたのである。
海翔は当時のメモを読んだ。
――人口減少の根っこは少子化。
――補助金は政府でもできる。
――でも、その前に結婚する人が減っている。
――結婚は個人の問題だから、国会の先生方だけで話すよりVOICE向きなのかも。
「俺、19くらいでこんなこと書いてたのか」
少し感心した。
*
V監が最初に提示した資料は簡単なものだった。
『若年層の婚姻状況について――2041年検討資料』
そこでは過去の統計と2030年代の推移を基に、おおむね次のように整理されていた。
---
若年層の婚姻状況
日本では長期的に、若い世代の結婚時期が遅くなる傾向と、生涯未婚のまま生活する人が増える傾向が続いています。
2020年代半ばと比較すると、2040年前後には特に20代後半から30代前半で、有配偶者の割合がさらに低下しています。
V監による2040年時点の暫定集計では、
25~29歳男性では、結婚している人はおよそ5人に1人。
25~29歳女性では、およそ4人に1人から3人に1人程度。
30~34歳でも、未婚者が男女とも大きな割合を占めています。
ただし、
「結婚したくない人が増えた」
ことだけが原因とは限りません。
未婚者への調査では、
「いずれは結婚したい」
と答える人も依然として相当数存在します。
一方で、
交際相手がいない。
希望する相手と出会えない。
経済的な不安がある。
仕事と家庭を両立できる自信がない。
1人で暮らすことに不便を感じない。
結婚生活そのものに魅力を感じない。
など複数の理由が重なっています。
日本では出生の多くが婚姻関係にある男女から生まれているため、婚姻数の減少は出生数にも大きく影響しています。
この議論では、
「結婚しない人を批判すること」ではなく、「結婚したい人まで結婚できなくなっている原因があるなら、それを政策によって減らせるか」
を中心に検討してください。
---
「この最後の一文、うまいよな」
海翔は思った。
放っておけば、
結婚しない若者が悪い
という議論になりかねない。
最初に釘を刺している。




