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VOICEで飯を食う人たち

 海翔は、政治資金問題についての章をまとめながら、最後にこう書いた。

 政治と金の問題を契機として、VOICEは初めて本格的に国政へ意見を表明した。そして、その意見の一部は実際の制度として採用された。

 そこまで入力して、少し考える。

「これ、“成功した”って書いていいよな」

 誰に聞くでもなく口にした。

 少なくとも結果だけを見れば、成功だった。

 政治資金をめぐる制度は改正された。

 政治家と企業の接触は以前より見えるようになった。

 政治家自身に関係する問題を、政治家だけで決めるという従来の形にも風穴が開いた。

 そして、その後。

 政治と金をめぐる大規模な問題は、目に見えて減っていった。

 もちろん、

 完全になくなったわけではない。

 という一文も付け加える必要がある。

 企業や団体が政治家を支援すること自体は禁止されていない。

 選挙ボランティア。

 政策勉強会。

 政党活動への協力。

 合法的な個人献金。

 さまざまな方法が残っている。

 経営者や業界団体の幹部が、1個人として政治家を支援することもできる。

 そもそも政治家と企業、業界団体との接触を完全に切り離すことが良いとも限らない。

 企業は政策によって事業環境が変わる。

 政治家や官僚には現場の情報が必要である。

 医療政策を医療関係者の話を聞かずに作れないのと同じように、建設政策を建設業界と一切接触せず作ることも難しい。

 変わったのは、

 接触すること

 ではなく、

 接触したことを隠すこと

 のほうだった。

 海翔は文章を追加した。

 政治と利益団体との関係が消滅したのではない。それまで見えにくかった関係の多くが、可視化されるようになったのである。

「まあ、こんな感じか」

 保存する。

 そして父のノートを1枚めくった。

 ここからVOICEは、さらに別の段階へ進んでいた。

「このころからか」

 海翔はページを見ながら笑った。

「VOICEで飯食う人が出てきたの」


 *


 高畑は、VOICEの独立性が以前より高まったというニュースを見て、少し安心していた。

「まあ、VOICE側の勝ちかな」

 自分の机でコーヒーを飲みながらつぶやく。

 新聞やテレビでは、

 政府とVOICEの新たな緊張関係

 市民側が政府へ突き付けた要求

 など、かなり大げさな見出しも出ていた。

 しかし高畑自身は、そこまで深刻には見ていなかった。

「完全独立なんかできるわけないし、政府が全部握るのも無理。結局、中間に落ち着くよな」

「誰と話してるんですか」

 後ろから声がした。

 アシスタントの小俣だった。

「独り言」

「最近増えてますよ」

「年取ったんだよ」

「まだそんな年じゃないでしょう」

「お前に言われたくない」

 高畑は小俣の画面をのぞいた。

「それ、何?」

「クライアントのスレッド案です」

 画面には、

 『住民が迷惑している道路工事を止めよう』

 というタイトル案が表示されていた。

「駄目」

「え?」

「VOICEでは駄目」

「普通じゃないですか?」

「普通のネット広告ならな」

 高畑は椅子を寄せた。

「『住民が迷惑している』って、根拠どこ?」

「……ないですね」

「アンケート取った?」

「取ってないです」

「近隣住民何人に聞いた?」

「多分、依頼した本人が迷惑してるんだと思います」

「じゃあ“住民が”って主語にしちゃ駄目だよ」

「それだけで警告つきます?」

「いきなり削除までは行かないと思うけど、事実根拠を求める補足表示が付く可能性はある」

「面倒ですねえ」

「だから、うちに仕事が来るんだろ」

 高畑は文章を打ち直した。

 『○○地区で実施中の道路工事について、騒音・通行規制などの影響を検証し、工事方法の見直しを求めます』

「こっち」

「ああ」

「これなら、まず事実確認から入れる」

「止めろ、じゃないんですね」

「最初から結論決めつけるより、VOICEではこっちのほうが伸びる」

「依頼主、どこでしたっけ」

「地域共生ネット?」

「違います。『まちの暮らしを守る会』です」

「ああ、そこか」

 まちの暮らしを守る会。

 地方都市を中心に活動する小規模な市民団体だった。

 交通問題。

 大型商業施設。

 公園整備。

 再開発。

 生活に密着した地域問題を扱っている。

 思想色はそれほど強くない。

 政治団体というより、住民運動の連絡組織に近かった。

 高畑の会社とは月額契約を結んでいる。

 相談1件いくら、ではない。

 担当者が、

「これVOICEに出して大丈夫ですか」

「タイトルだけ見てもらえます?」

 と気軽に聞けるよう、サブスクリプション形式にしていた。

「今回の担当、新人かな」

「多分そうですね」

「だったら優しく直して返して」

「はい」


 *


 高畑は、もともとWebコンサルタントだった。

 企業サイト。

 検索対策。

 ネット広告。

 SNS運用。

 炎上対策。

 どうすれば検索結果の上位に出るのか。

 どういうタイトルなら読まれるのか。

 どこまで強い表現なら反感を持たれないのか。

 そうした相談に乗っていた。

 VOICEが社会に定着し始めると、そこに新しい仕事が生まれた。

 どうすればVOICE上で提案を読んでもらえるか。

 どうすれば賛同を集められるか。

 どこまでなら規約違反にならないか。

 どの資料を付ければ信用されるか。

 どのカテゴリへ投稿するべきか。

 最初は仕事全体の数%だった。

 それが1割。

 2割。

 今では売上の4割近くがVOICE関連になっている。

 しかも、従来のSNSとはノウハウがかなり違った。


 *


 外部の汎用AIにも、

 「この文章はVOICEで問題ありませんか」

 と聞くことはできる。

 だが限界があった。

 汎用AIが参照できるのは、VOICEが外部公開している規約や公開ページまでである。

 VOICE利用者だけが閲覧できる政治スレッド。

 個々の警告事例。

 市民会議で積み上がった細かな判断。

 そうした情報にはアクセスできない。

 しかもVOICEの運用基準は、少しずつ変わる。

 ある事例が問題になれば、

「今後この表現は注意表示の対象とする」

 と運用が修正されることがある。

 そのためVOICEを日常的に使っている人間による判断には、まだ価値があった。

 小俣が言った。

「でも、こういうのもそのうちAIに全部やられません?」

「やられるよ」

「え」

「全部じゃないにしても、8割くらいは」

「それ社長が言います?」

「だから残り2割で金取る方法を考えるんだよ」

「なるほど」

「AIに仕事を取られない方法じゃない。AIを使って何倍も仕事する方法を考える」

「社長らしいですね」


 *


 小俣が別の資料を開いた。

「そういえば、VOICEの商用利用、いよいよ検討に入るんですよね」

「ああ」

「本当にやるんですかね」

「やると思うよ」

「広告だらけになりません?」

「そこが今揉めてる」

 高畑は椅子にもたれた。

「独立派は、財政面まで政府から離したがってるからな」


 このころVOICEには、

 VOICE情報利用監督委員会

 という組織が存在していた。

 通称、

 V監。

 もともとは政府がVOICE内部の情報提供を求めた際、それを認めるかどうかを審査するために作られた。

 だが、制度というものは一度組織を作ると、その組織に新しい仕事が集まりやすい。

 例えば、VOICE上に犯罪を予告しているように見える書き込みがあった場合。

 以前なら運営チームが独自に判断し、

「警察へ知らせるべきか」

 を決めていた。

 しかしV監ができると、

 外部機関へ利用者情報を提供する問題なのだから、V監が判断するほうが適切ではないか

 という話になった。

 権限が移された。

 すると別の問題が起きた。

 委員全員を集めるのに時間がかかる。

 国会側の委員。

 政府推薦の専門家。

 VOICE側代表。

 犯罪予告のような案件で、3日後に会議を開いていては遅い。

 そこで、

 緊急時はVOICE側の常勤代表が暫定判断を行い、後日委員会全体が追認または修正する

 という制度が作られた。

 当初は例外だった。

 しかし実際には、緊急案件の多くがこの方式で処理された。

 さらに国会から選ばれる委員にもVOICEに好意的な議員が増えた。

 制度上は、

 政府・国会・VOICEが共同で管理する組織

 である。

 実務上は、

 VOICE側の判断を政府・国会側が後から確認する

 形へ少しずつ変わっていった。


 *


「政府も最近、VOICEには弱腰ですよね」

 小俣が言った。

「弱腰っていうより……」

 高畑は少し考えた。

「敬意を払うようになった、が近いかな」

「敬意?」

「政治家から見ればVOICEって、昔の大きな業界団体みたいな存在なんじゃないか」

「経団連とか?」

「そう。医師会とか歯科医師会とか、労組の全国組織とか」

「ああ」

「敵に回せば面倒。でも、うまく付き合えば支援してくれる」

「VOICEは献金してくれませんけど」

「その代わり票がある」

「もっと怖いじゃないですか」

「そういうこと」

 高畑は笑った。


 *


「うまく使ったのは公共未来党ですね」

 小俣が言った。

「あそこは早かったな」

「この前の参院選、すごかったですよね」

「野党第1党だからな」

 公共未来党は、前回の参議院選挙で大きく議席を伸ばした。

 わずかな差ではある。

 しかし改選後の議席数で、長年の野党第1党を抜いた。

 公共未来党は早い段階から、

 VOICEの独立性。

 市民会議。

 政治資金の透明化。

 情報公開。

 を強く支持していた。

 他党が、

「様子を見る」

 と言っていたころから、

「VOICEは育てるべきだ」

 と言っていた。

 その蓄積が、選挙で一定の成果として表れた。


 ***


 参院選後、VOICEには新しい変化が起きた。

 地方自治体。

 独立行政法人。

 公共施設。

 大学。

 公的研究機関。

 そうした公共性の高い組織が、VOICE内に公式ページを持てるようになった。

 市役所のページなら、

 お知らせ。

 災害情報。

 住民説明会。

 公共施設の予約。

 行政手続き。

 そこまでVOICE内で完結できる。

 図書館のページから本を予約する。

 市民体育館を予約する。

 粗大ごみ回収を申し込む。

 自治体サイトを一つ一つ探す必要がなくなった。

 ユーザーからの評判は良かった。

 すると当然、次の声が出てきた。

 「企業にも公式ページを認めてよいのではないか」


 *


 そこにはVOICE側の事情もあった。

 金である。

 利用者は増え続ける。

 サーバー費用。

 AI処理費用。

 サイバーセキュリティ。

 バックアップ。

 市民会議の運営。

 専門家への報酬。

 本人認証。

 人件費。

 VOICEの維持費は膨らむ一方だった。

 しかも主要な運営スタッフの給与は、まだ政府予算から出ている。

 これは独立派にとって弱点だった。

 高畑が小俣に言った。

「どれだけ制度上独立しても、財布握られてたら完全じゃない」

「予算減らされたら終わり?」

「終わりまではしないけど、相当弱る」

「また月500円とか言われますしね」

「あれはもう二度とやりたくないだろう」

「じゃあ企業から取る?」

「そういうこと」

 企業に公式ページを持たせる。

 一定の掲載料を取る。

 ただし、何でも広告できるようにはしない。

 政治的なスレッドの上に、

 『今なら住宅ローン金利0%!』

 などという広告が出れば、一気にVOICEらしさが失われる。

 そのため、

 企業情報を利用者が自分から見に行く形式

 が有力になった。

 店舗。

 商品。

 採用。

 災害時情報。

 リコール。

 イベント。

 予約。

 問い合わせ。

 そして企業側が料金を払えば、公共団体のお知らせと同じように、一定条件下で新着情報欄へ掲載できる。

 ただし掲載で順位を買うことはできない。

 スポンサー料を多く払った企業ほど上に出る仕組みにもしない。

 ここはVOICEがかなり神経質になった部分だった。


 *


「商用開放されたら、うちの仕事一気に増えますね」

 小俣が言った。

「ああ」

「じゃあ今、安い料金で市民団体とか受けてるのも」

「勉強」

「やっぱり」

「VOICEには独特の文化がある」

 高畑は説明した。

「普通のネット広告だと、刺激的なタイトルのほうがクリックされるだろ」

「『知らないと損!』とか」

「そう」

「『政府が隠している真実』」

「それはVOICEでやったら危ない」

「ですよね」

「煽って一瞬伸ばすより、資料出して、反論にもちゃんと答えてるスレッドのほうが最終的に強い」

「アルゴリズムがそうなってる?」

「多分な」

「多分?」

「中身は公開されてない」

「じゃあコンサルって言っても勘?」

「経験則と言え」

 2人で笑った。

「ただ、はっきりしてることはある」

「何です?」

「投稿者に規約違反警告が何度も付くと、その人の投稿は読まれにくくなる」

「検索順位が落ちる?」

「単純に順位だけじゃないみたいだ。『信頼性に注意が必要な投稿者』って情報が参照されるらしい」

「怖いなあ」

「だから企業はもっと怖がる」

「それでうちに来る」

「そう」

「いい商売ですね」

「人聞き悪いな」


 *


 数か月後。

 VOICEで企業の商用利用が正式に認められた。

 ただし、

 広告媒体としての開放

 ではなかった。

 VOICE内の身元確認された企業ページ。

 予約。

 契約前の問い合わせ。

 店舗情報。

 製品情報。

 採用情報。

 公共性のある告知。

 そうした実用機能を提供する代わりに利用料を取る。

 企業が政治的な提案へ金を払って露出を増やすことは禁止された。

 政治空間と商業空間の間には、明確な壁を置く。

 VOICEは少しずつ、

 行政サービス。

 SNS。

 政治参加。

 企業と生活者をつなぐ実用サービス。

 を一つの本人確認基盤の上に載せ始めた。

 社会インフラへの変貌だった。


 *


 高畑の会社は、一気に忙しくなった。

 最初は高畑と数人だけだったVOICE担当チームも増員した。

 企業ページの立ち上げ。

 投稿文の審査。

 炎上予防。

 利用規約への適合確認。

 スレッド立案。

 自治体との共同企画。

 VOICE内検索への対応。

 依頼は途切れなかった。

 それまで採算が悪くても引き受けてきた案件が、一気に資産へ変わった。

「社長」

 ある日、小俣が腕時計を見せてきた。

「どうです?」

 高畑は一目見て眉をひそめた。

「お前、また時計買ったのか?」

「いいでしょう」

「この前も買ってたろ」

「あれは普段使い。これは仕事用です」

「そんな理屈初めて聞いたぞ」

「社長がボーナス弾んでくれましたから」

「いくら使った?」

「100万円です」

「時計に?」

「はい」

「調子に乗るなよ」

「大丈夫ですよ」

 小俣は腕時計を眺めながら言った。

「その辺はわきまえてます」

「100万円の時計買ったやつが言う台詞じゃないだろ」

「でもVOICEのおかげじゃないですか」

「まあな」

 高畑も笑った。

「VOICE様々だ」


 *


「そういえばVOICEっていえば」

 小俣が思い出したように言った。

「最近、あれ話題ですね」

「あれ?」

「ネクストキャビネット」

「ああ」

 高畑もすぐ分かった。

 次の衆議院選挙が近いのではないかと言われ始めたころから、VOICE上で奇妙な遊びが流行していた。

 『自分なら誰を総理にするか』

 から始まった。

 最初は一つの雑談スレッドだった。

 そこから、

 財務大臣なら誰。

 外務大臣なら誰。

 総務大臣なら誰。

 防衛大臣なら誰。

 と広がった。

 いつしか利用者が、

 VOICEネクストキャビネット

 と呼び始めた。

 正式な制度ではない。

 VOICE運営組織が始めたわけでもない。

 単なるユーザー発の遊びだった。

「みんな人事好きですからね」

 小俣が言った。

「好きだなあ」

「『この人は総理向きじゃないけど外務大臣なら優秀』とか」

「あるある」

「『この人は厚労大臣で』」

「はいはい」

「『こいつは無任所』」

「それ悪口だろ」

 2人で笑った。

 しかも面白いことに、一つの政党で内閣を作る必要がなかった。

 自由共和党。

 公共未来党。

 ほかの野党。

 無所属。

 政策能力が評価されれば、誰でも候補に入る。

「野球のオールスターみたいですよね」

 小俣が言った。

「オールスター?」

「ファン投票です」

「ああ」

「チーム関係なく、好きな選手入れるじゃないですか」

「確かにな」

「公共未来党の人が財務大臣で、自由共和党の人が外務大臣で、無所属がデジタル担当」

「どんな連立内閣だよ」

 2人で笑った。

 ただ。

 高畑は笑いながらも、少し引っかかっていた。

「でも、これ……」

「はい?」

「政治家にしたら結構怖いぞ」

「そうですか?」

「だって今まで、誰を大臣にするかは党の中の話だったろ」

「ああ」

「派閥とか当選回数とか、総裁選で誰を応援したとか」

「はい」

「それを国民が勝手に、『この人は外相向き』『こいつは大臣にするな』って順位つけ始めてる」

 小俣の笑顔が少し消えた。

「しかも数百万人単位で?」

「そう」

「……結構怖いですね」

「だろ」


 *


 海翔は、父の記録のこの部分に長い付箋が付いていることに気づいた。

 グリフ自身も、VOICEネクストキャビネットには注目していたらしい。

 海翔は論文へ書き加えた。

 VOICEネクストキャビネットは、当初、政治好きの利用者による半ば娯楽的な遊びとして始まった。そこには法的な権限もなく、各政党が結果に従う義務もなかった。

 そこまで書いて、続ける。

 しかし、この遊びによって多くの国民が初めて、政党の序列とは別に、個々の政治家を「どの政策分野を任せたい人物か」という視点から比較するようになった。

 そして、最後の一文を少し迷ってから入力した。

 それは同時に、政治家たちがVOICEを単なる世論集計システムではなく、自分たちの人事にまで影響し得る存在――すなわち「怪物」として認識し始める契機にもなった。

 海翔は読み返した。

「まあ、オールスターのファン投票が、内閣人事に影響し始めたら怖いよな」

 最初は遊びだった。

 誰も本気で、VOICEが大臣を決めるとは思っていなかった。

 少なくとも――

 この時点では。


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