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君がいる物語  作者: 白栞
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君がいる物語

第二章 孤児院


門が閉まった。


鉄の音が、雪の中へ沈んでいく。


門の向こうには、青い外套の魔法使いたちがいた。


白い道に残った足跡も、降り続く雪に少しずつ消えていく。


「行きましょう。」


白い服の女性が手を差し出した。


ルーナは、焼けた本と絵を胸へ抱えたまま、その手を見た。


女性は少し待ち、手を下ろした。


「私はエマ。」


長い廊下。


白い壁。


同じ形の扉。


奥から、子どもたちの笑い声が聞こえていた。


エマは一番端の扉を開けた。


「ここが、あなたの部屋よ。」


小さなベッド。


机。


椅子。


窓。


白いコップが一つ。


「夕食になったら呼びに来るわ。」


扉が閉まる。


廊下の向こうで、誰かが笑った。


ルーナは小さな鞄を開ける。


焼けた本。


黒く汚れた絵。


布に包まれた、焦げた銀色の紐。


暖炉に落ちた紐は、半分より短くなっていた。


ルーナは黒くなった端へ指を触れた。


絵には、長い黒髪の女の人と、銀色の髪の少女が描かれている。


二人の手をつないでいた線は、黒い靴跡に消されていた。


その上から、何度も線が引き直されている。


ルーナは絵を枕の下へ入れた。


焼けた本と紐を机へ置く。


白いコップだけを、端へ動かした。


夕食の鐘が鳴った。


長い食卓。


湯気の立つスープ。


焼きたてのパン。


「ここへどうぞ。」


エマが一番端の椅子を引いた。


ルーナはそこへ座る。


向かいの子が銀色の髪を見る。


パンを口へ運び、もう一度見る。


隣の子も顔を上げた。


「白い。」


「おばあちゃんみたい。」


小さな笑い声が広がる。


エマがルーナの前へスープを置いた。


「銀色よ。」


声が止まった。


「いただきます。」


子どもたちの声が重なる。


ルーナはパンを二つに割った。


片方を、隣の空いた皿へ置く。


「そこ。」


向かいの子が言った。


「誰も座ってないよ。」


空の椅子。


白い皿。


その上の半分のパン。


エマは何も言わなかった。


食事が終わる。


皿が重ねられていく。


半分のパンは、その間に挟まれて見えなくなった。


次の日。


ルーナはパンを割らなかった。


朝。


靴がなかった。


靴棚には、子どもたちの靴が並んでいる。


ルーナの場所だけ空いていた。


鐘が鳴る。


子どもたちが食堂へ走っていく。


ルーナは靴棚を閉じ、冷たい床を歩いた。


小さな足跡が食堂まで続く。


扉を開けると、子どもたちの目が足元へ集まった。


誰かが笑う。


ルーナは一番端の椅子へ座り、裸足を椅子の下へ隠した。


庭の木に、ルーナの靴が揺れていた。


風が吹くたび、靴底が幹へ当たる。


乾いた音。


エマが長い棒で枝を押す。


二つの靴が雪へ落ちた。


中には、泥と枯れ葉が詰められていた。


「誰がしたの?」


ルーナは枯れ葉を取り出す。


「教えて。」


泥を払う。


「怒らないから。」


ルーナは靴を履き、そのまま建物へ戻った。


雪の上に、泥のついた足跡が残った。


エマの手には、長い棒だけが残っていた。


机の上に白い紙が配られた。


「今日は家族の絵を描きます。」


鉛筆の音。


赤い屋根。


大きな木。


父親。


母親。


兄弟。


犬。


ルーナは、小さな丸を二つ描いた。


長い黒髪。


銀色の髪。


一本の線で、二人の手をつなぐ。


隣の子が紙をのぞいた。


「その人、死んだの?」


鉛筆が止まる。


「魔法省に連れていかれたんでしょ。」


別の子が言った。


「悪い人だったの?」


ルーナは紙の上へ鉛筆を置いた。


黒い線が二人の間を走る。


つないだ手が、また消えた。


授業が終わる。


壁には家族の絵が並んだ。


ルーナの紙だけ、裏返されていた。


夜。


机の引き出しが少し開いていた。


焼けた本がない。


焦げた紐もない。


枕の下の絵も消えていた。


窓が開き、白いカーテンが揺れている。


ルーナは廊下へ出た。


裏口の扉が少しだけ開いていた。


庭へ出る。


雪は雨に変わっている。


焼けた本は、水桶の中に沈んでいた。


焦げた紐は木の枝に結ばれていた。


絵は泥の上に落ちている。


ルーナは水桶へ両手を入れ、本を引き上げた。


表紙が手の中で剥がれる。


ページを開く。


森を歩く少女。


小さな灯り。


開いた扉。


優しい女の人。


文字は水に溶けていた。


最後のページへ指をかける。


濡れた紙が破れた。


小さな音だった。


「ルーナ。」


エマが走ってきた。


温かい上着をルーナの肩へ掛け、本を布で包む。


「部屋へ戻りましょう。」


ルーナは泥の上の絵を拾った。


黒い跡が広がっている。


二人の顔だけは、まだ残っていた。


次の日。


机の上に新しい本が置かれていた。


赤い表紙。


金色の文字。


その隣には、乾かされた焼けた本。


泥を拭かれた絵。


破れた場所には、薄い紙が貼られている。


焦げた紐も、布の上へ置かれていた。


赤い本には、小さな紙が挟まっていた。


エマから。


ルーナは新しい本を開く。


知らない少女。


知らない森。


知らない家。


一枚、ページをめくる。


知らない女の人。


ルーナは本を閉じた。


赤い本を机の端へ置く。


焼けた本を胸へ抱いた。


誰かの誕生日だった。


食堂の真ん中に、小さなケーキが置かれている。


蝋燭が六本。


子どもたちは歌を歌い、一人の名前を何度も呼んだ。


火が消える。


拍手が起きる。


エマがケーキを切り分けた。


「ルーナもどうぞ。」


白い皿。


小さな苺。


向かいの子が、口の周りにクリームをつけて笑っている。


「ルーナの誕生日はいつ?」


匙の音が止まる。


ルーナは皿の苺を見た。


「いつ?」


エマが空の箱を閉じる。


「食べましょう。」


蝋燭から、細い煙が上がっていた。


ルーナの机に苺が一つ置かれていた。


白い皿。


小さな紙。


いつでもいいのよ。


ルーナは窓を開け、苺を窓辺へ置いた。


皿には赤い染みだけが残っていた。


子どもたちは一つの部屋に集まっていた。


開いた扉から、笑い声が漏れている。


「次は私。」


「もっと詰めて。」


「そこ空けて。」


ルーナは扉の前を通り過ぎた。


誰も呼ばなかった。


部屋へ戻る。


椅子が一つ。


白いコップが一つ。


ベッドが一つ。


机の端には赤い本。


ルーナは焼けた本を開く。


廊下から拍手が聞こえた。


一枚。


ページをめくる。


笑い声。


もう一枚。


歌声。


薄くなった紙が、指の間で破れた。


ルーナは破れたページを重ねる。


少しずれる。


もう一度合わせる。


本を閉じる。


雨の音だけが、部屋に残った。


窓の外に、白い花が咲いた。


孤児院の前で写真を撮ることになった。


子どもたちは新しい服を着て並んでいる。


「もう少し近づいて。」


ルーナは列の一番端に立っていた。


隣の子が一歩離れる。


「そこを詰めて。」


別の子が動く。


ルーナの肩が列の外へ出た。


シャッターの音。


数日後。


写真が食堂の壁へ貼られた。


子どもたちが集まる。


「私、変な顔。」


「先生、見て。」


笑い声。


ルーナは人の隙間から写真を見る。


一番端。


銀色の髪。


半分だけ、写真の外へ切れていた。


エマが写真を外した。


「撮り直しましょう。」


壁には四角い跡が残った。


撮り直しの日。


庭には、一人分の隙間があった。


エマがルーナの部屋を叩く。


返事はない。


取っ手へ手をかける。


扉は内側から押さえられていた。


少しして。


庭からシャッターの音が聞こえた。




夕方。


エマが青い服を持ってきた。


襟には、小さな白い花が縫われている。


「着てみない?」


ルーナはベッドへ座っていた。


「銀色の髪に似合うと思うわ。」


エマは服を椅子へ置いた。


「ここへ置いておくわね。」


青い服は椅子の上にあった。


きれいに畳まれていた。


エマが服を抱える。


白い花を指で整えた。


「いつでも言ってね。」


ルーナは焼けた本を読んでいた。


青い服は戻ってこなかった。




その日の夜。


ルーナは小さな鞄を開いた。


焼けた本。


黒く汚れた絵。


焦げた銀色の紐。


裏返された家族の絵。


一つずつ鞄へ入れる。


机の上には、赤い本と白いコップ。


エマからの紙。


いつでもいいのよ。


エマから。


ルーナは二枚の紙を赤い本へ挟んだ。


その本だけを机へ残す。


部屋を出る。


食堂から食器の音が聞こえていた。


子どもたちは、いつもの席へ座っている。


一番端の椅子だけ空いていた。


その前には、白い皿が一枚。


ルーナは通り過ぎた。


門の前へ座る。


小さな鞄を膝の上へ置く。


空が暗くなる。


夕食の鐘が鳴る。


窓に灯りがつく。


しばらくして、玄関の扉が開いた。


エマが隣へ座る。


何も言わない。


食堂の笑い声が消えていく。


廊下の灯りも、一つずつ消えた。


「寒いわ。」


ルーナは門を見ていた。


門の向こうには、誰もいない。


「中へ入りましょう。」


エマが手を差し出す。


あの日と同じ手。


ルーナはその手を見る。


長い廊下。


一番端の部屋。


温かいスープ。


焼きたてのパン。


白いコップ。


新しい本。


青い服。


壁に残った四角い跡。


ルーナは鞄を抱えた。


「ここも。」


エマの手が止まる。


ルーナは門を見たまま、もう一度言った。


「ここも。」


門は開かなかった。


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