第83話 “恩人と賞金首”
「――少し……しくじったな。まさかあんなに村から近いとは……」
キッドタワーの中、クロトは小さく呟いた。
日が傾き始めた頃。高い木造の塔の内部には、薄暗い影が落ちている。
ルリノが昨夜の惨劇を思い返していた頃。
クロトもまた、あの街道で起こした出来事に思いを巡らせていた。
そしてその呟きを、チビュウだけが聞き取った。
「ん……? ど、どうしたんすか? クロトさん」
「なんでもない。独り言だ」
だが、クロトはあっさりと切り捨て、周囲を見渡した。
「それよりも……あの〝賞金首〟を探す準備は出来たか?」
「はい!! 全員覚悟は出来ています!!」
棍棒を構えた巨漢の冒険者が、勢いよく答えた。
続いて、ノエルも静かに口を開く。
「うん。今度は絶対に逃がさない」
塔にいる者達の視線が、自然とクロトへ集まる。
「ならばいくぞ。ゲーム……スタートだ!!!」
「「「はい!!!!」」」
クロトの号令を合図に、幾つもの声が重なった。
冒険者達は武器を携えて一斉に動き出し、床板を踏み鳴らしながらキッドタワーの外へ駆けていく。
掛け声と雄たけびに紛れて、マリーがクロトに囁いた。
「……それじゃ、私は引き続き〝アレ〟を探しておくから」
「ああ。そのことも、上手くヤツらに擦り付けられるようにしろよ」
「へへ、わかってるよ……」
湿った声でマリーが答える。
2人は周囲を憚り、密談を続ける。
マリーは気だるげな笑みを浮かべていたが、その目だけはどこか冴えているような気がした。
塔の内部で各々が動き出した中――
――1人、迷いを抱えている男が。
(タイガさん……未だに信じられない。本当にあなたが……《B》ランクの凶悪賞金首なんですか……?)
駆け出していく冒険者達の中で、チビュウだけが一瞬、足取りを緩める。
タイガは自分を助けてくれた。
弱い自分を笑わず、勇敢だと言ってくれた。
あの姿が嘘だったとは、どうしても思えない。
けれど……〝手配書〟は確かに存在した。
恩人と賞金首。
その2つの顔が、チビュウの中でどうしても重ならない。
それでも彼は、走るしかなかった。
迷いを抱えたまま、仲間達の背中を追って、キッドタワーの外へ駆け出していく――
――
――――
――――――
「――さて……ひとまず、どうするか……」
静けさに耐えかねて、ロマが口を開く。
森の奥。
ルリノが昨夜の出来事を語り終えてから、重たい沈黙が続いていた。
誰もすぐには言葉を返せなかった。
惨劇のこと。クロトのこと。そして、今も気絶したままのタイガのこと。
考えるべきことが多すぎて、空気そのものが沈んでいくようだった。
そんな中、ミヤコは低く呟いた。
「なあ……ミャー達が襲われたこととは別件でさ、クロトって大量殺戮をしたわけだろ? そんにゃヤツ、村に置いといて大丈夫なのか……?」
ミヤコの言うことはもっともだった。
だがルリノは首を振る。
「それが……あのたくさんの遺体なんだけど、あの人達ね……」
ルリノは言い淀んだ後、息を吸って言葉を継いだ。
「多分……〝盗賊団〟だったの……」
「え!? 盗賊!?」
思いがけない単語に、ミヤコは目を見開いた。
だが、それとは対照的に、ロマは静かに漏らす。
「……やっぱりか……なんとなく、そうじゃないかとは思ってた……」
「え……な、なんで盗賊団だってわかったんだ……?」
状況を呑み込めていないミヤコに、ルリノは説明をする。
「まず……ここら辺の街道には、盗賊がよくいるの。港町からの積み荷を載せた馬車を狙って……
それに……駐在さん達が調べたら、遺体の近くから盗品らしい荷物も見つかったそうなの。
しかも武装していたのに、誰も冒険者ライセンスを持っていなかったそうだし……」
「……なるほど。そりゃ盗賊団の可能性が高いね……」
ロマは苦虫を噛み潰したような顔で呟く。
「この世界は、盗賊みたいな犯罪者には人権がない……クロトの殺戮も、罪には問われないだろう」
納得しているわけではない。
けれど、この世界の仕組みとして、そうなっていることは知っていた。
「あ、念のため補足しておくと、ミヤコちゃんのように職業ステータスに表示されるような盗賊は大丈夫だからね。この世界では犯罪者の盗賊と職業の盗賊はハッキリと分けられているから」
「わかってるよ。異世界から来たばっかりのタイガじゃねェんだぞ? てかミャーはライセンス持ってるし……」
それを聞き、ロマは静かに笑うが、その表情は晴れない。
「タイガ……流石に今度は傷が深い。こんな森の奥じゃ治療にも限界がある……けれど村はクロトの手が回っている。ポートまでコッソリ運ぶにしても、こんな重傷者、怪しまれずにいけるかどうか……」
思案しながら、ロマは短く息を吐いた。
「はあ……とりあえず、オレの小屋に置くしかないか――」
――
――――
――――――
――小屋へ戻る道。
4人と1頭……背中を負傷した虎とは別の、少し大きな虎がタイガを背に乗せ、ロマ達の後ろをゆっくりとついて行っていた。
暗く、沈んだ空気の中……浮かない顔をしていたルリノが、か細い声を出す。
「村のみんな……あんなにタイガさんと仲良くしていたのに……それにタイガさんは、村を救ってくれた恩人なのに……っ!!」
「ルリノ……」
その呟きを、ミヤコも耳をシュンと垂れさせながら聞く。
「……それなのに、タイガさんを傷つけるのに協力するような結果になって……本当にごめんなさい……っ!!」
「……さっきから謝ってばかりじゃにゃいか。ルリノは悪くないのに……おかしいよ……」
今にも泣きそうなルリノの声を聞き、ミヤコも途切れ途切れに言葉を続けた。
「それに村のヤツらも……賞金首を庇うことなんて出来ない……あいつも……クロトも、犯罪者から村を救おうとしてるだけ……けれどタイガは……悪いヤツじゃなくて……っ!!」
初めはボソッと小さな声。
けれど最後の方は、その状況に憤るように声に力が入っていった。
「にゃんだよ……なんなんだよこの状況ッ!!! おかしいよ……誰も間違ったことしてないのに……なんでこんなことになるんだよ!! 昨日まではみんな……仲良くしてたのに……タイガが賞金首だってわかった瞬間から……ッ!!! 話も聞いてもらえなくて……ッ!!!」
その叫びは、不条理への怒り……いや、もはや悲鳴だった。
立ち止まり、震えながら思いの丈を吐き捨てることしか出来ない。
悔しさでギュッと握ったミヤコの手から、ポタポタと血が垂れる。
「……納得出来ないよね……しかも当のタイガは〝勇者〟になりたいときた……『勇者になりたいのに賞金首になっちゃった』なんて……とんでもない理不尽だ……」
ロマも手で顔を覆いながら、苦しそうに言葉を紡ぐ。
その指の隙間から、虎の背に乗ったタイガの方を見る。
目をつぶり、安らかなように見える……全身がボロボロであること以外は……
「……このまま無事意識が戻ったとしても、今回の件でタイガも痛感するだろう。自分の置かれている無茶苦茶な状況を……それで彼が、今後どういう選択をするか……」
「っ!! タイガが……勇者になるのを諦めちまうってことか!!?」
ミヤコの耳が、ショックで立ち上がる。
「……タイガが……勇者を……」
ミヤコは唖然としたように口を開きながらも、タイガの方へ視線を向ける。
今は彼は瞳を閉じているが、その顔を見て浮かぶのは……かつて見せた、そのまっすぐな青い瞳――
――
――――
――――――
『――目的って……別にボクはただ……〝勇者〟になりたいだけだよ?』
『……でも、それで村の人達が傷つくかもしれないんでしょ?
それをほっとくのは〝勇者〟じゃない……!!』
『いいや!!! なるッ!!! それでも〝勇者〟に――ボクはなる!!!!』
――
――――
――――――
「――ぐ……っ!! そりゃあ、無謀な夢だけど……子供みてェな夢だけど……こんな終わり方って……っ!!!」
「……夢の終わり方は、残酷なことが多いよ……」
一見冷たいロマの言葉。
けれど彼も、唇の端を僅かに噛みしめ震えていた。
「……ガウ……」
虎の低い唸り声だけが響き、再び辺りに暗い沈黙が訪れる。
だが……ロマの耳に、遠くの喧騒が届く――
「――待って……何か……騒がしくないかい?」
「え……?」
その言葉に、ルリノが不安そうに顔を上げる。
耳を澄ませば、遠くからかすかに声が聞こえていた。
風にちぎれて内容まではわからない。
だが、普通の話し声ではない。
誰かが大声で叫んでいる。
「村の方からだ……少し見てくる。キミ達は念のため、そこで待っとくんだ」
「ま、待って……私も行く!!」
駆け出していくロマとルリノ。
「あ……ロマ! ルリノ……!!」
止める間もなく、あっという間にミヤコには、2人の姿が見えなくなる。
「……っ……!!」
ミヤコはうつむき、ぎゅっと胸元で手を握ることしか出来なかった――
第84話は明日の20時10分に投稿です。
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