第84話 “自分のことのように”
――森の中から、村へ向かう道。
ロマは木々の間を滑るように駆け抜けていた。
(何か大声で叫んでるな……一体なんだ……?)
走るほどに、その声は少しずつ鮮明になっていく。
ただの騒ぎではない。
やがて、その内容がはっきりと耳に届く――
「――探せェ!!! あれだけの怪我だ、まだ遠くには行っていないはずだ!!!」
「っ!!?」
ロマは足を止めかけた。
「危険な賞金首がまだ近くに潜んでいる!! このままじゃ、しばらくこの地には安寧の時は訪れない!!!」
怒号の主は、クロトのパーティーの冒険者だった。
村の中央付近に立ち、腹の底から声を張り上げている。
「なんだよ……あいつ……!!」
ロマは思わず呟く。
しかし異様なのは、それだけではなかった。
「タイガァ!!! どこにいるんだー!!!」
「賞金首タイガァー!!!」
見れば、冒険者達だけじゃなく、村人達も叫びタイガを探していた。
通りの角で。家々の前で。広場の入り口で。
それぞれが同じような文言を叫び続けている。
「みんな!? な、なにをしているの!!?」
「あ……!? おい、ルリノ!!」
ロマの制止も振り払って、ルリノは村の中央へと走っていく。
「みんなは私がなんとかするから!! ロマはタイガさんのことに集中して!!」
「な、なんとかってそんなこと……ああもう! わかった!!」
彼女に言われるまま、ロマは再び小屋へ向かって走り始めた。
(心配だけど……信じてるぞ、ルリノ……!!)
「――みんなぁ!!! これは一体どういう騒ぎ!?」
「ルリノ!! 今までどこに行ってたんだ!? ……よかった、無事で」
ルリノが声を出した途端、村人達は一斉に彼女の周りに集まる。
「大変なんだ!!! あの青い少年……タイガが賞金首だったんだ!!!」
「え……あ、そ、そうだったの……っ!!?」
(は、初めて知ったフリをしないと……)
ぎこちないルリノの演技も、緊急事態の焦りからか周りにバレる様子はない。
「しかも《B》ランクの賞金首だぜ……おっかねェ……」
「まあ、あの見た目でとんでもない怪力だったもんな……」
「あいつ……そんな危ないヤツだったなんて……」
「っ!!! そんな……みんな!! タイガさんは村の恩人よ!!?」
「……わかってるよ、ルリノちゃん」
村人の1人が、苦しげに答えた。
「あいつには感謝してる。そりゃあ忘れちゃいねェよ……けどな、もし賞金首を匿ったなんて思われたら……オレ達の家族まで、どうなるか……」
「っ……!!」
「それに……あのクロトって冒険者には、とても逆らえねェよ……」
「みんな……」
ルリノはその反応に、顔をうつむけてしまう。
(わかってる……みんなが薄情なんじゃない。むしろこれが普通なんだ……でも……っ!!)
彼女の中に浮かぶのは、かつて父が口癖のように言っていた、ある言葉だった――
『――受けた恩は必ず返す。それが我々の流儀だよ』
(――わかってる。今回は流石に状況が違うって……けど……っ!!)
葛藤するルリノの様子に、村人も気づき、声をかける。
「なあ……なんでルリノちゃんは、そんなにあいつのことを信じているんだ……?」
「え……信じる……?」
「だってそうだろう? 賞金首だってわかっても、あいつのことを……庇おうとしている……」
「っ!?」
内心を言い当てられてしまい、彼女の瞳が揺らぐ。
「一昨日にいきなり現れて、確かに村のことを救ってくれたけど……やっぱり色々と怪しいだろ……それなのになんで……」
「それは……」
言い淀みながらも理由はハッキリしていた。
(村を救ってくれたことに加えて、昼にも命を救われた……それに、昨日だって……)
「だって……タイガさんは……」
小さく呟きながら、ルリノは昨夜のことを思い出していた――
――そう、あの血塗れの、惨劇を前にした時のこと――
――
――――
――――――
「――ひ……酷い……ッ!」
「う……っ!! ああ……やっぱり、見るんじゃにゃかった……」
ルリノとミヤコは、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
足がすくみ、声が震える。
生温い風が頬を撫でるたび、鉄と腐臭が入り混じった匂いが鼻を刺す。
(この惨劇……起こしたのは……)
目の前の惨状。
前日の朝に見た、紅に濡れたクロトの姿。
(だ、黙ってて……いいの……? でも、確証はないし……けれどさっき、クロトさん……あれは『黙ってろ』って意味じゃ……!!!)
彼が口元に指を当てたあの不気味な笑み。
すべてがルリノの中で絡まり合い、頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱していく。
「うぐ……酷い臭い……ミャーちょっと気持ち悪くなってきたにゃ……」
「す、少し離れましょうか、ミヤコさん……あまり無理はしない方がいいですよ……」
ミヤコは顔を青くしながら、胸元を押さえて後ずさる。
血と腐臭が混ざりあった空気は重く、吐き気を催すほどに生臭い。
ルリノは慌てて彼女の背を支え、2人で死体の山から離れようとする……
……それだけしか出来なかった。
目の前の惨状から、目を背けるように、逃げるように……ルリノは唇をギュッと結ぶ。
――その時だった。
びちゃ……と、湿った音が響いた。
誰かが血だまりを踏みしめている。
「え……? お、おい……!! 何やっているんだ!! タイガ!!」
ロマの叫びが森に響く。
足音の主は、タイガだった。
ロマが呼びかけても、彼は黙ったまま、血に染まった地面を進んでいく。
「タイガさん……?」
ルリノから漏れた小さな声は、彼には届かない。
さっきは目を背けようとした惨状の中を、進む彼から目が離せなかった。
やがて、タイガはある〝塊〟の前で立ち止まる。
そして、迷いのない手つきでそれを両手で掬い上げた。
「……それは……なッ!!?」
「っ!!!?」
ロマの声が大きく揺れる。
ルリノも、タイガが抱えたものを見て、声にならない息を漏らした。
タイガの手の中にあったのは――
人の頭だった。
苦痛に歪んだ男の顔。
目は見開かれ、叫ぶ途中のように口が裂けている。
その表情には、最期の瞬間に刻まれた恐怖と痛みが、まだ残っているようだった。
「……」
タイガは黙ったまま、その顔を見つめていた。
そして――
「――っ……!! うう……っ!!!」
その男の額に、自らの額を合わせる。
辺りはむせ返るほどの血の匂い。
男の顔は、その発生源の1つだ。
だというのに、タイガはたじろぐこともなく、その頭を両手でそっと支えていた。
壊れものを扱うような、優しい手つきだった。
額を合わせた姿は、そこにまだ温もりが残っていると信じているかのようだった。
その痛みに……少しでも寄り添おうとしていた。
「苦しかったよね……痛かったよね……なんで……なんでこんな酷いことが……」
「っ……!!!」
酷く震えた声。
タイガの瞳から、大粒の涙がぼろぼろと溢れ落ちる。
それは……そこにいた誰かが、苦しかったこと。
恐ろしかったこと。
そして、もう二度と帰ってこないこと。
その全部を、受け止めた末に、溢れ出した涙だった。
「うう……っ!!! うあああああぁっ!!!!!」
やがてタイガは、大きな声で泣き出した。
子供のように。
堪えることも、取り繕うことも出来ないまま。
その泣き声は、惨劇の跡に響くにはあまりにも無防備だった。
けれど……
(タイガさん……そっか……)
その姿に、ルリノは気づかされる。
(無残な光景に目を奪われていたけど……これは人がたくさん亡くなった、悲しいことなんだ……)
そう……そこにあるべきなのは、恐怖だけではなかったのだ。
本当は、失われた命を悼む声が必要だった。
「うわああああああああん……!!!! あああああああああああぁーっ!!!!!」
タイガは泣き続ける。
誰かに見られていることも気にせずに。
血に汚れることも、臭いも、恐怖も、何もかも知らないみたいに。
(〝人の痛み〟を……まるで自分のことのように思える人なんだ……タイガさんは……)
その姿を見ているうちに、ルリノの胸にも、遅れて痛みが滲んできた。
恐怖で凍りついていた心の奥に、ようやく悲しみが届いた。
(ごめんなさい。今更だけど……)
瞳をそっと閉じる。
惨状から目を背けるためではない。
そこにいた人達の死を、悼むために。
彼らがただの惨劇の一部ではなく、確かに生きていた誰かだったのだと、忘れないために。
ルリノは両手を合わせ、静かに祈り始めた――
話のストックが尽きたため12月下旬まで休載します。
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