第81話 “帰還道中”
グリングリンロッジの中央――キッドタワー。
村のどこからでも見える、高層の木造の塔。
塔の中央には、高い天井まで続く吹き抜けのような空間があった。その周囲を囲むように何段もの木の床が張り出し、壁際には急な階段と足場が幾重にも組まれている。
各階には樽、木箱、縄束、漁具、干した薬草、予備のランプ油まで雑多に積まれ、実質はほとんど巨大な倉庫だった。
乾いた木の匂いと、長年染みついた埃。かすかに鼻を刺す樹脂の香り。
少し声を張るだけでも、音が柱や梁へぶつかって何重にも反響した。
「すみません。こんな埃まみれの場所しかなくて……集会所は昨日の惨殺死体を安置しているので……」
「いいや。素晴らしい立派な塔だ……オレ様の拠点に相応しい!! 提供感謝する!!!」
へりくだった村人に、クロトはコートを翻しながら答える。
塔の内部には、彼のパーティーに属する冒険者達が何十人も詰めていた。
先ほどタイガに感電させられた者達も、顔をしかめながら身体を起こし、中級ポーションをあおって傷を癒していた。
「これでヤツを討伐する作戦も立てやすいモノだ」
クロトの一言を合図にしたように、塔の空気はさらに張り詰めた。
砥石で剣を研ぐ者。
弓の弦を引き、張り具合を確かめる者。
無言のまま短剣を並べ、使う順まで決めている者もいる。
今度こそタイガを仕留める――その執念だけで、この場はひとつにまとまっていた。
だが、その中でたった1人だけ、激しく戸惑った声を上げる者がいた。
「た、タイガさんが賞金首!!!?」
広い塔の内側に、チビュウの驚愕が大きく跳ね返る。
「な、何かの間違いじゃ……だってタイガさんは、自分を……っ!!」
「ううん。証拠だってある」
震えるチビュウの言葉を、ノエルは淡々と遮った。
そうして差し出したのは、1枚の――手配書だった。
「な……これは……手配書!!?」
「うん、間違いない。彼」
チビュウは目を見開く。
紙面に載っていた顔は、確かに自分が出会ったあの少年そのものだったからだ。
「そんな……信じられない。あの人が……」
衝撃に、チビュウの身体が小さく震える。
渡された手配書を持つ指先にも力が入らず、紙の端がかすかに揺れた。
その横合いから、湿ったような声がぬるりと割り込んでくる。
「ふへへ、人は見かけによらないねェ……」
「マリー先生……」
チビュウの脇から、小さな影が顔を出す。
幼い見た目には似つかわしくない、ねっとりした笑みを浮かべながら、マリーは手配書を覗き込んでいた。
「……1番見かけによらないのは、あなたでしょ?」
間髪入れず、ノエルの冷えたツッコミが刺さった。
「ふへへへ……こりゃ痛いところを突かれたね」
そう言いながらも、マリーはますます口角を吊り上げ、肩を揺らして笑う。
そのマイペースさに、ノエルはじとりとした目を向けた。
そんなやり取りを見て肩をすくめつつも、クロトは村人の方を向く。
「悪いが、キミ達にも協力してもらうぞ。グリングリン・ロッジの諸君」
「え……!? で、でも……あいつは……」
素直に「はい」とは頷けなかった。
クロトの話を聞いていた村人。それは一昨日の夜、タイガと肩を組んで笑っていた屈強な男――バドだった。
そんな彼の様子にクロトは一瞬眉にしわを寄せるが、すぐに取り繕ったように笑みを浮かべる。
「大丈夫だ、協力と言っても見かけたらすぐにオレ達に知らせるだけでいい。それにヤツはもう村の近くにいないかもしれないしな……まあ、不審なヤツがいたら教えてくれ」
「……ああ……わかった」
バドは額に汗を浮かべながら、なんとか返答した。
その様子をクロトは小さく鼻で笑いながら続ける。
「ふ……ああ、それと、ありえないとは思うが念のため言っておく……」
そこで一旦言葉を切ると、彼は声を低くして告げた。
「もし、ヤツを匿うなどしたらどうなるか……わかってるよな?」
「っ!!!」
バドの体がびくっと跳ねる。
身長2mを超える屈強な彼が、自分よりも頭1個分以上は背の低い青年の言葉に、威圧されている。
喉の奥が張り付き、上手く言葉を発せられない。
それでもバドは無理矢理にでも答える。
「あ、ああ……当然だ……そんなことをすれば、オレ達も同罪じゃないか……っ!!」
「ふっ、そうだ。よかったよ、賢い協力者を得られて」
クロトはいつもの不遜な態度で、彼の肩に手を置く。
「他の村人にも、重々承知しておくように伝えてくれ」
「わ、わかった……」
それだけ伝えるとクロトは、バドに背を向け塔の端の方、パーティーメンバー達の元へと向かって行った。
その黒い背を見送った後、バドは塔からゆっくりと立ち去った――
「――ぶはぁッ!!! はあ……っ!! はあ……」
まるで息を止めていたような緊張から解き放たれ、男は力いっぱいの深呼吸をした。
「……凄まじい気迫だ……睨まれただけで、心臓が止まっちまうかと思った……」
クロトの漆黒の視線を思い出し、彼は思わず鳥肌を立てる。
「っ……とんでもないヤツに狙われたな、あいつ……はっ。これじゃまるで、どっちが悪者かわからねェな……」
そう言いながらバドは、一昨日の夜に、肩を組んで笑い合った少年のことを思い出す――
(――タイガ……お前がまさか、賞金首なんてな……)
夕焼けに染まった森の方を眺めながら、小さく言葉が漏れる。
「……ゾッとするよ……」
――
――――
――――――
――同時刻、森の奥。
「ごめんね……虎さん。あなたが傷付いたのも……私が黙ってたからだわ……」
「ガウアゥ……」
タイガを庇い、毒を浴びた白い虎は、静かに首を横へ振った。
人の背丈の3倍ほどもある巨体の背には、何重にも包帯が巻かれている。
まだ痛みは残っているはずなのに、その瞳には、ルリノを責める色など少しもなかった。
「ルリノ……何度も言うけど、キミのせいじゃないよ。それに、よく勇気を出して言ってくれたね……」
「ロマ……」
そう言われても、ルリノはうつむいたままだった。
握りしめた指先が、小さく震えている。
ずっと胸の奥に押し込めていたものを打ち明けたばかりの彼女は、今にもその重さに押し潰されそうに見えた。
(ルリノ……キミがずっと抱えていたのは、村へ帰り着く直前に起きた出来事だったんだな――)
――ロマはそんな彼女を見つめながら、ルリノが先ほど語ったことを思い返す。
話は一昨日の早朝に始まる――
――
――――
――――――
――街道は、朝露を含んだ草木の匂いに包まれていた。
手入れは最低限しかされておらず、普段はそこまで人通りの多くない道だ。
その静かな街道を、何台もの馬車が列を作って進んでいた。
先頭を行くのは、漆黒の毛並みを持つ大きな馬。
手綱を握るのは、その馬にも負けないほど全身を黒で包み込んだ青年――クロトだった。
「ふはははーっ!! 今日も黒毛クンの調子はいいな!! 毛並みも整っている」
澄んだ朝の空気の中、クロトの尊大な声はやけによく通った。
それとは対照的に、馬車の荷台からは気だるげな声が返ってくる。
「んぅ……クロト、うるさい……」
ノエルはまだ眠そうな目をこすりながら、ぼそりと文句をこぼした。
銀色の髪は少し乱れ、犬耳も片方だけ力なく傾いている。
彼女は大きなあくびを1つすると、荷台の縁に寄りかかった。
「ノエル、朝早くから……否、どんな時でも瞬時に動けるようにしておくのは、冒険者に必須の技術だぞ?」
「むぅ……私、冒険者じゃないもん」
「っ!! ……お前……」
その言葉に、クロトの表情がほんのわずかに曇る。
さっきまでの芝居がかった調子が、ほんの一瞬だけ途切れた。
その微妙な空気を察したのか、ルリノが慌てて口を挟む。
「えっと……ごめんなさい。私が早く村に着きたいって言ったから……」
「気にするな、ルリノ嬢。慣れ親しんだ場所に、すぐにでも戻りたいのは当たり前のことだ」
クロトはすぐにいつもの顔へ戻り、大げさなくらい優雅に答えた。
その調子にルリノも小さく息をつく。
そんな他愛ないやり取りを交わしながら、馬車の列はグリングリンロッジへ向かって進んでいた。
何事もなく。
ただ、穏やかな早朝の道を――
――出発から、1時間ほどが経つまでは。
「――む……これは……」
先頭を進んでいたクロトが、不意に目を細めた。
それまで軽快に蹄を鳴らしていた黒馬も、主人の気配を感じ取ったのか、耳をぴくりと動かす。
クロトは前方の道を見据えたまま、声を張った。
「おい!! 全員止まれェ!!!」
その一声で、馬車の列が一斉に止まる。
車輪が土を噛み、荷台が小さく軋んだ。
「え? ……な、何かあったの……?」
突然の停止に、ルリノは不安そうに身を乗り出す。
クロトは馬上から動かず、静かに答えた。
「……行く手を阻む〝邪魔者〟がいるな」
「へ? ジャマモノ……?」
その答えに、ルリノは首をかしげる。
彼女の目には、まだ何も見えない。
街道の先には、朝の薄い光に照らされた草木と、ゆるやかに続く道があるだけだった。
だが、隣にいたノエルもまた、眠気の残っていた目を鋭く細める。
「うん……私の鼻でも探知した。ちょっと厄介」
そう言って、彼女は荷台から身を乗り出した。
犬耳がぴんと立ち、尻尾の先がわずかに緊張する。
その視線は、クロトと同じく道の先へ向けられていた。
しばらく沈黙した後、クロトはゆっくりと手綱を離す。
「……30分ほど、待っていろ」
そう言い残すと、彼は馬から軽やかに飛び降りた。
「クロトさん!? ま、待ってろって……」
「片づけてくる」
驚くルリノに対し、クロトの声はあまりにも平然としていた。
まるで道端の小石をどかしに行く程度の軽さだった。
そのままクロトは街道の先へ向かって走り出す。
そして、その横に銀色の影が並んだ。
「私もついてく」
「……1人で大丈夫だ」
「……ついてく」
「……勝手にしろ」
短いやり取りだけを交わし、クロトとノエルは同じ速度で街道の先へ駆けていった。
朝の薄い光の中、黒と銀の背中はあっという間に小さくなっていく――
「――行っちゃった……村にもう、かなり近いのに……〝邪魔者〟……?」
突然のことに、ルリノはただ呆然と見送ることしか出来なかった。
しかし彼女とは違い、クロトのパーティーの冒険者達は妙に落ち着いていた。
「よ~し、じゃあちょっと休憩とするか~!!」
「ふわ~……オレちょっと二度寝する……」
ある者は馬車から降りて伸びをし、ある者は荷台の隅に寝転がる。
武器を手元に置いたままではあるが、その動きに焦りはほとんどない。
「みんな……何でもないことのように受け入れてる……」
明らかに異常事態のはずだった。
リーダーのクロトが突然馬車を止め、ノエルと共にどこかへ走り去ったのだ。
なのに、周囲の冒険者達はそれを日常の一部みたいに受け入れている。
「あんないきなり立ち止まって、走り去って……疑問とか、心配とかはないの?」
ルリノの小さな呟きに、荷台の陰から返事があった。
「ふへへ……みんな慣れてるのさ。クロトのああいう行動には……」
「慣れてるって……」
それまで黙っていたマリーが、ルリノへ顔を向けた。
不気味な笑みを浮かべたまま、彼女はのんびりと続けた。
「まあ、強者にしか感じ取れないモノってヤツかな。だから私達には理解出来ないけど、みんなクロトを信じている……少なくとも、その〝力だけ〟はね。ふへへ」
彼らにとっては、これが普通らしい。
クロトが何かを見つけ、勝手に動き、他の者達はそれを疑わずに待つ。
その流れがあまりにも自然に成立している。
だからこそ、ルリノだけがこの場に取り残されたような気がした。
見えていないのも、知らないのも、自分だけ。
考えすぎなのだろうか。
そう思おうとしても、不安は消えなかった――
第82話は明日の20時10分に投稿です。
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