第77話 “グリングリンロッジの戦い”
「た、タイガぁ……!!」
ミヤコは怯えた声を漏らしながら、ぐるりと周囲を見回した。
広場を取り囲む冒険者達は、誰も彼もが〝歴戦の猛者〟といった風貌をしている。
だが、タイガはその中心で怯むことなく、むしろ静かに彼らを見据えていた。
「キツイ戦いになりそうだね……それでも……!! あれ……?」
タイガは覚悟を決めるように一歩前へ出て、剣を構えようと腰の鞘に手を伸ばす――
が、その瞬間、指先に何も触れないことに気づいた。
「剣が……ないッ!!?」
「んにゃァッ!!? な、なんで……ッ!!!?」
まさかの事態に、2人揃って素っ頓狂な声を上げる。
「一体どこに行ったんだよ!!? アレ高かったのに!!!」
「え~? ロマの小屋に置いてきたぁ? いやそんなはずは……あっ」
そこまで言いかけて、タイガの脳裏に先程の巨大な虎との激闘の場面がフラッシュバックする――
◆ ◆ ◆
『――てぇやぁッッ!!!!』
彼は手にしていた剣を、虎の額めがけて投げ放つ。
ヒュルルルルルルルルルルルゥゥゥ……ッ!!!
トス……ッ!!
美しい軌道を描いた剣は、狙い違わず額へ突き刺さる――
◆ ◆ ◆
「――巨大虎の額に刺しっぱなしだ……」
「あの時か!!? このおバカァ!!!」
ミヤコは両耳をぴんと立てたまま、絶叫混じりのツッコミをタイガに叩きつけた。
緊迫した包囲の中で、2人だけがとんでもなく間の抜けた会話をしている――
――だが、そんな会話で冒険者達の空気が緩むことはない。
「へ……! 丸腰かよ、とんだ間抜け野郎だぜ!!」
いつの間にかタイガの背後に迫っていた巨漢の冒険者が、大木ほどの太さの黒鉄の棍棒を、勢いよく振りかぶる。
「潰れやがれッ!!!」
ドグガアッ!!!!
振り下ろされた棍棒が、タイガを叩き潰す――
――ことはなかった。
「んあ……?」
「……おいおい……タイガ、それはいくらなんでも……」
鈍い衝撃音を立てて棍棒がぴたりと止まり、巨漢が間の抜けた声を上げる。
ミヤコも驚くより先に、思わず呆れたような声を漏らした。
巨大な棍棒の下。
そこでタイガは、それを――
――片手で受け止めていた。
バチ……バチ……!! と、棍棒を支える腕に青白い電光がまとわりつく。
「おミャー、いつ人間辞めたんだ?」
「え? やめてないよ……こんな攻撃、開守の一撃に比べたらなんてことないよ!!」
以前戦った強敵のせいで、彼の強さの基準は、もう完全に狂ってしまっている。
しかし――
ズキンッ!!
「ぐ……っ!!」
「っ!? タイガ……っ!!」
「えへへ、大丈夫!!」
包帯の下で、塞がりかけた傷がひりつく。
それでもタイガは笑みを浮かべ、腕を下げなかった。
「こ、こいつ……!! バケモンだ!!」
「あたりまえか……クロトさんと同じ〝《B》ランク〟だもんな……っ!!!」
冒険者の中に動揺の声が広がる。
「く……!! あの猫の方を狙えェ!!!」
「んにゃァ!!? ミャー!!!?」
タイガを倒すのは難しいと見るや、冒険者達は狙いをミヤコに移した。
使い込まれた剣や斧が、彼女めがけて迫る。
「っ!!? ミヤコは関係ないだろ!!! 〝賞金首〟じゃないのに!!! この……ッ!!!!」
だが、それが虎の尾を踏む結果になった。
タイガの瞳に怒りの色が浮かぶ。
「ミヤコ!! しゃがんでて!!!」
「え? お、おミャー!? まさか……!!!」
ミヤコはそのひと言でタイガの意図を察し、すかさず身をかがめる。
そしてタイガは片手で棍棒を押し返したまま、自由な方の片手にもビリビリと雷光を纏わせた。
「んあ……?」
青白い光が空気を焦がし、冒険者達の顔に戦慄が走る。
そして、次の瞬間――
「――『ビリッド』ッ!!!」
「んがああああああああああああああああッッ!!!?」
「ぎいいイやああああああああアアアアアアアアッッッ!!!!!?」
ビカーーーーーーッ!!!
炸裂する閃光。
雷撃は地面を抉るほどの衝撃で巨漢の腹を突き上げ、その巨体を派手に吹き飛ばす。
ビリビリビリッ――!!!
電撃に焼かれた大きな身体が、空中で痙攣しながら弧を描き、そのまま地面へと叩きつけられた。
土煙がもうもうと舞い上がる。
それだけじゃない。
ミヤコに襲い掛かろうとしていた冒険者達も、その電撃の余波で感電する。
「……っ!!! が……あばば……っ!!!」
「しびれぇ……びれ……っ!!!」
バタバタバタ――!!!!
気づけば10人以上の冒険者が、全身から煙を上げながら広場に倒れていた。
「んな……!!? 一瞬でこんなにも……やられた!?」
倒れた仲間を見つめる冒険者達の顔から、血の気が引いていった。
「う、嘘だろ……? クラップまで……!! 俺達の中で、〝1番の力持ち〟のあいつが!?」
クラップと呼ばれたその巨体は、巨大な棍棒を手から落とし、仰向けに倒れたままピクリとも動かない。
口元からは、プスプスと黒い煙が漏れ続けていた。
慌てふためく冒険者達。
そのざわめきの中に、ぽつりと冷えた声が落ちる。
「〝1番の力持ち〟……? おいおい、誰か忘れてないか?」
動揺の渦の中で、その声だけが妙に落ち着いていた。
「クロトさん……!! す、すみません……あんたが〝ちから〟も〝すばやさ〟も、〝全ステータス最強〟だ……で、でも、あの小僧も相当な化け物ですぜ……?」
「当たり前だ。〝《B》ランク〟だぞ? それを知っていて舐めてかかった、〝モブ〟どもが馬鹿だっただけだ……」
クロトは、地面に倒れた冒険者達を見下ろす。
その真っ黒な瞳には、仲間を案じる色はない。
ただ、役に立たなかった駒を確認するような冷たい光だけが宿っていた。
「真正面から向かうな、一斉に飛び掛かるのもなしだ。やりようはいくらでもある」
「は、はい……!! お前ら!! 順番にいけェ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」」」
号令を受け、冒険者達が散開した。
金属音、土煙、怒号……一瞬で広場が殺気の奔流に変わる。
「く……!!! バラバラに向かってくる……これじゃ雷で一気に倒すのは無理か」
「てか、あんまり近くで雷使わないで欲しいんだけど……まあ、そんなこと言ってる場合じゃないと思うけど……」
状況が状況だ。ミヤコはいつもより控えめな口調でタイガに頼む。
だがそれを聞き、彼はニッと悪戯っぽく笑った。
「大丈夫、雷は使わないよ。使うまでもない……!!」
そう言うと、その笑顔のままタイガは自ら敵陣へ踏み込む――
――そして。
ドガッ! バキッ! ドカァッ!!!
「「「ッ!!!?」」」
轟音とともに、3つの影が同時に宙へ舞った。
まるで巨大な力にまとめて弾き飛ばされたかのように。
「は……? な、なにが起こって……ぐべぇッ!!?」
状況を理解する暇すら与えられない。
横合いから飛んできたタイガの膝蹴りが、別の冒険者を吹き飛ばす。
後方で倒れた3人に続き、さらに2人、3人が地面を滑っていく。
「……〝タフネス〟だけじゃなく、〝ちから〟も〝すばやさ〟も、ヤツらとは次元が違うな……」
クロトは、距離を取りながら冷静にタイガの動きを観察していた。
目線は鋭く、しかしその奥にあるのは侮りでも動揺でもない。
ただ、事実としての評価。
だがタイガの方も無事ではなかった。
「はあ……っ!! はあ……っ!!」
踏み込むたび、胴の傷が熱を持つ。
「……痛みに耐えながらこのパワーか。一撃で3人やられている……流石〝転生者〟といったところか……」
クロトが呟く頃には、既に広場にいた大半の冒険者が転がっていた。
「な……なんだこいつ……ッ!!? ヤベェだろッ!!!」
「これだけの人数で、一撃も与えられていねェぞ!!?」
つい先ほどまで勢いよく飛びかかっていた冒険者達の足が、次々と止まる。
無理もない、仲間はもう10人を切ってしまった。
さっきはあれほどの殺気を向けてきていたが、一転して恐怖を滲ませて後ずさった。
「はは!! どうした!? ここまでか!!? ……そうだと嬉しいな。ミヤコに襲い掛かったことは許せないけど……本来は悪者じゃないんだ。正直、戦いたくない……」
豪快に笑い飛ばしていたタイガの声が、言葉を重ねるにつれて弱まり、最後にはほとんど聞き取れないほどの小さな嘆きに変わった。
「くぅ……〝勇者〟目指してんのに、なんで罪もない人達と戦わなきゃいけないんだ……!!!」
タイガにも躊躇いがあった。拳を握り締める音が聞こえそうなほど、本気で悔しそうだ。
なりたいのは、誰かを助ける〝勇者〟。
今やっているのは、罪なき人を殴り飛ばす〝賞金首〟。
その矛盾が、彼を締め付ける。
「タイガ……」
ミヤコは、タイガの背中が抱える苦しさを一目で理解した。
あの日――タイガの〝手配書〟を見てから消えずにいた罪悪感が、また込み上げてくる。
(こんな戦いをしなくちゃいけないのも……全部、ミャーを助ける為に〝賞金首〟になったせいだ……)
「タイガ……今のうちに逃げよう、この村から……」
「……そうだね。こうなったら、ここに居ても迷惑だもんね……」
タイガは広場を見渡す。
小屋の窓の隙間から、怯えた村人達がこちらを覗いていた。
それを見て、ミヤコの胸がズキリと痛んだ。
「……っ!! 一昨日はみんなで、あんなに楽しそうにしてたのに……」
「しょうがないよ。それが賞金首になるってことだ」
苦い顔をしながらも、受け入れたように呟くタイガ。
小さな声で話す村人達の会話が聞こえてくる。
「あいつ……まさか犯罪者だったとはな」
「王国調査隊と揉めたんですって……」
「昨夜のバラバラ死体も、多分……」
「ゴーボンの件だって、もしかしたら……!!」
「でも、一昨日は村を救ってくれたぞ?」
「何考えてるかわかんねェな……」
「どのみち賞金首だ。冒険者に任せるしかないよ」
彼らの眼差しは、完全に化け物を見るソレだった。
「……みんな……」
「……っ!!」
タイガが目を向けた途端、ひとつ、またひとつと窓が閉じられていった。
「……行くよ、ミヤコ……」
タイガが顔を伏せ、村から去ろうとした瞬間――
「――させない」
「っ!!?」
白銀の閃光が、空気を裂いた。
ノエルの剣が、迷いなくタイガの首元へと振り下ろされる――しかし。
ガキィン!!!
「〝虎硬身〟……っ!!! 痛っつ……!!!」
「っ!!! ……剣を腕で受け止めるなんて……」
甲高い音とともに、火花が散る。
タイガは咄嗟に腕を差し出し、その細腕で剣を受け止めていた。
彼の体表は、まるで鉄のように硬く変質していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【武技スキル:虎硬身】
発勁により筋肉を瞬時に硬化させる防御技スキル。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それは、本来なら一流の武闘家のみが扱える高度な技術。
だがタイガは以前見たその技を、見よう見まねで強引に再現したのだ。
でも当然、それは完璧なモノではない。
「くぅ……っ!! まいったな、骨までとどいてるかも……」
「本来、腕ごとスパっと切れてなきゃおかしい……」
ノエルは剣に力を込めたまま、表情をわずかに歪めた。
(それに斬りかかる瞬間……なぜか一瞬、剣が重くなった……まるで〝弾かれた〟みたいに……)
ノエルは妙な違和感を覚えていた。
一閃を浴びせる瞬間に感じた、腕の重み。ググっと押し戻されるような感覚。
それのせいで剣の勢いが殺された。
それでも――
ブシィ!!!
「うぐぅ……っ!!!?」
磁力と硬化で致命傷は免れたものの、腕への負荷は限界だった。
皮膚が裂け、鮮血が飛び散る。
剣の圧力が、確実に骨へと届いている。
タイガは歯を食いしばり、後退しかけた足を踏みとどめる。
「やられてたまるか! 〝ビリッド……!!!」
「な……っ!?」
ノエルの目が大きく見開かれた。
青白い電光が、タイガの身体を包み込む。
空気が震え、雷鳴にも似た音が鳴り響く。
――だが、その雷が解き放たれるよりも早く。
グンッ!!
「っ!!!」
ノエルの体が、突如として後方へ引き戻された。
誰かに掴まれたような、強引な力。
「んえ!? なんだァ!!?」
「選手交代だ、ノエル」
銀の閃きが引き下がり、その隙間に――漆黒が割り込む。
闇を纏った回し蹴りが、容赦なく放たれた。
ドゴオォ!!!
「グエェッ!!?」
タイガの小さな体が、衝撃に耐えきれず宙を舞う。
ドッシャーーーーン!!!
ガラガラガラ……ッ!!
彼はそのまま、樽置き場へと叩き込まれた。
「んにゃ……っ!!? タイガァッ!!?」
ミヤコが思わず悲鳴を上げる。
「……ち……足がビリビリするな……」
一方、クロトは顔をしかめながら、自分の脚を軽く振った。
雷を纏ったタイガに一瞬触れただけ――それだけで、確かに電撃は走った。
だが、ジンジンと残るのは、ほんのわずかな痺れだけ。
一矢報いた、などと言えるほどのものではない。
対して――
「――うぐ……!! かは……っ!! イテテテ……!!」
樽を頭から被ったまま、タイガは腹を押さえて身を起こす。
「く……っ!! なんて重い蹴りだ……!!」
「当たり前だ、オレ様の蹴りだ」
「っ!!?」
その声が聞こえた瞬間には、もう遅かった。
一瞬で詰められる距離。
視界を覆う、漆黒の影。
ドゴガァッ!!!
鈍く重い音が響く。
クロトの拳が、タイガの交差させた腕に深く叩き込まれていた。
「うぎィ……ッ!!!」
「……受け止めるか……そもそも並のヤツなら、先の一撃で沈む。流石〝《B》ランク〟といったところか……」
「ぐぐぐ……!!! やられっぱなしでたまるかッ!!!!」
タイガは踏みとどまり、クロトの拳を受け止めた両腕に、再び青白い電光を纏わせる。
バチバチッと乾いた音が、交差した腕の間で激しく弾けた。
――そのまま、放つつもりだった。
だが。
クンッ!!!
「っ!? え……?」
クロトの体が、唐突に後方へ引き戻された。
ピッシャーーーーーン……!!!!
雷撃は虚空を裂き、何もない場所へと散る。
タイガは目を見開いた。
クロトを引っ張った〝何か〟は、どこにも見えない。
「にゃ、にゃんだ!!? 今、あいつを〝誰か〟が引っ張ったみたいに見えたけど……」
「その〝誰か〟が……見えない……!!」
まるで透明な巨大な手が、クロトを掴み、逃がしたようだった。
「ふ……お前の攻撃は、オレ様には届かない……!!」
クロトは軽やかに着地すると、口元に余裕の笑みを浮かべた。
その表情には、焦りも驚きもない。
なぜあれほど余裕でいられるのか、タイガ達には見当もつかなかった。
第78話は明日の20時10分に投稿です。
ブックマーク、評価等で応援よろしくお願いします。
感想、コメントなども待っております。




