第76話 “どんな理由があろうと賞金首だ”
――ロマの小屋を離れたタイガとミヤコは、村の中央へと続く小道を歩いていた。
道の端には相変わらず、瑞々しい野菜が至る所から生えている。
「ムシャムシャムシャ……ゴクン!! あー!! うめェー!!! 早く治すために野菜食べてエネルギーつけないとね~」
タイガは木に生えたトマトやナスを頬張りながら、村へ向かう。
さっきまでの緊張が嘘のように、森を抜ける風が涼しい。
「あいつら……放っておいていいのか? 特にロマ、結構な剣幕だったぞ」
「ムシャムシャゴクン……そうだね。でもボクらに出来ることはないよ」
タイガのあっさりした返答に、ミヤコは目を丸くした。
「……意外だな、おミャーって結構な世話焼きだと思ったけど……」
「え? そうかな……? そりゃあ困った人がいたら、出来るだけ助けになりたいけど……」
タイガは野菜を口に運ぶのを止め、言葉を続ける。
「ロマはきっと大丈夫だよ。この村で1年も上手くやってきてたんだもん」
「まあ、確かに……」
ミヤコは納得するように小さく頷く。
(ずっとひとりぼっちで、故郷を逆恨みしてたミャーとは違うもんな……)
自嘲気味に胸の奥で呟く。
風に揺れる草の音が、ミヤコの心をそっと落ち着かせてくれる。
「あ、そういえば。麦わら帽子、宿に忘れて来ちゃったね……」
「あ……まあでも、もうロマにもルリノにも〝賞金首〟だってことバレたしな……」
ミヤコは肩をすくめ、気楽そうに答える。
昨日までなら気にしていたことも、今となっては少し笑い話になっていた。
そんな他愛ない話をしているうちに、道の先が少し開け、村の広場が見えてきた。
「そっか。ならもう……ん……? ちょっと待った」
「え?」
タイガは突然足を止め、腕を横に伸ばしてミヤコを制した。
その動きは軽いものではなく、何か気配を察した者の反応だった。
ミヤコも思わず息を呑む。
――何かが違う。
昨日なら、洗濯桶の水音や、大人達の談笑、子供の笑い声が聞こえていた。
いろんな生活音が溢れていたはずの広場が――今日は、妙なほど静まり返っている。
「人がいない……みんな隠れてる……」
「あ、確かに誰もいにゃい……」
ミヤコもようやく異変に気付いた。
広場には陽の光が降り注いでいるのに、どこか冷たい空気が漂っている。
「やっぱり、昨夜のバラバラ死体があったから……?」
「いや……それだけじゃない……かも……」
タイガの声には確信に近い鋭さがあった。
そして彼はゆっくりと、広場の中心――
ただ1人ぽつんと立っている黒い影へ視線を向けた。
その影もまた、動かず。
こちらを待っていたかのように、黒曜石のような瞳だけが陽を照り返している。
「……やあ、タイガ。昨夜以来だな」
「クロト……だっけ」
その漆黒の美少年は、昨日酒場で出会った冒険者クロトだった。
昨日のような尊大で鼻につく態度ではなく、今はただ静かに、じっとタイガを見据えている。
「……おやおや、随分とやんちゃしたみたいじゃないか。何かあったのか?」
全身を包帯でぐるぐる巻きにしたタイガの姿を眺めながら、クロトは薄く笑みを浮かべた。
「ちょっと大きな〝猫ちゃん達〟と遊んだだけだよ」
その言葉にクロトの眉がピクリと動く。
「〝猫〟か……オレ様はあまり好かんな。ヤツらは忠誠心がない……」
クロトはわずかに鼻を鳴らし、村の家々の物陰へと視線を滑らせる。
「やはり動物は、人に従うのがいい……まあ、うちの馬鹿犬は偶に鬱陶しくなるがな……」
その言葉と同時に、近くの建物の影からゴソ……と何かが動く音がした。
最初はかすかだったそれは、やがてガサ……ガサガサ……と、徐々に大きくなっていく。
「……昨日は麦わら帽子で、顔がちょっとしか見えなかったが……間違いないな」
「ん……? はっ!!? ミヤコ!! 構えて!!」
「え? い、いきなり……んにゃ!!?」
クロトの言葉に、タイガは咄嗟に臨戦態勢を取る。
だが、その警告とほぼ同時に、物陰から姿を見せたのは――
「――へっへっへ……よう坊主、年貢の納め時だぜェ?」
「酒場にいた冒険者……!!? 囲まれた!?」
村の建物の影に身を潜めていたクロトのパーティーの冒険者達が、ぞろぞろと姿を現し、タイガ達を取り囲む。
粗暴そうな男、不敵な笑みを浮かべた弓使い、無表情の魔術師――さまざまな顔が輪をつくる。
その数、ざっと20から30人ほど。
じりじりと距離を詰めてくる気配に、広場の空気が一気に重くなった。
「こんにちは、昨日の猫さん。こんな再会になって残念……」
「おミャーは……ノエル……っ!!」
銀の髪を揺らす、犬のケモニアの少女ノエルが、集団の中に立っていた。
白銀の刃は淡く光を帯び、彼女はそれを正面に構えて、いつでも飛び込めるように身を沈めている。
「これは一体……まさか!!?」
「ああ、そうだろうね……」
タイガとミヤコに最悪の予感が渦巻く。
その答え合わせをするように、囲んだ冒険者の1人が声を上げた。
「へへ、クロトさぁん。本当にこんなガキが〝《B》ランク〟の〝賞金首〟なんですか~?」
「っ!!?」
知られていた――タイガが〝賞金首〟だということが。
「ああ、見てみろよ。顔が同じだ……それに名前も同じ、他人の空似じゃあないだろう」
クロトは静かに、だが逃げ道を塞ぐような圧でタイガへ近づきながら、1枚の紙を突きつけた。
「んな……!? そ、それは……〝手配書〟……!?」
「ああ、随分新しい〝手配書〟だ。オレ様も今朝まで知らなかった――」
━━━━━━━━━━━━━
《 W A N T E D 》
D E A D O R A L I V E
~タイガ~
懸賞金:1,000,000ディジー
━━━━━━━━━━━━━
ざらついた紙に刻まれているのは――紛れもなく、タイガ本人の顔だった。
「……大人しくしろ。そうすれば、苦しい思いはしなくて済む」
「な……!!? ま、待ってくれ!! タイガが〝賞金首〟になったのは、訳があって……っ!!!」
ミヤコが声を荒げるが、その言葉はクロトによって切り捨てられる。
「どんな理由があろうと、〝賞金首は賞金首〟だ」
クロトは両手を胸の前へ持ち上げ、手のひらをぴたりと合わせた。
次の瞬間、彼の指と指の隙間から、細く透明な糸がシュルルッ!!! と這い出してきた。
まるであやとりのように、指の間をくぐりながら、糸はするすると長く伸びていく。
「……話を聞いてくれる感じじゃなさそうだね……大人しくやられるつもりはないよ!!」
タイガは身構えた。
傷だらけの体でも、踏み込む気迫は衰えていない。
「なら味わうといい。オレ様が〝女神〟から与えられた、この〝傀儡師〟の力を……ッ!!!」
糸がうねり、空気が震え、タイガを囲む冒険者達が一斉に武器を構える。
静かな村の広場で――戦いの幕が、上がろうとしていた。
第77話は明日の20時10分に投稿です。
ブックマーク、評価等で応援よろしくお願いします。
感想、コメントなども待っております。




