第75話 “錬金術師同士”
――タイガの堂々たる宣言からしばらくして、一行は「これからどうするか」という話題へ移っていた。
「まあ、ひとまず帰ろうか」
「そうね……あはは。私、色々あって疲れちゃった……」
ルリノは額に汗を浮かべ、引きつった笑みを無理やり作る。
森へ来てから刺激の連続だったのだ。緊張が解けた反動もあって、どっと疲れが押し寄せていた。
「キミ達はどうする? 一緒に付いてくる?」
「ガウ?」
タイガはまるで散歩に誘うような気軽さで、虎の群れへ声をかける。
「いや、村に連れてくることは出来にゃいだろ」
「え? なんで?」
「こんにゃ数のデケェ虎……村に来たら、みんなビックリしちゃうだろ」
ミヤコは群れをぐるりと見渡す。
「こいつら、全部で〝23頭〟いるぞ……さっきは『配下にしよう』とか言っててなんだけど、村に連れて行くのは無理だろ……」
「そうね……昨日のこともあるし。事情を説明するにしても、村のみんなはこの子達のこと、怖がっちゃうかも……」
「ガウ……」
ルリノの懸念はもっともだった。
それを理解したのか、虎達もただ小さく唸り、静かに身を縮めるしかなかった。
「そっか……じゃあ悪いんだけど、森の中で留守番しといてくれる? ボスの傍にいてあげてよ。気絶してるのにひとり放置は可哀そうだし」
「ガウア!」
虎は「任せろ!」と言うように元気よく返事をした。
そしてタイガの足元へ寄り、どこかねだるような声を漏らす。
「グウルルゥ……」
「うん? 何かお願いがあるの? いいよ! ボクに出来ることならやってあげる!!」
タイガはにっこり笑い「ドンとこい!」と言わんばかりに両腕を広げた。
「ガウァウア!!」
「ウー! ガウゥ!!」
その瞬間――虎達が一斉にタイガへ飛びかかった。
「へ……?」
「んにゃ!!? お、おい!! なんでいきなり、こいつら……!!!」
「うわあっ!!?」
ガバアァ!!
「た、タイガァッ!!?」
白い虎の群れに埋もれたタイガは、思わず声を上げる。
ミヤコは顔色を変え、半ばパニックになっていた。
「ど、どうしよう!! た、タイガが……タイガが……!!!」
「落ち着きなよ、ミヤコちゃん」
妙に冷静なロマが、ミヤコをなだめるように声をかける。
「よ~く見てみな……」
「へ? 見るって……あれ?」
白い虎達に囲まれ、その中心にいるタイガは――
「――だっひゃっひゃっひゃっ!!! くすぐってェー!!!!」
大笑いしていた。
「……は? あ、あれは……にゃにをされて……」
「みんな、タイガに顔をこすりつけてるね……これは……」
そう、虎はみなタイガにそのモフモフの頭を擦り付けていた。
タイガは全身を虎の体毛にくすぐられ、笑いが止まらなくなっていたのだ。
ロマもミヤコも、虎達の突然の奇行に唖然としていた。
「だっひゃ……な、なんでみんな、いきな……だっひゃっひゃっひゃっ!!!」
タイガも笑い転げながら、状況を理解出来ずに混乱している。
だが、その中でただひとり――ルリノだけは虎達の行動に心当たりがあった。
「もしかして……〝におい〟を覚えているのかしら?」
「〝におい〟? ああ……そういうことか」
よく見ると、白い虎達はそろって鼻をスンスンと動かしていた。
「ガウアァ♪」
「がうがう♪」
「な、なるほど。これでいつでも〝におい〟を辿って、ボクの場所がわかるってこ……だっひゃひゃひゃっ!!」
タイガもルリノの説明を受けて、虎達の意図を理解したようだ。
「ぐ……じゃ、じゃあちょっと、くすぐったくても、我慢しなきゃうひゃ!! だっきゃっきゃっきゃっ!!」
それが彼らにとって大事なことなのだと悟っているからこそ、タイガは全身を襲うくすぐり攻撃に必死で耐え続けた――
――
――――
――――――
――数分後。
群れの全員がタイガのにおいを覚えきったのか、満足げに顔を離し、ようやくタイガを解放した。
「ひゃ……だひゃ……ひゃひゃ……」
「すんげェ顔になってるな……」
長く続いたくすぐりのせいで、タイガは体をビクつかせながら、泣き笑いのような表情で息を整えていた。
「ねえ、キミ達をここまで連れてきたヤツのにおいは覚えてないかい?」
「ガウゥ……」
虎達は申し訳なさそうに耳を伏せ、喉を低く鳴らす。
「まあ、そうだよね……こんなことさせてくれるわけないか……」
ダメ元で尋ねたロマは、それ以上の答えを求めず、苦笑して引き下がった。
「ぜー……っ!! ひゅー……!! よし! 落ち着いた!! それじゃあ村に戻ろうか」
笑い地獄からようやく復活したタイガが、気合を入れるように背筋を伸ばした。
「じゃあね! 必ずみんなを〝自由〟にしてみせるから、待っててね!」
「ガウ!!」
手を振りながら別れを告げ、タイガは村の方へと歩き出す。
ロマ達もその背中に続いた。
「ふう……やっと帰れる……ん?」
軽く息をつくロマだったが、その途中でふとあるモノに気づいた――
「――なんだ……? これ?」
ロマのコートの一部に、いつの間にか〝緑色の粘液〟がべったりと付着していた。
(いつの間に付いてたんだ、こんなの……)
指でつまむと、ヌルリと伸び、妙に生温かい。
(……なんだこれ。薬でもこぼしたか……?)
鼻を近づける。
土とも薬品とも違う、覚えのない臭い。
(……まさか……)
脳裏に嫌な予感が走る。
(モンスターの……体液か……?)
そこまで考えて、ロマは息を呑んだ。
(っ!! まさか……いたのか? あの惨劇を引き起こした化け物が……いつの間に、ここまで接近を……っ!!)
反射的に振り返って周囲を見渡す。
だが森は風に葉が揺れるだけで、潜む気配は何ひとつ感じられない。
「……ロマ? どうしたの?」
そんなロマの異変に気付き、ルリノが不安そうに声をかけてくる。
しかし、ロマは――
「――いや……なんでもないよ……」
(……確証なんてない。またオレの予想で不安にさせたくないし……それにこれ以上、ルリノを危険な目に遭わせたくない……)
ロマは粘液のついた部分を、ルリノから隠すようにコートの内側へ折り込んだ――
――
――――
――――――
そうして、とても濃密だった森の奥での時間が過ぎ、小屋の前まで戻った一行だったが――
「――誰かいる」
「え?」
一行の先頭で、ロマがふと声を落とした。
「小屋の中から、物音がする……」
耳を澄ますと、カチャ……カチャ……とガラス瓶が触れ合うような乾いた音が聞こえてきた。
「だ、誰? もしかして……強盗?」
ルリノは胸元を押さえ、不安そうに呟く。
「大丈夫。悪いヤツならボクがやっつけるよ!」
「……怪我人のキミに頼むのは忍びないけど、力を貸してもらうよ。でも先陣はオレが切る。ルリノとミヤコちゃんは下がってて」
ロマとタイガは扉の前に立ち、身構えた。
ロマがそっと息を吸い……勢いよく扉を開く――
バアン!!
「――おい!! 誰だ!!!」
「っ!!? あ……!! ロマさん!!!」
「え……? キミは……」
返ってきたのは、予想だにしていない声だった。
それは昨日、港町で出会った気弱な青年――チビュウのモノだった。
「チビュウ……!! どうしてここに?」
「あはは……え~と、それは~……」
困り顔で頭をかく青年。
違和感のある光景は――それだけでは終わらなかった。
「ん? ……ああ、お邪魔してるよ」
もう一つ返ってきたのは、緩んだ気だるげな声。
振り返り、光の宿らない目で、こちらをぼんやり見ている。
「お前は……!! マリー……先生……っ!!」
「マリーでいいよ。キミは先生なんて呼ぶ柄じゃないだろ」
そこにいたのは、ロマよりも何十センチも低い、どう見ても子供にしか見えない小さな女性だった。
だが、目の下の濃い隈、腰まで伸びたボサボサの茶髪。
白衣は薬品のシミだらけ――どこからどう見ても〝くたびれた科学者〟のような風貌だ。
(改めて見ても小さいな……子供がいると言っていたが、信じられない……)
彼女の種族は〝コービット〟。
子供のような外見のまま成長し大人になるため、直感的には分かりづらいがマリーは立派な大人の女性である。
「おー!! チビュウじゃん!! よかった、強盗じゃないんだね」
「た、タイガさん! すみません、お騒がせしました……」
タイガは昨日出会ったばかりの青年の姿を見て、警戒を緩める。
だがチビュウの方はタイガの姿を見て、目を見開いた。
「ってあれ!? どうしたんすか!? 全身ボロボロじゃないっすか!!」
「ああ。ちょっと強いのと戦ってね~。でも仲良くなったよ!!」
「はあ……仲良く?」
ただならぬ状態に見えるのに、呑気な調子で答えるタイガ。
チビュウはそんな矛盾したような状況に、ただ首をひねるしかなかった。
2人の会話を耳にしつつ、ロマはマリーを睨む。
「……あんた、なんでオレの家の場所知ってるんだ。てか勝手に入るなよ」
「へへ、悪いね。家の場所は昨日、クロトから聞いていた。それで随分興味深い部屋だったからさ……へへへ」
注意されても彼女は全く反省してないように、喉の奥でくつくつと笑う。
その時、中の様子を見るため、ルリノがひょこっと扉から顔を出した。
「あれ? その声は……やっぱりそうだ! マリー先生!!」
マリーを見た瞬間、小屋の外で不安げにしていたルリノはパッと表情を輝かせて駆け寄ってきた。
「やあルリノ嬢。体に変わりはないかい?」
「あ……え、ええ、とても元気よ!」
ルリノは昨日と同じ夢を見たことは、マリーには伏せた。
「にゃんだ……? あ、昨日の。それと……子供?」
ミヤコが入り口からヒョコっと中をのぞき見ながら、呟く。
「いいや。私は〝コービット族〟、こんなナリだが大人だよ」
「「オトナ!?」」
「ちなみに44歳」
「「ヨンジュウヨンンッ!!!?」」
ミヤコも、それを聞いていたタイガも思わず驚く。
「はは。オレも昨日、全く同じ反応をしたよ」
「へへ……何度見ても面白いねェ。歳を言うとみんな驚くんだ……ふへへ」
2人の反応を、マリーは心底おもしろそうに眺めていた。
口角は不気味に吊り上がり、湿った笑い声がじわじわと漏れ続ける。
ところがルリノは、マリーの汚れた白衣を見とがめ、ぐぐっと詰め寄った。
「というか……都市にいた時から言ってるけど、そんなボロボロの格好で出歩いちゃ駄目ですよ!!」
「んえ?」
急に距離を詰められ、マリーは思わずキョトンとした顔になる。
「マリー先生は大人なんですから、身だしなみはちゃんとしてください!! あーもう!! 髪もボサボサで服もしわくちゃじゃないですかー!!!」
「ええ~……? 別にいいじゃないか、身だしなみなんて……」
「よくありません!」
ピシャリと言い切られ、マリーは困ったように頭をポリポリとかいた。
さっきロマに不法侵入を注意されたときとは、明らかに反応が違う。
「……随分と仲が良さそうだね……キミ達……」
ロマの声が、ほんの少しだけ低くなる。
「え? あ……い、いや……都市にいた時は一番お世話になったから……! だ、だからちょっとね……」
気まずそうに視線をそらしてごまかすルリノ。
ロマも少し居心地の悪さを覚えながら、それでもマリーと向き合い、問いかけた。
「……で? なんの用で来たんだ?」
「おや、昨日言ったじゃないかい。『後日また話そう』って」
「昨日の今日で来るかね……」
マイペースすぎる返答に、ロマは深くため息をついた。
「ぼ、ボクは先生の付き添いです。クロトさんが、今日は『先生の荷物持ちをしろ』って」
「……そうかい」
チビュウの言葉を軽く聞き流し、ロマはすぐに表情を引き締め、真剣な眼差しでマリーを見据える。
「まあいい。オレもちょうど、あんたと話したいことがあったんだ。ルリノの治療について……!!」
語気は強いが、そこには切実さと焦りが滲んでいた。
「ふふふ、なら語り明かそう……〝錬金術師同士〟じっくりとね……」
マリーも待ちかねていたとばかりに、身を乗り出す。
その声音は静かだが、どこか底の見えないものを孕んでいた。
「え、えと……2人とも、喧嘩はやめてね……?」
「……そんなことはしないよ。ただ〝議論〟するだけだ」
「ああ。ただのお話だよ……楽しい楽しい、専門家同士の……ふへへっ……!!」
穏やかな口調。
けれどロマとマリーの間には、見えない火花がバチバチと散っていた。
「え……? る、ルリノさん。先生とロマさんって何かあったんすか……?」
「う~ん……私がちょっと、余計なこと言っちゃったから……」
2人の様子に困惑するチビュウ。
ルリノもその原因が自分だと分かっているので、なんとも言えない複雑な立場だ。
「え~と……じゃあ、ボクらは宿に戻ってるね……?」
タイガもただならぬ空気を感じ取ったらしく、その場から立ち去ろうとする。
だがその前に、そっとルリノのそばへ寄り、耳打ちした。
(それとも、ボクらもいた方がいい?)
(あ……いえ、大丈夫。2人は私が見てるから……)
(そっか、わかった。困ったことがあったら、いつでも言ってね)
タイガはルリノに向けて小さく笑い、そのまま入口へ向かった。
「じゃあね! また来るよ!」
「ああ……あ、てかキミ用のポーションをすぐに調合するから、夕方にでも受け取りに来るんだよ」
「うん、わかった!! ありがとう!」
ぱっと明るく笑い、勢いよく手を振るタイガ。
そして小屋の扉の前に立ったところで、ふいにクルリと振り返った。
「ロマ!! 〝ヤバいな〟って時は深呼吸だよ!」
「え……? あ、ああ……わかったよ」
それだけ言うとタイガはニコッと笑い、ミヤコを伴って小屋を離れていく――
「――はは……彼に気を使われるとはね……」
ロマは口元に微かな笑みを浮かべた。
マリーが現れてから初めて、彼の緊張がゆるんだ瞬間だった。
しかし――マリーへ向き直ると、ロマの眉間には再び深い皺が寄った。
「さあ……それじゃあ、何から話そうか……!!」
挑むようなロマの視線を受け、マリーも口元を歪ませて応じた。
「ふふふ。ああ……まずは……」
「もー!! 2人とも目が怖いよー!!?」
錬金術師同士の静かな戦い(?)の火ぶたが切られた――
第76話は明日の20時10分に投稿です。
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