第74話 “息苦しい”
大量の白い虎に頭を下げられ、タイガはただただ困惑していた。
「とんでもないことになったぞ……これは……」
皆が言葉を失う中、多少の知識を持つロマだけが、事態の輪郭をかろうじて掴み始めていた。
(オレの予想が正しければ……)
ロマがタイガを見つめる。
その瞬間、チリン……と鈴を転がしたような清らかな音が、タイガの目の前で静かに鳴った。
続いて、空中に薄い板のような光がふわりと広がり、淡く輝くウィンドウが形成される。
◆ ◆ ◆
<技能スキル:テイム《C》を習得しました>
◆ ◆ ◆
透明感のある声が告げ、金色の文字が光の窓に浮かび上がる。
「お、なんだ? 新しいスキル……?」
「やっぱりか……しかもいきなり《C》ランクって……いや、それもそうか……」
ロマは呆れ半分、納得半分といった顔で肩をすくめた。
タイガが規格外の事態を起こすのは、もはや日常みたいなものだ。
今はそれよりも、もっと重大な意味がある。
「〝テイム〟……つまりこの虎の群れは、キミの〝配下〟になりたいって」
「ハイカ? ……なにそれ?」
ぽかんとするタイガに、ロマは少し言葉を選びつつ説明を続ける。
「まあ……キミの言うことを聞く……なんて言えばいいのかな、〝手下〟って言えばわかる?」
「手下ァ!!?」
意味が伝わった瞬間、タイガは跳ね上がるほど驚いた。
「な……なんでいきなりそんなこと!!?」
「群れのボスを倒したんだ……だからキミが、次のボスってことじゃないかい?」
「え〜〜〜〜〜〜……………………」
「めっちゃ嫌そう!!!!?」
タイガはひどく苦い顔をして、白い虎達をじろりと睨むのだった。
それに――大きな問題もあった。
「え……でも、なあ……こいつらって……」
タイガの隣で、ミヤコがぽつりと声を絞り出す。
彼女の脳裏には、昨夜見た惨劇の光景がよみがえっていた。
「昨日の……バラバラ死体って……こいつらがやったんじゃ……」
村の近くで発見された無惨な遺体。
街道に散らばる肉片、赤黒く乾きかけた血の海。
息を吸うたび、むせ返りそうになった、あの強烈な死臭。
そして今、目の前にいるのは――本来この辺りには現れないはずの強力なモンスター達。
状況だけを見れば、犯人は明らかに〝彼ら〟に思えた――
「――いや、違うよ」
だが、ロマは即座に否定した。
その声には確信めいた硬さがある。
「え……? な、なんでだ? だってこいつらなら、あの惨劇も……」
「そうだね。でも、あんな綺麗な切り口は無理だよ」
「あ……」
ミヤコはハッと息を飲む。
そうだ――昨日見た遺体の切断面は、どれも不気味なほど整っていた。
「あんなに綺麗に切ってくれれば、タイガの傷も、もう少しマシだったよ……」
「確かにグチャグチャだったもんな……傷跡……」
「うん、ボクもこいつらじゃないと思う」
タイガは自分の体に視線を落としながら、小さくうなずいた。
あの巨大な虎にえぐられた傷――裂けた肉の縁は不揃いで、昨夜見た遺体とは明らかに様子が違っていた。
「ガゥ……」
「こいつらも違うって言ってるっぽい?」
タイガが不思議そうにつぶやく。
言葉は分からないはずなのに、響きだけで気持ちが伝わってくるような――そんな感覚があるらしい。
「で、でも……タイミングが良すぎるだろ……!! 昨日の今日で、村の近くで本来見かけない虎に出会うにゃんて……!!」
だがミヤコは眉を寄せ、なおも疑いを捨てられない。
あの惨劇は昨夜。その翌日には巨大な虎の群れが現れる――どう考えても偶然とは思えなかった。
しかしロマは、その違和感を別の方向から捉えていた。
「ああ……だからこいつらは、誰かが連れて来たのかもね……」
「え……? 連れて来た……?」
ロマは遠い記憶を手繰り寄せ、小さくつぶやく。
「そう言えば、〝朱円〟の西の方に〝白虎〟って言う〝神獣〟がいるって本で読んだことがある……こいつらはその神獣……の〝なり損ない〟かな……」
「ウガ……ガウゥ!!!」
〝なり損ない〟と言われた瞬間、群れの中のある虎が牙をむき、ロマへ向けて吠えた。
地面が震えるほどの迫力だ。
「うお!? お、怒るなよ……実際〝神獣〟じゃないだろ? 神獣なら〝《A》ランク以上確定〟だからね。そんなのに襲われたらオレ達、骨も残ってないよ……」
「……ガウルアァァ……」
虎は図星を突かれたのか、悔しそうに喉を鳴らす。
怒っているというより、〝認めたくない〟という雰囲気だった。
「〝朱円〟って……ここから結構遠いわよ? そんな長距離、虎を連れて歩くなんて……」
「一体何の目的で……てか誰にゃんだよ……そんなことするヤツ……!!」
ルリノとミヤコが、ロマの突拍子もない推測に思わず声を上げる。
だがロマは2人の反応に動じず、静かに目を細めた。
「オレの憶測だけど、そいつの目的は……こいつらを暴れさせて、昨日の事件の捜査を混乱させる……とか」
「……っ!! それって……」
そこまで言われて、ミヤコもピクリと肩を揺らす。
ロマの言わんとしていることが、一気に脳裏で繋がったのだ。
「まあ……この、この憶測が当たってれば、こいつらを連れてきたヤツが……」
ロマはそこで言葉を切り、ためらいがちに続きを告げた。
「〝真犯人〟ってことだね」
「っ!!?」
その言葉が落ちると、森の奥の静寂が一層濃くなった。
「ガアウアァ……」
「ウガウル……」
白い虎達でさえ、息を潜めるように動きを止めていた。
「まあ、ちょっと断定し過ぎたけど……少なくとも昨夜の事件に関わっているヤツが、こいつらを連れてきた……のかもしれないね」
「この虎の群れを……ここまで連れて来れるような人……」
ルリノが呟く、その声はかすかに震えていた。
あの群れを従わせる者は、一体どれほどの力を持っているのか――
「まあ、とんでもない実力者……だよな……下手したら、あの〝巨大な虎〟よりも強い……!!」
「ええ……っ!?」
ミヤコは目を見開く。
人の10倍にもなる化け物――その牙も、爪も、巨体の質量すらも凌ぐ存在がいる。
そしてそいつが村の近くで惨殺事件を起こし、その罪を虎達へ押しつけようとしている。
寒気すら覚える推理だった。
ルリノは肩を震わせ、か細い声で呟いた。
「そ……そんな……そんな、ことを……してるなんて……」
「あ、いや……これはただの憶測に過ぎないから……そ、そんなに怖がる必要はないよ」
フォローするように言ったが、ルリノの瞳の奥には、拭いきれない戸惑いが浮かんでいた。
ロマは胸の奥がちくりと痛むのを感じる。
(余計なこと言っちゃったかな……あんまり不安にさせたくない……)
ロマは小さく息を吐き、視線を虎達へ向けた。
「……なあ……キミ達を連れてきたのは……一体どこのどいつなんだ……?」
「……グルルルゥ……」
虎達は、答えられるものなら答えたい――そんな色を宿した目でロマを見返す。
「はは……なんて、言えるわけないよね。喋れないんだもん……なら連れてきたヤツの元へ行くことは?」
「……ガウゥ……」
「それも無理か……」
虎は首を横に振る、喉から漏れるのは苦い唸り声だけ。
何も確かめられないまま、不吉な想像ばかりが膨らんでいく。
その場にいた全員が、同じ恐怖を共有していた――
――ただひとりを除いて。
「〝真犯人〟が誰とか……ボクにはわかんないけどさ……」
タイガは唐突に口を開き、そのまま勢いで叫んだ。
「とにかく……ボクはハイカなんて……〝手下〟なんていらないからね!!!」
「ンガァッ!!?」
「ガウガァッ!!?」
虎達は一斉に飛び上がるように吠えた。
全員動揺しているようだ。
「え!? いいじゃにゃいか! この虎の群れを手下に出来たら、この先の冒険も楽になるぞ!!」
ミヤコは思わず前のめりで説得を試みる。
しかし、タイガは瞬時にその言葉を跳ね返した。
「いやだッ!! ハイカなんて〝息苦しい〟よ!!!」
「はぁ!? 息苦しい!?」
ミヤコは両耳をぴんと立て、理解不能と言わんばかりに叫んだ。
「慣れたつもりだったけど……おミャー、ホントにわけわかんねェこと言う奴だな……!!」
久しぶりに、タイガに本気でついていけないと呆れるミヤコ。
だがそんなタイガの言葉に理解を示す者がひとり。
「いや……オレにはわかるよ、なんとなく……」
ロマが小さく笑い、タイガの方へ視線を向ける。
「“支配には興味がない”んだろ? 冒険は〝自由〟じゃなきゃね」
「そうそう!! わかってるじゃン!! ロマ!!!」
その言葉を聞くと、タイガは満面の笑みをぱあっと咲かせた。
ロマも「やれやれ」といった様子で苦笑を返す。
「はぁ……? にゃんだそれ……自由って……」
「ん〜……〝ロマン〟ってヤツなのかな……私にはよくわからないけど……」
ミヤコは呆れたように眉を寄せ、ルリノは〝言葉は知っているが、自分には縁がないものだ〟とでも言いたげに首をかしげた。
「はは……そこまで真っ直ぐ憧れに突き進めるなんて……ある意味羨ましいよ……」
ロマも笑ってはいるが、その声色には〝自分には到底真似できない〟という羨望がうっすら混じっている。
「ガゥ……ガウアァ……」
「ガゥガゥ……」
タイガに配下入りを断られると、虎達はそろって耳を伏せた。
唸り声も頼りなくかすれ、先ほどまでの勢いはすっかり失せている。
「むぅ……そんな悲しそうな顔しても、ハイカは絶対にいらないからね」
「ウガウアァ……」
重ねて断られた虎達は、尾をだらりと垂らし、鼻先を地面すれすれに下げた。
それを見て、タイガは困ったように眉をひそめる。
だがそんなタイガに、理解を示していたロマが言葉をかける。
「でもタイガ……こいつらがキミの配下になりたがっているのは、〝解放〟を求めてのことじゃないかな」
「ん……? 〝解放〟……?」
タイガが首を傾げると、ロマは静かに推測を語り始めた。
「こいつらをここまで連れてきたヤツ……そいつに今、この虎の群れは〝支配〟されている……かも」
「〝支配〟……っ!!」
その言葉を聞いた瞬間、タイガの瞳にキッと鋭い光が宿る。
「きっとヤツはキミみたいに、あの超巨大なボス虎を倒して……群れの新しいリーダーになった。そしてこいつらを、自分の言いなりにしているんだ……」
「……そうか……」
タイガは目を細めて、どこか痛ましげな表情を見せる。
だが、すぐに顎を上げ、虎達と正面から向き合った。
「まあでも、こいつらを解放してやる義理なんてないけどね。ていうか、オレ達は襲われたんだ。だから……」
ロマの言葉を、タイガはふいに遮る。
「遠い国から連れてこられて……罪をなすりつけられそうになって……」
タイガは静かにそう言いながら、群れ全体へ視線を巡らせる。
何十頭もいる白い虎達。
ほとんどが人間より大きく、群れの中で1番大きいのは、タイガが最初に戦った〝人の背丈の3倍〟もある虎だった。
そして――今ここにはいないが、森の奥で気絶しているボスは、〝人の10倍以上の大きさ〟という怪物じみた巨虎だった。
だが、その中で――
「――がうぅ……」
群れの足元から、小さな声がした。
タイガの膝にも届かない、小さな虎。
その子を囲むように、何頭もの虎が体を寄せている。
「……ねえ。ロマの言ってること、当たってる? キミ達は……支配されているの?」
「……ガウゥ……」
弱々しい泣き声。
タイガの表情に影が落ちた。
彼の瞳には、怒りではなく、深い憐れみが揺れている。
そして――タイガは拳を握りしめ、まっすぐに言い放った。
「わかった。キミ達にそんなことをしたヤツ……ボクがやっつける……!!」
「……ッ!? ガウッ!!?」
「「「っ!?」」」
タイガの宣言に、その場の全員が言葉を失った。
だが彼は一歩前に出て、ぱっと明るい笑顔を浮かべる。
「……だからさ……キミ達が解放された時は、ボクと〝友達〟になろうよっ!!」
「ガウァ!!? ガウアウ!?」
その突拍子もない提案に、虎達は耳をピンと立て、驚き混じりの吠え声を上げる。
「タイガ……!! 相手はあの〝超巨大な虎〟を倒したとんでもないヤツだぞ!!? 危険だ!!」
「ボクだって倒したよ?」
「それはそうだけど……キミ、自分の今の状態がわかってるのか?」
今のタイガは、全身を包帯で巻かれた重傷者だ。
どう見ても、次の戦いにすぐ挑める身体ではなかった。
けれど――
「――大丈夫。ボクは〝魔王〟を倒して世界を救うんだ……!! だから――」
タイガは高々と両腕を上げ、胸を張って宣言した。
「――困ってる虎の1匹や10匹!!! 助けて当然だ!!!」
「ガ……ガウガ……ッ!!」
虎達は、抑えていた感情が堰を切ったように、震え声で唸りを漏らした。
タイガは、自分を傷つけた虎達のために、迷わずもう一度戦おうとしていた。
「……全く……襲い掛かってきた虎の群れに、そこまでするかね……」
「別にみんな、怪我はなかったんでしょ? ならいいじゃん」
「みんなって……だからキミ、自分のことは……もー……っ!!」
自分の大怪我のことは丸ごと棚に上げ、先ほどのこともあっさり水に流してしまうタイガ。
ロマは濁った声で呻くしかなかった。
真っ直ぐすぎるその想いは、虎達だけでなく、周囲の空気まで揺さぶっていく。
「え……!!? ま、〝魔王〟を……倒すって……っ!!?」
「あーハイハイ、初めて聞いた人はみんにゃそんな反応するよな」
タイガの途方もない目標を聞き、ルリノは目をまん丸にして固まる。
一方でミヤコは、慣れた様子で肩をすくめるだけだった。
「……キミ達の境遇は気の毒だと思うが、オレは許してないからな。ルリノを危険な目に遭わせたんだ」
「ガウウアゥ……」
ロマに睨まれて、虎達は萎れるように頭を下げた。
だがその前に立つように、ルリノが一歩進んで口を開く。
「わ、私は気にしてないよ? ちょっとびっくりしたけど……でも同じくらい、ワクワクしたもん!」
「ルリノ……キミ、タイガにヘンな影響を受けていないかい?」
「ヘン!? もう! ひど~い!!」
ぷくっと頬を膨らませるルリノ。ロマは思わず額に手を当てた。
「まあ……タイガが許すなら、猫のよしみでミャーも許すよ」
「このお人よし共め……殺されかけたんだぞ……? はー……っ!! やれやれ……」
ミヤコも賛同したことによって、ロマは少数派になってしまった。
呆れたように長く息を吐くロマ。
――その最中、タイガの近くで鳴った澄んだ鈴のような音は、誰の耳にも届くことはなかった。
第75話は明日の20時10分に投稿です。
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~あとがき~
【モンスター図鑑】
【白王閃牙】
〇分類:虎型幻獣
〇成長段階:???
〇ランク:《B》
〇基礎ステータス
HP:410
MP:86
ちから:109
みのまもり:71
すばやさ:101
こうげき魔力:58
かいふく魔力:0
きようさ:102
うんのよさ:48
〇所持スキル
〇基礎能力スキル
タフネス《C》[パッシブ]
体が頑強になり、最大HPとみのまもりが上がる。
マッスル《B》[パッシブ]
肉体の力が高まり、ちからが上がる。
アジリティ《D》[パッシブ]
身のこなしが軽くなり、すばやさが上がる。
脚力《C》[パッシブ]
足を使った行動をする際、ちからが上がる。
〇武技スキル
爪撃《B》[アクティブ]
鋭い爪で相手をひっかく。
噛みつき《C》[アクティブ]
鋭い牙で相手に噛みつく。
威嚇《B》[アクティブ]
敵を激しく威圧し、ひるませる。
閃爪《B》[アクティブ]
爪に光属性の力を纏い、高速で相手を切り裂く。
閃牙《C》[アクティブ]
牙に光属性の力を纏い、強烈な力で相手を噛み切る。
白王閃鉤爪《C》[アクティブ]
白閃牙の王が放つ一撃。
爪に光属性の力を纏い、光速の鉤爪で相手を消し去る。




