第73話 “百獣の王”
ロマを囲む光が、突如として濃度を増す。
足元から立ち上がった風が渦を巻き、周囲に置かれた水桶や薬瓶がふわりと宙に浮いた。
瓶は回転し、液体が滑らかに混ざり合い、包帯は糸のように伸びて螺旋を描く。
それら全てがロマを中心にまるで〝巨大な見えない釜〟を形作っていくようだった。
「……え……!? にゃ、にゃにが起こって……」
ミヤコは目を丸くして後ずさる。
隣でルリノが、自分のことのように誇らしげに説明した。
「ふふ、スゴイでしょ。これが……ロマの〝奥義〟よ!!」
「大げさだな、奥義ってほどのモノでもないよ……でもまあ――」
ロマはふっと笑い、表情を引き締めた。
その瞳は鋭く、しかし心強い優しさを宿していた。
「――この状態なら……失敗する気がしないね……っ!!!」
ロマはタイガへ手をかざし、深く息を吸い込む。
周囲の光が掌へ流れ込み、まばゆい塊となって凝縮されていく。
「――〝錬金〟ッ!!!」
「っ!!? うわッ!!?」
叫びと同時に、視界が爆ぜた。
白く、まばゆい光が辺り一面を覆い、世界が一瞬〝音〟さえ呑み込んだ――
――そして、光が静かに引いていった時。
その中心にいたのは、ぐったりと木にもたれ掛かるタイガだった。
ただし、先ほどまで血と泥でぐちゃぐちゃだった姿はどこにもない。
全身の傷口は白い包帯で覆われ、痛々しさは残しつつも、峠は越えていた。
「す、すげェ……治ったのかっ!?」
ミヤコは驚きながらも、思わず前に出ていた。
「命の危機は脱した……ってところかな。でも、まだ全然完治ではないよ」
ロマは息を荒くし、汗で髪を額にはりつかせながら答えた。
彼の肩は小刻みに上下していた。
神経を張りつめ、魔力を注ぎ続けた負担が、全身に表れている。
深く息を吐いたロマは、少し声を落として続ける。
「ここからはタイガの気力次第だ、いつ目覚めるかはオレにもわからない……」
申し訳なさそうに眉を下げ、ミヤコの方へ向き直る。
「明日かもしれないし、1週間、1か月かかるかもしれない……オレに出来るのはこのくらいだ、ごめんね」
その言葉に、ミヤコは慌てて首を横に振った。
「あ、謝るにゃよ!! ……助けてくれて、感謝してるんだ。ありがとう……」
口調は明るくしようとしているのに、気持ちは隠しきれず、ミヤコの耳と尻尾はしゅんと垂れていた。
「ミャー、どれだけでも待つよ……ミャー独りじゃ行く当てもないし……それに……」
そこで言葉を詰まらせ、頬を赤くしながらも、しかし力強く言った。
「〝大切な……仲間〟だからな……」
「ミヤコちゃん……」
ルリノが胸に手を当て、そっと彼女の背に触れる。
ロマも、ミヤコの言葉を噛みしめるように目を伏せた。
そして思い出す――
――
――――
――――――
『――お願いお兄さん!! ミヤコを助けて!! 仲間なんだ!! 大切なんだ!!!』
森の中、泣きながら必死に訴えてきた小さな少年の声を――
「――はは……ホントにいいパーティーだよ、キミ達……」
ロマは薄く笑みを浮かべながらも、胸の内ではタイガの無事を祈っていた。
「ミヤコさん……大丈夫、すぐに良くなるよ……!!」
ルリノも優しく声をかけ、ミヤコの肩を支えるように寄り添う。
「ミヤコ……うん。きっとなんとかなるよ! 元気出して!!」
傷だらけのタイガも、いつもの調子で励ましの声を上げた――
「「「――ってもう目ェ覚めてる!!?」」」
「へ?」
あまりにも自然な声色に、3人はそろって振り返り、目を剥いた。
「そんな早く治るかァ!!! バケモンか!!!」
ロマは思わず叫び、額に汗をにじませる。
「んェ? ……よくわかんないけど……褒められてる?」
「褒めてねェよ!!!」
「えへへー」と照れる、いつも通りの呑気なタイガに、ロマは全力でツッコミを叩き込んだ。
「いや……でも凄い回復力だわ……」
「……まあ、そうだね……」
「お? やっぱり褒めてンじゃん」
ロマとルリノが呆れ混じりの声を漏らす中、
タイガはすっかり元気を取り戻したように笑っていた。
だが――次の瞬間、彼の表情がふっと変わる。
何かを思い出したように、タイガはミヤコの方へ向き直った。
「あ……!! そうだ、そんなことよりも……ミヤコ! 大丈夫?」
「へ……?」
突然の問いかけに、ミヤコはぽかんと口を開けた。
「大丈夫ってなにが……って、それを聞くのはミャーの方……っ!!」
自分が心配する立場のはずなのに、
逆に心配されていることに気づいて、焦ったように声を上げる。
だが……
「だってミヤコ……っ!! その……涙……」
「え?」
タイガに指摘されて初めて、ミヤコは自分の頬を伝っていた涙の存在に気づいた。
「あ……っ!? い、いやこれは……その……にゃ、にゃんでもねェよっ!!!」
顔を赤く染めながら、ミヤコはプイッと顔をそむける。
その尻尾も、気まずさを誤魔化すようにバタバタと揺れていた。
「なんでもないって、理由もなしに涙が……まあ、言いたくないなら聞かないけど……」
タイガは困ったように眉を下げながらも、それ以上は踏み込まない。
けれど、ミヤコが気がかりで、その顔から目を離せないでいる。
そんな様子を見かねたロマが「やれやれ」と肩をすくめた。
「……タイガ……オレ達を助けてくれたこと、本当にありがとう……だけど……」
ロマは感謝と同時に、静かな忠告を口にする。
「これ以上、ミヤコちゃんの涙を見たくなかったら、あんまり無茶しないことだ」
「え……? あ……っ」
タイガはそう言われて、初めて自分の姿を見下ろす。
白い包帯が幾重にも巻かれた体。ひりつく痛み。
「……そっか……うん。気を付けるよ」
その声はさっきまでの明るさとは違い、静かで、でも強い決意を含んでいた。
「タイガさん……ひとまず大丈夫そうで安心したわ……ありがとう。私あの虎さん達に囲まれた時、『もう終わりなんだ~』って思ったのに、凄いわ」
「えへへ! どういたしまして!!」
ルリノの素直な感謝の言葉に、タイガはいつもの明るさを取り戻して笑う。
その笑顔が場の空気をふわりと和ませていく。
ミヤコも涙をぬぐい、そむけていた顔をタイガに向ける。
「えと……ミャーも……あ、ありがと――」
「――がうぅ……」
「「「「っ!!?」」」」
だがミヤコの言葉をかき消すように、小さな獣の鳴き声が近くから聞こえた。
全員が一斉にそちらへ視線を向ける。
そこには――さっきの白い虎の子が、おとなしくこちらを見つめていた。
「んにゃ……っ!!? ま、まだ居たのか、この虎!!」
「あら……に、逃げ遅れちゃったのかしら?」
「いや、さっき他の虎達と一緒に森の奥へ行ってたぞ……」
嫌な予感が背筋に這い上がる。
そこから導き出される答えは――ひとつ。
「……ということは……っ!!」
タイガは咄嗟に立ち上がり、森の奥へと向き直った。
だが――
ガクンッ!!
「っ!!?」
傷ついた脚が体を支えきれず、膝が土を打つ。
「タイガ……!! 無理するな、重傷だ!! ほら、オレの背中に……!!」
「いや……もう遅いみたい……」
タイガは額ににじむ汗を拭う暇もなく、その一点を鋭く凝視した。
次の瞬間――茂みの影から、ソレが姿を現す。
タイガと最初にぶつかった、あの虎。
人の背丈の〝3倍〟は優にある、白閃牙の成体だった。
金色の双眸が、獲物を逃さない捕食者の光を放ち、こちらを見据えている。
「な……っ!!? おいおい、仕留め切れてなかったのか……」
ロマの顔色がサッと青ざめる。
更に、ガサガサガサァ!! と森全体が揺れるほどの音を立て、先ほどの白閃牙が次々と姿を現し、タイガ達を包囲した。
「ロマ……今度は勝てない。ボクが全力で引き付けるから逃げて」
「バカ!! そんな体で無茶だ……っ!! 〝お前〟……さっき言ったこと、もう忘れたのか!!?」
「忘れてないよ!!! でも、それでも〝生きて〟欲しいんだ!!! キミ達にはっ!!!」
「っ!!!!」
必死の声がぶつかり合う。
その間にも、巨大な虎はドシン……ドシン……と地面を揺らす足取りでタイガへ迫る。
「……く……っ!!」
「あ……ああ~……っ!!」
ロマは歯を食いしばり、ミヤコは情けない声を漏らすしかなかった。
絶望の影が、全員の顔に沈み込む。
虎は大きく身体を引き、そして――
「――ガウァ……ッ!!!」
「……へ?」
ひざまずくように頭を垂れた。
牙を見せていた口を閉じ、耳を伏せる。
前脚を折り、そのまま巨体を地面へ伏せた。
「ガウゥ……」
「ガウアゥ」
「うがうがぁ……」
周りの虎達もそれに倣い、次々と身を低くしていく。
白閃牙の群れがひれ伏すという異様な光景。
その中央にいるのは――
「これは……まさか……」
「……おミャー……これ、とんでもないことになったんじゃないか?」
「え?」
状況が理解できず、キョトンとした表情で周囲を見回す少年。
「――ボク?」
タイガだった。
第74話は明日の20時10分に投稿です。
ブックマーク、評価等で応援よろしくお願いします。
感想、コメントなども待っております。




