第72話 “チート錬金術”
――焦げた木々の匂いが漂い、空にはまだ薄い雷光が残っている。
ロマ達が見上げる先で、タイガは思い切り胸を張った。
「よっしゃあああああああッ!!! クエスト……クリアだあああああああああああああああああああああああッ!!!!!」
その声が空へ突き抜けた瞬間、張りつめていた空気がふっと緩んだ。
「は、ははっ……! やりやがった……ッ!! あいつ……!!」
「さ、流石にちょっと……肝を冷やしたにゃ……」
ロマの肩から、ようやく力が抜けた。
ミヤコも腰を落とし、尻尾をだらりと地面へ垂らす。
「ガ……ガウゥ……ガアアァ……ッ!!?」
「ガウァ!! ガウアゥ!!」
戦いを見ていた虎達も一目散に退散し、巨大な虎が沈んだ方へ駆けていく。
そうして命懸けの巨大な戦いは、静かに幕を下ろした。
雷光を失ったタイガが、空中で3人に振り返る。
そして満面の笑みで、ひらひらと手を振り――
「――おーーい!!! お願い!! 受け止めてーーーーっ!!!」
「え……はっ!!? ちょ、ちょっと待って!! キミあれだけの脚力があるんだから、自分で着地……!!」
「からだーーーっ!! 動かなくなっちゃったーーーーー!!!」
「「「えええええええええええええッッ!!!?」」」
地上の3人は揃って顔を青ざめさせた。
「いや受け止めるって……!! な、なにかクッションになるものないか!!?」
「いきなり言われたって、そんにゃもんねェよ!!!」
「ど、どうしよう!!? このままじゃタイガさん、落っこちて……!!!」
頭は真っ白、足は空回り。3人の混乱だけが森に木霊する。
そして――
「――わあああああああああああああああ落ちるううううううううううううううううううッッ!!!?」
「「「う、うわあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!??」」」
ドシャアアアアアアアアアアアンッ!!!
――盛大な土煙をあげ、タイガは3人の上に落下した。
「いっ……でへへへ……あはは、ありがとね。受け止めてくれて……」
タイガは、咄嗟に自分の下敷きになった3人へ申し訳なさそうに笑いかけた。
「ぐ……おミャー、せっかく助かったのに大ダメージ受けるとこだったぞ……!!」
タイガのすぐ下に押しつぶされていたミヤコが、地面にめり込みそうな声で不満を漏らす。
「うぐ、全くだ……あんな高さから落ちてくる人間1人を受け止めるなんて……下手すりゃ死んじゃうよ……」
ミヤコのさらに下のロマも、苦しげにうめき声を上げた。
「……あれ? てかオレが一番下になるつもりだったけど……ルリノ……は……」
言いかけて、ロマは自分の下の〝妙に柔らかい感触〟に気づく。
「きゅ~~~……!!!」
そこには3人に押しつぶされ、目を回しているルリノの姿があった。
「る……ルリノォッッ!!?」
「おわっ!!?」「んにゃ!!?」
ロマは慌ててタイガとミヤコをどかし、ルリノの体を抱き起こした。
「うわぁああああ!!!? ごめんルリノォッ!!? 大丈夫か!!?」
「う~……んあ? あ、あれ……? 私、なにして……」
ロマに体を揺すられ、ルリノはぱちりと目を開けた。まだ少しふらついている。
「大丈夫か!? ルリノ……どこか痛まないか!!?」
「え……あ~……私、ちょっとだけ気を失ってたのね。あはは、ごめんね心配かけて。私は平気だから」
ルリノはいつもの調子で柔らかく笑ってみせたが、ロマの心配はまったくおさまらなかった。
「へ、平気って……いやダメだ! 見た目は大丈夫そうでも、骨折とかしてるかもしれないだろ!!? 早く治療を……っ!!」
そう言うや否や、ロマはルリノの手をぎゅっと握り、村へ連れて行こうとする。
だが、ルリノはその腕を軽く引いて制した。
「ま、待ってよロマ!! 治療を受けないといけないのは、タイガさんの方よ!!」
「え……あ……!」
ルリノに言われ、ロマはようやくタイガの状態を思い出した。
振り返った彼の視界に飛び込んできたのは――
――血にまみれた、小さな少年の姿だった。
服は裂け、あらゆる箇所から血が流れている。
胴体には、巨大な虎が刻んだ3本の〝深すぎる爪痕〟。
右足は牙で肉を抉られ、傷の奥には白い骨が覗きかけていた。
「た……タイガ……」
「えへへ、みんな無事そうだね。良かった!!」
その惨状にも関わらず、タイガはニコっと笑う。
「ぶ、無事って……キミが無事じゃないだろ……!!」
「へ? ああ、ダハハ!! 大丈夫だよ、別に生きてる……し……だか、ら……はれ?」
いつものように軽口を叩こうとしたその刹那――
タイガの頭が、カクンと揺れた。
「……っ!!? タイガ!!」
「な、んか……めが……かす、んで…………ガクっ……」
言葉がたどたどしくなり、そして最終的には電池が切れたように気を失った。
「っ!!!? おい!! しっかりしろ!!! タイガ!! 目を覚ませ!!! タイガァ!!!!」
ロマが声を張り上げ呼びかけるが、タイガはびくりとも動かない。
「え……タイガ……ど、どうしたんだよ……おミャー……し、死んで……」
ミヤコの声が大きく震えた。
短い時間とはいえ、共に旅し、戦い、笑い合った――
その少年の、こんな姿を見るのは初めてだった。
ロマはタイガの胸に耳を当てた。
「鼓動はある、息もしてる……!! でも……弱い……!!」
「じゃ、じゃあ早く病院に……頼む、連れてってくれ……ミャーだけじゃ、無理だ……!!」
ミヤコが涙をこぼしながら懇願する。
しかし、ロマは苦しげに首を振った。
「いいや……病院には連れて行かない」
「にゃ!!? にゃんで……まさか、タイガが〝賞金首〟だから……」
暗い予感を口にするミヤコ。
だがロマは彼女が言い切る前に、コートの内側から1本の薬瓶を取り出し、叫んだ。
「今ここで治療する!! 生存率は、その方が遥かに高い!!!」
「……っ!!!」
ロマはひざまずき、緑色の薬液をタイガの深い傷口へと注ぎかける。
ジュウッと音を立てるように、傷口から淡い緑光が噴き上がった。
タイガの全身が、ぼんやりと光に包まれていく。
<アイテム使用:特級ポーション《B》>
(〝特級ポーション〟……傷の洗浄と消毒、回復も出来る超便利アイテムだが、流石に手持ちだけじゃ量が足りない……っ!!!)
ロマはタイガの体中の傷と、残りの薬量を注意深く見比べる。
彼の瞳は、焦りと冷静さの狭間で鋭く光っていた。
「ルリノ! ミヤコちゃん! オレの小屋から消毒液と綺麗な水をありったけ持って来て!!」
「わかったわ!! 消毒液って前に使ってたアレよね? 場所は覚えてるわ!!!」
「じゃ、じゃあミャーは水を汲んでくる!!!」
2人は迷いなく駆け出した。
その背を見送ると同時に、ロマは手持ちの薬品と素材を広げ、即席の錬金治療を始める。
(ぐ……!! 死ぬなよ、タイガ……目の前で知り合いが死ぬのなんて、もうこりごりなんだ……!!)
ロマはきつく歯を食いしばった。
その脳裏に、消えない記憶がよぎる――
――
――――
――――――
――病院の屋上、小さくて、今にも消えてしまいそうな後ろ姿。
『このまま風に乗って、どこかに飛んで行っちゃいたいな――』
――痛みと後悔に、ロマの口元が歪む。
それでも、薬を扱う手を止めるわけにはいかなかった。
今は、目の前の少年を救うことだけを考える――
――
――――
――――――
――それから、ルリノとミヤコは小屋を何度も往復し、必要なものを全て運び終えた。
「……ぜぇ……ぜぇ……っ!! あ、あと……必要なモンは……!!」
息を切らしながらも、まだ何か手伝おうとするミヤコ。
「大丈夫だ、ありがとう……! よく頑張ってくれたね……!!」
ロマは短く、けれど真剣な声で労いの言葉をかける。
「タイガさん……大丈夫なの? 助けられる……?」
ルリノが眉を寄せ、不安を隠しきれない声で問う。
「……〝絶対〟とは言えないな……」
「そう……」
「っ!!?」
淡々としたやり取り。
けれど、その言葉はミヤコの胸を冷たく突き刺した。
「そんにゃ……タイガ……っ!!」
治療中のタイガは、まるでただ眠っているだけのように静かだった。
しかしその静けさが、かえってミヤコの恐怖を煽る。
彼女の脳裏に、故郷を失った〝あの日〟が鮮烈に蘇った――
――
――――
――――――
『――娘になってくれてありがとう。
私はあなたのおかあさんになれて、幸せでした』
もう動かない母の亡骸。
崩れた家の中で見ることになった、最後の言葉――
『――この村は猫ちゃんの……〝大切な場所〟なんだ!!!!』
崩れゆく村で、自分を守るため戦ってくれた少年の背中。
ボロボロになっても、それでも必死に立っていたタイガの姿――
――
――――
――――――
――ミヤコの瞳から、透明な雫が零れ落ちる。
「――っ!!! お願いしますッ!!!」
「っ!!?」
気づけばミヤコは地面に手をつき、ロマとルリノの前で深く頭を下げていた。砂埃が舞い、両肩は震えている。
「タイガを……助けてください……っ!!!」
「……ミヤコちゃん……」
ロマは治療の手を動かしながら、少女の訴えに耳を傾けていた。
ミヤコの声は震え、呼吸は途切れ途切れだ。それでも彼女は、絞り出すように続ける。
「タイガは……〝賞金首〟だけど……悪い奴じゃないんだ……っ!!!」
額を土に押しつけたまま、片手を胸に当てる。
込み上げる嗚咽をこらえ、言葉をつないだ。
「あいつは……ミャーの故郷を救ってくれたんだ……もう全員死んじゃって……廃墟同然の村だったけど……でも……っ!!」
ミヤコは唇を噛み、あの日、言えなかった言葉を――今度こそ、はっきり叫んだ。
「ミャーの〝大切な故郷〟だッ!!!! あいつはそれを……守るために戦ってくれたんだッ!!!!!」
ぽたぽたと地面に落ちる涙。
ミヤコの声はかすれ、喉が焼けるほどの必死さが滲んでいる。
「でも……その戦いで〝王国の調査隊〟をぶっ飛ばしちまって……それでタイガに〝懸賞金〟が……ミャーのせいだ……っ!!!」
地面しか見えない。
2人の顔なんて見られない。
ただ、ひたむきに。がむしゃらに。
「だから〝賞金首〟だけど……タイガは悪い奴じゃないんです……だから……だからぁ……!!!」
弱々しくなっていく声。
胸の奥に隠していた罪悪感と後悔が、全部あふれ出してしまったかのようだった――
――ロマはうつむいた少女にも届くように、力強く告げた。
「助けるよ、〝絶対〟に」
「っ!!!」
その言葉に、ミヤコは弾かれたように顔を上げた。
ロマはタイガの傍らで膝をつき、淡く緑色の光に包まれている。
まるで生命そのものを呼び起こすような、温かい光だった。
「ごめんね、キミにそこまで言わせて……タイガが悪い奴じゃないって、オレ達もわかってた」
「うん……私達を守るために、命懸けであんな大きなモンスターと戦ってくれたんだもの……」
「ロマ……ルリノ……っ!!」
ルリノはそっとミヤコの背を撫で、落ち着かせるように優しく頷いた。
「ふ……っ。全く泣かせてくれるじゃないか。こちとらシリアス無縁の異世界スローライフを送ってたってのに……まあいい」
ロマはその場に似合わない軽口を叩く。
しかし、その言葉を吐いた後、空気が一変した。
「それじゃあ始めようか。予定調和の〝チート錬金術〟を……ッ!!!」
第73話は明日の20時10分に投稿です。
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